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第11話 第一の試練——A級ダンジョン「ドラン」と、アルメアの女王

幕間 アルメアへの道

 ソナーレ王国跡地を出て、三日。

 道が変わっていった。

 灰色だった土が緑を取り戻し、枯れていた草が生き返り、鳥の声が聞こえるようになった。

 ラベルはその変化を荷台から眺めながら、ノエルを弾いていた。

 建国の楽曲「創音」の第一節——まだ粗いが、通して弾けるようになった。第二節の練習も始めていた。

「また弾いてる」カイが荷台の端から言った。

「やめた方がいいか?」

「そういう意味じゃない」カイは空を見た。

「習慣になったな、という話だ」

「習慣って——悪いこと?」

「悪くない。良いことだ」

「カイにしては珍しく褒めてる」

「事実を言っている」

「事実で褒めてる」

「……」

カイは何も言わなかった。しかし目を閉じた——聴いているような顔で。

(カイも聴いてくれてる)

(最初は下手な音楽を聴く趣味はない、って言ってたのに)

ラベルは少し笑いながら、弦を押さえた。

「セシルさん」ラベルは荷台の別の端に座るセシルに声をかけた。

「はい」

「第二節の旋律を確認したいんだけど、声で支えてもらえる?」

「もちろんです」

セシルが声を出した。ラベルの旋律に合わせて、四つの声が少しずつ重なっていく。


ドノヴァンが御者台から叫んだ。

「うるさいぞ! 朝から音楽会か!」

「起こしたのか」ラベルが聞いた。

「起こされた」ドノヴァンは言った。「しかし——」

「しかし?」

「悪くない目覚めだ」


一 アルメア王国

 三日目の夕方、一行はアルメア王国の国境に差しかかった。

 国境の門番が、キャラバンの旗を確認した。

「——創音王国の旗か」門番は眉を上げた。

「新しい国だな。通行許可は?」


「コメット辺境伯の書状がある」ウィークが外套の内側から書状を取り出した。


門番がそれを確認し、隣の同僚と何か耳打ちした後——


「お通しします。ただし——」門番は声を落とした。

「カリン女王が、既にお待ちとのことです」


「待っていた?」ウィークが言った。

「一週間前から、使者を各方面に出していたようで。創音王国を名乗る一行が来たら、即座に王都へ案内するようにと」

(既に知っていた——)


「わかった。案内を頼む」

________________________________________


 アルメア王都——ガルソン。

 中規模の都市だが、整然として美しい街だ。建物の壁に模様が描かれ、噴水が広場に配置され、市場では色とりどりの布が風に揺れている。

夕暮れの光を受けて、石畳が金色に光っていた。


「綺麗な街だ」ラベルが荷台から眺めた。


「アルメアは古い国だ」ウィークが言った。

「千年の歴史がある。その安定が、街の落ち着きに出ている」


「千年……ソナーレより、ずっと古いのか」


「そうだ。しかし——百年前、ソナーレが帝国に滅ぼされた時、アルメアは動かなかった。動けなかった、というのが正確だが」


「なぜ動けなかったの?」


「帝国の軍事力が、単独で抵抗できる規模ではなかった。

それと——内部事情があった」ウィークは続けた。「当時のアルメア王家は、帝国との取引を優先した。ソナーレを見捨てることで、アルメア自身の安全を買った」


「それって……」ラベルは言葉に詰まった。


「卑怯だと思うか」ウィークが問う。


「……うん」


「そう感じるのは正直だ」ウィークは静かに言った。

「ただ——当時のカリン女王の祖父は、その取引に反対したという。少数派だったが。そして今のカリン女王は——その祖父の遺志を継いでいる」


「百年間、引け目を感じていたのかな」


「それが、今日わかる」

________________________________________

二 カリン女王

 王宮の謁見室。


 案内された一行が入ると、既に女王が席についていた。


カリン女王。

 年齢は五十がらみ。白髪交じりの長い髪を丁寧に結い上げ、深緑色の衣を纏っている。目が——深い。長年何かを考え続けてきたような、静かな深さを持つ目だった。


 ラベルと目が合った瞬間——女王の目が、わずかに潤んだ。


「……来てくれたか」

それが最初の言葉だった。


「カリン女王」ウィークが一礼した。「突然の訪問をお許しください」


「突然ではない」カリンは静かに言った。

「百年前から、この日が来ることを知っていた。いや——来ることを、願っていた」


「女王陛下」ラベルは前に出た。「ラベル・ソナーレです」


カリンは立ち上がった。


そしてラベルの前に来ると——膝を突いた。


「——女王陛下!?」ラベルが驚いて一歩退いた。


「ソナーレの御方」カリンは頭を下げた。

「百年前の過ちを、謝罪しなければなりません。アルメアは——ソナーレを見捨てた。その罪を、私は祖父から受け継いでいます」


「あ、あの——」ラベルはどうしていいかわからなかった。「俺は、その頃に生きていないし、女王陛下が謝ることじゃ——」


「ラベル」ウィークが静かに言った。「受け取れ」


「え?」


「謝罪を受け取ることが——始まりになる」


ラベルはウィークを見た。それから——カリン女王を見た。


女王の目に、百年分の何かが宿っていた。引け目と後悔と、それでも守り続けてきた誓いと。


「……受け取ります」ラベルは静かに言った。

「でも——謝罪より、これからのことを一緒に考えたいです」


カリンが顔を上げた。

「これから、とは?」


「帝国がまだいる。精霊たちはまだ苦しんでいる場所がある。俺の音楽では、まだ足りない」ラベルは言った。「アルメアの力を——一緒に使いたいんです」


「……そうか」カリンはゆっくりと立ち上がった。目から、一筋の涙が落ちた。


「ソナーレの御方は——百年前と同じだ。先代の書に記されていた。ソナーレの王は、誰かを責めるより、先へ進むことを選ぶ人たちだったと」


「俺は王じゃない」ラベルは言った。

「まだ——創音王、というものが何なのか、わかってないし」


「王であるかどうかより——在り方が、王だ」カリンは静かに笑った。

「さあ、座ってください。話しましょう」

________________________________________

三 百年前の約束

 席についた後、カリンが話し始めた。

「百年前——私の曾祖父は、ソナーレとアルメアの間に約束を結んでいました」


「どんな約束ですか?」ラベルが問う。


「精霊の守護について。ソナーレの王家は精霊と人間を繋ぐ力を持ち、アルメアはその力が世界に残るよう守護する——そういう約束でした」


「それが——帝国の侵攻で、果たせなかった」


「はい」カリンは頷いた。「曾祖父はソナーレを守ろうとしたが、当時の王議会で反対された。帝国の圧力に屈した臣下たちが、ソナーレを見捨てることを選んだ」


「曾祖父様は——どうされたんですか?」


「議会を離脱した。そして個人として、ソナーレの末裔がいつか帰ってくることを、一族に語り続けた」カリンは手元に視線を落とした。

「百年間——私の家系はそれを受け継いできました。そして今日、その日が来た」


「……ありがとうございます」ラベルは静かに言った。「百年間、信じてくれて」


「礼を言うのはこちらです」カリンは言った。

「そして——約束を果たすために、試練を課させてください」


「ハフト・ハーンの第一の試練ですね」


「A級ダンジョン「ドラン」の攻略です」カリンは言った。

「しかし——ただの攻略ではありません」


「どういう意味ですか?」


「ドランには——問題があります」カリンは顔を曇らせた。

「精霊が、暴走しています」

________________________________________

四 ドランの問題

「暴走している精霊?」ドノヴァンが身を乗り出した。


「はい」カリンは続けた。

「ドランはもともと精霊が豊富なダンジョンでした。しかし三年前から——精霊たちが不安定になり、攻撃的になり始めた」


「原因は?」ウィークが問う。


「調査部隊が確認したところ——ダンジョンの深部に、帝国が仕掛けた精霊石採掘装置が発見されました」カリンは地図を広げた。

「帝国は秘密裏にドランの深部に侵入し、精霊石の強制採掘を行っていた。精霊たちが苦しみ、それが暴走につながっています」


「帝国は……」ラベルは拳を握った。


「これまで何度か攻略を試みましたが、暴走した精霊に加えてダンジョンの魔物も凶暴化しており——誰も深部に到達できていません」


「精霊を武力で制圧する気は、ない?」ラベルが確認した。


「ありません」カリンははっきりと言った。

「精霊は苦しんでいるのです。それを武力で抑えつけることは——根本解決になりません」


「だからこそ——俺を呼んだんですね」


「はい。ソナーレの音系創造魔法が——精霊に届くと、信じています」


ラベルはウィークを見た。

「師匠、書には何か記されている?」


ウィークは書物を開いた。

ドランの核心精霊——苦痛に囚われた古老の精霊が、暴走の根源。ソナーレの音楽が届けば、苦痛を和らげることができる。強制採掘装置を破壊した後、ラベルの音楽を通じて精霊を安定させることが解決策だ。


「書が全部示してくれてる」ラベルは言った。


「書は——やるべきことを示す。やり遂げるのは、お前だ」ウィークは書物を閉じた。


「わかった」ラベルは立ち上がった。

「カリン女王——攻略を引き受けます」


「感謝します」カリンは立ち上がり、深く頭を下げた。

「一つだけ、お願いがあります」


「なんでしょう?」


「私も——ダンジョンに入ることを許してください」


「女王陛下が?」ウィークが眉を上げた。


「百年前の約束を——私が果たしたい。この目で、ソナーレの音楽が精霊を解放する瞬間を見たい」カリンは言った。「戦力にはならないかもしれませんが、足を引っ張ることもしません」


「……わかりました」ウィークは静かに言った。

「ただし、私の指示に従うこと——それが条件です」


「承知しました」

________________________________________

五 ドランの入口

 翌朝、一行はドランへ向かった。

 カリン女王が、護衛なしで隣に並んでいた。


「本当に護衛なしでいいんですか?」ラベルが聞いた。


「あなた方がいる」カリンは静かに笑った。

「これ以上の護衛はありません」


「そういうものかな……」


「創音王さま——いえ、ラベルさん。一つ聞いていいですか」


「なんでも」


「覚醒してどのくらい経ちますか?」


「十日ほどです。まだ全然うまくないです」ラベルは正直に言った。


「十日で——建国宣言まで至ったんですね」


「それは師匠のおかげで。あと、みんなのおかげで」


「それを言える人が——本当に強い人だと、私は思っています」カリンは静かに言った。

「先代のアルメア王が語り継いでいた言葉があります。ソナーレの王は、自分の力ではなく、周りの力を信じることで大きな仕事をした、と」


「百年前の記録が——残っているんですね」


「残しました。消えないように。それが私たちに、できる唯一のことでしたから」


ドランの入口が見えてきた。

 山の中腹に開いた巨大な口。そこから——ただならぬ気配が漏れ出していた。

(精霊の苦しみが——外まで届いてる)


ラベルはノエルをしっかりと抱えた。

________________________________________

六 ドランの内部

 踏み込んだ瞬間、空気が変わった。

 ブランガやザザントとは違う。コプラスとも違う。


               重い。


 精霊の苦痛が、空気そのものに染み込んでいる。ラベルは肌に、ちくちくとした感覚を覚えた。精霊感応性が発現しているラベルには、その苦痛が直接伝わってくる。


           「……痛い」ラベルは思わず言った。


「精霊の苦痛を感じるのか」ウィークが確認した。


「うん。空気が——痛い感じがする」


「それが、核心精霊の状態を示している」ウィークは言った。

「覚悟しておけ。深部に行くほど、強くなる」


第一層から第五層——凶暴化した魔物が次々と現れた。


しかし通常の攻略と異なり、今回は別の問題があった。


精霊たちも、攻撃してくる。


「精霊が攻撃を?」エラが驚いた。


「苦しんでいる精霊が、全てのものを敵と見なしている」ウィークは言った。

「しかし——」


「俺が音楽で落ち着かせられるかもしれない」ラベルは言った。


「試してみろ」


ラベルはノエルを構えた。

 飛びかかってこようとしている風精霊に向けて——弦を鳴らした。

(聴いてくれ。俺は敵じゃない)

(苦しいのはわかる。でも——もう少しだけ待ってくれ)


旋律が流れた。


風精霊が——動きを止めた。


まだ警戒している。しかし攻撃は来なかった。


「……通じてる」カリンが息をのんだ。


「完全ではないが——充分だ」ウィークは言った。

「ラベル、精霊が攻撃してきた時は音楽で対応しろ。魔物はドノヴァンとカイと私が処理する」


「わかった」

________________________________________

七 核心精霊の部屋

 第十五層——ドランの最深部。

ここまで来るまでに、精霊の苦痛の密度が何度も増した。その度にラベルは音楽で精霊たちを落ち着かせながら、じわじわと進んできた。


そしてたどり着いた、最深部の広間。


そこに——装置があった。


帝国の魔術式採掘装置。精霊石を強制的に抽出するための機械が、広間の中央に設置されていた。その周囲に、無数のパイプが走り、壁の精霊石脈に直接接続されている。


そして装置の真上に——精霊がいた。


巨大だった。


今まで見たどの精霊より大きい。しかし今は——萎縮していた。装置に縛り付けられるように、その場に留められている。全身から光が滲み出ているが、その光は脈動ではなく——震えていた。


(苦しんでいる——)

(ずっと、苦しんでいたんだ)

「あれが——核心精霊か」ラベルは呟いた。


「ドランの最も古い精霊だ」ウィークは言った。

「装置によって三年間、精霊石を強制採掘され続けた。それが暴走の根源だ」


「まず装置を壊す」ドノヴァンが五指を構えた。


「待て」ウィークが言った。

「核心精霊が暴走状態だ。装置を突然壊せば——解放された精霊が、暴走したまま全域に広がる。その前にラベルが精霊を安定させる必要がある」


「音楽が先——装置が後か」カイが言った。


「そうだ」


ラベルは前に出た。


核心精霊が——ラベルを感じた。その巨大な目が、ラベルに向いた。


攻撃してこなかった。

(俺を——見てる)

(何かを感じてる)

「弾いていいか?」ラベルはウィークに確認した。


「慎重に」ウィークは言った。

「急激な音は逆効果だ。精霊が今まで以上に暴走する可能性がある」


「わかった」


ラベルはノエルを構えた。

(どんな音楽を弾けばいい)

(テレーズが言ってた——感情を音にしろ。今の俺が感じていることを、そのまま出せ)


今の感情——。

(怒りがある。帝国に対して。精霊をこんなにしたことへの、怒りが)

(でも——それだけじゃない。ここまで三年間、一人で苦しんでいた精霊への、申し訳なさがある)

(もっと早く来られたら、よかったのに。でも——俺は十日前に覚醒したばかりだった)

(この精霊に、伝えたいことがある)


ラベルは目を閉じた。


弦を、静かに鳴らした。


技術ではなく——感情のまま。

(苦しかったんだね)

(三年間、一人だったんだね)

(でも——もう大丈夫だ。装置を壊す。解放する)

(だから——もう少し待ってくれ。怒りを、少しだけ抑えてくれ)


旋律が、広間に広がった。


カルテットの四人が——声を重ねた。セシルの中間音が旋律を支え、ロクの低音が地を固め、エラの高音が天を照らし、ティアの変色する声が空気の色を変えた。


核心精霊が——震えた。


攻撃的な震えではなかった。


泣いているような——震えだった。


「……通じてる」カイが静かに言った。


カリンが、ラベルの背後で目を閉じた。その頬を、涙が伝った。


核心精霊の光が——少し、安定した。震えが、少し、静まった。


「今だ」ウィークが言った。「ドノヴァン——装置を」


「任せろ」


ドノヴァンの五指が動いた。精密な魔法が、装置の核心部分に届く。帝国の魔術式が、一点から崩壊し始めた。



ガガガガガン——!



装置が砕けた。


パイプが外れ、採掘接続が全て断ち切られた。


核心精霊が——解放された。

________________________________________

八 嵐の後

 解放の瞬間、広間が光に満ちた。

核心精霊が、本来の大きさを取り戻した。


それは——圧倒的だった。


 広間の天井を突き抜けるほどの大きさ。全身が、清澄な光を放っている。三年間の苦痛が消え、本来の姿に戻った精霊が——ラベルを見下ろした。


……有難う。


 言葉ではなく、感覚として届いた。


三年間——待っていた。いつか、来てくれる者を。


「待っていてくれたんですか」ラベルは問い返した。


お前の音が——聞こえていた。遠くから。まだ形になっていない、しかし確かに存在する音が。それを信じて、耐えていた。


「俺の音が——届いていたのか」


ソナーレの音は、精霊に届く。距離も時間も関係なく。


ラベルの目が、熱くなった。

(精霊たちは——ずっと、俺が来るのを待っていた)

(覚醒する前から——精霊は俺の音を聞いていた)


行け、ソナーレの者よ。まだ苦しんでいる精霊たちがいる。お前の音楽で、解放してやれ。

「はい」ラベルは頷いた。「必ず」


——この地の精霊は、お前に従う。第一の試練——お前は越えた。

書物が、光を放った。

第一の試練、クリア。アルメア王国、創音王国の承認。

________________________________________

九 ドランを出た後

 ダンジョンを出た時、外は夕暮れだった。

疲れ果てていたが——それ以上のものがあった。


カリンが、ダンジョンの出口で立ち止まった。

「……見ました」カリンは静かに言った。「ラベルさんの音楽が——精霊の苦痛に届く瞬間を」


「うまくできたかはわからないです」ラベルは言った。

「もっとうまく弾けたら、もっと早く落ち着いたかもしれない」


「十分でした」カリンは首を振った。「いいえ——十分以上でした」

カリンは改めて、ラベルの前に立った。


「ラベル・ソナーレ——創音王国の初代国王。アルメア王国は、創音王国を承認します」


それは——建国宣言から最初の、公式な承認だった。


「ありがとうございます」


「一つだけ、お礼を言わせてください」カリンは続けた。

「百年前の約束を——果たすことができました。私の曾祖父が報われました」


ラベルは何も言えなかった。


言葉の代わりに——ノエルを一度、鳴らした。


旋律が、夕暮れの空気に広がった。


精霊たちが応えた。


ドランの内側から——解放された精霊たちが、ラベルの旋律に合わせて光を放ち始めた。


「綺麗だ……」カリンが呟いた。


「これが——音楽の力だ」ドノヴァンが腕を組んで言った。


「これが——ソナーレが守ろうとしたものだ」ウィークは静かに言った。

________________________________________

十 夜の報告

 野営地で、ウィークが書物を確認した。

「第一の試練——完了。アルメアの承認、獲得」


「残り六つ」ラベルは呟いた。


「そうだ」


「次はどこ?」


「レプラカン王国だ」ウィークは書物を閉じた。

「港湾商業国家——ここが少し、厄介だ」


「何が厄介?」


「帝国の経済的影響下にある。カルセラと似たような状況だが——より深く帝国に侵食されている」ウィークは言った。

「A級ダンジョン「レノス」の攻略だが——帝国がそのダンジョンも既に管理下に置いている可能性がある」


「帝国と正面から戦うことになる?」


「そうなるかもしれない」


「カイ」ラベルはカイを見た。


「剣は抜く準備ができている」カイは短く言った。


「ドノヴァンさんは?」


「五本全部使っていいなら、任せろ」


「セシルさんたちは?」


「もちろんです」セシルが四人を代表して言った。


ラベルはウィークを見た。


「師匠は——」


「私がいる」ウィークは静かに言った。

それだけだった。


しかしその言葉が——全ての答えだった。

(師匠がいる。仲間がいる。精霊たちがいる。ノエルがいる)

(残り六つ——一つずつ、越えていく)


「よし」ラベルはノエルを背負い直した。「行こう」

________________________________________

十一 カリンからの贈り物

 翌朝、出発前にカリンから使いが来た。

小さな箱を持ってきた。


「カリン女王から、ラベル様へ」


開けると、中に——古い楽譜が入っていた。


ソナーレ王国の建国式典楽曲「創音」——第三節から第七節。


「百年前の楽譜……!」ラベルは目を丸くした。


「カリン女王が言っていました」使いが告げた。

「アルメアが百年間、密かに保管していたものだと。ソナーレが帰ってきた時のために。今日この日のために、守り続けたものだと」


「百年間……」ラベルはその楽譜を、両手で持った。

(百年間——守ってくれていた)

(母さんが歌ってくれた歌の、続き。俺がまだ知らなかった続きが——ここにある)


         目の奥が、熱くなった。


「使いさん」ラベルは言った。「カリン女王に伝えてください」


「はい」


「必ず——全部弾けるようになります。そして式典の日に、完全な形で」


「承知しました」

使いが戻っていった。


ラベルは楽譜を、大切に荷物にしまった。


「全部手に入ったな」ドノヴァンが言った。


「全部?」


「建国の楽曲「創音」——第一節は覚醒後に学んだ。第二節はカルテットと一緒に作った。第三節から七節は今もらった」ドノヴァンは言った。

「あとは弾けるようになるだけだ」


「そう言うのは簡単だけど」ラベルは苦笑した。


「難しいことは知ってる」ドノヴァンは言った。

「しかし——お前は毎日弾いている。いつかは弾ける」


「ドノヴァンさんらしい励まし方だ」


「励ましてない。計算だ」


「カイと同じことを言う」


「あいつと計算の仕方が似てるんだろ」ドノヴァンは肩を竦めた。


ラベルは少し笑って、キャラバンに乗り込んだ。


馬車が動き始めた。


アルメアの城壁が、背後に遠ざかっていく。


ラベルはノエルを取り出した。


楽譜を——膝の上に広げた。第三節の旋律を、目で追う。


まだ弾けない。でも——読んでいるだけで、音が聞こえてくる気がした。


母が歌ってくれた旋律の続きが。

(母さん。俺、第三節を手に入れた。いつか全部弾けるようになる)

(聴いてくれてる?)


遠くで——風精霊が、光を揺らした。

(聴いてくれてる、か)


ラベルは微かに笑って、楽譜を胸に抱えた。


旅は続く。


創音王国の物語は——まだ始まったばかりだった。

________________________________________

第11話 了


次話予告

 第12話「第二の試練——A級ダンジョン「レノス」と、帝国の刃」

 レプラカン王国——帝国の経済的影響下にある港湾国家。  A級ダンジョン「レノス」は、既に帝国の管理下に置かれていた。  正面突破か、策略か。  そしてガルヴィス王が語る、帝国との「取引」の裏側。  精霊を解放するための戦いが、より危険な局面に入る。


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