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第10話 封印の地——ソナーレ王国の残影と、創音王の誕生

幕間 カルテットとの朝

 コプラスから離れた野営地の翌朝。

 ラベルが目を覚ますと、カルテットの四人が既に起きていた。

 焚き火の傍で、声慣らしをしていた。

 楽器はない。ただ——低い声から高い声へ、音階を確かめるように、四人がそれぞれ違う音を出している。それがいつの間にか重なって、ハーモニーになっていた。


ラベルはしばらく、目を閉じて聴いていた。

(綺麗だ)

(楽器なしで、これだけの音が出るのか)


「起きていたんですね」セシルが声をかけた。


「うん。起こしたかった?」


「いいえ。聴いていてくれていたなら、嬉しいです」

「聴いてた。上手だった」

「ありがとうございます」セシルは穏やかに笑った。

「毎朝の習慣で」

「毎朝声慣らしをするの?」

「はい。声は楽器と同じで——使わないと錆びる。でも使いすぎると傷める」エラが言った。

「だから毎朝、丁寧に慣らします」


「楽器みたいだ」ラベルはノエルを見た。

「俺も——毎朝弾いた方がいいのかな」


「弾けるなら、弾いた方がいいと思います」ロクが低音で言った。

「しかし無理はしないこと。弾きたい時に弾くのが一番いい」

「ティアは?」ラベルが一番静かなティアに聞いた。


ティアは少し考えてから言った。

「声は——体の状態を正直に反映します。無理に出そうとすると、嘘をついた声になる。嘘の声で精霊を呼ぼうとしても、来ません」

「嘘の声……」ラベルはその言葉を胸にしまった。

「正直な声で弾け、ってことだね」

「そうです」


ドノヴァンが天幕から出てきた。

「うるさいぞ、朝から」

「ドノヴァンさん、起こしちゃった?」

「起こされた」ドノヴァンは言った。

「しかし——聞いてしまったら、文句も言えない」

「褒めてるのか?」セシルが聞いた。

「褒めてる」ドノヴァンはあっさり言った。

「お前たちの声は本物だ。三日で出て行った俺と違って」

「三日——テレーズさんのところですか?」ラベルが聞いた。

「知ってるのか」

「テレーズさんに聞いた」

「……余計なことを」ドノヴァンは溜め息をついた。

「朝飯を作るぞ。文句を言う前に食え」


一 ソナーレ王国の跡地へ

 野営地を出て、三日。

 道が変わっていった。

 コプラスの険しい地形が緩やかになり、平野になり、やがてその平野が——変色した土地に変わっていった。

 草が、少ない。あるいは、枯れている。土の色が灰色がかっている。空気が重い。

精霊の気配が——ない。


「感じる」ラベルはノエルを持ちながら言った。


「精霊が——いない」

「帝国の封印だ」ウィークが言った。


「百年前、ソナーレを消した後——この地全体に、精霊の活動を抑制する封印を施した」


「精霊が一匹もいないの?」


「封印によって、精霊の活動が抑制されている。いないわけではない——ただ、眠らされている」


「眠らされている精霊……」ラベルは荒れた平野を見た。

「可哀そうだな」


「百年間、そうだ」

カイが荒れた平野を見渡して言った。


「建物の残骸すら、ない」


「帝国は建物だけでなく——土地の記憶まで消そうとした」ウィークは静かに言った。

「しかし——」


「完全には消せなかった」ラベルが続けた。

「だって俺が、ここにいる」


「そうだ」


カルテットのセシルが静かに言った。

「この場所に精霊が戻れば——百年前の記憶も、戻るかもしれない。土地は覚えているものですから」


「土地が覚えている?」


「精霊は記憶を持ちます。その精霊が宿る土地も、同様です。封印されて眠っているだけで——消えたわけではない」


ラベルはその言葉を聞いて、ノエルをそっと撫でた。

(眠っているだけ。消えたわけではない——)

(それは母さんのことも、同じかもしれない)

________________________________________


二 封印の核

 平野の中央部に近づくにつれ、封印の重さが増した。

ラベルの体に、見えない圧力がかかる感覚。ノエルの光が消えかけている。


「すごく重い……」ラベルは息をついた。


「封印の密度が高い場所だ」ウィークは義眼で地面を確認した。

「この平野の中心に——封印の核がある」


「核?」


「封印を維持する根本だ。これを解除すれば——精霊が一斉に解放される」ウィークは続けた。

「しかし通常の方法では壊せない。帝国の最高技術を使った封印だ」


「じゃあ、どうするの?」


「ラベルの音楽で解除する」ウィークは静かに言った。


「俺の音楽が——帝国の封印を解ける?」


「精霊の封印は、精霊が応えることで解かれる。そしてこの封印に眠っている精霊を呼び覚ますことができるのは——ソナーレの音系創造魔法だけだ」


ラベルは平野の中心を見た。

 地面に——紋様があった。帝国の魔術式が、地面に刻まれている。複雑な幾何学模様が、広大な範囲に展開されていた。その中心点に、一つの石柱が立っている。


「あれが——封印の核か」


「そうだ。解除の方法が書に記されている」ウィークは書物を見た。


「ラベルのソナーレ・カンタータを石柱に向けて発動する。ソナーレの音が、帝国の封印を上書きする」

「音で封印を解く」ラベルは石柱を見た。


「カルテットたちも?」

「声で支援してもらう」ウィークはカルテットを見た。


「もちろんです」セシルが頷いた。


「ドノヴァンは周囲の警戒を」

「任せろ」


「カイは——」

「わかってる。帝国の追加部隊が来た場合の対処だ」カイは剣の柄に手を当てた。


「頼む」

________________________________________


三 封印の解除

 ラベルは石柱の前に立った。

 封印の圧力が、直接体に押し付けてくる。ノエルの弦の光が、今にも消えそうだ。


「ラベル」セシルが隣に並んだ。

「私たちの声が、あなたの音を支えます。あなたが旋律を作ってください。私たちがそれを増幅します」


「わかった」ラベルは深呼吸した。

ノエルを構えた。


弦に触れた。


音が——消えかけた。封印が、音を吸い込もうとする。

(駄目だ。押し負ける——)


 しかしその時、カルテットの四つの声が重なった。

低音が地を這い、高音が天を刺し、二つの中間音が旋律を支える——四声の和音が、封印の圧力を押し返し始めた。


(今だ)

ラベルは弦を鳴らした。


旋律が——流れ出した。


母から受け継いだ歌。アルダが語った百年の歴史。テレーズに教わった誠実な音。カルセラで聴いた波音。コプラスで戦った仲間たちの息遣い——全てが旋律に混じって、石柱に向かって流れていく。


封印の紋様が——震えた。


ひびが入り始めた。


「もう少し」ウィークが言った。「ラベル——お前の中の全部を出せ」


(全部——)

ラベルは目を閉じた。

(母さん。俺、ここにいるよ。ソナーレの地に来た。俺の音が聞こえてる?)


その瞬間——ノエルが、今までとは比べ物にならない光を放った。


封印の紋様が——砕けた。


石柱が、音もなく崩れ落ちた。


そして——精霊が、戻ってきた。


封じられていた精霊たちが、百年ぶりに解き放たれ、一斉に溢れ出した。

風精霊、土精霊、光精霊——無数の光の粒が、荒れた平野を駆け抜けた。枯れていた土地に、草の芽が一斉に吹き出した。空の色が、淀みを失って青くなった。


「——すごい」ラベルは呟いた。


カタログ化完了——ソナーレ王国跡地、封印解除。精霊流復活。

「聖ラジエルの書初級——いや、中級が更新されている」ウィークは書物を確認した。

________________________________________


三・五 パッシブの発動——ウィークが感知したもの

 封印が砕けた瞬間、ウィークは静かに目を閉じた。

(未来予見——発動)


断片的な映像が流れ込んでくる。ハフト・ハーンの七つの試練。各国の王との会見。そして——その先に、巨大な何かがある。輪郭が掴めない。しかし確実に、存在する。

(七つの試練を越えた先に——何かがある。書がまだ示していない何かが)


目を開いた。


「師匠、どうした?」ラベルが気づいて声をかけた。


「未来予見だ」ウィークは静かに言った。「サン・アポロニウスのパッシブが、少し先を示した」


「何が見えた?」


「七つの試練の先に——大きな何かがある」ウィークは答えた。

「まだ形は見えない。しかし——ハフト・ハーンを急ぐ理由が、また一つ加わった」


「急ぐ理由があるのか」カイが言った。


「帝国が動き続けている。私たちが一つ試練を越えるたびに、帝国もその分だけ対策を進める」

ウィークは続けた。「思考感知で——帝国の諜報員の存在を、この旅路で何度か察知している。我々の動きを、帝国は把握している」


「それは知っていた」ドノヴァンが言った。


「しかし——今日、封印が解かれたことも、帝国に伝わるだろう」ウィークは言った。

「ソナーレの音が帝国の封印を破った——その事実が、帝国の最上層を動かすかもしれない」


「急ぐ、ということか」ラベルは頷いた。


「そうだ。しかし——焦るな。必要なことを、一つずつやれ。それだけだ」


________________________________________

四 歌神の啓示

 精霊が溢れる中で——ラベルは動けなかった。


動けないのではなく——動く必要がなかった。


何かが来る、と感じていた。


精霊たちが、ラベルの周囲に集まってきた。無数の光の粒が渦を巻き、ラベルを包んでいく。


「師匠」ドノヴァンが言った。「ラベルが——」


「見ていろ」ウィークは静かに言った。「邪魔をするな」


光の中で、ラベルは声を聞いた。


今まで聞いたことのない声だった。テレーズの声でも、アルダの声でも、カルテットの声でも——ない。もっと根源的な、音楽の最も深いところにあるような声。


            ——ラベル・ソナーレ

「誰?」


私は歌神だ。音の源、旋律の始まり。ソナーレの一族が信仰した、音楽の神だ


「歌神……」


百年間、この地は封じられていた。ソナーレの音が消え、私の声は届かなかった。しかしお前が封印を解いた。だから——直接、話しかけることができる


「何を伝えたいの?」


お前に——イニシエーションを授けたい

その言葉の意味が、直感的にわかった。


ソナーレ王国は、かつて音楽によって国を治めた。精霊と人が共存し、音楽が世界を結んだ。帝国がそれを消した。しかし——血は残った。お前の中に


「俺は——」


お前は、新たなソナーレを興す者だ。王ではない。

創音王——音楽によって世界を創る、新たな時代の始まりの者だ


「新たな国を——俺が?」


国を興すのは、お前だ。しかし一人ではない。既に仲間がいる。音の仲間、剣の仲間、精霊の仲間——彼らと共に進め


「でも——俺はまだ何もわからない。覚醒したばかりで、ノエルだってまともに弾けなくて」


それでいい


歌神の声が、温かくなった。


ラベル——音楽に完成はない。技術が足りないなら、磨けばいい。知識が足りないなら、学べばいい。

しかし——お前が持っている核心は、既に本物だ

お前の音が、封印を解いた。お前の音が、精霊を呼んだ。お前の音が——百年間眠っていたノエルを目覚めさせた

それは技術ではない。お前の存在そのものが、ソナーレの音楽だ


「歌神——」


行け、ラベル・ソナーレ。創音王のイニシエーションを、今ここで授ける


              光が——爆発した。


ラベルの全身を、旋律が貫いた。痛くはない。しかし——全てが書き換わるような、魂の奥底まで届くような感覚。


ノエルが、今まで以上に深い緑色に輝いた。


そして——ラベルの中に、言葉が降ってきた。



             建国宣言をせよ。


  そしてハフト・ハーンに挑め——七つの試練を超えた時、新たな国が生まれる




________________________________________

五 建国宣言

 光が収まった時。

ラベルは、荒れた平野の中心に立っていた。


全員が——ラベルを見ていた。


ウィークが、白金の瞳で静かにラベルを見ていた。


その時——ウィークの視界の端に、何かが映った。

(思考感知——発動)


ラベルの思考の表層が、ウィークに触れた。

(怖い。でもやる。やらなければならない。皆がいる。精霊がいる。ノエルがいる——)

(怖さより、前に進みたい気持ちの方が大きい)


(それで——十分だ)

ウィークは、思考感知を静かに閉じた。


「ラベル」ウィークが言った。

「歌神と話したか」


「話した」


「イニシエーションを受けたか」


「受けた」


「では——言葉にしろ。この場で」


ラベルは全員を見た。


ウィーク。ドノヴァン。カイ。セシル、エラ、ロク、ティア。そして、遠くでノエルたちドリアードが——この瞬間を感じているように、光を揺らしていた。


ラベルは、ノエルを構えた。


弦を、鳴らした。


最初の一音が、精霊が戻ったばかりの大地に響いた。


「俺はラベル・ソナーレだ」


声が、音楽に乗って広がった。

「百年前に帝国に滅ぼされたソナーレ王国の、最後の血を引く者だ」

精霊たちが集まってきた。光の粒が、ラベルの周囲で揺れた。

「俺はここに——歌神の啓示と、この地の精霊たちの前で、宣言する」


           ラベルの旋律が、大きくなった。


カルテットの四人が、目を合わせ——静かに声を重ねた。ボイスプレイが、ラベルの宣言を支え始めた。


「新たなソナーレを、ここに興す。かつての王国ではない。創音王国——音楽と精霊と人が共に生きる、新たな時代を」


ドノヴァンの精霊たちが、光を増した。


「この国は剣で支配しない。音楽で結ぶ。精霊と共に歩む。そして——帝国が消した歴史を、取り戻す」

カイが、二本の剣を鞘に収めて——膝を突いた。


それを見て、ユグノーたちが地に膝を当てた。


カルテットが頭を下げた。


ドノヴァンが腕を組みながら、しかし確かに——頭を垂れた。


「ラベル・ソナーレ」ウィークは静かに言った。

「創音王として——お前の旅を、私が書に記す」

            

            書物のページが開いた。


創音王国——建国宣言。ラベル・ソナーレによる。 ハフト・ハーン(七つの試練)開始。

ラベルは最後の音を——空に向かって、高く鳴らした。


その音が、大地に染み込んだ。


百年間封じられていた精霊たちが——一斉に応えた。

________________________________________

六 ハフト・ハーン、その全容

 夜の野営地。


焚き火を囲んで、ウィークが書物を開いた。


「建国宣言をしたことで——周辺国家への通達が必要になった」


「周辺国家が承認しないと、国として成立しないのか?」ラベルが問う。


「新たな国が成立するためには——七つの周辺国家の承認が必要だ。

そしてそれぞれの国が——試練を課す」


「試練——ハフト・ハーンか」カイが言った。


「七つの試練」

「書が示している内容を読む」ウィークはページを追った。


第一の試練——アルメア王国の依頼によるA級ダンジョン「ドラン」の攻略。

第二の試練——レプラカン王国によるA級ダンジョン「レノス」の攻略。

第三の試練——ミミール王国によるA級ダンジョン「ミザレ」の攻略。

第四の試練——ファフニール王国によるA級ダンジョン「ファーレン」の攻略。

第五の試練——ソラス王国によるA級ダンジョン「ソーン」の攻略。

第六の試練——ラエール王国によるA級ダンジョン「ライラックス」の攻略。

第七の試練——シルベルト王国によるS級ダンジョン「シンタックス」の攻略。


「A級が続いて——最後だけS級か」ドノヴァンが腕を組んだ。

「難易度が綺麗に上がっていくな」


「最後に最も難しい試練が来る」ウィークは書物を閉じた。

「しかし——今考えることではない。まず第一を越えることだ」


「アルメア王国まで、どのくらいかかる?」ラベルが聞く。


「ソナーレ王国跡地の東——三日だ。アルメアとの国境はそう遠くない」


「では行こう」ラベルは立ち上がった。ノエルを背負い、新しい朝の光を——いや、今は夜だが——焚き火の光を顔に受けた。

(七つ。一つずつだ)

________________________________________


七 ウィークの告白

  その夜。

全員が眠りにつく前に——ウィークがラベルを呼んだ。


二人で、焚き火の前に座った。

「ラベル」


「なに?」


「一つ、聞いておきたい」


「なんでも」


「私が——創造神に選ばれた存在だと、以前に話した。書を受け取り、使命を持ってこの世界にいると」


「うん」


「今日の建国宣言を経て——私の使命が、より明確になった」ウィークは静かに続けた。

「それを、お前に話す」


「聞かせて」


「この世界では、精霊と人間の関係が歪んでいる。帝国が精霊を資源として扱い続けた結果、精霊と人間の間の本来の繋がりが失われつつある」ウィークは言った。


「その流れを止めるために——私はこの世界に来た」


「それは前に少し聞いた」


「しかし——今日、もう一つのことが書に記された」ウィークは書物を開いた。

ラベルは、今日初めてそのページを読むことができた。


——音を持つ者と共に歩め。彼の歌は、閉じた扉を開く。

そしてその下に、新しい行が追加されていた。


——創音王国の建国により、最初の扉が開かれた。残る扉は六つ。


「六つの扉……」ラベルは繰り返した。


「ハフト・ハーンの七つの試練を越えるたびに——扉が開かれる」ウィークは言った。

「そして全ての扉が開かれた時——精霊と人間の本来の繋がりが、取り戻される」


「つまり——七つの試練は、ただの承認を得るためじゃない」ラベルは静かに言った。

「世界を変えるための、扉を開く旅だ」


「そうだ」


「師匠」ラベルは言った。

「サン・アポロニウスになって——未来予見でこの先が見えてるんだよね?」


「断片的にだが」


「何が見える?」


ウィークは少し間を置いた。

「七つの試練を越えた先に——大きな戦いがある」ウィークは静かに言った。

「帝国が、動く。これまでの小競り合いとは違う、本格的な干渉が来る」


「怖いか、と聞かれたら——怖い」ラベルは正直に言った。


「そうだろう」


「でも——師匠が未来を見ていてくれるなら、俺は少し安心できる」ラベルは言った。

「俺の見えないところを、師匠が補ってくれてる気がして」


「パッシブスキルは——私が選んで使っているわけではない。常時発動している」ウィークは言った。


「しかし——お前が安心するなら、それでいい」


「思考感知で——俺の考えが読めるんだよな?」ラベルが少し顔をしかめた。


「表層だけだ」


「今も読んでる?」


「読んでいない」ウィークは静かに言った。

「読む必要がない時は、閉じている」


「……なんで読む必要がないって思ったの?」


「お前の言葉を、信用しているからだ」


ラベルはその言葉を、しばらく胸の中で転がした。

(師匠が俺の言葉を信用している。だから読む必要がない)

(それは——俺が師匠の言葉を信用しているのと、同じことだ)


「師匠」


「なんだ」


「ありがとう」


「何のことだ」


「廃村で拾ってくれたこと。ここまで連れてきてくれたこと。全部」ラベルは言った。

「これからも——一緒にいてくれる?」


ウィークは少し間を置いた。

「ハフト・ハーンが終わるまでは、いる」


「それ以降は?」


「……その時に話す」


ラベルはその言葉に含まれる何かを感じた。しかし、今夜はそれ以上聞かなかった。


「じゃあ——ハフト・ハーンが終わるまで、頼む」


「わかった」

________________________________________


八 建国宣言の翌朝

 夜明け。

ソナーレ王国の跡地——今は創音王国の礎となったこの大地に、昨夜の余韻がまだ残っていた。精霊の光が、夜明けの空気の中でゆっくりと揺れている。


ラベルは一人、野原に出ていた。


ノエルを持って。


建国した大地の上で、一人で弾いた。


観客はいない。精霊も、今は遠い。ただ——自分のために弾いた。


昨日までの旅を、振り返りながら弾いた。


ブランガの第一層で感じた、精霊の息吹。ドノヴァンの五指が踊った時の驚き。ザザントの水の中で、ノエルに初めて触れた瞬間。カイと並んで歩いた道。テレーズに眉毛の話を聞いた夜。エルシナの広場で吟遊詩人を聴いた時の、胸の痛み。


アルダの部屋で、百年前の記録を聞いた時。


コプラスの絶壁を見上げた朝。


昨日——封印を解いた時。歌神の声が聞こえた時。

全部が、音楽になる。

旋律が、静かな朝に広がった。


精霊が——遠くから、応えた。


ブランガの精霊が。ザザントの精霊が。コプラスの神樹が。


それぞれの場所から、ラベルの旋律に応えた。

「……繋がってる」ラベルは呟いた。


全ての精霊が、音楽で繋がっている。離れていても、繋がっている。

(これが——創音王国の力なのかもしれない)


「ラベル」


背後からウィークの声がした。

「準備ができた」


「……うん」

ラベルは立ち上がった。目を一度、強くこすった。


「行こう」

ウィークは何も聞かなかった。


ただ、隣を歩いた。


二人の足音が、朝の草原に重なった。

________________________________________


九 アルメアへ

 キャラバンが動き始めた。

一行は、アルメア王国へ向かった。


帰り道、ラベルは毎日ノエルを練習した。


ルーナが教え、カルテットが声を重ね、ドノヴァンが時々的外れなアドバイスをし、カイが静かに聴いていた。

 そしてある朝——

旋律が、繋がった。


建国の楽曲「創音」の冒頭部分が、初めて通して弾けた。


まだ全部ではない。粗い部分がある。しかし——第一節だけは、途切れずに。

「——弾けた」ラベルは呟いた。


しばらくして、セシルが言った。

「一節弾けたんですね」


「うん。まだ全部じゃないけど」


「全部弾けるようになった時」セシルは静かに言った。「建国式典ができますね」


「建国式典……」ラベルは繰り返した。「まだ早い気もするけど」


「早くない」カイは短く言った。「七つの試練を越えた後——式典をやれ。一節弾けたなら、七つが終わるまでには全部弾けるようになる」


「カイにしては、珍しく励ましてる」


「励ましてない。計算だ」


「計算で励ましてる」


「……うるさい」


ドノヴァンが後ろから言った。

「師匠もそう思ってるぞ」


ウィークが御者台から言った。

「そうだな」


「師匠まで」ラベルは少し照れた。


「事実だ」ウィークは続けた。

「お前が建国の楽曲を完全に弾ける時——それが、真の建国の瞬間だ」


「建国宣言は昨日したのに?」


「宣言は始まりだ。完成は——音楽が完成した時だ」


ラベルはノエルを見た。

(七つの試練を越えて——建国の楽曲を完全に弾く。それが俺のゴールだ)

(まだ先は長い。でも——音楽は続く)

弦を、一度鳴らした。


精霊が、応えた。

音楽は消えない——アリア女王が言った言葉が、ラベルの胸に響いた。

ソナーレは終わらない——と。


創音王国が、動き出した。

________________________________________

第10話 了


次話予告

 第11話「第一の試練——A級ダンジョン「ドラン」と、アルメアの女王」

 アルメア王国に到着した一行を待っていたのは、  百年前の約束を守り続けた女王だった。

 「ソナーレが帰ってきた日を、待っていました」

 A級ダンジョン「ドラン」——暴走する精霊が待つ試練の場。  武力だけでは解決できない。


 創音王の音楽が、初めて「戦力」として試される。




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