第九十七話 カイの交渉術その2。
タフガイは囚人食を食い終わると、俺達の方に目を向けた。俺は目を反らして気付いてないフリをしてあげた。優しいなぁ俺。
この囚人食を食わせるのも俺の作戦の一部だった。ちょっとヤマを張ってる部分はあるんだけど。
ワゴンを運んでいた三白眼がニヤニヤ笑っているのを見て、俺の山勘は確信に近くなっていた。
「なんか、嬉しそうじゃん?」
三白眼のそばに行って小声で話しかけてみる。彼の返事は俺の勘が当たっている事を示していた。
「実はねアニキ。俺達の分が載ってた段に、薬の小瓶があったんすよ。これね、多分下剤なんじゃないかと思ったんで、半分くらいあれに混ぜときました」
やっぱりなー。あの時の片目の様子がおかしいと思ったんだよ。多分騎士団の連中は、囚人の体力を奪う為に食事に下剤を混ぜてたんだ。日替わりで一人ずつ下剤入りで食わされてたんだろうなぁ。
「なるほどな。道理で毎日誰かしら腹下してたわけだ」
リーダー格が聞きつけて話に加わった。これで確定だな。
三白眼は半分下剤が残った小瓶をくすねてポケットに入れていた。さすがそつがないね。どっかで使えるかも知れん。
さぁ、面白くなってきたぞ。
俺達の期待のこもった目が見張り部屋に集中した時、タフガイの身に異変が起きた。
突然、何かに気付いたようにはっと立ち上がったタフガイ。顔色は土気色というかなんというか。青ざめているを通り越して、血の気が引いていた。
そのままぎこちないが異常なスピードでトイレへ向かう。
がちゃがちゃ。
少しの間。
がちゃがちゃがちゃがんがんがん!
切羽詰った乱暴さで、ドアノブを引きちぎらんばかりの様子。姿はここから見えないが、音でね、充分に伝わって来ます。
さらにどす黒い顔色になったタフガイが目を見開いた顔を出し、俺達の人数を指差し確認した。うん。五人。全員いますよ。誰かトイレにこもってるわけじゃないですよ。
タフガイは首をひねってさらにドアと対峙した。
「んむぉっ……かっ」
意味不明なうなり声。そして。
ふしゅー。ひゅるる。ふぅうお……。
タフガイの荒くなった呼吸音が、ここまで聞こえてきた。
やばいねー。切羽詰ってらっしゃいますねー。
「んこぉぁっ……」
また意味不明なうめき声を出しながらタフガイが顔を出した。
「ぉ……ぉぃ、この……ドア開けられるかっ」
途中で波が来たのか、突然早口の甲高い声になる。マジ面白いんだけど。
「アニキはどんな鍵でも開けられるんだ。なんせ、閃光の魔術師様だからな!」
片目が言った。うーん。色々間違ってる気がするけど。
「ほ……ホ! ホン当か! こ、コのドア、を、オ! あ、ああアアアけロっ……」
ニュアンスをできるだけ伝えようと思って、声が裏返った部分はカタカナで表記してみました。
「おかしいなー。おじさん、俺の上司だっけ? 親だっけ?」
俺は意地悪く言った。このタフガイ、プライドだけはかなり高そうだ。まだまだもちそうだしね。
ふしゅー。ふしゅー。ほぁっ……。
また大き目の波が来たようだった。呼吸が浅く、早くなり始めてる。
「なんで俺、おじさんに命令されなきゃいけないわけー?」
タフガイは目を白黒させながら、やっとの事で声を絞り出した。
「ほハほハほハ……。ぉ、ぉねがぃでスかラ……!
このドアを、あ、あアけてくダサィ……ィッ!」
えー、この『ほハほハほハ』というのは、タフガイの浅く早い呼吸音である。
「そっか、わかったよ! おじさん! そのドアを開ければいいんだね!」
俺はそう言うと立ち上がった。
その時のタフガイの表情は、それはもうとろけんばかりの、生まれたばかりの孫を見るおじいちゃんのような、それでいて何かを切なく懇願する妖艶な恋人のような……。
いやいや、そんな暇はないよね。
俺は急いでタフガイの元へ駆け寄ろうと二歩、走った。
「あ! おじさん、ごめんなさい。さっきおじさん言ってたよね。勝手に檻から出ちゃダメだって。だから俺、この檻を開けられないよ」
俺はとても申し訳なさそうに、必死で表情を作って言った。
タフガイの顔の色が赤黒く、そして青黒くなった。すげえ、お前はカメレオンか。
「だから、おじさーん。この檻開けてくださーい!」
ダメ押しの一言だった。タフガイは一歩こちらに進もうとして、驚愕の表情を浮かべ、固まった。
「じ、自分で開けてい、いいから……ぉ、ぉねガぃしま……しゅうううぅぅぅぅ」
言葉の最後が長い呼吸音に変わった。さすがにこれ以上はかわいそうだな。
俺は急いで檻を出ると、トイレへ駆けつけてドアを開けてやった。タフガイは天使に出会ったような顔で俺を見る余裕はなく、修羅の形相でトイレに消えた。
「むぁああっ! く、くぅあぁああああっ!」
トイレの中からタフガイの苦悶の声が響いてきた。同時にトイレの壁に肉体がぶつかるような激しい音。
「はぁ、あああっ、あ、おおおうん! おおおあああああああああああ!」
苦悶をあらん限り吐き出すかのような声はまだ続いていた。ん? あれ? ちょっと様子がおかしいぞ?
しばらく続いた苦悶と抵抗の声は絶望の絶叫に変わり……、だんだんと力を失っていった絶叫が消え去ると、静かになったトイレから、微かな男泣きの声が聞こえてきた。
……一体、何があったんだ。あのトイレの中で。
ギリギリだったが間に合ったはずだ。それなのに、あの長く続いた苦悶と抵抗は何だったんだ。
四人の男達も不思議そうにこっちに集まってきた。
「……大丈夫?」
俺はトイレのドアをノックして、そっと声をかけた。
中からはすすり泣きの声が聞こえるのみだ。
「出ておいで。俺達は……」
ドアは固く閉ざされ、開く事が出来なかった。開けられまいとタフガイが中から強い力で引っ張っているようだ。
「開けないでくれ……たのむ……。しばらく、この部屋から出て行ってくれないか……。一人になりたいんだ」
タフガイは沈痛な声でそう言った。
いやいや、あんたをここに一人にして出て行ったら、その時点で俺達脱獄なんだけど。
「そういうわけにはいかないよ」
俺は優しいイケボを繰り出した。まぁ、男には効かないと思うが、ないよりはマシだろう。
「俺達が出て行ったら、おじさんは俺達に脱獄された事になっちゃうだろ?
それに、困ってるおじさんを俺達がほっとけるわけないじゃないか」
我ながら歯の浮く台詞だった。
まぁ程度の差こそあれ、トイレの中の惨状はある程度想像がついた。だがこれも、このおじさんを味方に引き入れるためだ。ちょっと計算が外れたけど。ギリギリ間に合う予定だったんだけど。
「旦那。手を離してください。俺達が何とかしますから」
リーダー格が言うと、残りの三人も口々に呼びかけた。そう。俺達は一人残らずおじさんの味方だ!
ドアを引く力が弱まった。
そしてついに、トイレのドアが音もなく開いた。
次回予告。
カイ様の有能秘書、ニミュエでございます。
先生の交渉術も最終段階を迎えました。
静けさの中に響く、すすり泣きの声。
果たして決死の交渉は、実を結ぶのか!?
次回、Take It All! 第九十八話
「陥落。」にご期待下さい。
あ、あの……引き続き、お食事の時には読まないで下さい(汗)




