第九十八話 陥落。
トイレのドアが開くと、顔面をハンマーで殴られるような強烈な臭気と、言語を絶する地獄絵図が展開されて……はいなかった。
……あれ?
タフガイがすすり泣いている。もらしてないんなら、どうしてだろう。
「さ、おじさん、出ておいでよ」
俺がタフガイを立たせようとすると、タフガイは俺の手を払いのけた。
そして、俺は気がついた。タフガイのズボンが、ぱんっぱんに膨れ上がっている事に。
これはまさか……。
「ちょっと悪いが、みんな、手を貸してくれ」
俺は四人に耳打ちした。かなり嫌なお願いだっただろうが、四人は快くうなずいてくれた。
「旦那、こうしていてもラチがあきませんや。行きましょう」
「さすがにね、立って歩くわけにはいかねえでしょうから、俺達がお連れしますよ」
片目と三白眼がそう言って、四人でタフガイの身体を持ち上げた。
パンパンに膨れ上がったズボンの尻から異臭のする雫が垂れる。
「よぉし、急ぐぞ!」
リーダー格の合図で、四人は完璧なチームプレイで、タフガイを一番近い檻の中へ運び込んだ。
「大丈夫、旦那を閉じ込めやしませんよ」
すすり泣きながらなすがままになっているタフガイ。
檻の片隅にある小さな排水口のそばにタフガイをおろし、無口がタフガイのズボンを脱がしにかかった。
「……あれ?」
無口が首をかしげる。
「どうした?」
「ベルトがはずれねえんですよ」
無口が答えた。その答えで、俺は全てを悟った。悟ってしまった。
俺、鞭のホルダーやガンベルトのホルダーをロックする時、ベルトもロックしちゃったんだ。多分、ズボンのボタンなんかもロックされちゃってるんじゃないか。
トイレの中から聞こえた苦悶と抵抗のうめき声。その意味が改めてわかり、俺は慄然とした。
想像してみてほしい。切羽詰って駅のトイレに駆け込み、全部が使用中。他のトイレやデパートまで探して、ほんとにもうギリギリのギリギリでやっとトイレに駆け込んだのに、ベルトがどうしても外れないというその気持ち。
目の前に便器はある。俺が使うのを待っている。そして俺も心から使用する事を欲している。なのにベルトが。卑劣な裏切り。おなかを引っ込めてその分緩ませる、なんて余裕などあるわけはない。一瞬でも早く外さなければという焦り。限界。
タフガイはその果てに、絶望を見たのだ。無意識とは言え、俺はとんでもなくひどい事をしてしまったのではないのか。
俺はそっとタフガイのベルトとズボンに触れた。
するっとベルトがはずれ、ズボンが重みでずり落ちた。
そして、顔面をハンマーで殴られるような強烈な臭気と、言語を絶する地獄絵図が、改めて展開された。
――三十分後。
無口がきれいになった檻の床に、ホースで水を流している。
俺達は平和な雰囲気で、見張り部屋に集合していた。
タフガイも、生まれ変わったような柔和な笑顔で俺達を見ていた。
「いやぁ、本当にありがとう。俺は生まれて初めて人の暖かさに触れたような気がするよ。あんたら、いい人たちだったんだなぁ」
そんなに感謝されるのもちょっと困るなぁ。ちょっとやりすぎちゃったのは謝らなきゃいけないくらいだし。
俺達はタフガイのズボンと下着を処分し、汚れてしまっている下半身を洗い流してやったのだ。完全に無気力になっていたタフガイが、きれいになっていくごとに感情を取り戻していく様は感動的ですらあった。
そして何より、こんな事を嫌がらずに手伝ってくれた四人組にも感謝しかない。
「しかし、あんた達みたいにいい人が、どうしてこんな牢屋に入ったんだ?」
タフガイが不思議そうに聞いた。そう、俺はこれを待っていたのだ。今ならこのタフガイは俺達の話を聞いてくれる。交渉の第一段階突破というわけだ。
もちろん、もといた世界で使える手法ではないから、読者の営業マン諸君は絶対に真似をしないように。
「アニキは、大切な人を探してるんすよ。旦那……」
片目が語り始めた。
「アニキはね。昔、クズだった俺達を真人間にしてくれた恩人なんだ。そんなアニキがね、久しぶりに会ってみたら、とても困ってる。苦しんでる。俺達だって何か力になりてえじゃないですか、旦那」
この片目、実は結構切れる奴なんじゃないか。話を聞きながら俺はそう思い始めていた。
実際、片目はタフガイの質問には全く答えていない。投獄された理由を聞いているのに『俺達がこれまでどう生きてきたか』という似て非なる答えをする事で、巧みに興味を反らしつつ、満足感を与えているのだ。こいつ結構いい営業マン(か詐欺師)になれそうだぞ。
「そうか……そんなに困っているのか……君ほどの男が……」
タフガイは深刻な顔で俺を見つめた。あれ? これって、スマホの力を使わずに初めて『すごい奴』と認められた瞬間じゃないだろうか。
俺はある種の感動を覚えてタフガイの顔を見返した。あ、それからいい忘れたが、下着とズボンを処分したタフガイは、現在フルチン状態である。テーブルのおかげで見えないけどね。
「そうなんだ。俺の大切な人が行方不明になった。俺は彼女を捜しにここまで来たんだ。王様に力を貸してもらえないかと思って」
「そうだったのか……」
タフガイは腕組みをして何度もうなずいた。
「そうだ。俺はここへ来た時、二人の仲間と一緒に来たんだ。彼女達は今無事なんだろうか」
シェリーとセレンの事も大きく気にかかっていた。もちろん外交的な話にもなりかねないから、いきなり投獄という事はないだろうが……。
「いや、女子房の方に誰かが入れられたという話は聞いていないから、その二人は大丈夫だろうと思う」
タフガイの答えに、俺はほっと一息ついた。まぁ座敷牢に入れられているという可能性もあるが、こんな、人が暮らす場所じゃないような所に入れられてないのは大きな救いだった。まぁ、力ずくで投獄しようとしても、あの二人なら返り討ちにして逃げ出せるか。武器もあるし。
詳しい情報はわからなかったが、タフガイが俺達にできる限り誠実に答えてくれていたのはわかった。それで充分だった。
「だからよ、旦那。カイのアニキがその二人を助け出して、大切な人を捜しに行くのに協力してほしいんだよ」
片目が言った。おいおい、それって脱獄に協力しろって言ってる事なんだけど大丈夫か?
タフガイは腕組みをしてうーんと考え込んだ。
「そうだな……。よし、わかった。俺もできる限り協力しよう」
意外なまでにあっさりとタフガイはうなずき、俺に笑顔を見せた。おいおい大丈夫なのか? 脱獄幇助になるんだけど。
「ありがとう。本当にありがたいんだけど、大丈夫? これって脱獄計画に協力するって話なんだけど」
俺は確認半分、タフガイへの心配半分でそう尋ねてみた。看守をしているんだから、脱獄の責任を問われる事になるのは間違いないだろう。色々とやばいことになるんじゃないか?
「俺の事を心配してくれるのかぁ。やっぱりあんたら、いい人だなぁ」
タフガイは少し涙ぐみながらそう言った。日頃よっぽど辛い目に遭ってるんだろうか。いや、ついさっきここで起きた辛い目の方が余程きつかっただろうに。
「でも大丈夫だ。上からは、あんたらがめちゃめちゃ凶悪な犯罪者だと言われてるんだ。それだけ危険な犯罪者なら、逃げられても俺の手に負えませんでしたって報告すりゃあなんとかなるだろ。もちろん、俺はあんたらを凶悪犯罪者だなんて思えねえから、良心の呵責もねえしな」
タフガイはからりと笑った。最初入って来た時の乱暴っぷりが嘘のようだ。
脱獄が成功すれば、タフガイはやはり大きな不利益を蒙るだろう。それは心配だったが、俺にはそう言っていられる余裕はなかった。
それに、タフガイの協力を断る事は、そこまで覚悟して協力を申し出てくれている彼に対しても失礼になる。
「本当にありがとう。おじさんの言葉に甘える事にするよ」
俺が素直に頭を下げると、タフガイは満足げにうなずいて、すっくと立ち上がった。
「どっちにしても、あんた達に今一番必要なものが何か、俺にはぜーんぶわかってる。安心しろ。できる限り早急に! 全て! 整える!」
どんと胸を叩くタフガイ。一糸まとわぬ下半身で、可愛らしい小天使がぷらんと揺れた。
次回予告!
やっほー!ミュウだよ!
いよいよ第百話直前! ほんと良く続いたよねー。
ってゆうか! あれから全っ然! ミュウちゃんも女の子も出て来ないじゃん!
こらぁ作者! 飛び蹴りだけじゃすまないからね!!
次回、Take It All! 第九十九話
「イケメンどもの夕べ。」
読まなかったら鼻に飛び蹴りだからねっ!
というわけで!ミュウちゃんの新必殺技を大募集します!
採用された方の中から抽選で一名様に! ミュウちゃんが新必殺技をお見舞いしまーす!
ご応募、待ってまーす!




