第九十六話 カイの交渉術その1。
「ぅおおわっ!?」
虚を突かれた見張り役のタフガイは、倒れこむように入ってきて膝を突いた。押していたワゴンがぐいっと引っ張られたのだから無理もない。俺はすかさずドアを閉めた。
「Oh! 足元、お気をつけくだサ~イ?」
なんか、ノリで片言になりつつタフガイが立ち上がるのを手伝って、ハグしてやった。ううん、汗臭い。
それにしてもまるまる二話分、全く女子が出てきていないぞ。大丈夫か。アクセス数が落ちやしないか。
とまぁ俺の立場で気にしてもしょうがない事を考えつつ、俺は見張り役を観察した。
そうね。下っ端だね。だって、前に会った騎士団の連中と違って鎧着てないし。服だって騎士と言うよりは山賊風だ。
一瞬何が起こったのか把握できず、ぽかんとしていたタフガイは、俺達が檻から出ている事に気付いて大声を上げた。
「お前ら! お、檻から出たな! どうやって出た!? いつ出た!? 何で出た!? 何しに出た!?」
出た出たとうるさく騒ぎながら、腕をぶんぶんと振り回す。なんだよこいつあぶねえな。
拳を避けながら、三白眼がワゴンをおして檻の方へ逃げた。
「おいお前! それ持っていくんじゃねえ! お前達、檻へ戻れ! 騒ぐな! 抵抗するな! 避けるな! 飯を返せ!」
……注文の多い奴だな。しかも俺の嫌いな「禁止」系の注文が多い。まぁ、聞くか聞かないかは俺達の自由だけどね。
自由に檻から出られた俺達を、檻の中に戻すっていうのはかなり無意味だと思うんだけど、そこまで気が回らないんだろうなぁ。
俺達があまりにもへらへらしてるので、タフガイは自分の権威を強化して言う事を聞かせようと思い立った。つまり、鞭を振り回す事にしたわけだ。
「む……。くっ……はぁ……」
いつもならすっと取り出せていたはずの鞭が取り出せず、タフガイは顔を真っ赤にしてうなっていた。そう、さっきハグした時、俺の【鍵】能力で、鞭のホルダーをロックしといたのだ。汗臭いのを我慢するのにも理由があるってわけ。
「だいじょうぶ? おじさん」
俺が白々しくそばによって顔を覗き込む。
「なんか引っかかっちゃってるのかなぁ。まぁ、気にしない気にしない」
背中をぽんぽんと叩いてやる。いやー、こういうタフガイをおちょくるのも楽しいわ。
「俺に触るんじゃねえ!」
折角この俺が不快を押してまで触ってやったのに。恩知らずなやつめ。
俺がニヤニヤ笑っているのに気を悪くしたのか、タフガイはもう最後の切り札を使おうとした。つまり、銃だ。
そりゃもちろん、ガンベルトのホルダーだってロックしてますわな。安全装置ロックするだけじゃ、打撃用の鈍器としては使えちゃうもんね。
鞭と銃という、彼の二大必殺武器を封じられ、タフガイはすっかり意気消沈してしまった。だが、突然はっとした顔になりニヤニヤと笑い始めた。
「ふん、お前ら。俺の武器がこの二つだけだと思ったら大間違いだぞ。ちょっと武器庫に行ってくるから待ってろ」
……え?
もしかして、『はっとした顔』になった時に思いついたの、それ? 武器を取りに行ってる間、俺達がおとなしくしてると思ってるんだろうか。てゆうか、そもそも俺達はおとなしくしてるけどね。こいつが一人暴れてるだけで。
タフガイは部屋を出て行こうとしたが、もちろんドアは開かなかった。
「あれ? あれ? 開かない?」
がちゃがちゃとドアノブを回すタフガイを尻目に、俺達は檻の方へ戻っていった。だってこれからパーティーが始まるんだからね。
「アニキもこっちへどうぞ」
片目が丁寧に大部屋の檻へ俺を招きいれてくれた。檻の中には、豪勢な肉料理。そう、タフガイが自分で食うためにワゴンに載せて持ってきたものだ。いやー、これは助かる。
ワゴンの一番下の段に、俺達用だと思われるしみったれたおかゆだかスープだかが載っていた。もちろんそんなものは無視。
檻の扉を閉めて、すっかりお肉パーティーの準備が完了した。
「あああ! お前ら! 俺の肉、勝手に食うな!」
どうしてもドアを開ける事が出来ないタフガイが、俺達を振り向いて鬼の形相になった。
「あー、もういただいてまーす! なかなか美味いよ! もっと美味い料理作れる子、知ってるけどさ!」
俺は骨付き肉を高々と差し上げてタフガイに見せ付けてやった。
「なんならおじさんも一緒にどう? おなか空いてるんでしょ?」
骨付き肉を振って、タフガイを手招きする。
タフガイは檻の前までダッシュして来て、ふと立ち止まった。
「ははーん。その手には乗らんぞ。俺をその牢の中へおびき入れて、閉じ込めようって魂胆だろう。そうはいくか」
ほう。頑張ってよく考えたねえ。ならこっちは自由にやらせていただきますよ。
「なぁんだ、俺たちだけで食いきるのも悪いから、おすそ分けしようと思ったのに」
白々しい俺の言葉に、男達もニヤニヤ笑う。こいつらも長く檻に入ってたんなら、まともなもん食ってなかっただろうに、なんか美味そうなところを俺に食べさせようとしてる。いいやつらだなぁ。
檻の外のタフガイはと言えば、生唾を飲み込んで腹を鳴らしていた。いつも他人にやってる事をやられる気分はどうだ?
「あぁ旦那、ワゴンの一番下に、旦那の分残しときましたぜ」
三白眼が言って、男たちはどっと笑った。一番下は囚人用のメニューだ。タフガイは食った事などないだろう。普段はゴミくらいにしか思っていなかったんじゃないか。
「誰がこんなもん……!」
タフガイはぷいっと顔を背けた。おいおい、すねたんか。なんかリアクション可愛いんだけど。
だが、俺達の前にある肉料理が減ってくると共に、タフガイの腹の虫が声量を増してきていた。
それにしてもこのタフガイ、どんだけ大食漢なんだ。肉料理は、腹を減らした俺達五人が腹いっぱい食える量、たっぷりあったのだ。それをいつも一人で食っていたとか人間の範疇超えてないか。
残りがどんどん少なくなるにつれて、タフガイの表情が切なげになってくるのが面白かった。
まず最初に俺と片目がギブアップした。さすがにもうこれ以上食えない。
そして続いてリーダー格が、さらに三白眼がギブアップ。無口もだいぶ満腹らしく、額に汗が浮かんでいる。
タフガイは気が気じゃないという表情で、無口の食べっぷりを凝視していた。おいおい、残したら食うつもりか?
だが無口はここからの粘りがその真価だった。噴き出す汗。変わらぬ表情。料理の残りはゆっくりとだが減り続け……、とうとう最後の一口が無口の腹に納まった瞬間、タフガイの表情が絶望に変わった。
「いやぁ美味かった。おじさん、ごちそうさまぁ」
俺はゆったりとくつろいだ気持ちでタフガイに礼を言った。げふっと思わずげっぷが出る。げっぷすら香ばしい肉の味がした。
タフガイは返事もなくがっくりと肩を落とし、ワゴンを押して見張り部屋に戻っていった。
さてとりあえず腹も膨れたし、あのタフガイをどうやって味方につけるか。
こんな事しといて、味方にするも何もないだろう、と読者諸氏は思うかもしれない。だが、それはどうかな?
俺としては、交渉の準備が順調に進んでいるという感覚だった。まぁ、営業マンとしては無能だったから、俺の作戦などうまく行くはずがないと思われても仕方がないけども。
そもそも、営業でもクレーム処理でも、大前提でやらなきゃいけないことがある。
それは「会話をする事」だ。もちろんそれは、ただ言葉を交わせばよいというものではない。相手の話を聞き、こっちの話を相手に聞かせる、という事だ。まぁ実際は、こっちは相手の話を聞いているフリだけでもいいんだけどね。
男たちに聞いていたイメージで、見張り役が普通に話しても会話が成立するタイプではないと踏んだ俺は、かなりどぎつい戦法で、会話を成立させる作戦に出たわけだ。
今のところ、会話ができる状態まであと50%ってところかな。
俺の予想が当たっていれば、タフガイは今頃……。
そう思いながら見張り部屋に目をやると、タフガイは俺の予想通り、囚人食を貪り食っていた。
次回予告。
シェライアだ。
おにいちゃんの脱獄作戦が始まった。
新たな仲間とともに挑む、大脱走!
……って、あれ? シェリー達はどうなるの?
次回、Take It All! 第九十七話
「カイの交渉術その2。」お楽しみに!
……決して食事時には読まないで下さい(汗)




