第八十三話 カイの心。
「俺がサヤと出合ったのは、この世界に……あ、いや。俺が記憶をなくして倒れていた時、最初に助けてくれたのがサヤだったんだ」
俺はぽつぽつと話し始めた。
「サヤは見ず知らずの俺を介抱して、助けてくれたんだよ。それも……自分のいた村でひどい目に遭って、逃げてる最中だって言うのに」
「……ひどい目?」
セレンが言った。彼女は海底に閉じ込められていた苦しみから脱走した経験があるから、何か通じるものを感じたんだろう。
「うん。サヤはずっと役立たずで醜いって言われ続けてきたんだ。自分でも固くそう信じてしまうくらいに。少しでも自信なんか持っちゃいけないと思い込んでしまうくらいに」
サヤがどんな思いで生きてきたのか、それを考えると声が震えた。
サヤのいないところでこんな話をしてもいいのか、という考えが頭をよぎったが、でも、話しておかずにはいられなかった。
俺たちが、本当の仲間になるためにも、話しておかなくちゃいけない、と俺は思った。
「サヤを追ってきたやつらがね、サヤをなんて呼んでたかわかるか……?」
あの時の事を思い出して、俺の目に涙がにじんできた。どうしようもない感情が爆発しそうになっていた。
シェリーとセレンは静かにそっと、首を横に振った。
「廃棄物……だ」
俺の言葉に二人の目が丸くなった。そりゃそうだろう。こんな言葉、人間に対して使っていい言葉じゃない。口にするのもおぞましかった。
「サヤは、あいつらから、廃棄物って呼ばれてたんだ! あのサヤが! 信じられるか!?
サヤは生まれ育った村の奴らに廃棄されて、処分されかけてたんだ!」
俺の声には涙が混じっていた。シェリーとセレンは、信じられないという表情で聞き入っていた。
「サヤは、追っ手がいるのに、倒れてた俺を助けてくれた。そして、俺を巻き込まないように、自分から追っ手に捕まろうとさえしたんだ。
だから! 俺はサヤに約束した。もう誰にもサヤの事を傷つけさせないって。そして決めたんだ。サヤに自信を取り戻してやるんだって。
シェリーに誇りを取り戻してやるって決めたように。セレンに自由を取り戻してやるって決めたように!」
シェリーとセレンの身体が震えた。俺の心が言霊となり、声に乗って彼女達の心に入っていくのがわかった。
「おにいちゃん……」
「……わかったわ。カイ君」
二人の目が潤んで、俺を見つめていた。
「でもね、シェリー、サヤはおにいちゃんが思ってるよりもっと強いと思う」
シェリーが少しうるんだ目でそう言った。声が少し甘くなっていた。
「強い……?」
「うん。怖い相手が来てるのに、おにいちゃんを助けたり、巻き込まないようにしたり……サヤの優しさってすごく強いんだと思う」
シェリーの言葉に、セレンも大きくうなずいていた。
俺ははっとした。
そうだった。その通りだった。
俺は思い出していた。サヤは「こんな人たちばかりじゃない」って言ったんだ。
周りには、自分をいじめてクズ扱いする人間しかいなかったのに、他人の全てが怖かったのに、それでも、そうじゃない人もいると信じていたサヤ。他人は全て迫害者だったのに、それでも見ず知らずの俺を助けてくれたサヤ。
こんなに強い人が他にいるだろうか。
俺の頬を、熱い涙が流れていた。シェリーが立ち上がって、俺の頭をその胸に抱きしめてくれた。
「……だからこそ、早く助けましょう」
セレンがそうつぶやくと、湖水に浸っていた人魚の尻尾が光を放った。人間のそれに変わった彼女の足は、全ての傷跡が消え去り、雪のような白さを取り戻していた。
セレンはゆっくりと岸に上がり、シェリーの反対側から俺の頭を抱きしめた。
翌朝。
シェリーとセレンが起きて来るのを、俺は朝食の支度をして待ち構えていた。俺が朝食の支度など出来るのかって? ふっ、愚問だな。これでも二年くらい一人暮らししてんだぜ。朝食の支度くらいできる。
と言うわけで、今朝の朝食は俺の得意料理、TKGだ! てゆうかこれしか作れん!
「おにいちゃん、おはよぉ……」
シェリーが目をこすりながら起きてきた。テーブルに朝食の支度が出来ているのを見て、驚いた顔を見せる。
「え、おにいちゃんが用意してくれたの? ありがとぉ! 今度はシェリーが作るからね!」
テンション爆上げで椅子によいしょ、と登る。
「……ベッドで寝るのも悪くないわね」
続いてセレンが起きてきた。二人とも水着のままだ。あとで服を渡さないとな。
「今日の朝食は、TKGだ! こうやって食べるんだぞ」
俺はホカホカご飯の上にくぼみを作って生卵を割り、ちょろっとしょうゆをたらした。そして一気にかっ込む。うん、これこれ。懐かしい味だ!
シェリーとセレンは見よう見まねでしょうゆをたらすところまでは出来たが、俺のように豪快にかっ込む自信がない様子で、なんとなく顔を見合わせている。
「ね、おにいちゃん、これ、少しずつ食べても……いい?」
まぁね、やっぱり女の子には無理があるよな。
「んまぁ、いいけど……」
俺がシェリーにそう言うのを見て、セレンが茶碗を持ち上げた。
「……いただきます」
言うが早いか茶碗を口に持って行き、豪快にかっ込んだ!
セレンってば、大人っぽい超美人タイプなのに、このギャップはポイント高いぞ!
「……ごちそうさま」
ほっぺに一粒ご飯粒をつけた状態の超美人。シェリーに視線を向け、ちょっとドヤ顔になった。おーい、ご飯粒付いてますけどー?
「い、いただきますっ!」
シェリーは対抗意識を燃やしたのか、茶碗を持ち上げて猛然とかっ込んだ!
「ごちそうさま!」
シェリーのほっぺにもご飯粒。普通に超可愛いぞ。セレンに顔を向けドヤ顔してみせる。な、なんだこの対抗意識。
「ほら、二人ともご飯粒付いてるぞ」
俺は二人のほっぺについたご飯粒をつまんで、口に入れた。
「……カイ君も」
「おにいちゃんも!」
二人が同時に俺のほっぺに手を伸ばして来た。
対抗意識によって加速された二人の手は、ダブルパンチとなって俺の頬にヒットした。
なるほど、そうか。二人がほっぺにご飯粒つけてたのは、俺のマネだったのか……。
遠のいていく意識の中で、俺は微かにそう思った。
いやいや、気は失っていない。痛かったけど。椅子ごと後ろに倒れたけど。
とりあえず腹ごしらえは済んだ。あとはサヤを探し出すだけだ。さっきみたいな幸せな時間は、サヤも一緒にいなくちゃウソだ。
シェリーが淹れてくれた食後のお茶を飲みながら、俺たちの作戦会議は始まった。
「ファミルエリシャにも頼んでおいたよ。もしサヤが大地の領域に流れ着いてたら連絡してって」
確かに、サヤが流れ着いたのが火の領域じゃない可能性も否定できない。風の領域にいる可能性もあるって事だ。水の領域は、ゆっくりと他の領域を流れた水が最後に行き着くところらしいから候補からはずしてもいいだろう。
俺たちとしてはまず火の領域を探し、見つからなければ風の領域に行けばいいって事だ。
まず、どうするか。俺には一つ考えがあった。
「火の領域を探すにあたって、俺にひとつ考えがある」
俺は二人の顔を見ながら言った。二人がごくりと唾を飲み込むのがわかった。
「目指すはここの王都だ。まず第一に、王宮へ行く」
そう言って、俺はにやりと笑った。
次回予告。
……セレン。
行く先は、王都。目指すは、王宮。
私達の目的地は、決まった。
しかし、私達の前には大きな問題が立ちはだかっていた。
次回、Take It All! 第八十四話
「いざ、出陣!」
……もう。先行くわよ。




