第八十二話 暴走、そして涙。
「え……?」
俺を見上げるシェリーが驚きの表情を浮かべた。
「三つある島のどれに降りるかだな……。人の多そうな島を選んで、魔操鎧で降りよう。シェリーがやったように飛び降りても大丈夫みたいだし」
俺はそう言いながら、三機の魔操鎧をロードしようとスマホ画面を開いた。
「おにいちゃん……」
「は? 今から? 何言ってんのマスター」
ミュウが暗くなりはじめた周囲を見回して言った。
「暗くならないうちに町へ着かなきゃ。夜になったら人通りもなくなるし」
俺は少し混乱していた。サヤを探すには目撃情報が必要だ。だが、サヤが火の民に見つかる事は危険でもある。何故なら、彼女は「廃棄物」として処分されようとしていたからだ。
誰にも見られてなければいい。だが情報は欲しい。俺の頭の中では、そのジレンマがぐるぐると回っていた。
「ねえ、おにいちゃん……。セレン殿も疲れてるし……」
シェリーが心細げな声を出した。が、今の俺はそれどころじゃなかった。
「それとも、川沿いを探した方がいいのか……? なら、人口よりも地形か……」
「もういいかげんにしてよ!」
ミュウが俺の耳元で怒鳴った。
「シェライアだって、人魚さんだって疲れてんのよ! マスターだってふらふらしてんじゃない! 何か食べて休まなきゃでしょ!」
「うるせえな! そんな事言ってる場合じゃねえんだよ! サヤがいなくなったんだぞ! どんな目に合わされてるかわかんないんだぞ!」
くそ。サヤが心配じゃないのか。疲れたとか言ってる場合じゃないだろ。
「マスターが焦るのは勝手だけどね。こんな夜中に探したって無駄でしょ!
なら明るくなるまで休んで、明日集中して探せばいいじゃない!
無理して倒れたら、それこそサヤを探せなくなるでしょ!
疲れて頭まで回んなくなったの?」
ミュウの言っている事は正論だ。だけど……!
「でも……! サヤが……、サヤが……」
「おにいちゃん……」
シェリーが俺を見上げるその目が、俺の心に刺さった。そこに宿っているのは、同情か、憐れみか……。
その時、セレンがぼそりと小さな声で言った。
「……サヤは、安全なところにいるわ」
……え?
俺は一瞬耳を疑った。思わずセレンの顔を見る。そしてシェリーに視線を戻すと、シェリーはうなずいた。
どういう事なんだ?
「本当か!? なんでそんな事がわかる!」
今から行動するのが間違っているから、だからそんな憶測を言って俺を止めようとしているのか?
「……サヤの危機が伝わってこないから」
セレンはそう言って、青の宝玉を俺に見せた。
そうか。サヤが激流に飲まれた時、シェリーとセレンは宝玉を通じてサヤの危機を感じ、引き合う力でその場所を見つけたんだ。
なら、サヤは今、危険な状況ではないのか……。
そう思った瞬間、俺の膝が砕けた。座り込んでしまった俺を、シェリーが支えてくれた。
「何か食べて休も? おにいちゃん。ね?」
俺の頭は、もう何も考える事が出来なくなっていた。
やはり眠れなかった。
ログハウスをロードし、【R-DL】で出した料理で空腹を満たし、疲れを癒すためベッドに入った俺だったが、不安と焦燥感でどうしても眠れなかった。
身体は泥のように疲れている。だが、頭が眠る事を拒否していた。
眠るんだ。じゃないと、明日の捜索に支障が出る。
俺は必死になって自分にそう言い聞かせた。
サヤは無事なんだ。危険にさらされている状況じゃない。安心していいんだ。
……でも、本当にそうか?
それは危険なひらめきだった。
宝玉はサヤの危機を知らせてきてはいない。だが、激流に飲み込まれた時は、命の危険が差し迫っていたんだ。
命の危機じゃなくても、他にもいろんな危機があるじゃないか。
サヤは火の民にたくさん傷つけられてきたんだ。心を縛られてしまうくらいに。
サヤを「廃棄物」扱いしたやつらだ。サヤの事をモノとして扱う事を恥じないやつらだ。
命が奪われなかったとしても、それ以外の全てを奪われてしまうかも知れないのだ。それも力づくで。
俺は飛び起きた。こうしてはいられなかった。
ミュウはスマホの中で眠っていた。俺は音を立てずにそっとドアを開け、ログハウスを出た。シェリーやセレンを起こすわけにはいかない。充分に休養をとらせてあげなければ。
ログハウスから漏れる灯で周囲は薄明かりがさしていたが、少し離れると真っ暗だ。俺はスマホのライトを頼りに、滝の方向を確認した。
……そう、この光だ。サヤ、今、閃光の魔術師が助けに行くからな。
ガイオウで飛び降りれば下の階層にいけるだろう。シェリー達の鎧もここに置いていこう。
俺が青と緑の鎧をロードしようとスマホを構えた時、背後で水音がした。
「……何してるの?」
振り返ると、湖面に浮かぶセレンの姿があった。そうか、彼女は水の中で寝たいって言ってたっけ。くそ、油断してたな。
そして……。
「どこ行くの? おにいちゃん」
いつの間にか、シェリーもハウスから出て来ていた。
二人の目は、明らかに俺を非難していた。
「いや、ちょっと外の空気を吸いに出ただけだよ。眠れなくてさ」
白々しい言い訳だった。自分でもわかりきってる。
「……やっぱり、どうしても行くの?」
セレンの声には感情が乗っていなかった。いや、いつも乗っていないんだけど、今はいつも以上だ。
「……サヤが心配なんだ」
俺は観念してそう言った。俺の考えている事なんて全て見透かされているだろう。でも何が悪い。
「サヤが心配なんだ! 悪いか! サヤは火の民達にひどい事をされてきたんだ! そんなところに一人で放り出しておくなんて出来るわけないだろ!
君達は休んでてくれていい。これは俺のわがままだ。つきあわせようなんて思ってない。
でも俺は行く。サヤを見つけるまで、俺自身がぶっ壊れようが……」
その時、俺の右頬を小さな平手が打ち据えた。
頭が一瞬にして冷えた。視線を下ろすと、目に涙をいっぱいためたシェリーが、俺を見上げていた。
「シェリー達がサヤの事心配してないって本気で思ってるの? そんなわけないでしょ! 心配してるよ! 心が千切れそうなくらいに!
おにいちゃんはサヤの事だけ心配してるけど、シェリーはおにいちゃんの事だって同じくらい心配してるんだからね!
心配するのがそんなに辛いなら……、シェリーにその倍も辛くさせないでよ……」
シェリーは一気にそう言うと、地面にぺたんと座り込んで泣き始めた。
「……彼女の言った事、正しいと思うわ」
セレンがまた感情のこもらぬ声で言った。わかってる。わかりきってる。こんな風に泣くシェリーを見るのは初めてだから。
ぎりぎりと心が締め付けられるようだった。二人に対して、俺はなんて事をしてきたんだ。
「……ごめん、シェリー、セレン。俺がどうかしてた」
俺はシェリーのそばに座って、彼女の頭を撫でた。
「約束する。ちゃんと眠って、明日みんなで探しに行こう。
……でも、今、もう少し一緒にいてくれるかな?」
どうしても、今話しておきたい事があった。それは、俺がサヤをほっとけない理由……。
二人はうなずいてくれた。涙を拭きながら。感情のこもらない表情で。
俺は、ふっと肩の力が抜けるのを感じながら、喋り始めた。
次回予告。
シェライアだ。
おにいちゃんが語ってくれたのは、おにいちゃんの心だった。
おにいちゃんの想いが、心が、私達にも伝わった。
私達の間に、新しい何かが生まれたのかもしれない。
次回、Take It All! 第八十三話
「カイの心。」お楽しみに!
絶対に負けられない戦いが、そこにはあった。




