第八十一話 波乱の幕開け。
大事な事なのでもう一度言わねばなるまい。
気がついた時、俺の目の前はおっぱい……じゃなかった。
賢明なる読者諸君には、ここで二つの疑問が生じるはずだ。
一つは、「マジか! 何故目の前がおっぱいじゃないんだ!」という、苦情に近い疑問。
そして二つ目は、「あれ? 気絶なんかしてたっけ?」という素朴な疑問。
どちらも当然の疑問だろう。何しろ俺自身も完全に同感なのだ。どういうことなんだ。
前回のラスト近辺の記憶がちょっと曖昧だったので、思い出しながら整理してみた。すると、二つ目の疑問がたちまち氷解した。
【神の水柱】に乗るような形で、俺は勢い良く上空に吹き上げられた。大音量で【蒼翼の獣戦機トライセイバー OPフル】を響かせながら天空へと舞い上がったわけだ。
下を見るとね、もうね、浮遊島全てが遥か下に見えるレベルの高さですよ。
そこで問題になるのが、俺自身の問題。以前にも書いた通り、俺、かなりの高所恐怖症なんだよね。今だってあの光景を思い出しただけで気絶しそうだもん。
そんなわけで俺が気絶した理由はご納得いただけたと思う。でないとまたあの光景を詳しく説明する事になって、俺は今度こそまた気絶する。
一つ目の疑問については、まぁ偶然と言う他はないんだろうな。
俺や読者諸君が疑問を抱くのは、「何故作者が目の前をおっぱいにしてくれなかったか」という事であって、起きた事象としては、目の前がおっぱいじゃない方が自然だからだ。
作者については、後で問いただしておこう。
周囲を見回すと、俺がいるのは浮遊島の一つだった。しかし人の気配はない。
浮遊島のほとんどを湖が占めており、俺はその湖畔に流れ着いていたという格好だ。湖の中央には大きな滝があり、さらに上の浮遊島から水が注いでいた。
という事は、俺は【神の水柱】で海底から天空まで吹き上げられ、大量の水と共に一番上の浮遊島へ落ち、流れるままにいくつか滝を落ちて、ここへ流れ着いたわけか。良く無事でいられたもんだ。これもあの気泡のおかげか。
総合的に考えて、ここは人が住んでいる島ではなく、一番上まで噴き上げられた水が人の住む島まで落ちていく分岐点の一つなんだと俺は結論付けた。うん、まぁ間違いないところだろうな。
俺がこうして無事なのだから、同じ気泡に乗っていたシェリーも無事である確率は高いだろう。問題はサヤだ。セレンもあれ以来見てないが、間に合ったのだろうか。セレン自身も窒息はしてないだろうが、無事でいるのかどうか心配だっだ。
とにかく、彼女達を探さなきゃな。
俺はシェリー達の姿を探しながら、湖畔を歩き始めた。
しばらく歩いて、俺はふと気付いた。
……忘れてたぞ。あいつの事を。
俺はスマホを取り出してあいつを呼び出した。
「お久しぶりでござるお頭! 今日はどこへ隠密潜にゅ……ってここどこ? みんなは?」
例の「いかがわしい系」のくのいち装束で飛び出してきたのはミュウだ。そう言えばほんとお久しぶりだ。25話ほど出番なかったもんなぁ。時間的にはそんなにたってないけども。
「そのみんなを今探してるんだ。手伝えよな」
俺はそう言いながら地図アプリを起動した。いやー、このスマホのおかげで「英雄のかけもち」させられてるって言うのに、存在自体忘れてたわ。主人公失格か。
地図で見たところ、ここはやはり無人の浮遊島だった。ここに注いでいる水は三箇所から下の階層に流れ落ちている。その三つの滝の行き先は、それぞれ人の住む町のある浮遊島だった。
「ミュウ、みんなとはぐれて探しているんだ。空から探してみてくれ。頼む!」
地図を覗き込んでいるミュウに、俺はいつになく真剣な顔で言った。
「あ、うん。わかった!」
俺のただごとじゃない雰囲気に、ミュウは素直に返事をして飛び去った。
無理もない。俺はこれまでになく焦っていた。早くみんなを見つけなければ。特にサヤを。
俺はもう一度地図の表記を確認した。間違いなかった。
冗談じゃない。俺たちが流されてきたのは、火の領域だったのだ。
サヤの心を無慈悲に縛り上げ、自分が醜く無価値だと思い込ませた火の民の国。
俺は一刻も早く、サヤを見つけなければならなかった。
ミュウのおかげもあって、シェリーはすぐに見つかった。やはり俺と同じルートで流されてきたのだろう。そして、セレンも程なくして見つかった。だがサヤの姿はない。
「セレン、サヤは、サヤはどうなった?」
俺は人魚の姿のまま湖岸に腰掛けているセレンに尋ねた。無意識に声が強くなっていた。
もしあの時、流されていくサヤにセレンが追いつけていなかったら――考えもしなかった不安が俺の中に渦巻き始めていた。人魚となったセレンのスピード、そしてあの赤い宝玉の光。俺はサヤが助かったと信じていたのだ。だがしかし。もし万が一。俺は答えを聞くのが怖かった。
「……ちゃんと緊急救命気泡に入れたわ。赤い玉が守ってくれてたみたい」
セレンの言葉に、俺は心底ほっとした。
「じゃあ、サヤもここへ来ている可能性が高いわけだな。私達もここへ流れ着いたわけだし」
シェリーも安心した顔になっている。
「……それはわからないわ。サヤの気泡は、先に吸い込まれたから」
「先に……?」
俺が聞き返すと、セレンは小さくうなずいた。
「……サヤの気泡が吸い込まれたらすぐに、あの穴が閉じたの。だから私、サヤを追う事が出来なかった」
そうか。サヤの気泡は、俺たちよりも前に吹き上げられていたのか。でも、俺たちと同じルートを通った可能性だってあるはずだ。
「セレン、お願いだ。この島の湖にサヤが、サヤの気泡が来ていないか探してくれないか? 近くにいれば、また青の宝玉が光るかも知れないだろ?」
セレンはうなずいて、すぐに湖水に消えた。だが。
サヤはこの島にはいない。俺はそう直感していた。
シェリーの宝玉も、セレンの宝玉も、あの時見せたサヤの宝玉と呼び合うような反応を示していなかったのだ。
セレンが戻って来たのは、陽も大分傾いてきた頃だった。
あれからどれくらい時間がたっているのだろう。俺はぼーっと考えていた。
ドラゴンパレスキャッスルを出てグランデ・トルチュについたのは昼前だったはずだ。その後に起きた事を考えるとあれが今日だったとは考えにくい。って事は少なくとも俺たちが【神の水柱】で吹き上げられたのは、あの日の翌日以降って事だ。丸一日以上飲まず食わずで動いてたのか。
気絶していた時間がどれくらいなのかが気になっていた。この疲れ具合からしても、丸一日以上眠っていたとは思えない。思いたくない。気絶していた時間が長かったと言う事は、それだけサヤの身に危険な事が起きている可能性が高いと言う事だからだ。俺は気が気じゃなかった。
「……ごめんなさい。サヤのこと、見つけられなかったわ。この島には、いないと思う」
セレンはすまなそうに言った。その顔にも、相当の疲れが見えていた。
「ありがとう、セレン殿」
シェリーはセレンを労うと、俺の方に顔を向けた。俺は立ち上がった。足が少しふらついたが、まぁなんとかなる。
「……よし、下の階層に行こう。サヤを探さなきゃ」
俺は決意を込めて、言った。
次回予告。
……セレン。
私達がたどり着いたのは、火の領域。
だが、サヤの姿が見えない。
不安が、焦燥が、カイの心を支配する。
次回、Take It All! 第八十二話
「暴走、そして涙。」
……やっぱり私も、これやらなきゃダメなの?




