第七十八話 セレンの真実とニミュエの苦悩。
え? ちょっと待て。禁呪とか高位魔術師の事とか、ニミュエ知らないの?
俺はちょっと混乱気味にティティを見たが、ティティもきょとんとしている。どうやら二人とも禁呪の事など聞いたこともないらしい。一体どういう事だ?
ティティはともかく、総帥ゼットと直接コンタクトが取れる程水の民の中枢にいるニミュエが知らないなんておかしいよな。
「セレン、これは一体……?」
セレンを振り返ると、彼女は目をきょときょとさせながらうつむいた。無意識のうちに、スカート越しに両手で何かを探していた。
「あ、これですか?」
サヤが差し出したのは一冊の本。表紙がカラフルだ。絵本かな? それにしてもあのロングスカート、短剣といい宝玉といい、中に色んなものがしまえるんだな。
「……返して」
セレンが慌ててサヤの手から取り戻そうとするより一瞬早く、俺はその本を取り上げていた。
表紙に書かれたタイトルは「にんぎょひめ」。
ん? なんかいやな予感がするぞ。
「……返して」
本を取り返そうと手を伸ばしてくるセレンをかわしながら、ぱらぱらとページをめくる。手を伸ばすたびにぷるんと揺れるセレンの見事なおっぱいに目を奪われそうになりながらも、ざっと目を通す事ができた。というのも。俺が知ってるあの話と全く同じだったからだ。
海の底で暮らしていた人魚姫は、ある日海の上で船に乗った王子に恋をした。
嵐に遭って難破し、意識を失った王子を助けた人魚姫は、王子の愛を得る為に人間になろうとして海の魔女を訪ねる。
声と引き換えに尻尾を人間の足に変える薬をもらって、人魚姫は人間の足を手に入れた。
嵐の夜に助けてくれた女性に恋心を抱いていた王子だったが、話す事が出来ない人魚姫は自分がその女性だと告白する事ができない。しかし、二人はだんだんと惹かれあっていく。
だが、隣国の姫を恩人の女性と勘違いした王子はその姫との結婚を決意した。
絶望にくれる人魚姫。彼女の姉達が魔女からもらってきた短剣で王子の心臓を貫けば、元の人魚に戻れるのだが、彼女はどうしても王子を殺す事ができず、泡となって消えた。
まぁざっと要約するとこんなもんだ。
……もしかして、禁呪とか高位魔術師とかって、この本の魔女の話? なーんかどっかで聞いたような話だと思ってたのはそのせいか。セレンがこの本に影響された妄想を本当だと思い込んでたとしたら、彼女の行動はつじつまがあってくるじゃないか。
「じゃあ、セレンが水の民を捨てられてなかったのは、騙されてたんじゃなくて……」
「そもそもそんな禁呪も、高位魔術師も存在しないと言う事です」
ニミュエが少し呆れ顔で言った。マジかー。俺、妄想が原因で殺されそうになってたんか。
真相がわかってしまえばあっけないもんだったが、このセレンの思い込みの激しさはすごいな。
「ほら、返すよ」
セレンは本を受け取るや否や、スカートの中にしまいこんだ。便利だなあれ。
本をスカートの中にしまう時、痛々しい足がちらっと見えた。その場にいる全員が、その足の痛々しさに息を飲んだ。そうだ。セレンの自傷。あれだけは彼女の心の傷と同質のものだろう。『生きていきたいから』って言ってたもんな。
「本は返すけど、短剣は返さないよ。セレンが足を傷つける必要がなくなるまでは」
セレンはこくりとうなずいた。
「……うん。もういらないわ。人魚姫やめたから」
ん? どういうことだ?
俺は少し考えて、ある事に気付いた。まさか……。
「にんぎょひめ」によると、彼女が得た人間の足は、歩くごとに『ナイフでえぐられるような激痛』が走るという。実際には自分の意思で人間の足に変化させられる水の民がそんな痛みを感じるわけはない。
彼女が短剣で足を傷つけていたのは、自分が人魚姫と同じ痛みを感じて自己同一化するためだったのか。
くあーーーー、マジか。こりゃあとんでもない子を拾っちゃったぞ。もし前の世界でこんな子がいたら地雷確定だ。
でもなんだろ、全部を知っても、その上で俺はセレンを一緒に連れて行きたいと思っている。厄介な事もいろいろありそうだけど、それを含めて楽しみにしているのも事実だった。
「ま、まぁとにかく。俺は『どっちかを選べ』って言われたら『両方!』って答えるね。セレンの安全か自由か選べって言うなら、自由でしかも安全っていうのを取る。だからさ、ニミュエも、責任を放棄してセレンを危険な目にあわせる、って考えるんじゃなくて、俺っていう最も安全な場所に預けてしかも自由も与えちゃう、って考えればいいんじゃないか?
セレンだって、わがままを言って裏切って危険な事をする、って考えるんじゃなくて、守ってもらう苦労をかけずに安心して自由を認めてもらった、って考えればいいんだ。解釈なんて自由なんだから、どうせならいいとこ取りしようぜ」
セレンが驚いた顔で俺を見ていた。自分の秘密|(それも絵本に影響されて妄想するというちょっと痛々しい秘密)を知られたのにそれでも連れて行くというのが信じられないのだろう。
「俺はセレンを自由にすると言った。守るとも言った。命の恩人に対して、そんな嘘はつけないよ」
俺は超絶イケボを響かせてそう言った。真っ赤になったセレンに、サヤは笑顔を見せ、シェリーはうんうんとうなずいて見せた。この二人の了解があればもう問題はないな。
「でも……」
ニミュエの反論にも力がなくなってきていた。
「安全の事なら心配するなって。俺もいる。緑の鎧のシェリーもいるし、サヤだって赤の鎧の操者だ。青の鎧の強さ、ニミュエも見ただろ? それに、あの回復の力。俺と、青の鎧の力を使えるセレンが揃えばあんな事だってできるんだ。俺達が一緒に行動する方が遥かに安全なんだよ。そうだろ?」
「それはそうですが……」
「いいなぁ~。私もカイ様と一緒に行きたいな……」
言いよどむニミュエにかぶって、ティティが思わずつぶやいた。おいおいマジか。いや、嬉しいんだけどさ。
ニミュエが頑なに拒む理由もその辺にあるのだろう。一つ特例を認めれば、掟の力は否応なく弱まる。保護されるべき存在が我も我もと自由に行動し始めたら、子孫を残していく事に重大な障害が出かねない。昔からそれを防ぐ為に経験則で作られた掟であろうからだ。
さすがにそれがわかっている以上、部外者の俺が掟を破壊するような真似はできないよな。
「ありがとう。でもティティはまだ、修行中の身だろ?」
俺はにっこり笑ってティティの頭を撫でた。
「きっちり頑張って修行を終わらせてもらわないとな。俺がティティを連れてったら、将来のエース操者の芽を摘む事になるだろ? それはもったいないからね」
俺の言葉に、シェリーも大きくうなずいた。
「そうだな。努力は絶対に裏切らない。成長したティティ殿と再会できる事を楽しみにしているぞ」
ティティはぱぁっと輝くような明るい顔になった。
「わかりました! よぉーし、がんばるぞー!」
両手の拳を握って気合を入れるティティ。いやぁ多分読者の方々もね、ティティも俺達についてきてレギュラーになってくれる事を希望しているとは思うんだが、こればっかりはね。掟あるし。
ティティの件は解決したが、セレンについてはまだ、ニミュエは納得していないようだった。有能なだけに責任感が強いんだろうなぁ。
「セレンの件については、やはり私の一存では……」
「奏唱者様のおっしゃる通りにしましょう。ニミュエ」
ニミュエの声を遮るように、声が響いた。
総帥ゼットの声だった。
次回予告。
我は水の民の総帥、ゼットである。
掟を守るのか、自由を与えるのか。
悩めるニミュエに答えを与えたのは、そう、この私、ゼットであった。
そして、カイ様達を待っている、新しい旅。
次回、Take It All! 第七十九話
「ハッピーエンd……。」
新たな旅立ちへ向けて歩みだす若者達。いいのぅ……って、え?
ここでこんな展開!?




