第七十九話 ハッピーエンd……。
思いがけない総帥ゼットの声に、俺達は思わず辺りを見回した。
グランデ・トルチュの甲羅の横からザバーッと浮上してきたのは、竜の首だ。おいおい、亀の次は竜か。竜の首はなかなか大きいが、グランデ・トルチュと比べるとかなり小さかった。
竜はそのまま浮上を続け、胴体まで完全に水上に出ると、グランデ・トルチュのてっぺんまで上っていった。その全容は、手足が生えて甲羅がある、亀だった。竜の首を持つ亀というわけだ。
プッティ・トルチュの拡大版といった感じで、背中にドームがあり、中には小さなお城が入っていた。どうやら総帥ゼットはそこにいるらしい。
「これが……水の民の誇る移動要塞型遊覧潜水艇【ドラゴン・トルチュ】か……」
シェリーが感嘆のため息をつきながらつぶやいた。移動要塞型遊覧潜水艇。微妙に目的のわからん存在だな。
ドラゴン・トルチュはグランデ・トルチュのてっぺんに到着すると、その場で落ち着いた。うん。親亀の背中に子亀を乗せてる感じ。あ、大きさの差でいくと、子亀を通り越して一気に孫亀かもしれん。
総帥ゼットは俺の言うとおりにしようと言ってくれた。つまり、セレンを連れて行くのを許可すると言うわけだ。ニミュエは意外そうな顔で、総帥ゼットに呼びかけた。
「ゼット様、しかし、それでは掟が……!」
「良いのです。カイ様は神の鎧の操者なのですから。であれば、カイ様のご意向は水の民にとどまらず、この世界全体に関わる事でもあります。水の民だけの掟などはとっくに超越したご要望なのですよ」
総帥ゼットは優しく、優雅な口調でそう言った。まぁあの背中のお城の中のどこかで喋っているのを、ドラゴン・トルチュのシステムで流しているのだろう。
「ゼット様ぁー! カイ様は、完全なる奏唱者様である事も証明されたんですよぉー!」
ティティが一生懸命叫んで総帥ゼットに報告する。
「それは本当によかったこと。それならば、カイ様は閃光の魔術師様でもあるかも知れませんね、サヤさん」
「はい! 私もそう思いますっ!」
サヤが本当に嬉しそうにそう叫んだ。何度も言うようだけど、多分俺はそのどれでもないんだけどね。
「感謝します、ゼット姫。我々はこれからまた旅立たねばなりません。残るは火の領域と風の領域ですが……」
俺はそう言いかけて、ちらっとサヤを見た。いくら赤の鎧の操者だからと言って、まだサヤは火の領域には戻りたくないだろう。あそこにはサヤを苦しめる思い出しかない。サヤがもっともっと自信を持てるようになるまで、火の領域に行くのはやめておこう。
「俺達はまず、風の領域に行こうと思っています。境界近くの陸地までお送りいただけるとありがたいのですが」
「んもう……『姫』はくすぐったいとあれほど申し上げましたのに……」
総帥ゼットははにかみながら言った。可愛い。
「もちろんですわ。カイ様達は、このドラゴン・トルチュでお送りいたします。数日はかかってしまいますが、戦いの疲れを癒しつつ、旅をお楽しみいただけるはずですよ。
ニミュエとティティも同行して、カイ様達のお世話をなさい。よろしいですね?」
「ほ、ほんとですか!?」
思わずティティが大声を上げた。
「わ、私、私なんかがドラゴン・トルチュに乗れるなんて……!」
明らかに興奮しきっている。そうだなぁ。宝くじで何億とか当たったらこんな感じか。このドラゴン・トルチュに乗るのってとんでもなく大変な事なんだろうな。
「おにいちゃん、すごい事になっちゃったね。あのドラゴン・トルチュに乗れるなんて……」
シェリーまでもが興奮していた。
「私も、ドラゴン・トルチュに乗れるなんて想像もしていませんでした……。これも全て、カイ様のおかげですね」
ニミュエが俺達に向き直った。
「セレンさん。色々と辛い事を申し上げてしまい、申し訳ありませんでした。カイ様のことは、あなたにお任せします。よろしくお願いします」
ニミュエはセレンに深々と頭を下げた。いやあ、本当に出来る人だなぁニミュエは。俺にセレンを託すんじゃなくて、セレンに俺を託すと言うあたりがその証明だ。
「……ありがとう。守ってくれて」
セレンが小さい声でぼそりと言った。これはセレンにとって最大限の感謝の表現だろう。それが伝わったのか、ニミュエもなんの屈託もない笑顔になっていた。
「さぁ、みなさん。ドラゴン・トルチュへどうぞ。明日はちょうど【神の水柱】があります。ドラゴン・トルチュからも見る事ができますよ」
コロン・ドー・ディユ。一体何の事だ?
俺はニミュエに聞いてみた。
「コロン・ドー・ディユというのは、水の領域から空に向かって巨大な水柱が立つ現象の事です。浮遊島を流れている川の水は、このコロン・ドー・ディユで供給されている、と言われているんですよ」
へええ、そうなんだ。滝で落ちてくる水の一番上は、そのコロン・ドー・ディユとやらで水が供給されてるのか。で、上の方の島から順番に落ちてきて最後に海に戻ると。って事は、その水柱は相当な大きさなんだろうな。
その壮大な景色が今からほんと楽しみだ。
おっとその前に。
俺は三機の魔操鎧を【O-TS】でスマホに保存しておく事にした。今回の反省からだ。こうやって持ち歩いておけば、海に落とすなんて事もなくなるからね。
俺達はニミュエの操る魔操鎧の手に乗せてもらい、ドラゴン・トルチュへ向かった。
それにしても水の領域で起きた事は謎だらけだった。まぁほとんどセレンが原因なんだけどね。
まず、あの悪霊騒ぎの時、シェリーが何かに憑りつかれてた事。あの悪霊はセレンだったわけだから、心霊現象ではないはずだ。だったら何故……?
「なぁシェリー。ここに来て最初の夜の事なんだけど……」
俺は恐る恐るシェリーに聞いてみた。もしあれが悪霊の類だとしたら、一つ大きな問題が残る事になる。
「あ……」
シェリーはあの夜の事を思い出したのか、表情を曇らせた。
「あの時はごめんね。おにいちゃん」
シェリーは曇った表情のまま俺に謝った。え、どういうこと?
「シェリー、あの時すごく怖くて、何も出来なくて……。おにいちゃんもサヤも怖いってわかってるのに、どうする事もできなくて。どうしようもなくて、申し訳なくて、パニックになっちゃったの……」
え。って事は、あれは何かに憑依されたんじゃなくて、パニックの発作みたいな事だったのか。
「そ、そうだったんだ。てっきり何かに憑りつかれたりしたんじゃないかって心配したよ」
あ、いや、もちろんパニックの発作も心配だけど。シェリーは今までもこういう事があったんだろうか。
「ううん、心配かけてごめんね。でもシェリー、おにいちゃんがいるからもう大丈夫だと思う!」
シェリーは笑顔で俺に請合ってくれた。これで謎の一つが解けたわけだ。
それからもう一つの謎。『生きていたいから』と仲間の下を逃げ出し、自分の足を傷つけていたセレン。真相を聞いてもわからなかったのが、俺を殺そうとしたのは『生きていたいから』ではないと言っていた事だ。
「にんぎょひめ」に則るなら、俺を殺すのは人魚に戻るため。つまり自分が生き残るためだ。『生きていたいから殺す』ならわかるんだけどね。
俺はセレンにもう一度聞いてみた。
セレンは首を横に振って、メモ帳とペンを要求した。
「いや、ちゃんと話してくれ。セレンとも、ちゃんと声を使って話したいんだよ、俺は」
俺は頑としてセレンの要求を断った。
「……あの時書いたの、『生きていたい』じゃないから」
セレンはあきらめたように、ぼそっとそう言った。
「……『あなたと一緒に生きていたい』って書いたのよ」
そう言ってセレンは顔を背けた。え、た、確かにそれは筆談で言いたかっただろうな。俺がセレンの立場だったら恥ずかしくてみんなの前でなんか絶対言えない。
そうか。俺と一緒に生きていたいのに、俺を殺そうとするのは確かにおかしい。
ずっと『俺と一緒に生きていくため』に行動していたが、俺を殺そうとしたのだけは自分が一人で生き残るためだったんだろう。
でも彼女にはそれが出来なかった。期せずしてそこまで「にんぎょひめ」と同じ行動になってしまったんだな。
ここで最大の謎。何故俺が前にいた世界のおとぎ話がこっちの世界の本として存在するのか、だ。しかもあの表紙の感じでは、あっちで出版されたものに見えた。それが【古文書】としてこっちの世界にあるなんて。
色々考えてみたけど、答えは出なかった。
まぁ、ゆっくりと考えよう。
俺がそう考えた時、巨大なクジラ神殿が大きく揺れ、急激に水位が上がってきた。
次回予告。
カイ様の有能秘書、ニミュエでございます。
カイ様達を襲う、絶望的なピンチ!
神の水柱、コロン・ドー・ディユとは一体!?
とうとう水の章、完結です!
次回、Take It All! 第八十話
「水! 水! 水!」にご期待下さい。
ということは、私、もう出番終わり?
ファンの皆様!私の再登場は、皆様にかかっています!
よろしくお願いします!




