第七十七話 戦いの後の戦い。
青の鎧feat.ガイオウが放出する水は柔らかい光を放っていた。そして、単なる水とはちょっと質感が異なっていた。
んー、なんというか、わずかにとろみがあると言うか……ガムシロ程じゃないし、べたべたしそうでもないんだけど。そう、水以上ガムシロ未満というか、友達以上恋人未満と言うか。いやまぁどっちでもいいんだけど。
とにかくその水で満たされた魔操鎧のコクピットで、ニミュエがゆっくりと身を起こすのが見えた。そうか、この水には回復させる力があるんだ。
この水は、ニミュエを急速に回復させただけではなく、魔操鎧の損傷も回復させているようだった。マジか。万能薬過ぎにも程があるだろ。
ニミュエはもう大丈夫だろう。俺は青の鎧feat.ガイオウをグランデ・トルチュの傷口に接近させた。
ひどい有様だった。甲羅に、青の鎧feat.ガイオウが立って入れるほどの大穴が開き、奥深くまで続いていた。内部の肉体も深く傷ついているのは確実だ。
傷口は高熱により炭化していたが、ところどころ表面が剥げ落ちて、痛々しく肉が露出している。
「セレン、もう一度頼む。グランデ・トルチュを助けるんだ!」
俺はスマホを取り出し、動画再生を起動した。さっきは歌だけだったが、今度は【完全なる奏唱者】の能力|(?)をフルに発揮しないとな。
ぐったりしたグランデ・トルチュを見つめて俺は確信した。彼を元気付けさせるためには、バラードじゃだめだ!
【蒼翼の獣戦機トライセイバー】のOPテーマが神殿内に響いた。セレンの琵琶、俺の歌、まさに三位一体のハーモニーだ。青の鎧feat.ガイオウの両手から、ものすごい勢いで光る水が噴き出し、グランデ・トルチュの傷の奥まで洗い流し始めた。
炭化した組織が洗い流され、奥のほうから再生した肉が見る見るうちに盛り上がって来るのがわかる。それと同時に、撃ち込まれた弾丸やその破片が一緒に押し出されて来た。その弾丸さえもが修復され、磨き上げられた光を放っていた。いやぁ、マジすごいなこの回復水。
傷口がふさがってくるに従って、グランデ・トルチュ自身も元気を取り戻していくようだった。【蒼翼の獣戦機トライセイバー】OPをフルコーラス歌い終わる頃には、甲羅まで完全に回復し、グランデ・トルチュはゆっくりと頭を持ち上げて満足そうに首を振って見せた。
戦いは終わり、その傷口は癒えた。だが、まだ全てが終わったわけではなかった。
水際に陣取ったグランデ・トルチュが見守る中、俺達は少々緊張感のある空気になっていた。もちろん、話題の中心はセレンだ。ニミュエは水の民の掟に拘って、俺達がセレンを連れて行こうとするのを認めようとしなかったのだ。
「やはり、彼女には海底に戻ってもらわねばなりません。掟は絶対なのです。掟は水の民全体のためだけではなく、彼女のためでもあるのです。万が一にも彼女を危険な目に遭わせるわけにはいきません」
ニミュエは頑なだった。セレンは思いつめた表情でニミュエを見据えていた。
「でもっ……!」
思わず口を開いたのはサヤだ。セレンの身の上に深く同情したのだろう。サヤ自身、火の民達からの迫害を受けてきた過去があるのだから無理もない。それはシェリーも同じようだった。
「しかし、セレン殿は青の鎧の操者なのです。閉じ込めて保護するというのはいささかやりすぎのような気がしますが」
気持ちが高ぶりすぎて言葉を続けられなくなってしまったサヤに代わり、シェリーが冷静に言った。ティティは少しおろおろした様子で黙っている。彼女にしてみれば、当たり前のように思っていた掟が何故問題になっているのかが理解不能なのだろう。
「これは命に関わる問題なのです。軽率に判断して命を失わせてしまっては取り返しがつかないでしょう? 万が一にもそんな事があってはならないのです」
ティティもうんうんとうなずいている。
「しかし、ニミュエ殿は命を賭して戦っていたではないか! 命を失うわけにいかないのはニミュエ殿とて同じだろう!」
シェリーが思わず声を荒げた。ニミュエの拘る掟は、水の民の生態の特殊性から来るものだ。種族の事情が違えば常識も違うという事なのだが、納得するのはなかなか難しいだろうな。
「それは違います」
ニミュエは静かに首を横に振った。
「私達は回遊が任務なのです。回遊し、水の民が暮らしていけるだけの物資や食料を調達するのが役割なのです。その中には、危機の際に民を守って死ぬ事も含まれています」
淡々と語るニミュエに、シェリーもサヤも言葉を失っていた。実際にマスク野郎が放った超高熱線砲から身を挺してみんなを守るニミュエを、そしてその時一切躊躇がなかった彼女を目の当たりにしているのだ。説得力は十二分にあった。
俺としてはあくまでセレンを連れて行く気だったし、その考えを変える気は毛頭なかった。だけどね、単純に水の民の掟が間違ってる、なんて思ってもいない。
セレンにも言ったけど、お互いに悪い方ばかり見てるからそうなるんだ。そのままじゃあいつまでも平行線だし、決着がついたとしてもどっちかが悪かった、みたいな事になる。そんなのはダメだ。
「確認しておきたい事と、言っておきたい事がある」
俺は不意に口を開いた。沈黙しかかっているその場の空気に支配されていた全員が、俺に目を向けた。
「まず、俺達は敵同士じゃない。それはいいよな?」
全員がうなずいた。だが、まだ空気は硬い。
「だってさ、ニミュエは一生懸命セレン達の安全を確保したいって頑張ってるわけだし、セレンだって自由が欲しい、自分の安全はきっちり守る、って当たり前の事を言ってるだけだしね」
シェリーとサヤが大きくうなずいた。水の民の三人と違って客観的に見ることが出来る二人には、納得しやすい話なんだろう。
「お互いに悪い側面ばかりを考えてしまうから対立しちゃうんだな。どっちにもいい面はあるんだし、対立する必要はないじゃんか」
ティティが何度もうなずいていた。未成年の彼女もまた、客観的に眺める事が出来るようだ。
「で、言っておきたい事だけど」
俺はニミュエにまっすぐ向きあった。
「やはり、セレンは俺が連れて行くよ。深海には行かせない」
きっぱりと言う俺に、ニミュエの目が丸くなった。
「カイ様……。いくらカイ様のお言葉とは言え……」
「俺が一緒にいて、セレンが危険な目に遭うと思う?」
俺はニミュエの言葉を遮って言った。いやぁ、我ながら卑怯な物言いだなぁ。彼女の立場としては、『伝説の英雄【完全なる奏唱者】と一緒にいる方が危険で、自分達が守る方が安全』とは言えないだろう。しかもセレンが青の鎧の操者であるならなおさらだ。
「いや、実際はあのマスク野郎達みたいに俺を狙ってくるやつもいるだろうから、危険な目に遭う確率は高いだろうな。でもさ、俺はサヤだってシェリーだって、セレンだって、絶対に死なせるつもりはない」
俺は、唯一反論できそうな部分をあらかじめ自分から言う戦法に出た。交渉術の一つだ。よし、もう一押し。これでキメて見せる!
俺は気合を込めてクロージングに入った。先輩|(超有能)、見てますかー? 見てるわけないですよねー。
「セレンは自由を求めるあまり、水の民である事を捨てようとして、禁呪を使うという高位魔術師に騙されてしまったんだ。安全な場所に縛り付けようとする事が、仇になってしまったんだよ」
よし、これでキマッた。
ドヤ顔になりそうなのを必死で隠して、感心して聞いているシェリー達を振り向こうとした時。
「禁呪? 高位魔術師? 何ですかそれは?」
不思議そうに聞き返すニミュエの声が、俺の耳に飛び込んできた。
次回予告。
カイ様の有能秘書、ニミュエでございます。
禁呪。高位魔術師。一体何の事でしょう。
謎を秘めていたセレンの真実が明かされていきます。
果たしてセレンは自由をつかむ事が出来るのでしょうか。
次回、Take It All! 第七十八話
「セレンの真実とニミュエの苦悩。」にご期待下さい。
彼女のためにも、掟は守らなければならないのです……!




