第十九話 【賢者タイム】と行方不明と
スマホの光が消えた時、俺はすっかり冷静さを取り戻していた。いや、もちろん何もしていない。何もしていないが、俺の戦闘民族はすっかり平和の使徒になっていた。
……何が起きたんだろう。
それにしても、と俺は思った。
俺の人生とはなんなのだろう。一生懸命働いて、それでもうまくいかなかった23年間。そして残りの人生を全てなげうって転生したこちらの世界での未来。
生きるとは一体なんなのだろう。
こういう感覚には覚えがあった。
そうだ。これ、【賢者タイム】だ。
いや、本当にさっきまでの欲望まみれの状態から、何もしてないぞ? 何もしてないのに賢者タイムになったんだ。どういう事だ? そういやスマホの画面が光っていたな。
スマホの画面を確認すると、充電は100%の状態になっていた。
そうか。ミュウの言っていた『精神的エネルギー』は欲望とかそういうものか。溢れんばかりに高まった俺の欲望を、スマホが取り込んで充電したわけね。
俺の欲望が、違和感が生じるほど大きくなっていたのは、充電が切れかけたスマホのせいだったのかもしれない。
いや、そんなバカな。
煩悩は俺の未熟が故の産物だろう。【賢者タイム】になった今ならわかる。まだまだ人間的な修行が足りないな。
俺はすっかり欲望から解脱した男前の表情になっていた。
「ミュウ、いるか?」
明るくなったスマホに呼びかけてみる。やはり返事はない。
いやな予感がした。ミュウがいなければ、俺がピクシーオーナーであると証明する物はなくなる。あのいけすかない男ズが何か企んだとしても不思議はなかった。
エルフは、自らを最も優れた種族であると信じている、とファミルエリシャは言っていた。エルフが称える伝説の英雄たるべきピクシーオーナーが人間であるという事は、エルフとして耐え難い恥辱であるととらえる者もいるだろう。
俺の中に、また別の違和感が存在感を増していた。充電前は、自分の欲望があまりにも大きくなっていて意識の外にあった違和感だ。ミュウが俺を陥れるために誘拐されたという可能性は圧倒的な現実味を帯びていたが、何か違和感が付きまとっていた。
違和感の正体は、わからなかった。
翌朝。この世界に転生してきて三日目の朝がきた。
俺はいつの間にか眠ってしまったらしい。【賢者タイム】中にはよくある事だ。
宿の人たちはミュウを発見してくれただろうか。もし見つけたら夜中でも報告してくれるとは思うから、見つからなかった可能性は高いな。という事は誘拐の線も考えられる。
さぁ、どうしたもんか。
そうだ、スマホで探せるかもしれないぞ。ほら、よくあるじゃん、スマホがどっかいっちゃった時に他のスマホやタブレットとかで探す機能。
俺はスマホの【設定】の中からそれっぽいアプリを探した。
【ナビを探す】というちょっとシュールな名前のアプリ。これ……だろうな。
タップして起動すると、真っ白な画面に赤い点が灯った。なるほど、これがミュウの現在位置か。
……てゆうか、どこだ。
赤い点はきっちり表示されているが、バックは白いままだった。これじゃあ探しようがない。
しかしまぁ、無事に存在している事は間違いないし、手がかりになるものが見つかったわけだ。俺は少しほっとして、ブラウザを開いた。
さて、伝説のピクシーオーナーとして長老に会う時、どんな服装をすればよいものか。家に帰れれば、一応スーツは何着かあるんだが。
いやいや、もっと高級な物だってR-DLすれば手に入るのだ。俺は高級スーツのページをスワイプして、いい感じのスーツを探した。
俺は軽く光沢のあるライトグレーの3ピースと、白にブルーのストライプのワイシャツ、ネクタイは明るい紺系の斜めストライプをセレクトし、R-DLした。
そうだ。サヤとシェライアにも服を新調してあげよう。
シェライアはあの身体のサイズからして、あまりフォーマルな服が見当たらなかった。俺は少し考えて、コスプレ衣装の中から【エルフの女剣士】をセレクトした。
ファミルエリシャやいけすかない男ズが着ていたのは法衣の類っぽかったけど、街中を歩いていた人たちにそういう服装の人はいなかったから、あれは「長老直轄の警備兵」の制服なのかも知れない。勝手に同じような物を着るのは危険だ。
サヤには元気で健康的な可愛さを追求して、水色のショートパンツに白のノースリーブ。
少し考えて、下着も一応用意した。シェライアにはイチゴ模様のパンツ、サヤには薄ピンクの縞の上下。
いや、これは彼女達のサイズ(目測)や動きやすさ等々を加味した上で、慎重に選んだものだ。俺の趣味とかそういうのじゃない。と思う。多分。
俺は下着を間に挟んで彼女達の洋服を抱え、隣のベッドルームをノックした。
返事はない。まだ寝てるのか……?
俺は少しドキドキしながら、そーっと扉を開けた。
二つあるベッドの片方に、浴衣姿の二人が仲良さそうに眠っていた。
少しの間、見とれてしまっていた。
向かい合ってすこし体を丸め、眠っている二人。その横顔は可愛らしく、そして美しかった。
少し寝乱れて、軽くはだけてしまっているサヤの胸元、太ももがあらわになっているシェライアの脚。
もちろん一晩眠った俺は完全に【賢者タイム】からは脱している。目を奪われて当たり前だ。
俺はバリバリと音を立てて視線を引き剥がすと、空いているベッドに二人の服を置いた。
「ん……カイ様、おはよぉございますぅ……」
少し寝ぼけた甘い声が俺の背骨に突き刺さった。俺は瞬間的に背筋を伸ばして気をつけの姿勢になる。覗きを見つかったような気持ちだった。
おそるおそる振り返ると、サヤに俺を咎めるような気配はなく、上半身を起こして、可愛く「ん~~っ」と伸びをした。胸元からその存在感のある胸が、そして可憐な……いや、残念ながらぎりぎりこぼれ出していない。くそ。
「あぁ、サヤ、今日着ていく服を用意しておいたから、ここに置いておくよ。朝食はルームサービスにしてもらうから」
「あ、はぁい、ありがとぉございますぅ……」
サヤは目をこすりながら答えた。
寝ぼすけサヤをもっと見ていたかったが、まだやる事があった。俺は浴衣の乱れを直すと、部屋を出てフロントに向かった。
フロントには二人のフロント係がいた。いつでも宿泊客の要望に応えられるようにスタンバイしているらしい。一人は知らない顔だったが、もう一人はエルミィだった。
「お客様、カイ様、申し訳ございません。当宿でも総力を上げて捜索しているのですが、いまだミュウ様は見つかっておりません……」
エルミィが申し訳なさそうにそう言って、二人同時に深々と頭を下げた。
「そうですか……。僕の方でも色々あたってみます。お手数をおかけしました」
やはりミュウは見つかっていなかった。しかし、あの【ナビを探す】アプリでなんとかなりそうな気がする。それにしてもあの画面、地図か、せめて方角や距離くらい表示されればいいのに。
俺はミュウの捜索に対してお礼を言い、朝食は部屋に運んでもらうようにお願いすると、部屋に戻った。
部屋に戻ると、サヤたちのベッドルームから二人が騒ぐ声が聞こえてきた。俺の用意した服を着てみているようだ。かなりテンションの高い声。気に入ってもらえたらしい。
俺はほっとして自分のベッドルームに戻った。
【ナビを探す】を起動すると、白い画面に赤い点が表示された。赤い点は、さっき見た時と位置がずれているような気がする。画面の中央より少し上に位置していたその点が、微妙に右に寄っていた。
もしかして、ミュウは移動しているのか。そして、その意味は。
俺が考え込んだ瞬間、ベッドルームがノックされ、サヤとシェライアの声が聞こえてきた。
「カイ様! 素敵なお洋服ありがとうございました! あの、着てみたんですけど……」
「カイ殿、入ってもよろしいか? これで着方が合っているかどうかわからぬのだ」
おお、早速見せてくれるのか。まぁ確かにシェライアの服は構造が複雑そうだった。コスプレ衣装なのだから仕方がないけど。
「ああ、どうぞ」
俺はそう返事をすると、スマホの画面を消した。
ドアが開いて二人が飛び込んで来た。
サヤの下着姿が、まともに俺の目を射た。
次回予告。
サヤです。
新しい服に身を包み、
大地の神殿に向かう準備を整えた私達。
そんな私達をを迎えに来たのは……。
次回、Take It All! 第二十話
「大地の神殿へ」お楽しみに!
大地の神殿って思ったより広いんですね……。ふぅ……




