第十八話 煩悩爆発
いやぁ、間一髪とはこの事だった。俺は二人に気付かれないうちにリビングへ脱出することが出来た。ほっとするのと同じくらい、残念だった。悔しい、あと少しだったのに、惜しい、という気持ちも渦巻いていた。正直、欲求不満気味。もちろん表情には1ミリも出さない。
「すまない、カイ殿。ミュウを見つけることは出来なかった」
シェライアが神妙に頭を下げた。
「宿の人たちに相談して、探してもらうようにお願いはしたんですけど……」
サヤが心配そうに言った。二人とも、浴衣姿のまま、宿内を駆け回ってくれたのだ。少し汗ばんでいるのがいじらしかった。
「ありがとうサヤ、シェライア。俺ももう少し探してみるから、二人はもう一度お風呂入って汗流しておいで」
俺はサヤの頭を優しく撫でて言った。少し汗ばんで、温かかった。本当に一生懸命探してくれたのがわかる。
ほんとはシェライアも撫でたかったけど、昼間の事を思い出してやめておいた。シェライアは、子ども扱いされるのをとても嫌う。シェライアは警戒しているのか、俺がサヤを撫でるのをじっと見ていた。
「そうだな。そうさせてもらおう。宿の者たちは敷地周辺まで捜索してくれると言っていた。必ず見つけ出してくれるはずだ」
シェライアの言葉に、サヤもうなずいた。
「じゃあ、カイ様、行ってきます。……あ!」
サヤは何かに気付いたように声を上げ、ベッドルームへ消えた。
「カイ様ー! ついでにお洗濯物出してきますから、カイ様のもどうぞー!」
ベッドルームからサヤの声が聞こえてきた。
……ちっ。
俺は心の中で舌打ちした。逃した魚は大きかった。
いやもちろん、二人をとっとと部屋から追い払って、生服を堪能しようと思っていたなんて事は断じてない。断じてだ。
「あぁ、ありがとうサヤ、頼むよ」
俺はさわやかにそう答えると、自分のベッドルームから服を持ってきて、サヤが抱えた二人分の服の上に置いた。
「ふふっ、カイ様の匂いがするぅ……」
サヤが少し頬を染めて微笑んだ。ま、マジか。
実は俺には軽い自臭症の気がある。幼き日、クラスの女子から寄ってたかって「臭い」と言われた悲しい事件が俺のトラウマとなっているのだ。その女子の集団の中に、当時俺が好きだった子が含まれていた事が、俺の心に消えない傷を作った。『次郎くん、臭~い』と楽しそうに言ったその子の笑顔は、生涯忘れる事はできないだろう。
こればっかりはいくら転生しても治らないらしい。どんなに気にしても自分の体臭には気付きづらい。あってもなくても自分で確認できないのだから、一旦気になり始めたらもう終わりだ。他人に確かめてもらうのも気が引けるし、よしんば確かめてもらったとしても、『大丈夫』という言葉を信じられるわけではない。もとの世界ではコンビニに並んでいた匂い対策商品がこちらの世界にはないから、俺にはどうしようもなかった。
「あ、ごめん……俺、自分で持っていくから……」
俺は慌てて自分の服に手を伸ばした。サヤはくるりと身をひねって避けた。
「だめです! 私が持って行きます! だって……」
サヤは少し怒ったように言って、少し恥ずかしげにうつむいた。
「だって……すっごくいい匂いだもん。私、カイ様の匂い大好きです!」
うつむいたまま、顔を真っ赤にしてサヤは言った。マジか。本当にそう思ってくれているのか。
サヤは俺の服に顔をうずめた。信じていいのか……な?
俺がサヤの服に顔をうずめたらただの変態だが、その逆だと全然イメージが違うの、なんかずるいなぁ。
サヤはゆっくり顔を上げると、ほっと熱を帯びたため息をついて、ぎゅっと俺の服を抱きしめた。
やばい。ほんとにもう抱きしめたい。
「さぁ、サヤ、行くぞ」
シェライアがサヤの肩を叩いた。
シェライアからしてみれば、俺達がいちゃついているようにしか見えなかったのだろう。その顔は、ちょっと呆れ気味だった。
ベッドルームに戻ると、俺はベッドに仰向けに寝転んだ。
さぁ、どうしたもんかな。
ミュウがいないのはかなり困るし、充電は1%だ。かなり切羽詰った状態であるのは間違いない。
しかし何故か俺の心にはそれほど焦りが湧いてこなかった。もしかすると、ミュウがいないのはスマホの充電が切れかけているせいなのかも知れない。ミュウはスマホのナビゲーターなのだから、スマホの充電が残り少なくなったら戻る必要があるのだとしてもおかしくない。
しかし、暗くなっている待ち受け画面にもミュウの姿はなかった。やはりどこかに行ってしまっているようだ。
俺は今日の記憶をたどって、ミュウの行方を考えた。
かなり深刻な事態であるとは思うのだが、何故か危機感が薄い。むしろそれ以外の要素が俺の心を大きく占領していた。
……やばい。
今日の記憶をたどろうとすると、悩ましい映像ばかりが思い浮かぶ。
濡れた服がぴったり肌に張りついたサヤ。風呂で見たファミルエリシャの横乳。お湯に透けて見える三人の素肌の色。去り際に見た、ファミルエリシャとシェライアのお尻。
今日一日、煩悩を刺激した光景の数々が頭に蘇ってきた。
今にして思うと、ファミルエリシャは気がつくといつも俺を見つめていたような気がする。あの意味はなんだったのか。
タオル一枚で隠されたあの豊満な胸とともにファミルエリシャの意味ありげな視線を思い出して俺は身震いした。
もう止まらなかった。この世界に転生して来た最初の光景は、サヤに膝枕されて見上げた、至近距離のおっぱいだった。彼女をおんぶした時の胸の感触。耳元で聞いたサヤの甘い吐息。
シェライアのいじらしい健気な可愛さまでが俺の煩悩をかきたてていた。正直ロリコンの気が全くないとは言えないが、さすがにこれは異常だ。もしかするとシェライアが実はファミルエリシャと同い年、つまり「合法」である可能性が高いからなのかも知れない。
もう完全に、俺の戦闘民族はスタンバイモードだ。
……しばらくはサヤもシェライアも戻ってこない。
……今、あの二人は、入浴中だ。
……さっきみたいに。入浴しているのだ。
……さっきみたいに。
もう俺の頭の中はピンク色になっていた。いや、仕方ないだろう。若く健康な男子が、こんなに刺激を受けて平静でいられるわけがない。我慢できるわけがない。
ああもう、こっちの世界で初となる、記念すべき自家発電に及ぶしかないのか。そんな描写をして問題にならないか。
しかしもう何も考えられなかった。俺の呼吸が荒くなった。
俺が欲望のダムを決壊させようとした時、枕元に放置していたスマホの画面が強烈な光を放った。
次回予告。
シェライアだ。
私達がミュウを探している間、もう一つ大きな問題に直面していたカイ殿。
その問題が解決した時、カイ殿の顔はとても晴れやかになっていた。
次回、Take It All! 第十九話
「【賢者タイム】と行方不明と」お楽しみに!
こ、この新しい服、着方がよくわからんな……んしょっ




