94.他のすべてを捨ててでも
いま俺達が巨大な貝の中に閉じ込められたのは分かった。
それはそれとして、足元にあるのが貝の身だと分かったのなら試したいことがある。
足元の柔らかい地面は貝の身であるはずなのだから。
「とりあえず食べてみよう」
イサナは何かを諦めた顔で、黙ったまま杖を振って足元の貝の見を魔法の火で炙ってくれた。
「ナイフをもってたら貸してくれ」
イサナを見てみるが軽く首を横に振られた。持っていないらしい。
続けて妹も見てみたが、「持っていません」と言われた。
考えてみればイサナは杖を使いし、俺と妹は素手でなんとかなる。武器らしきものは持っていなくても仕方ないのかもしれない。
最後に安田君を見ると、自身たっぷりの笑みでバッグを探り始めた。
「私の刃物フォルダが火を噴くぜ」
取り出したのは小振りのナイフで、果物の皮を剥くのに適していそうな形だ。
「お祭りの時に出店で買ったんだ」
奇妙な装飾のあるナイフを受け取って。炙られた身に突き立てるとスッと手ごたえも無く吸い込まれた刃は、あっさりと貝の身を切りぬいた。
薄く切り取られた身を口に入れて咀嚼してみる。
「どうですか?」
「ぐにぐにして旨くない」
ゴムのように硬くて、そのうえ味も薄い。とてもではないが食用には適さないようだ。
仕方なく食べるのは諦めて、イサナに魔法で四方八方を攻撃してもらう。
刺激で口を開けるのではないかという目論見だったのだが、その目論見は空振りに終わった。
「シンタ兄さん、もう魔法で適当に食べものにしちゃったらどうですか。つぼ焼きでもなんでも良いですから」
「それは無理だ」
「何故ですか?」
つぼ焼きはサザエみたいな貝の調理方法であって今閉じ込めているような二枚貝は、つぼ焼きとは呼ばない。
「まったくどうでも良いことですね」
「大事なことだ」
「じゃあ磯焼きでも酒蒸しでもいいですよ」
それなら大丈夫だ。
貝の料理を頭に思い浮かべて、何にするかに思考を巡らせる。
焼くか煮るか、味付けは塩か醤油か。
貝の味噌汁も良いかもしれない、と決めかねていると安田君の声が聞こえた。
「シンタ、あそこ何かでてきた」
指差す先で、地面がもぞもぞと動き出すのが見える。
地面になっている貝の身の隙間から、海老のような魔獣が這い出してきているところだった。
「あぁ、貝の中に小さい蟹とかたまにいますよね」
大型犬を通り越して人が乗れる程の大きさの海老は果たして小さいのだろうか。
殻を含めると野球場ほどもある貝ならば、中型バイク並みの大きさの海老でも縮尺としては小さく見える気もする。
それはともかく貝と海老なら料理は決まったようなものだ。
「パエリア!」
わざわざ出てきたエビだったが、何かをする前に魔法陣に包まれた。
光が地面がを伝いドームの端まで行くと、今度は壁を伝って天井まで届き周囲全てが明るく輝く。
360度全てが光に照らされ、次の瞬間にはそれが巻き取られるように足元に収束しはじめた。
「おぉっ」
安田君の驚きの声と同時に体の落下が始まる。
異世界に来てからやたらと慣れ親しんだ浮遊感に身を任せると、程なく体の持ち上がる感触があった。
「シンタさんと一緒にいると落ちてばかりですからね」
イサナの対応も慣れたものだ。杖を手に持って軽く振ると、眼下から安田君と妹が浮かんでくるのが見える。
そっと地面に着地して周囲を見渡すと、記憶にある砂浜の景色が視界に入った。ここを移動中に砂の中に潜んでいた貝に食べられたのだろうか。
ふいに砂の上に重いものが落ちる音がしてそちらを見ると、光とともに消失した貝の魔物の中にあったであろう、今まで犠牲になった人たちのものが砂浜に落ちていた。
その中には安田君が発掘した真珠のような輝きの頭蓋骨も混ざっている。
「なんか、食べかけっぽい感じの人がいますよ」
妹が指差す少し離れた砂の上をみると、虚ろな目線を中空に漂わせた中年男性が、口から空気とともにうわ言のような声を漏らしていた。
見るも無残、という言葉が相応しく、その下半身は消化液に溶かされたのか既に消失し、腕も右側を残すばかりである。
あとは頭と胸、腹が半分ほどあるのが確認できたが、貝のなかでじっくりと消化する為に貝によって生かされていたであろうことを考えると、貝の無くなった今は果たしてあと何分生きられるだろうか。
妹を探すと既に砂の上にに横たわる男性に近づいた妹が拳を握りしめているところだった。
「歯をくいしばる……のは無理そうですね」
思い切り振りかぶってから叩きつける。
妙に水っぽいグロテスクな音がしたが、光が発生すると共に男性の体は五体満足に戻っていくのが確認できた。
「あぁ……?」
「大丈夫ですか、返事できますか」
「頼む、黒い巨人のギルドだ、ルードが死んだと伝えてくれ。それから妻と子供に愛していると」
「しっかりしてください」
「ありがとう、でも体が溶かされてもうダメなんだ、この通り」
ルードと名乗る男性が力なく笑うが下半身は無事だ。
妹が無駄に二度目の拳骨を食らわせて治療したことを告げると、目を瞬かせて身体を起こし上がる。
両手で全身をまさぐり無事を確認すると、膝をついて感謝の言葉を述べた。
「ありがとう。まさか助かるとは思っていなかった」
「運が良かったですね、たまたま私たちが良おりかかって良かったです」
「あぁ、あの貝がどういうわけか俺を手放してくれたようだな。君たちは見ていないから信じられないかもしれないが、家よりも大きな貝に食べられていたんだ」
「いえ、見ましたが」
「食べるか?」
一人分を取り分けたパエリアを差し出した。
ルードは理解できないものを見るような目でこちらを見つめてくる。
「なんだこれは」
パエリアだ。
「すまないが、意味が分からない……?」
貝とそのなかにいた海老の魔物を食べ物にしたのだと説明したが、ますます変なものを見るような顔になるだけだった。
イサナが「詳しいことはとにかくご飯です」と取りなして食べてもらうと、変な顔をしながら「何故だ、美味いぞ」と呟いてパクパクと平らげる。
「私たちは食料調達の為に迷宮に入ったんですが、ルードさんは何故一人で?」
皆でパエリアを食べながらルードに対して経緯を聞いてみる。
パエリアは米の料理だが、日本でよく食べるもっちりとした米と違い、やや細長いパラパラとした品種だ。
香りが強く、口に入れると花のような芳香が鼻へと抜ける。
魚介の風味の効いたスープで炊いてあるが、磯臭さや生臭さは感じられずライスには豊かな味わいを染み込ませている。
具材のメインは貝と海老だ。
貝は殻ごと入れてあるが殻から外して舌に乗せれば、柔らかい身からるあっさりとした旨みが零れる。
海老は頭の付いたままであるが、素手でそれをもぎとって身を食いちぎるとプリプリとした食感で、海老特有の香ばしさと甘みのある味が刹那、口内を支配する。
やや後味の残る海老だが、添えてあるレモンを絞ってもう一つ口に入れると、爽やかな酸味が海老の身を包み込み、新たな食味で舌を刺激し飽きさせない。
「シンタさん、聞いてましたか?」
何の話だ。
「ほら聞いてなかった」
妹が勝ち誇った顔で言った。
俺が食べることに集中して話を聞いていないと断言していたらしい。
「ルードさんと一緒に来た人たちが、さらに下の階層にいるかもしれないそうです」
「俺が食われるのを見て引き返したかもしれんが、恐らく先へ進んでいると思う」
「この迷宮を調べるのが仕事だったんだってさ」
俺が聞いていない間に色々と話が進んでいたようだ。
ここは最近になって見つかった迷宮で、大手のギルドがわざわざ調べに来たらしい。
ルードもその一員だったのだが、運悪く貝の口に落ちてしまった。
一緒に来た仲間は助けようとしてくれたのだがピタリと閉じた貝の口はどうやっても開かずに、仕方なくルードを置いてその場を離れていったそうだ。
「小さな可変迷宮だと思っていたが、とんだ誤算だった。出てくる魔獣のどれもが強い」
「そうですか」
まるで恐ろしいものに出会ったような声で語っているが、きっと出会った魔獣が悪かっただけだろう。
この階層まで進んでいるが、いつも通りイサナの魔法か俺の召喚魔法でどうにかなっているのだから、きっと普通レベルだ。
「君たちが何者かは聞かない、だがせめて仲間と合流するまでは同行させてもらえないか。
ここまで無傷で進んでこられたのであれば、ただものでないのはわかる。
無事に王都に戻れたら、十分な謝礼も約束する」
どうか、と地面に頭がつく勢いで頼まれたが別に断る理由もないので二つ返事で了承した。
「助かる。荷物はすべて失ってしまったから、荷物持ちでもなんでもやろう」
せっかくなので頼もうかと思って荷物を探してみたが、持ってもらうような荷物は最初からなかった。
俺たちの周囲にある荷物といえば安田君の持っているものくらいなものだ。
「君たちも、荷物をなくしてしまったのか」
「いえ、最初からです」
基本的に俺と妹は手ぶらで、イサナは杖と小さいポシェットを持っているくらいだ。
安田君が色々と買い込んだリュックを背負っているが、それも大きいものではない。
「食料はどうしているんだ」
「現地調達だな」
ピクリとルードの眉が上がった。
「それなら、武器は?」
「拳と、あとは……勇気だけです」
「あと魔法ですね」
ルードが口泡を飛ばす勢いで矢継ぎ早に聞いてくる。
「地図は! 寝とまりの道具は!?」
「道はなんとなくわかりますし、基本的に日帰りなので」
ルードが目と口と大きく開けて俺たちを見ているが、何かおかしかったのだろうか。
ずっとこんな感じなのでわからないが、もしかすると少し他の人と違うところがあるのかもしれない。
「あり得ない……何なんだ……」
何と言われても困るが、学校の体育館のように迷宮用の靴に履き替えないといけないルールとかあったのかもしれない。
「とりあえず行きましょうか」
何故かうなだれているルードを立ち上がらせて、砂浜の先へ進むように歩き出した。
■
連れ立って砂浜の道をゾロゾロと進んでみたが、この砂浜には巨大な貝の魔獣以外はいなかったようで、何事もなく次の階層へと到着した。
恐らくこの階層の魔獣は貝の中で共生していたのだろう。
「助かったな。あの貝に出会っていたら危ないところだ」
「さっき食べてましたけどね」
美味しいパエリアになって皆の胃袋に収まっている。
「その食料を作る魔法ってのは、どういう冗談なんだ? 若者の間で流行ってるのか?」
しかしどうやらルードには冗談だと思われているようである。
何度か説明して信じては貰えないものの、何か特殊な魔法を使うのだと思ってはくれているようだ。
「この先に何かいますね、大きい個体だと思います」
イサナが杖を通路の先に向けて注意を促す。
薄暗い通路の先から何かが動く音が聞こえていたかと思うと、のっそりとした動きで白い影が姿を現した。
「糞っ、こっちが冗談じゃねえ」
「何ですかあれ」
真っ白い姿をした不定形生命体は、その動きだけ見れば見慣れた魔獣だった。
「ミストスネークだよ、最悪だ」
「ただの霧じゃん」
安田君が不思議そうに聞くと、イサナがいつものように説明をしてくれる。
「霧のようですが魔獣です。あの中のどこかに本体がいて、触手で獲物を捕食するそうです。霧自体は物を溶かす性質があって、近づけば溶かされてしまいます」
「うわっ、エロモンスターじゃん! 服だけ溶かすやつだよ! 謎の白い湯気がBDでは消えるかも!」
安田君が何故か嬉しそうにはしゃぎだすと、その音に反応したのか、のっそりとした動きが霧が近づいてくる。
気体の塊のように見えるが、距離を置いてみるとスライムのようにそれも含めて一つの個体なのだと分かる。
「逃げよう、魔法使いが一人いてもどうにもならない」
動きが遅いと判断したルードが撤退を提案してきた。
「わかった、イサナ」
「はい」
イサナが杖を振り上げると空中に見慣れた火球が浮かび上がる。
バレーボール大にまで大きくなると、霧に向かって飛んで行って靄の中に見えなくなった。
「人の話聞いてくれよ! 魔法でも無理なんだよ!」
ルードが涙目になって訴えてくるが、イサナは杖を掲げたまま動かない。
不安げな表情のルードがミストスネークを見ると、苦しげにぐねぐねと動き出した。
心なしか霧の範囲が小さくなり、その切れ間から白い触手が見え隠れするのも見えるようになってきた。
「霧の中で火の玉を大きくしてみました」
それで熱くなって苦しんでいるらしい。
「そんなことできるのか、最近の魔法使いは」
「最近のかは知りませんけど、それほど難しくは」
こちらに進むのをやめたミストスネークに近づいて様子を見てみる。
霧だからなのか、少しひんやりとしているような気がする。
「何してるんだ、危ないところだとあれ程!」
「ぶっかけおろし!」
魔法陣が拳から飛び出し、霧を丸ごと包み込むとあっという間に凝縮される。
地面に置いてあるどんぶりを手に取り、皆のところまで戻った。
剣に手をかけたままのルードが固まったまま話しかけてくる。
「……なんだそれは」
「ぶっかけおろしだ」
珍妙な生き物を見るときの顔で見られた。
理解が追いつかないのかもしれない。
「ブッカ………オロ………そういう、魔法か?」
妹が面倒くさそうに呟いた。
「うどんです」




