90.思ってみても
モカさんに気絶させられた季節王の横で、地面の上に正座したモカさんがポツポツと言い訳を続けている。
視線はどこへともなく泳ぎ、足はもじもじと落ち着きがなく、とてもバツが悪そうだ
「ちゃんと言うつもりだったし、嘘をついたり騙しているつもりもなかったんだ」
そんなつもりではなかった。悪気はない。信じてくれ。
そんな言葉を並べてあたふたと弁解しているが、信じているつもりでも怪しく見えてきてしまうのはモカさんの人柄がなせる技だろうか。
「そうだイサナ。イサナなら私を信じてくれるよなっ。なっ!」
「教授、あんまり喋らないほうがいいですよ」
「シンタくん、私のことはもちろん信じているだろうね!」
一見すると必死なように見えるが、さりげなくシャツのボタンを幾つか外して胸元を強調してくるあたり、本当に潔白なのか疑わしくなってくる。
「教授、そのへんにしておきましょうか」
モカさんが弁明し、季節王が寝ている最中でも、呼び出された兵士は黙々と築城作業を続けている。
城を築くための材料が神具とか言う輪のなかかた次々出てくる上に、兵士は疲れ知らずで作り続けているのでどんどんと城が出来上がっていくのがわかる。
日が暮れる頃にはぼんやりと城の輪郭がわかる程度にも建築が進み、屋根のついた部屋が幾つか出来上がっていたのでそこに移動することにした。
「……ううむ、どこだここは」
季節王をおぶって部屋の中に運んでいる最中に目を覚ましたので、出来たばかりのベッドに下ろした。
モカさんに気絶させられる前の好々爺はどこに、一転して不機嫌そうな顔で部屋を見渡している。
「ふん、貴様らに関わったせいで城を失い、晩の食事も碌に取れんではないか」
最初に会った時と同じような態度だ。
どうしてこうも態度が変わるのかと思っていると、モカさんがそっと寄ってきて耳打ちをしてきた。
「祖父は腹が減ると不機嫌になるんだ」
落下中に上機嫌になったのは美味いものを食べたかららしい。面倒な人だ。
イサナに声をかけてコボルトのスクロール出してもらい、数枚のスクロールを同時に手に取りテーブルの上に乗せて名前を呼ぶ。
「ホットドッグ!」
カッと放たれた光が収まり、テーブルには大皿に乗ったホットドッグが現れた。
一つを手にとって大きく口を開けて頬張る。
がぶりと歯を立てると、ふんわりと焼きあがったパンに挟まれたソーセージがパリン音を立てて割れた。
その様子を見ていた季節王が「下品な食べ物だ」とぶちぶち言いながらも手にとって食べ始める。
満足げに食べている姿を見る限り、それなりにお気に召しているようだ。
「そういえば、異世界から来たと言っていたな」
ほくほく顔の季節王がホットドッグを食べながら、思い出したように俺に話しかけてきた。
それに対して軽く頷くと、口に入ったホットドッグを飲み込んで言葉を続けた
「もし望むなら、一人だけなら元の世界に戻せるぞ」
さも当たり前のように、城が2日で作れると言った時と同じ調子で元の世界に戻れると言ってきた。
耳を疑うような気持ちで季節王を見ると、むしろ何が不思議なのかという顔でこちらを見返してくる。
「城を作らねばいかんから、すぐには言わんが。門の神具を使えば結びつきの深い世界へと繋ぐこともできるだろう」
あっさりと日本へと戻れる可能性を示唆してきた。
「一人だけなのか」
「人一人を生きたまま送るとなれば、相応に魔力を食う。年に一人がいいところだな」
一度に全員が帰れるわけではないそうだが、それでも日本に帰ることができると分かっただけでも大発見だ。
兄がどうするのかは分からないが、長くても数年で全員が元の世界に戻ることができる。
そうなれば、安田君は異世界に飽きたと言っていたし、なるべく早く戻してもらったほうが良いだろうと思える。
「安田君を戻してくれ」
「え、わたし?」
意外そうに驚くので、何か不都合でもあるのかと思って聞いてみる。
「この世界をあまり好きじゃないみたいだったから」
「う、うん。ちょっと思ってたのと違うけど、でもそんなに悪くないっていうか。もうちょっとこっちにいても良いかなぁって」
チラチラと俺の顔を見ながらそんなことを言ってきた。捕まっている間に何か心境の変化があったのかもしれない。
季節王もすぐに城を作る関係上、すぐに送れるわけではないと言っているので、後でゆっくり考えれば良いだろう。
話が一段落したところで、イサナが「そういえば」と話しかけてきた
「シンタさん、食べ物のスクロールがあとスライムしか残っていないですよ」
「可変迷宮に仕入れに行かないとダメか」
料理の材料となる魔獣は可変迷宮の中にしか存在しない。
城が出来るには早くても明日いっぱいかかるだろし、待つ時間で可変迷宮へ行った方が良いかもしれない。
迷宮内は魔獣が出るだけならばいいのだが、大体それ以外のトラブルが起きているので油断ならないところだ。
しかし食べ物がないというのは重大な事案なので、泣いて馬謖を斬るほかない。
「可変迷宮に行くとは、どういう意味だ?」
ニコニコ顔の季節王が尋ねてきた。腹が膨れて機嫌が良くなっているようである。
腹加減で態度が大きく変わるというのが非常に面倒臭い人だ。モカさんの祖父だというのも納得できる気がする。
「シンタくん、何か今ひどいことを考えなかったかな」
モカさんが怪訝な顔で俺を見てきた。
いよいよモカさんにも考えが読まれるようになってきたのか。もっと顔に出ないようにしないといけない。
「えっと、今食べたみたいな料理のスクロールを作るのに、可変迷宮に出てくる魔獣を材料にするんです」
イサナが季節王に簡潔に説明しようとしているが、それを聞いても首をかしげている。
「すまないな。若者の言うことはよくわからないんだが、可変迷宮とはここのことだろう?」
「え?」
「うん?」
どうにも話がかみ合っていない。
可変迷宮とは魔獣が出てきて魔法の道具が落ちていたりする不可思議なダンジョンだと聞いている。
今いるこの場所とは違うはずなのだが、季節王はこここそが可変迷宮だと言っている。いよいよボケたのかもしれない。
「王よ、私は今まで可変迷宮とは世界中に点在する魔力溜まりのことだと思っていたのですが、もしかして違うのですか」
モカさんが改まって季節王に尋ねると、やっとそこで合点がいったように大きく頷いた。
「そういうことか。今はそうなっているのか」
「一体、どういうことなんですか」
モカさんが季節王を問いただす。イサナも興味があるのかモカさんの横に並んで話を聞いている。
なんだかよく分からない俺と妹と安田君は置いていかれている感じだ。
「ねえ、ミ……シンタ。戻ったらお祭り一緒に行こうよ」
話を聞いてもわからないと思ったのか、安田君が祭に行かないかと誘ってきた
その言葉にイサナが「あれ、いま名前……」と言いながら近づいてくる
「キミさん、どうしてシンタさんの呼び方が変わったんですか」
「え、ダメ?」
安田君が上目遣いをしながら「だめ?」と聞いてきた。
元々、安田君には名前で呼ばれていたし、別に呼び方はなんでも構わない。
「本人がいいってさ」
「むー」
何故かイサナがむくれていた。
「あのさ、酒場のおっちゃんに美味しい屋台を教えてもらったんだ。一緒に食べようよ」
「そうだな」
無数の屋台が並んでいた光景を思い出す。結構な数を見て回ったとはいえ、全てを見たわけでもないのでまだまだ知らない屋台もあるだろう。
この世界の未知の味に想いを馳せていると、安田君が横から体を寄せてくっついてきた。
「ちょっとキミさん、シンタさんにくっつきすぎじゃないですか」
「そうかな。ねぇシンタ、くっつきすぎだと思う?」
そう言いながら二の腕に胸を押し付けてくる。あからさまにくっつきすぎだろう
「ほら、ほら! シンタさんも言ってるじゃないですか」
「シャイなんだ、可愛いね」
「何でもっと体を寄せてるんですか! 離れてくださいよ!」
ぐいぐいとイサナが引き離そうとし引っ張っているが、安田君の体が離れる気配はない。
それどころか背中に回り込んで、 背後から耳元にふっと息を吹きかけてきた。
「ねぇ、シンタはどんな女の子が好みなの?」
「キミさん!」
イサナが頭から湯気を出しながら安田君に詰め寄ってくる。
安田君の質問に、ちょっとだけ考えてから答えた。
「好きな子はイサナだな」
「え……」
「シンタさんっ!」
安田君が背中から離れ、代わりにイサナが胸元に飛び込んできた。
背後から安田君の声で「まさかロリ……」と聞き捨てならないセリフが聞こえてくる。
「私まだ成長期ですから!」
「わたしも成長期だよ、ほらシンタ。多分、わたしのほうがおっぱい大きくなるよ」
安田君が前まで回り込んで、胸を強調するような格好でイサナの横に並ぶ。
別に胸の大きさでイサナを好きになっているわけではないので、そんなことを強調されても困る。
そんなことで女性を選ぶのはうちの兄くらいだろう。
「じゃあ私が養ってあげる。シンタは働かなくて良いし、美味しいものはたくさん用意するし、欲しいものはなんでもあげるよ」
「シンタさんをダメ人間みたいにしないでください」
「私が本命なら、ちょっとくらい浮気しても許しちゃうよ。何なら三人一緒でも」
「キミさん!?」
何の話だ。
「それは本当ですか!?」
安田君がさらに何かを言おうと口を開きかけたところで、モカさんの悲鳴にも似た声が聞こえてきた。
のほほんとしている季節王の前で、モカさんが難しい顔をしている。
「人にものを教えているのに、そんなことも知らなかったのか」
「いくら何でも1000年以上も前のこととなると……」
モカさんが季節王から何かの話を聞いたらしい。
何事かと近づいてみると「なんということだ……」と考え込みながら独り言をつぶやいている。
「どうかしたんですか?」
妹がモカさんを見ながら季節王に尋ねると、「一緒に聞くかね」と答えた。
それに頷き話を促すと季節王に語られたのは昔話よりも以前の、未だ世界が広かった神代の頃の話だった。
神代の頃、世界は広く空飛ぶ城が撒き散らさずとも季節は自然に巡っていた。
空には限りがなく、昼と夜は異なる神がもたらしていた。
「イサナ、今のはどういう意味だ?」
「今の星天王は一人ですから」
「昼の光、夜の光は儂と同じように城を持った王が与えている」
季節王の説明で理解した。この世界には太陽も月もないのだ。
上空に見えているのは、宇宙よりももっと近いところにある城が光を放っている姿だ。
今まで空にある光るものは太陽か月だと信じて疑がっていなかった。
「しかし、突如世界は終わりを迎えた。世界は小さくなり、消滅に向かって行った」
神話なのだろうか、勇者や魔王が出てくる昔話とは全く毛色が違う。
「そんな中で20人の賢者が立ち上がった。あるものは季節を作り、あるものは天空の光を作った。
そして20人全員が力を合わせて作ったのが、魔力の時空転送の仕組みだ」
名前だけ聞いてもよく分からない。それは一体どういうものなのだろうか。
季節はそれに答えるように話を続ける。
「世界は終わりかけ、豊富だった魔力は放っておけば尽きてしまうと危惧された。
だから、賢者たちは現存する豊富な魔力を未来へと送る仕組みを作ったのだ。
時空に歪みをつくり、そのひび割れから魔力を送り出す。
魔力を受け取るのは数百年、数千年後の未来。
そして、その仕組みは稼働し続け現在へと至るわけだ。
世界中に点在する時空のひび割れは、過去からの魔力の供給だ。
魔力が枯渇しなければ、世界は終わらない。
終わりの見えている迷路を作り変え、まだ終わらぬように先延ばしにすることができる。
だから、この仕組みに。この世界に賢者達は名を付けたのだ」
一息に話した季節王がここで呼吸を溜め、吐き出した。
「”可変迷宮”、と」




