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可変迷宮  作者:
第五部.SÛRE LOVER

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91/116

91.気付けば目線は

 しん、と静まり返る。

 部屋の外ではガツンガツンと何かを叩きつけるような音が聞こえているが、部屋の中の静寂の方が大きい。

 最初に声を出したのは、俺たちよりも先に話を聞いていたモカさんだった。


「王よ、あなたはその賢者なのですか」


 この世界を作り出した20人の賢者、そのうちの一人が目の前の季節王なのかと問う。

 それに対して季節王は「そんな訳があるか」と返した。


「人を年寄りだと思ってなんでも一緒にするな。儂の生まれるよりもずっと前の話だ」

「では、この城は」

「譲り受けたのよ。先代の季節王からな」


 季節王の名は襲名制だったらしい。


「この世界は終わりかけている。そう長くはない。

 世界の仕組み、可変迷宮を作り出した賢者達、あるいはその後継者が必死に繋ぎとめようとしているがな。

  それでも数百年で世界は縮み続け、今では元の半分のさらに半分だ」


 あまりにもスケールの大きな話を聞かされて、どんな反応をすればいいのかわからない。

 数万年後には人類が滅びます、とかそんな現実感の話をされている気分になる。


「まあ人間には関係のない話よ、恐らくどれだけ長生きをしても世界の終わる瞬間には届くまい」


 それからモカさんをチラリと見て「モカ、お前もだ」と言った


「まだ200足らずだというのに、こんなに大きくなりおって。人の血とは憎らしいものよ」

「えっ」

「うっ」

「うん?」


 季節王の言葉で皆の視線がモカさんに集中した。


「教授……」

「な、なんだイサナ! そんな目で見るんじゃない!」

「まだサバ読んでたんですか」


 イサナがため息をつく。


「いいだろぉおおお! 若く見られたいんだよぉお!」

「モカは、普段こんな感じなのか」


 季節王がショックを受けたようにモカさんを指差した。


「割と」

「いつも」


 イサナと妹が何か諦めた表情で頷く。


「見合い相手でも探してやるか……」


 それに合わせたように、季節王も何かを諦めたようにため息を吐いた。


 ◆


 色々と思うところはあったものの、世界の行く末よりは今日の食事の方が大事だろう。


 季節王が輪から出したものを食べ物にするのでも良いのだが、それだといつまでたっても城が出来上がらないので近くに街か村が無いか探しに行くになった。

 街の近くには大体、可変迷宮が存在しているのでそこまでいけば食べ物に困らない。

 この世界の名前であり、世界を形作る仕組みこそが可変迷宮だと聞いた後ではあるが、今更呼び方を変えるのも難しいので今後も可変迷宮の呼び名を使うことにしている。


 翌朝、できる限りの準備を整えてから城の建設予定地を出発した。

 季節王は現場監督の仕事があるので残り、モカさんも昨日の世界の話を詳しく聞くために残ると言っている。

 俺とイサナ、安田君、妹が食料調達部隊として目指すのは遠くに見える山の頂上だ。

 イサナがいつものように魔法で飛び上がって何かが見えないか探したところ、山の頂上に集落が見えたらしい。

 歩いていくと日が暮れてしまいそうなので、季節王に白い鳥を出してもらってのっていくことになった。

 せっかく二羽だしてもらっているのに、イサナと安田君が一緒に乗ると言って聞かないので三人と一人で別れて乗る。


「ねぇシンタ。こっち落ちちゃいそうだから詰めてもいいかな」

「落ちそうなら」

「シンタさん、私も風で飛ばされそうなのでくっついでもいいですよね」

「飛ばされそうなら」


 おかしい。鳥の背中は広いはずなのに、妙に狭苦しい空間になってしまった。

 横を見れば、妹は一人で悠々と空の移動を堪能している。

 変な息苦しさを感じながら目的地の集落へと向かい上空から集落の様子を見てみるが人のいる気配は無い。


「全員、でかけてるのかな」

「まさか……でも廃墟にも見えませんし」


 空から見る限りでは集落の家々は小さいものの小綺麗に手入れされていて、とても捨てられている環境には見えない。

 このままでも埒があかないので降りて現地を確認してみることにして、白い鳥を近くの草原に下ろして集落まで歩いて近づいた。

 地上から行く道は草に覆われて歩きづらく、空から見た集落の人の手が入った様子とは異なり違和感を覚える。


「なんだ、猫か。おどかしやがって」

「キミさん、どうしたんですか」

「いやぁ、フラグ立てておこうと思って」

「余計なことをし無いでください」


 安田君と妹が意味のわからないやり取りをしているうちに集落の中にたどり着いた。

 地面は平らではあるものの、どうしてこんなところに家を立てたのかと言いたくなる立地だ。


「魔力の流れを感じます。近くに可変迷宮がありますよ」


 元々の目的が可変迷宮なので、それがあるというのは望むべくもないのだが、目の前にある家に人がいないというのが不気味だ。

 ここに定住しているというのであれば、まさか住人全員が可変迷宮に入っているということもないだろう。


「すみません、どなたか」


 イサナが近くにある家の前に立ち、ドアをノックした。重厚そうな音が響くが返事はない。

 隣に立っている家も同様に誰かが出てくることはなく、次々とノックをして回ってみるがついに全ての家から返事が返ってくることはなかった。


「こうなったら中に入ってしまいましょうか」

「えっ、ダメですよ」

「棚とツボなら中身を持っていっても許されるよ、きっと」

「なんの根拠があるんですか」


 妹と安田君のゲーム脳にイサナが振り回されている。


「鍵かかってるなら諦めるけどさ、このドア開いてるんだよね」


 安田君がドアを軽く押すと、誘うように内側へと開いた

 反対するイサナに「入ってみようよ」と言いながら、安田君が室内へと足を踏み出したところで何かに気付いたイサナが叫んだ。


「罠です!」


 室内があるように見えていた風景が一転して茶色がかったクリーム色の壁に変わる。

 安田君の踏み出した足は壁と同じクリーム色のぶよぶよした床に絡め取られ、体を引きずり込もうと奥へと引っ張ろうとしていた。


「うっわ、えええ、えろいことするつもりだ! どうじんしみたぁあああああ」


 変な言葉を叫びながら安田君がクリーム色色の中に消えて行こうとする。

 イサナが「キミさん!」と叫びながら杖を振ると、火球が3つ現れ安田君が吸い込まれた辺りに直撃した。

 うねうねと蠢く床が割れ、その中から安田君が姿を現す。


「ああ、もう。変なフラグを立てるからですよ! 世話がやける!」


 妹が悪態をつきながら安田君の元へと駆け寄り、ぐったりとした体を抱き起こして抱えて出ようとする。

 しかし、それを阻むようにクリーム色の肉のような塊が壁となって道をふさいだ。


「イサナ、これは魔獣なのか」

「ミミックです! 家の形に化けていたんです!」

「わかった」


 壁になっている茶色っぽいクリーム色に向かって走り寄り、渾身の力で壁に拳を叩き込む。


「スクロール!」


 拳から発した魔法陣が肉壁へと移り、液体が染み渡っていくように広がった。

 輝きを増した魔法陣が眼前で圧縮され周囲の壁や床を取り込み始める。

 スパゲティを絡め取るように吸い込まれたミミックは1枚の紙へと変わり、後には妹と安田君が残された。

 全身がぬめぬめとテカっているが、それ以外では怪我などはないようだ。

 地面に落ちている紙片を拾い、中に書かれている材料を見る。


「なるほど」


 ラーメンだった。

 妹と安田君はイサナが魔法で作り出した水で体と服を洗うというので、その間に残ったミミックを片付けることにする。


「シンタ、覗かないでよ。絶対に覗かないでよ。絶対だからね」

「ああ、分かってる」

「何もわかってない!」


 相変わらず安田君の言うことはよくわからないが、季節王につかまって以来、安田君が俺の記憶にある性格に似てきた気がする。

 3人がミミックの集落を出て行くのを見送ってから、一番近くにある家の壁に向かって拳を構える。

 想像するのは翡翠色のどんぶりと豚骨の香り。胃袋が記憶に反応して音を立てる。

 朝はゼリーしか食べていないから、もう腹が減って仕方がない。


「スクロール!」


 拳を叩きつけると共に家が消え、後には紙切れが一枚残った。拾い上げて確認するが、先ほどと同じ内容だった。

 十数件ある家々を次々に殴りつけ、片っ端からスクロールに変えていく。

 調子に乗って目に入る家を全て消し去ったところで、最後に残った家に気づいた。他の家と比べると倍くらいの大きさの家だ。言うなれば、ここのミミックのボスだろう。

 壁を軽く叩いてみた感じでも、壁の厚さからして違うような気がする。

 これで最後のようだし、このミミックはスクロールにしないで食べさせてもらおう。

 頭に浮かぶラーメンを胃袋へと落とし込み、腹の底からたぎる食欲を目の前の壁へと叩きつける。


家系ラーメンカタメ・コイメ・オオメ!」


 光に包まれたミミックはバレーボール大の球となって宙に浮いている。そこへ手を伸ばすと、ずしっとくる重みが腕にかかった。

 たゆん、と揺れる茶色がかったクリーム色のスープには脂がたっぷりと浮いていて、見るだけでコッテリとしているのが分かる

 大きく刻まれたキャベツとクタクタに煮られたほうれん草、丼の淵に寄りかかるようにノリが3枚乗っている。

 キャベツの隙間から見え隠れするのはゆで卵だろう。そして、どしんと構えた大き目のチャーシューが1枚。


 添えられていた割り箸を丼に突っ込み、中から面を探り出すと口元に引き寄せて一気にすする。

 ズズズッ、と勢いよく吸い込まれた麺はオーダー通り固めで、噛めばしこしことした食感が返ってくる。

 ねっとりとした脂多めのスープが絡み、まるで卵の黄身が溶けているのではないかと思えるほどにとろみがある。

 麺を飲み込み、キャベツを1枚口に入れるとシャキシャキとした爽快感と共にほのかな甘みがじんわりと広がった。

 再び麺を箸にとり、レンゲの上に乗せて思い切りすすり込むと鼻から豚骨の匂いが抜ける。怒涛の勢いを持って食欲に火がついた。

 キャベツを食べる、麺をすする。ほうれん草を食む。 硬めのノリをスープに浸し、少し柔らかくなったところで麺にまいて一緒に食べる。ノリの香りに麺が包まれ、奥深い旨味となって口の中へ開放された。


 ああ、白飯が欲しい。ノリで白飯を巻いて食べたい。スープに白飯を入れて雑炊にしてしまいたい。

 どうしてその辺に88mm高射砲(アハトアハト)が落ちていないんだ

 悔しい思いをしながらも箸は止まらない。キャベツを食べのけると、その下からはつるんとしたゆで卵が出てきた

 箸で半分に割る。味の染み込んだ濃い色が黄身がとろぉりと垂れ、乳白色のスープに混ざる。

 スープと一緒にレンゲの上に半分のゆで卵を乗せ、それを一口で頬張るとぷりっとした白身の歯ざわりが安息をもたらす。

 とろりとした黄身が舌を包み込むと、その中に潜ませた濃い目の味付けが牙を剥き始めた。

 スープに負けない、黄身の旨味を引き立たせるような塩辛さが舌の上で溶け、こってりとした口内に拍車をかける。


 おもむろにチャーシューをつまみ、半分に噛み切ろうと歯を立てると肉がホロリと崩れた。

 味の染み込んだ肉が口の中でも崩れる。その味が広がる。とん骨のスープが肉の旨味を強調させる。

 たまらずに麺を掻き込み、その肉の旨味と一緒に麺を味わい堪能した。


「うわ、獣くさい」


 声に振り返ってみれば、体を洗った妹が戻ってきているようだった。

 イサナと安田君も一緒に、少し離れたところに立っている


「食べるか?」


 一応聞いてみる。


「私はいりません」

「私もいいです」

「うーん、どうしよう」


 妹とイサナは断ったが、安田君は食べるか悩んでいるようだ。

 串カツのときもそうだったが、脂の濃い食べ物は女性ウケが悪い。


「いざという時に豚骨くさかったら幻滅されそうだから止めておこうかな」

「杞憂という言葉の語源を辞書で調べたらどうですか」

「異世界にトリップするんだから、空が落ちてくるくらい珍しくないよ」


 妹と安田君が笑いながら何かを話しているが、何処か剣呑な雰囲気を隠せていない。

 ラーメンを食べ終わり、イサナに出してもらった水で脂でギトギトになった手を洗う。


「さて、どうしますか」


 目の前にはミミックのボスが塞いでいた迷宮であろう洞窟の入り口が口を開けている。

 イサナのいう可変迷宮はここで間違いがないようだ。ミミックもここから出てきに違いない。


「ラーメン以外の食事が欲しいです」

「私もあんまりギトギトなのはちょっと」

「匂いがきつくないのがいいよね」


 何となく女性の買い物に付き合わされている自分の姿を幻視した。

 全員が満足するまで戻れないかもしれないが、食べるものが増えれば待っているモカさんや季節王も喜ぶだろう。

 久しぶりに迷宮探索だ。美味しい魔獣が出てくることを祈ろう。

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