09.実験
「そんなに怖がらなくてもいい。一緒に可変迷宮に行ってくれればいいだけだ」
こちらの不安を読み取ったのか、モカさんは掴んでいた手を放して言った。
学園の近くに、授業で使う訓練用の迷宮があるらしい。
迷いの森と呼ばれています。とイサナが補足する。
「5階層の迷宮で、定期的に掃討されているから、それほど強力な魔獣も出ない」
「カリキュラムの一環で、学士だけで行くこともありますから、あまり危険は無いです」
そういうことであれば、協力することに異論は無い。
イサナに命じられていた包丁不使用令も解除されたと考えて良いだろう。
「今日は時間も無いから、準備だけして明日の朝から行くことにしよう」
ついてきなさい、と言ってモカさんは立ち上がった。
イサナと一緒に後ろをついて行く。
「危険は少ないが、用意が多いに越したことは無い。
明日は私が魔封具を使うから、シンタ君も別の武器を持つといい」
たどり着いた先は、倉庫だった。
扉を開けると自動で部屋が明るくなる。照明用の魔法だろうか。
「イサナ、今日は随分とイイ格好をしているようだが、ローブはどうした」
「え、そ、その。そんなに良い服ですか?」
イサナは俺の渡した服を着ている。村を出てからずっと同じ服だ。
村にいる間も、今の服以外は最初にあったときの民族衣装っぽい服と、スライムに溶かされたローブしか見ていない。
毎日水浴びをしているようなので、流石に下着は替えているとは思うが、まさか本人に聞くわけにもいかない。
もしかするとこっちの服は生地が弱くて、洗うとすぐに駄目になるのかもしれない。
「皮肉だ」
「あ、す、すみません。ローブは、その。アシッドスライムに」
「アシッドスライム? 溶かされたのか」
「は、はい。すみません」
ローブは学園からの支給物だったらしく、普通は再支給をしないそうだ。
「まあいい。後で私の昔使っていた物をやろう。今度は溶かすなよ」
「え、良いんですか!? ありがとうございます」
モカさんは布袋が沢山並んだ棚の前で止まると、いくつかの袋を手に取った。
持っててくれ、と言われたので、そのままカバンに突っ込む。
「マニ菜の丸薬は、要らないな」
イサナの持ってきた丸薬があれば、苦いのは口に入れたくないのだろう。
それが入っているであろう袋は手に取らずに、次の棚に向かう。
「シンタ君、何か得意な得物はあるか?」
次の棚は武器保管用らしく、槍や弓が整理されて置かれていた。
魔法の学校なのに何で武器があるんだろうと思ったが、迷宮内で自分の魔力が切れた場合、自力で脱出するための手段として授業に組み込まれているらしい。
「私も棒術を修めてますよ」
成績は人並みですけどね、とイサナは言う。いざとなったら、魔法を使う杖で直接ぶん殴るらしい。
しかし、俺は剣も弓も槍も扱ったことが無い。少しだけ悩んだが、前に魔獣部屋で拾った短剣を使うことにした。
迷宮内で拾った道具は、学園で買い取ってくれるということで、わざわざ全部持ってきている。
階層の深い迷宮で拾った希少な道具なら街で売ったほうが高値がつくだろうが、俺の短剣のような明らかな安物は査定すら断られることもあるそうだ。
恐らくこの倉庫にある色々な道具も、迷宮で拾われた物を買い取って保管しているのだろう。
「イサナは私のローブを渡すからいいとして、シンタ君の防具だな」
なるべく動きやすい物をお願いすると、大リーグボール養成ギブスのようなものを渡された。
「魔力の通った紐で編んであるから、体に装着するとそれ自体が結界となる」
体力、魔力が無くても体を守ってくれる優れものらしい。
試しに付けてみたが、服の上からでも邪魔にならないようなので、ありがたく拝借する。
その後、モカさんの研究室に戻りイサナのローブを受け取って解散となった。
街まで戻って宿を取るために移動する。
何年か過ごしていたので宿の場所は把握しているかと思ったが、寮に住んでいたので宿は知らないそうだ。
確かに俺も地元のホテルや旅館の場所なんて詳しく知らない。
「それじゃあ、すぐに戻りますから、余計な騒ぎを起こさないでくださいね」
そこまで言うなら一緒に行けばいいじゃないかと思ったが、どうやら2人で一緒に行くと、宿泊先について職員が余計な気を使うようだ。
顔が似てないから兄弟には見えないだろうし、この世界の基準では15歳なら結婚しててもおかしくない年齢らしい。
そんなわけでイサナが一人で商業ギルドに行ったので、また一人でぼんやりと待つ。
今日の晩御飯は何だろう。こっちの人は、基本的に朝と晩しか食べないようなので、日が沈むころには腹の催促がうるさい。
マニ菜と豆芋の食事から比べると、酒場や宿で出る食事はそれなりに美味しいが、贅沢を言うとまだまだ研鑽が足りない。
スープに入っている肉は骨ごとぶつ切りになっていることも珍しくないし、その肉自体もどこか獣臭い。
とろとろに煮込んだビーフシチューなんていうものは、大金を積まないと食べられないのだろう。
そもそも、そんな料理が存在しているかどうかも怪しいが。
元の世界の料理を味わうには、包丁の力を振るうより他ない。
明日の迷宮は可変迷宮と言っていたが、どんな魔獣が出るんだろうか。
そろそろ牛肉が食べたいので牛っぽい魔獣が出てくれれば御の字だが、ミノタウロスなんかはゲームではボス敵のイメージだ。
まだ見ぬ食事に思いを馳せているとイサナが戻ってきたので、紹介された宿に向かう。
村では文章を目にする機会が殆ど無かったが、王都まで来ると流石に街中の情報量が多い。
看板はもちろん、張り紙や案内板のようなものも良く見る。
一応、自分の名前は書けるようになったが、到着した宿の看板は読むことが出来ない。
「この宿の名前は、なんて書いてあるんだ」
「【マンドレイクの根】ですね」
「その名前は客商売として大丈夫なのか」
「根っこから作る薬が有名ですからね、生き返るように身体が休まる、とかそんな感じじゃないですか」
そこまで謳うなら風呂があるんじゃないかと思って聞いてみたが、そんな嗜好品は無いそうだ。誇大広告め。
荷物を置いて、宿の食堂に行く。選択の余地無く決められたメニューが出てくる。
パンと薬っぽい味のするスープだった。
「これ、本当にマンドレイク入ってないよな」
「本当に入ってたら、私たち今頃死んでますよ」
慎重に毒抜きをしないと即死レベルらしい。フグみたいなものか。
この薬っぽいのはタイサの葉という植物の匂いで、食欲促進効果があり胃に良い。というのを宿のおばちゃんに教えてもらった。
二日酔いの朝に飲むと効果があるそうだが、そんなに美味いとも思わないのに完食したのは食欲促進効果のおかげかもしれない。
◆
翌朝、学園までの道のりを歩き、迷いの森の入り口というところでまで行くと、すでにモカさんがいた。
時計なんか無いだろうに、どうやって待ち合わせの時間を決めているのだろう。
「よし、朝飯は食べてきたな。じゃあ行くぞ」
朝食はパンと味の薄いスープだった。今日は違う宿に泊まることを直訴しようと思う。
柵で作られた入り口があるだけで、他の森と違うようには見えないが、これも可変迷宮らしい。
「可変迷宮とは、迷宮内にある見えない亀裂から魔力がもれ出てくることにより発生する。
水の中から泡が浮かんでくる様子を思い浮かべて欲しい。その水泡の1つ1つが可変迷宮の1階層だ。
魔力は次から次へと出てくるから、泡にあたる階層も次々と生成される」
歩きながら授業が始まってしまった。
ここに来るまでに他の学士っぽい人たちを何人も見たが、モカさんは担当授業とか無いんだろうか。
昨日の感じだと、ざっくりした性格の人のようなので、授業があってもすっ飛ばしてそうだ。
「水の底のほうでは大きい泡でも、水面に上がってくると分かれて細かい泡になるだろう。
それと同じで、上の階層のほうが魔力が分散して弱い魔獣しか出ない」
ここは亀裂が小さくて、しかも浅いので魔力がすぐに散ってしまって魔力の結晶である魔獣にならないそうだ。
魔獣の出ない可変迷宮はただの迷路だ。2時間ほどで4階層目を踏破した。
「さて、いよいよ魔獣が出る階層に行くわけだが」
待ちかねた。昨日の薬っぽいスープが効いているのか、胃袋が催促を繰り返している。
「空腹でないと使えないということだったが、問題ないようだな」
森の中の丘に、口を開けるように洞窟が待ち受けている。
モカさんを先頭に、その中に足を進めた。
「そういえば、ここには何の魔獣が出るんだ」
「スライムとゴブリンとマイコニドです」
「最後のは聞いたことないな、何だそれ」
「きのこのお化けです」
きのこか。しいたけのバター焼きかエリンギのホイル焼きか、何が出るか分からないが、美味そうだ。
「早速出てきたぞ、ゴブリンだ。シンタ君、まずは一回やって見せてくれ」
見慣れた子鬼がこちらへ歩いてくる。
棍棒を持ってはいるが、機敏とは言えない速度でしか動かないので、気をつければ怪我をすることは無い。
包丁を強く握る。身体に力がみなぎる。ゴブリンの動きなど、止まっているようにしか見えない。
「スクロール!」
発光が治まると、鬼まんじゅうのレシピが置かれていた。
「なるほど。他の魔封具と特別違う様子も無いな」
「あ、あの、あまり沢山使うとシンタさんが倒れちゃうので」
「ああ、分かっている。次は私がやってみよう。シンタ君、魔封具を貸してくれ」
手に持った包丁を渡して、モカさんを先頭に先へ進む。
子犬の鳴き声みたいな音が聞こえてくるのは、聞こえない振りをしたほうがいいんだろう。
しばらく進むと、スライムが現れた。
「よし、では行ってくる」
包丁を逆手に持ってモカさんはスライムへ突っ込んだ。とても研究者とは思えない程に足が速い。
「スクロール!」
危なげなく包丁をスライムに触れさせてスクロールを唱える。
同じように発光するかと思ったが、何の反応も無かった。
スライムも変わらずにぼよんぼよんと動いている。
「ふぅむ、どうやら条件が違うらしい」
モカさんが十分に空腹状態だったのは耳で聞いている。
以前に空腹でないと成功しないというのは突き止めたが、それだけでは足りないのだろうか。
モカさんは腰に装備した片手剣でスライムを斬り倒して戻ってきた。
「イサナ、一回やってみなさい」
手に持った包丁をイサナに渡して、また迷宮を進む。
程なくスライムが現れたので、イサナが駆けていく。何となくそんな気はしたが、足が遅い。
それでもスライムが攻撃行動に移る前に包丁を当てて唱えた。
しかし、結果は変わらず何も起こらなかった。
「シンタ君しか使えないのか。いや、それなら呪いの発動も……」
モカさんがブツブツ言っている間に、イサナはスライムから距離をとって火球で倒していた。
「シンタ君、すまんがこっちの魔封具を使ってみてくれ」
モカさんが模様の入った金属の杖を渡してきた。ぱっと見た感じ、細身の金属バットだ。
「これは魔獣を使役する為の魔封具だ。使い方は一緒だから」
殴りつけながら唱えればいいんだろうか。
また歩き回ると、またスライムが出てきた。黄色い固体だが何味だろう。
杖を握り締めるが、包丁のときのように力が出ない。
駄目っぽい予感がしながらもスライムに向かって走る。
いつもはスライムが行動するより前に包丁を突きつけられるのに、今回はスライムの反応の方が早かった。
軟体な体を弾ませて、こちらに飛び掛ってくる。
野球はあまりやったことが無いが、間違いなく絶好球だった。フルスイングで杖を振り抜く。
「スクロール!」
光りもせず、力任せに殴った威力でスライムは壁に叩きつけられて倒れた。
「他の魔封具は使えないのか。
シンタ君、この魔封具を拾ったときに、血の契約を結んだりしなかったかね」
首を振って否定する。
そんな恐ろしげな契約はしていないはずだ。
「ふむ。一体どういうことだろうね」
この専門分野で教授やってる人に分からないなら、ただの学生の俺に分かるはずもない。
「マイコニドのスクロールも欲しいから、出てくるまで粘ってから今日は戻ろう」
空腹が限界なので、マニ菜の丸薬を口に放り込んだ。じんわりと甘みが染み出して空腹を紛らわせる。
スライムとゴブリンは対象外なので、出てくるなりモカさんに火球の魔法で討伐された。
遭遇すること6体目にしてマイコニドが現れた。
おばけマッシュルームといった感じの外見だ。クッションにして部屋に置いたら丁度良さそうな大きさである。
手足が生えているわけでなく、マッシュルームがポヨンポヨンと跳ねながら移動していた。
包丁を構えてマイコニドに突っ込む。
力いっぱい包丁を振るが、かすりもしないで避けられてしまう。
間抜けな見た目とは裏腹に、かなり素早く移動していて、刃を当てるのが難しい。
「シンタさん、離れてください。火球を撃ちます」
イサナの声に従い、一旦距離をとる。
すぐに火球がマイコニドに向かって飛んでくるが、それも跳ねて避けた。
「す、済みませんっ、避けられましたっ」
「いや、大丈夫だ」
跳ねた方向が俺の真正面だったので、そのままカウンター気味に包丁を突き出す。
「スクロール!」
光が発生しマイコニドが消える。
入れ替わりに紙片が地面に落ちた。




