10.秘薬
マイコニドのスクロールを拾い上げる。
「マッシュルームとニンニクとオリーブオイル……」
多分、アヒージョだ。
オリーブオイルで煮込んだ料理のことをそう呼ぶらしい。
以前、兄に「美味い飯を教えろ」と言われたので、深夜ドラマで見て美味しそうだったアヒージョのことを伝えたことがある。
その場で「美味かったら報告しろ」と1万円を渡されたので、妹を連れて店をハシゴして金額分たっぷり味わった。
帰ってから兄には仔細を報告したが、何に必要だったのかは未だに分からない。
マッシュルームも美味いが、ニンニクの効いたオリーブオイルに、薄く切ったフランスパンを漬けて食べると、ガーリックトーストみたいで二度美味しい。想像するだけで涎が出る。
「成功したな。マイコニドのそれは、美味いのか」
「超が付く美味さです」
即答すると、モカさんは満足したように頷いた。
さっきから丸薬をつまんで空腹をしのいでいるが、いい加減に限界だ。早く帰ってアヒージョを食べたい。
このスクロールに書いてあるレシピにはフランスパンが入っていないから、パンは自前で用意する必要があるのだろう。
今はパンを持ってきていない、ここで食べては片手落ちだ。
「よし、戻るぞ。この階層にしか魔獣ではないが、気を抜くなよ」
魔獣を蹴散らしながら来た道を戻る。
迷宮の中とはいえ森まで戻ってしまえば一安心だ。
結局、俺以外は包丁を使えなかったので、持ってきた短剣の出番は無かった。
迷いの森の出口に差し掛かったとことで、急にモカさんが立ち止まった。次いで、イサナも足を止める。
二人とも道の先を見つめているので、視線を追うと2mはありそうな巨大な鶏がいた。
「な、何でここに」
「二人とも、離れるなよ。まだ気付かれて無い。いいか、ゆっくり戻るぞ」
だいぶ危険な魔獣らしい。
モカさんは正面を向いたまま、少しずつ後ずさる。
それに従い、俺とイサナも音を立てないように森の奥へ移動するが、努力の甲斐なく鶏に気づかれた。
首だけこちらに向けて「クェッ」と鳴いたかと思うと、一気に駆け寄って来る。
「くそっ!」
モカさんが杖を構えて火球を飛ばし、鶏の身体に当たるが足を止めない。
イサナが続けて火球を放ち、それが頭に命中した。
流石に痛かったのか、足が止まる。
「シンタ君、不本意だがこうなったら君が頼りだ。
私とイサナで何とか動きを止めるから、その間にスクロールを頼む」
「き、教授。無茶ですよ。コカトリスは最低でも上級の冒険者が」
「どの道、このままでは仲良く石像だっ」
「クェェッ!」
鶏がイサナに向かって威嚇らしき声を出した。
モカさんとイサナは、それに応えるように杖の先から火球を飛ばす。
的が大きいからか、火球は鶏の身体に当たるが攻撃が効いている様子は無い。
包丁を握り締める。力が湧いてくる。身体が軽くなる。
地面を蹴って鶏の足元に駆け寄った。
「クェエエエッ」
包丁を突きつけようとするが、丸太のような巨大な鶏の足に蹴飛ばされる。
鶏の足の爪が肉に刺さり、血が流れ出てきた。
養成ギブスの効果が無いじゃないか、と思ったが身につけている紐はボロボロになっていた。結界の防御を上回るダメージのようだ。
この様子では、もう結界の効果は薄いだろう。
よく見れば鶏の足の爪は槍のように尖っている。何も無かったら身体を貫いていたかもしれない。
蹴飛ばされた衝撃で地面を転がりながら横目で確認すると、モカさんとイサナは火球を連続で放っていた。俺が攻撃されないように鶏の気を引いているのだろう。
すぐに立ち上がり、再度鶏に駆け寄る。
また足元に近づく振りをすると、先ほどと同じように足を蹴り上げてきた。
フェイントに気付かない。所詮、鳥頭だ。
足が上がるのを見てから、足元へ接近する。今度は蹴飛ばされない。
羽毛に包まれた身体に包丁を突き出し、スクロールを唱えようとしたところで、押し当てた感触が無くなった。
目の前にあった鶏の巨体が無い。
バサッという音が聞こえ上を見ると、生意気にも宙に浮いていた。
「飛べるのかっ」
一瞬だけ宙に浮いていたが、ジャンプ程度の飛翔能力のようで、直ぐに落ちてくる。
「クエエエエエエッ!」
どうやら怒ったようだ。頭を振り回して、俺を狙ってくる。
鶏の首の届く範囲から逃げるようにして、イサナ達から距離をとる。
鶏は頭に血が上っているらしく、出鱈目に攻撃してくる。攻撃が単調なので、何とか避けつつ出口を目指す。
迷宮の外まで出れば、学園の誰かが気付いてくれるかもしれない。
少しずつ、鶏を引きつけながら移動する。
迷宮の出口まで残り10mというところで、鶏の動きが変わった。
頭を振り回すのをやめて、羽をバサバサと動かし始める。
「クェッ」
短く鳴くと、大きく羽ばたいて宙に浮いた。そのまま、俺に向かって落下する。
2m近くある鶏の体当たりをくらって、吹っ飛ばされた。
そのおかげか、どうにか迷宮の出口までたどり着いたが、足に力が入らない。
今の体当たりで養成ギブスは完全に焼き切れていた。
意識こそはっきりしているが、結界で殺しきれなかったダメージがかなり効いているようだ。
今まで包丁の効果で力が増していたが、それも感じられない。
何とか立ち上がってみたものの満足に動けない。
もう、こうなると刺し違えるしかない。
目の前に鶏肉は、俺が動けないのを分かっているはずだ。
頭か、足か、体当たりか。どの道、向こうも直接攻撃しか手段を持っていない。
何の攻撃をしてくるのか分からないが、攻撃で俺に触れる瞬間に包丁を突き出しスクロールを唱えれば逆転の目がある。
鶏と対峙する。
包丁を握り直す。
鶏が頭をゆっくりと持ち上げた。
直後、一気に俺に向けて振り下ろされる。
包丁を当てようとするが、腕が上がらない。反応が遅れる。
体をひねって攻撃をかわそうとするが、巨大なクチバシで胸から腹まで引き裂かれた。
痛みは無い、思わず手を当てると、傷口が石のように硬くなっていた。血も流れていない。
そういえば、ゲームでそんな敵がいた気がする。
イサナがさっきコカトリスと言っていた。確か、石化をしてくる嫌な奴だ。
コカトリスは、俺と向き合うが次の攻撃に移らない。
それどころか、身体を反転させるとイサナ達に向かって威嚇の声を上げた。
「ま、て」
声が出ない。石化の範囲が片方の肺まで広がっているのか、呼吸が難しい。
身体が重い、足が動かない。
鶏は、俺が石化していることが分かっているのだろう。
お前はすでに死んでいるとばかりに俺を放り出し、イサナ達に向かって走り出す。
二人は迫り来るコカトリスに懸命に火球を飛ばしているが、それが効いている様子は無い。
「くっ……」
少しでも足を前に出して進もうとすると、背中に異様な熱を感じた。
首も動かず振り返れないが、それが何かはすぐに分かった。
イサナやモカさんの物とは比較にならない、コカトリスを丸ごと包むほどの巨大な火球が背後から飛んでいったからだ。
「キュィイエエエエ」
着弾した瞬間、コカトリスは炎に包まれ断末魔の声を出す。
「本当の焼き鳥だな」
後ろから聞きなれた声がする。
「カ、ズに……さ」
「使い方は他の魔封具と一緒でいいんだったな」
突然現れた兄は、俺の手から包丁を抜き取ると焼け焦げたコカトリスに近づいて、それを振り下ろした。
「スクロール!」
光を放ち、巨大な鶏が紙片に変わる。
「いいタイミングだったみたいね。カズの弟じゃなかったら、金貨を請求してるところだわ」
エルフ族のセリアさんが俺に声を掛けてきた。巨大な火球を放ったのはこの人だったのだろう。
「シ、シンタさん、大丈夫ですかっ」
コカトリスが倒されるのを見て、イサナとモカさんが駆け寄ってきた。
こちらも近づこうと思ったが、足がうまいこと動かずに尻餅をついてしまう。あぁ、餅が食べたいな。
「この子、石化してるわよ。コカトリスの毒にやられたのね」
セリアさんが俺の傷口を見ながら言う。どういう原理か、毒で石化するらしい。
「少しずつ広がってるわね、あと1時間くらいで心臓止まるわよ」
「石化は呪いや病気でないから、解毒薬があればすぐにでも治るんだが……」
モカさんがバッグの中身をぶちまけるが、石化の解毒薬は入っていないようだった。
「そうだ、イサナ。1年前に学園を出るときに霊薬を渡しただろう、あれなら何の毒でも効くはずだ」
「す、済みません。使っちゃいました」
何か凄いものがあったらしいが、当てが外れたようだ。
「仕方ない、今から学園に戻って解毒薬を持ってる人を探してくる。なるべく急ぐが、そっちも耐えてくれ」
「シンタ、お前はこの子の物か?」
今まで黙っていた兄が、いきなり訳の分からないことを言い出す。空気を読んで欲しい。
この子と言われたイサナも目を白黒させている。
探しに行くと言ったモカさんも動きを止めていた。
「い、や」
兄が意味不明なことを言い出すのは割と平常運行なので普通に答えた。
声が上手く出ない。
「そうか。セリア、お前の薬を出せ」
「残り少ないけど、仕方ないわね」
セリアさんは腰につけたバッグから何か取り出す。
紙で包まれた薬のようで、中に白い粉末が入っていた。
パッと見、末端価格いくらで取引される危ない白い粉だ。
「シンタ、動かないでよ」
セリアさんが傷口の上から粉を振り掛けた。
粉の乗った箇所が熱を持つのが分かる。
「ぐぅっ……」
石化が解けたのか、傷口が急に痛み出す。
しかし、それも直ぐに収まっていく。傷を見てみると、後も残らず綺麗に無くなっていた。
「す、凄いですね。もしかして、これってエルフの」
「秘薬って呼ばれてるわね。買うと高いのよ」
効果からして、物凄く高価なんだろう。
俺の手持ちで支払える対価では足りないだろう、申し訳ない気持ちになる。
暫く休んで、俺の怪我が落ち着いたので学園まで戻ることになった。
研究室は狭いので食堂のテーブルを占拠している。
「そういえば、まだ挨拶もしていなかったな」
全員が席に着いたのを確認して、モカさんは立ち上がった。
「学園で教鞭を取っているモカ・アグーラです。
危ういところを助けていただき、誠に有難う御座います」
いつもは蓮っ葉な喋り方なのに、丁寧な言葉で兄とセリアさんに深く頭を下げる。
モカさんには苗字があるようだ。いつもの話し方はポーズなのかもしれない。
「そこのシンタの兄で葛だ。今は冒険者をやっている」
「同じく冒険者のセリアよ」
お互いに挨拶をしたところで、イサナがお茶を持って戻ってきた。
最初は俺も手伝おうとしたが、全員に休んでろと言われたので黙って見ている。
「え、えーとセリアさん。さっきは、ありがとうございました。
それに、シンタさんに高価な薬も使っていただいて」
「いいのよ、そのうち10倍にしてカズに返してもらうから」
イサナが俺のことにもお礼を言っていたので、一緒に頭を下げた。
セリアさんは、前にも兄のことを金蔓と言っていたが、冒険者はそんなに儲かるんだろうか。
「それで、何でカズ兄さんはここに?」
冒険者ギルドの拠点が王都なのだから、いること自体はおかしくない。
だが、半分学園の設備となっている迷いの森に来る理由は無いはずだ。
「学園にも連絡は行ってると思うけど、冒険者ギルド全体に依頼が出てるのよ」
「全体にですか」
前に聞いた話だと、冒険者ギルドはいくつもあるらしい。
持ち込まれる仕事もギルドによって偏ってくるが、今の話だと所属ギルドに関係なく全てのギルドで請ける仕事のようだ。
「最近、迷宮内の階層に不相応な魔獣の発生が多発しているのよ。
直ちに調査し、もし発見した場合は可能であれば討伐せよってね」
不相応な魔獣というのは、迷いの森に出たコカトリスのような魔獣のことだろう。
迷宮の魔力が弱くて魔獣が出ないという話だったのに、強力な固体が出現していたのだ。
イサナを襲っていたオークを倒したときも「普段は魔獣が出ない」と言っていたので、あれも同じかもしれない。
「原因は分かっているんですか」
「冒険者には何も知らされていないわ。ただの大規模調査依頼」
村を出た最初の町の酒場で会ったときも、その依頼で周辺の迷宮を調査中だったらしい。
「大手は、魔獣の出ない迷宮なんか押さえてないからね。
うちみたいな弱小ギルドは、先手を打って小さい迷宮を押さえているのよ」
もし手に負えないほど強い魔獣だった場合でも、見つけただけで報奨金がでるそうだ。報告すれば、後で強い人をまわして貰える。
そんな訳で、まだ手の付けられていない迷宮をしらみ潰しに回っていたら、運良く出くわしたとのことだ。
モカさんは「教頭め、意図的に情報を止めたな」と呟いていた。色々と大人の事情があるらしい。
「そうだ。あなたも魔封具を使えたんですね」
見られていることに気付いたのか、話をカズ兄さんに振った。
そういえばモカさんもイサナも使えなかった包丁を、当たり前のように使っていた。
「ああ、そうだな」
カズ兄さんは拾っていたスクロールを取り出す。
料理は何だろう。鶏だから、から揚げ、それとも焼き鳥だろうか。
この場で食べるなら、少しは分けてもらえるだろう。楽しみだ。
「カズ、なんて書いてあるの」
「ん? これは……」
カズ兄さんがスクロールに手を当てる。
「ストーンスピア!」
は?
いつものように光ったが、出てきたのはフライドチキンでもチキン南蛮でもなく、槍だった。




