08.王都
翌朝、宿の人に聞くとカズ兄さん達は既に出発したとのことだった。
元の世界に帰る方法について、当てがあるのか聞いてみたかったが、王都の冒険者ギルドに行けば会えるだろう。
荷物を担いで、王都方面へ行く馬車に乗る。
これは荷馬車ではなく、運賃を払って相乗りで運用されている交通手段のようで、荷馬車よりは乗り心地が良かった。
早朝に出て、日が暮れ始める頃には街が見えてきた。
イサナの言っていた通り、前の町と比べればかなり大きいようだ。
「王都に比べれば小さいですが、それでも大きいほうですよ」
地方都市的な位置づけなのだろう。
前の町には無かった石造りで2階建ての建物もちらほらとある。
「宿を取ってきます。
商業ギルドで場所を聞いてきますから、ここで待っててください」
商業者のギルドもあるらしい。
日本の観光協会のように、客の斡旋もギルドの業務なんだろう。
客はギルドの紹介先なら安心して泊まれるし、宿は客が来る。
ギルドは登録に基準を付けるだろうから、質の悪い店が街から無くなる。
別の世界とは言え、人間の考える仕組みはそう変わらないようだ。
ぼんやり待っていると、二人組みの男が話しかけてきた。
どの世界でも変わらないのは仕組みではなくて、人間そのもののようだ。
話を聞くまでも無く、性質の悪い人間であることが分かった。
「兄ちゃん、ちょっと金貸してくれねえか」
カツアゲの台詞まで世界共通らしい。
カズ兄さんのアドバイスによると、こういうときは盛大にゲロを吐けば相手が逃げるそうだが
そうポンポン嘔吐できるはずが無いので、相変わらず役に立たない。
仕方が無いので、歌うことにした。
歌は別に上手くないが、人前でも恥かしがらずに大声を出す点だけは、音楽の授業で誉められたことがある。
その割に成績は5段階評価で3だったが。
いきなり大声で歌い始めたので、何が始まったのかと人目が集まってくる。
やはり人に見られたくないのか、チンピラはそそくさと逃げ出した。
途中でやめるのも不自然かと思い、そのまま一曲歌いきり、軽くお辞儀をするとパラパラと拍手が聞こえた。
「……何してるんですか、シンタさん」
いつの間にかイサナが戻ってきていたようだ。
呆れた顔で近づいてくる。
「チンピラに絡まれたんで、歌った」
「はあ?」
ありのままを伝えたら変な顔をされた。
穏便にやりすごして、運がよければおひねりまで貰える方法なのだが、なかなか理解は得られないようだ。
宿が決まったようなので、いつも通りイサナについていく。
「さっきの聞いたこと無い歌でしたけど、何ていう曲ですか?」
「大迷惑」
◆
紹介された宿は、前の町の宿と大差なかった。
それでも宿泊料は高くなっているようだから、都会は恐ろしい。
昨日、カズ兄さんに貰ったお金は、今まで世話になった分として
イサナに渡そうとしたら「多すぎるし、受け取れません」と固辞された。
貨幣価値が分からないし、これからも世話になるから、と言ってやっと受け取ってもらえた。
金勘定は面倒くさいので、全部お任せで行こうと思う。
それに、街中には珍しい食べ物が沢山あるので、自制する自信が無い。
安い定食屋のようなところで晩御飯を済ませる。
出てきたのは鶏肉っぽい味の何かを焼いたものと、固いパンだった。
今日の店にはメニューらしきものが掲げてあったが、字が読めないので結局分からなかった。
村にいる間にイサナに文字を教えてもらったが、まだ簡単な文章しか読めない。
何で会話は出来るのに文字が読めないのだろうか。
久しぶりに大声で歌って疲れたので、疑問もそこそこに床に転がって眠った。
翌日、乗り合いの馬車で王都へ向かう。
流石に王都へ向かう人は多いらしく、今までで一番大きい馬車だった。
そこに乗り込んで、馬車が満員になったところで出発した。
日本の満員電車を知っている身からすると、まだまだ人は乗れる気がするが
馬が引いているので、重量の限界もあるのだろう。
同乗者に馬車酔いの酷い人がいて、動き出して時間の経過と共に顔色が真っ白になっていった。
赤毛で男前な顔のお兄さんだったが、今にも死にそうな表情のせいで台無しだった。
前の町で見つけて採取していたミントっぽい匂いのする葉っぱを、揉んで嗅ぐように言って渡した。
「ありがとう、少し楽になったよ。
君は昨日、街中で歌ってた人だろう」
結構目立っていたらしく、大道芸人なのか、と聞かれた。
そうではなく、チンピラに絡まれたので歌ったのだと答えると、そんな方法があるのか、としきりに感心していた。
2日間も移動するだけなら、さぞ暇をもてあますだろうと思っていたが、
自称冒険者の赤毛さんが可変迷宮内で財宝を見つけた話や、
ドラゴンから必死で逃げた話を臨場感を込めて話してくれたおかげて、
道中は退屈せずに済んだ。
後でイサナが言うには、3割くらいで聞いたほうが良いとのことだった。
「馬車での移動は拷問の時間だったけど、君のおかげで助かったよ。
何かあったら"赤い飛竜"に来てくれ、君の助けになるよ」
王都に到着すると、赤毛さんは爽やかに笑って去っていった。
一番人気のギルドに所属してるということは、それなりに腕の立つ人だったのかもしれない。
王都はその名の通り、この国の王が住む都だそうだ。
マス目状に街が作られ、商業区や居住区等で分けられてている。
学士がいたり研究をしたりするのは、学園区らしい。
例によって、イサナにくっついて道を進む。
大通りを何回か曲がると、急に開けた場所に出た。
「ここが王都の学舎、カフィーレ学園です」
学園です、と言っているが、目の前にあるのは森だった。
街中に森があるのかと聞いてみると、王都の端にある森がそのまま学園になっているらしい。
てっきり、それっぽい雰囲気作りの為かと思ったが、ちゃんと理由があり、
魔法の効果で音や光が沢山出るので、その緩衝材として木を挟んでいるそうだ。
森の小道を歩いて行くと、木々の切れ間に建物が見えた。
歴史のありそうな石造りの建物だ。
ちゃんと着いてきてくださいね、と言ってイサナはすいすい進んでいく。
部外者が立ち入っていいものなのかと思ったが、建物内で何人かの人とすれ違っても何も言われないようなので、きっと出入りは自由なんだろう。
イサナがある部屋の前で立ち止まり、ゆっくりとノックをした。
どうぞ、と向こうから声がするのを待って、扉を開ける。
「ご苦労だったね、手紙は読んだよ」
意外にも若い女性だった。
今までの話からすると、魔法の教授というからにはオークのような
巨体をもった人でなければ勤まらないのかと思っていたのだが、部屋の中にいた女性は全くそんなことは無かった。
「君がシンタ君だね、話は聞いているよ」
教授でイサナの担当指導員のモカさんと言うらしい。
眼鏡を掛け、金色の髪の毛を無造作に後ろで縛っている。
ゆったりしたシャツとズボンという格好で、いかにも分かりやすい研究者の女性だった。
「えっと、まずは報告から良いでしょうか」
モカさんが頷くと、イサナがマニ菜の苦味抜き処理について口頭で説明をする。
予め苦味を抜いたマニ菜で丸薬を作ってもってきているので、実際にそれを食べてもらった。
「確かに苦味が無いな。これなら世に与えるインパクトも大きいだろう。
許可するから、提出論文を書き始めなさい」
マニ菜蒸しは、卒業に値する内容だと判断されたらしい。
イサナは、ほっとした表情を浮かべるが、すぐに顔を引き締めて話を続ける。
「料理のスクロールについては、手紙に書いたとおりです。
シンタさんが可変迷宮で拾った魔封具について、調べたいのですが」
身に着けている包丁を取り出して、巻いている布を解く。
「なるほど、これがね……」
モカさんは眼鏡を支えながら、包丁を覗き込む。
「触っても構わないかな?」
と言いながら既に手を伸ばしている。
いいですよ、という頃には包丁を握っていた。
「おっ、魔力に反応して呪いが発動するのか。
いいね、グイグイくる感じだ」
こちらに反応を求めている様子は無いので、独り言だろう。
「どうですか、教授」
「まぁ、待て」
待てと言われたので待つしかない。
イサナと2人で黙り込む。
暫くそのまま待っていると、「あっ」と、モカさんが声を漏らした。
その直後、盛大に腹の音が響き渡る。
「あの……教授?」
「うん、食堂に行こうか」
包丁を手放したので、回収して布で巻き、
足早に部屋を出て行ったモカさんを追いかけるイサナに言う。
「あれを持つと、物凄い勢いで腹が減るんだ」
「でもシンタさん、今まで平気でしたよね?」
「スクロールを唱えなければ大丈夫かと思ってた」
モカさんの消えた先にある食堂に入ると、既にテーブルで何かを食べていた。
「いや、すまないね。魔力に反応して生命力を吸い取る呪いなのは分かったが、少し長く触りすぎたようだ」
もふもふとパンを齧りながら説明してくれる。いい食べっぷりだ。
健啖な様子を見ていると、こっちも腹が減ってきた。
「何か料理を出して見せたほうがいいんじゃないか」
「はいはい、言うと思いましたよ」
イサナが懐にしまっていた紙片を数枚出す。
ホットドッグが2つと、鬼まんじゅう(2個セット)が1つだ。
すぐに手を置いて、料理を呼び出す。
「おぉ、話には聞いていたが、実物は本当に美味しそうだな」
次のパンに歯を立てようとしていたモカさんは、出てきたホットドッグを見て動きを止めた。
「どうだろう。ちょっと口はつけてしまったが、このパンと交換しないか」
今食べようとしていたパンをこっちに差し出してきた。
小さめのフランスパンのような形をして、縦に切り込みが入っている。
間にはチーズとレタスのような野菜が挟まれているようだ。
「それも美味しそうですね」
ホットドッグを手に持って差し出そうとすると、急にイサナが立ち上がる。
「教授っ、そんな無作法なことしないでくださいっ。私の分をあげますからっ」
自分の分のホットドッグをモカさんの前に置くと、手に持っていたチーズレタスサンドを奪い取った。
「おっと、普段はそんなこと気にしないだろうに、」
その後も何かを言っていたようだが、ホットドッグを食べ始めたのでモゴモゴとしか聞こえなかった。
イサナはぷりぷり怒りながらパンを食べている。
あぁ、美味しそうだったのに。
「これは美味いな。パンも柔らかいし腸詰は噛み切ると肉汁が溢れる。
赤と黄色のソースが肉の旨みを引き出して、食べ始めると止まらない」
モカさんは感激しながらも、一気にホットドッグを食べてしまった。
こっちに物欲しげな視線を向けてくるが、気付かない振りをして自分のホットドッグを食べてしまう。
一緒に出した鬼まんじゅうを1つモカさんに渡して、残った1つをイサナと分ける。
「ほぅほぅ、これはこれは。
本当に芋の甘みだけか? 蜜のように甘いじゃないか」
うんうんと頷きながら鬼まんじゅうにパクついている。
どうやら、あの包丁は呪われているらしいが、モカさんの食欲はそれだけのものとは思えない。
見た感じスタイルは良さそうだが、元から結構食べる人なんだろう。
「ふぅ……甘いですねぇ……」
「うん、これは良い。この味を再現できないだろうか」
三者三様の食事を楽しみ、包丁の話に戻ってきた。
「さて、遅くなったが、この魔封具は間違いなく呪われている。
内容はエネルギーの吸収。具体的には空腹になる」
そこまでは俺にも分かっていた。
「魔力に反応して呪いが発動するようだが、シンタ君はこれを問題なく持ち歩いていたんだね?」
肯定すると、こちらに手を向けてきた。
「こんな風に、両手を出してくれ」
言われるままに、テーブルの上に両手を出すと、モカさんが手を握ってきた。
「今から君に魔力を流すから、リラックスして」
何となく体の力を抜いて、そのままで待つ。
「……うん。何か感じたかな?」
「いえ、何も」
ただ手を握っているだけだったはずだ。
「そうだろうね、戻ってきた魔力にも何も引っかかってなかった」
「そんな、まさか」
イサナも驚いているが、どういうことだろう。
「シンタ君、君には魔力が全く無い」
無いらしい。
「にも関わらず、魔封具を使って見せたということは、だ」
もったいぶった話し方をする。
いつまでも握ったままの手を離さない。
嫌な予感がした。
「ちょっと詳しく調べさせて貰わないといけないね」
モカさんは邪悪な笑みを浮かべ、視線をイサナに送る。
「イサナも、いいね?」
返答は、選べない。




