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可変迷宮  作者:
第五部.SÛRE LOVER

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88/116

88.いっそ知らなければ

「ほう、煮た魚を封じ込めてあるのか。油漬けではなく水煮だが悪くなっている様子はないな。塩の味付けもしっかりとしている。それにこれは、果実の皮か。爽やかさのある香りが生臭さを消している」


 目の前では季節王が鯖缶を食べている。

 王と呼ばれる存在が缶詰をつついている姿はなかなかシュールだ。


「骨を取ってあるのか、驚くべき手間をかけているな。それに作ってから時間が経っているにもかかわらず身はふっくらとしたままだ」


 鯖缶を差し出した後、季節王は「それが食べ物だというのか」と訝しげに言いながらも戻る足を止めて近づいてきた。

 その場で缶詰を開けて匂いを嗅がせて見せると、どこから取り出したのかマイフォークらしきものを手に握り缶詰を奪い取る。

 フォークを缶詰に突き刺して鯖の身を取り出すと、それを躊躇いなく口に含んでたっぷりと時間をかけてその味を確かめた。

 それからじっくりと缶を眺め、再びサンマを口に入れ、秋の味覚に舌鼓を打つ。


「味はまずまずだが面白い。話だけは聞いてやろう」


 缶詰という商品を気に入ってくれたようで、サーバントを材料にしたことについては触れなかった。

 怒られなくてよかったと安堵の息を吐いてから、季節王の顔を見て頭を下げる。


「昨日捕まえた女の子にあわせてください」

「まあ構わんだろう。サーバントよ、連れてこい」


 部屋の隅に立っている鎧ゴーレムに命じると、ガチャガチャと音を立てて玉座の間から出て行った。


「さて、お前の先ほどの魔法は何だ。長く生きているが、今までに見たこともない」


 なんだと聞かれても困るが、強いていうなら召喚魔法だろう。


「召喚魔法に似ているけれど、良く分からないそうです。今まで食べたことがあるものを呼び出せます」

「ふむ……手を出せ」


 言われるままに手を出すと、季節王にそのまま両手を握られた。どういう意味だ。握手か。


「全く魔力が流れんな。貴様、本当に魔法を使えるのか」


 使えているんだから間違いはないはずだ。そういえば以前にもモカさんに手を握られて魔力が流れるか調べられた。

 その時も同じことを言われたような記憶がある。


「先ほど食べた、サバカンとうのは貴様の国の料理か。どこの国だ」

「異世界の国なので、言ってもわからないと思いますが」

「……ふむ」


 季節王は考え込むように顎に手を当てて視線を泳がせた。


「畜生、殺すならさっさと殺せよ!」


 静かになった玉座の間に安田君の声が響いた。


「連れてまいりました」

「良し、下がれ」


 兵士は安田君を王の前々で連れてくると、そのまま元の立っていた場所へと戻っていく。


「あ、ミナセシンタだ。どうしたのさ」


 先ほどまで叫んでいた安田君がいつもと変わらぬ軽い声をかけてくるが、目元が赤く腫れているように見える。

 頭もボサボサになっていて、あまり良い待遇を受けていなかったのだろうと想像がつく。


「迎えに来た。帰ろう」

「え……だって、わたし処刑されるって」

「待て、あわせるとは言ったが、解放するとは言っていない」


 安田君が俺と季節王の顔を見比べている。

 確かに合わせるとは言ったが解放するとは言っていない。


「だったら解放してほしい」

「ならん」

「ミナセシンタ、いいよ。大丈夫だから」


 季節王とにらみ合うように相対すると、服の袖を引っ張って安田君が引き止めてきた。

 良い訳がないし、大丈夫でもない。このままでは処刑されると自分で言っていたばかりだというのに。何が大丈夫なのか。

 今すぐにでも解放して貰う必要がある。


「わたしが最初に王様に喧嘩売ったのが悪いから、ミナセシンタは関係ないから」

「関係はある」

「わたしには無いよ! 友達だったっていうけど知らないし! なんでわざわざ危ないことするんだよ!

  このままだとミナセシンタまで殺されちゃうかもしれないじゃん!」


 涙目になりながら安田君が叫んだ。

 向こうからして見ればほとんど知らない他人なのだから、意味がわからないのかもしれない。


「そういうことだ。その女は処刑する、このまま食い下がっても意味は無い。最後に会えた事を良しとして帰れ」


 季節王が合図をすると、また兵士がやってきて俺を捕まえようとする。

 それには構わずにじっと季節王の目を見て言った。


「美味い食事を作る、それでどうだ」


 季節王はふむ、と言いながら顎に手を当てた。さっきの考えている時のポーズだ。


「ダメだよミナセシンタ」

「何がだ」

「わたしも一回作ったけど、なんでか怒り出したんだもん」


 どういうことか分からずに季節王を見ると、苦虫を噛み潰したような顔をした。


「思い出すだけでも忌々しいわ」


 安田君が変なものでも作ったのだろうか。


「違うよ、ちゃんとしたもの作ったよ」

「黙れ小娘、この場で首を落としても良いのだぞ」


 季節王はその件についてかなり怒っているようだ。安田君は何を作ったんだ。


「タコさんウィンナー」


 料理というにも簡単なものだが、しかし怒り出すようなものとも思えない。


「腸詰めを焼いただけのものを私に出すなど、なんたる侮辱か!」

「食べてもいないくせに文句言わないでよ! ちゃんと美味しいよ!」

「食べる価値もないわ!」


 季節王の言葉を聞いて、そっと安田君の肩に手を置いた。


「食べなかったのか?」

「え、うん。急に怒り出して、こんなもの誰が食べるかって」


 季節王を見る。


「それはまだ残っているのか?」

「とっくに捨てさせた。あんなものはゴミだ」


 そうか、と言って安田君に向き直る。気丈に振舞っているが、怖かったのだろう。涙を湛えている瞳を向けられる。


「そうか」


 確認するように、もう一度呟いた。


 ◆


 季節王と向かい合うシンタさんが何かを呟いて俯きました。

 キミさんがシンタさんの服の袖をつまんだまま不安げに見つめています。


「イサナさん、気をつけてください」


 ミヅキさんがそっと横に並んで腕をつかんできました。心なしか手が震えているように感じます。


「どうしたんですか」

「シンタ兄さんが怒ってます」


 そう言われて咄嗟にシンタさんの方を見た後、ミヅキさんに振り返りました。

 シンタさんが、怒る?


「シンタさんって、怒るんですか」


 ミヅキさんは一瞬だけあっけにとられた顔になった後、何かをかみ殺すように言います。


「そりゃあ、人間ですから怒ったり泣いたりしますよ」


 そっか。そうですよね。人間ですものね。

 考えるまでもなく当たり前のことなのですが、改めて言われると衝撃的な事実のように感じてしまいしました。

 シンタさんは普通の人間ですよね。


「怒ったシンタ兄さんは何をするか分かりませんから、いつでも逃げられるようにしてください」

「前はどんなことをしたんですか」


 正直なところ、怒っているシンタさんというのは想像できません。まさか生きたまま人間をまるごと飲み込んだりはしないでしょうが。

 ミヅキさんは何かを思い出すように天井を見上げましたが、すぐに表情を無くした顔になって見つめ返してきました。


「イサナさんは知らない方がいいです」


 私には隠しておきたいようなことがあったようです。

 シンタさんが何をしたのだろうと思いながら当人を見てみると、何事かを季節王に訴えているようでした。


「焼いただけの肉でも美味いものはある!」


 一体、何の話しをしているんでしょう。

 果たして何に対して怒っているのか分かりませんが、その矛先は季節王であることに間違い無いでしょう。


「100年も生きておらぬ小僧がっ。美味とは卓越した料理人の腕前により真価を得るのだ」

「だから、安田君の料理を捨てたのか」

「そうだ。わざわざ口に入れなくても分かる。経験とはそういうものだ」

「そうか。経験が全てか」


 シンタさんの背後に魔法陣が浮かび上がりました。無表情のままですが、ここまでくれば私でもわかります。

 とても怒ってます。


 私の手のひらほどの、小さい魔法陣は眩い光を発してゆっくりと回転を始めます。

 その光に季節王は驚き、部屋の隅に控えていた兵士たちがシンタさんを取り囲みました


「貴様、何をしている」

「今までで一番、美味かった肉を思い出している」


 背中の魔法陣は回転しながら次第にその大きさを増していきます。

 私の知らない文字がびっしりと書かれた円陣は、高速で文字量を増やしながら回転を続けていきます。

 見る間にシンタさんの背中からはみ出すほどの大きさとなり、床に触れたところから絨毯の模様のように染めて侵食していきました。


「何だこれは、おい止めろ。サーバント、こいつを捕えよ」


 三体の兵士がシンタさんを捕まえるために掴みかかりますが、床に広がった魔法陣を踏んだ動かなくなってしまいました。


「ええい、何をしている! 他のサーバントも続け!」


 怒鳴るように季節王が命じると、他の部屋から兵士が大勢やってきました。

 しかし、その間にも魔法陣が大きくなり続け既に部屋中に広がるほどの巨大さになってきています。

 兵士たちも魔法陣に触れたものから動きを停止してしまいました。


「安田君のタコさんウィンナーは美味かった」


 ぶわっと、勢いを増して魔法陣が増殖しました。もう部屋を覆い尽くし終わり他の部屋にまで広がっています。

 私やミヅキさんの足元にも激しく輝く魔法陣が既に広がっていますが、私たちが触っても大丈夫なようです。

 どこまで広げるつもりなんでしょうか。


「イ、イサナ……ちょっと確認なんだが」


 教授が顔を白くさせて私のところにまでやってきました。


「シンタくんは、魔力があれば何でも食べ物に変えることができるんだな」

「そのはずですが」


 教授はそのまま私の横に立つミヅキさんに視線を移します。


「シンタくんが今まで食べ物にした中で、一番大きいものはなんだね」

「ドラゴンか、リョウメンスクナですね」


 私もどちらも見たことがありますが、見上げるほどの大きさの巨体でした。

 モカさんは苦笑いを浮かべながら、更に質問を重ねてきます。


「この城なら、どこまで一度に料理にすることができると思う」


 そこでハッと気付きました。

 今までは魔法陣を作って叩きつけるようにして料理を召喚していましたが、この城がまるごと魔力の塊であるなら既に広がった魔法陣の範囲がそのまま料理になってしまいます。

 パンを齧り取ったように、布を虫が食うようにぽっかりと大きな穴が空くのは避けられません。

 今の話が聞こえていたのか、季節王が「はっ面白い」と声を緊張を孕む笑い声を出しました。


「やれるものならやってみろ。だが、どんな料理を出そうとも絶対に口には入れんぞ」

「お前は絶対に食べる」


 魔法陣の輝きが強くなり目を開けていられないほどの強さになります。

 薄眼を開けて何とかシンタさんを見ると、白く光る右腕を高く掲げ、それを足元へと叩きつけるように一気に振り下ろしました。


「シャトーブリアンッ!!」


 光が質量を持っているように襲いかかってきました。思わずのけぞり、バランスが崩れて倒れ込んでしまいます。

 光と鳴った魔力の奔流が身体の中を駆け巡り平衡感覚が失われます。

 目の前がぐるぐると回って気持ち悪いです。足元の感覚もなく、まるで落下しているような錯覚に陥ってしまいます、


「イサナ!」


 教授の声に目を開けてみると、錯覚ではなくまさしく落下している最中でした。

 先ほどまで立っていた豪華な玉座の間は無く、離れたところを巨大な木の枝が落ちていくのが見えます

 既に教授に魔法をかけてもらっているようで落下する速度はゆっくりとしていますが、眼下には床などなく底抜けに広がる大地が見えるばかりです。

 落ちて行く木々に混ざって、横に立っていたミヅキさんも同じように少し下の方を落ちていくのが見えました。

 シンタさんはどこにいるのかと探すと、遥か上空で季節王ともみ合っているように見えます。


「貴様ああああああ! なんと言うことをしてくれたあああ!!!」

「これが一番美味い肉だああああ!」


 その二人の横には……なんでしょうあれ。四角い金属製の板のようなものが一緒になって落下してきています。

 お城と引き換えに召喚した食べ物かもしれません。


「こんな状態で食えるかぁああ!」

「絶対に食べる!!」


 どんな料理を召喚したのか分かりませんが、流石に落下しながら食事をするのは無理だと思います。

 このまま地上まで落下していくのかと思っていましたが、一緒になって落ちていたはずの樹木がいつのまにか集まってきて一つの塊になっていました。

 下から掬いあげるように落ちて行くものを回収していくと、段々と広がって床のようになります。

 ミヅキさんの乗った樹木の舞台へそっと着地すると、少し遅れて教授も降りてきました。


 未だに問答を繰り返しているシンタさんと季節王が降り立つと、二人の前に鉄板が降ってきます。

 厚くあつらえた鉄板のようで、歪むことも無く平らな板面を天上に向けていました。

 その上に乗っているのは、ジュウウと音を立てる肉。両面をこんがりと焼いた、良い香りのする牛肉が人数分だけ焼き上がっていました。

 こんな時ですけど、とてもよい匂いがします。カリッと音がしそうなくらい焼かれているのに、中は赤みの残る焼き加減で食べても大丈夫なのか気になります。

 季節王も改めて見ることで、興味を引かれているようです。


「なんだ、これは」


 見れば分かることですが、確認せずには居られなかったのでしょう。シンタさんが得意げに答えました。


「焼いただけの肉だ」

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