87.こんな気持ちになるなら
頭を下げ続けるモカさんを屋敷の中に入れ、ソファに座らせて詳しい話を聞いてみる。
交渉が決裂したというが、そもそも季節王とはどんな人なんだろうか。
「季節王は老齢のエルフ族だ。1000年を超える時を生き、その興味のほぼ全てを美食に費やす老害だよ」
忌々しげに吐き捨てる。
モカさんもエルフ族の血が流れていると以前に言っていたので、その繋がりで接点があったのかもしれない。
その態度からしてあまり仲が良いようには見えないが。
「ヤツは”季節”をまき散らしながら世界中を巡り、その土地の美味を堪能するという生活を数百年続けている。
祭りの会場にいたのも、出店の新しい味を確かめながらフラついていたのだろう」
前にイサナの言っていた「”夏”に長くいてもらう為にお祭りをする」というのは比喩でも験担ぎでもなくて、その城の主が食べ歩きをしている間は城が留まっているという意味であるらしい。
そして、主が祭りの会場に留まる間は城からの”落し物”が得られ、それは有用な肥料として繁栄をもたらしてくれる。
そんなことをしているのであれば、モカさんの言っていた通り有名にもなるだろう。
「季節城に赴いて城の主へと面会を果たすところまでは上手くいったのだが、そこから先の話がこじれた」
昨日、街中で揉めた女の子の居場所を知っているのであれば教えて欲しい、もし城に捕らえているのであれば解放してもらえないか。
そのような内容で交渉を行ったのだが、季節王は思いのほかご立腹だったそうだ。
「気難しいというか、偏屈な男なんだ」
季節王は顔が売れているから、出店から気に入った商品を「献上」されている。
昨日も出店から某かの食べ物を召し上げ、さてそれを食べようというところで安田君とぶつかったそうだ。
そこで安田君が「ごめんね、弁償するよ」と言って同じものを購入したのが問題だったらしいのだが、何が悪いのか分からない。
話を聞いていた妹も眉根を寄せて不可解そうな顔をしていた。
「弁償したら別に良いんじゃないですか」
「言っただろう、偏屈の老害だと」
食べ物とは庶民から「献上」されるものであり、王はそれを召し上げる立場にある。
安田君の取った行動は、弁償とはいえ王に対する「施し」であると捉えられ、大層な侮辱に値すると映ったらしい。
「それはまた、面倒くさい人ですね」
「食べた飯が美味くなかったとかで、毎年1人2人は城の中に捕まるのが風物詩なんだが、今回はどうも風向きが悪い」
祭りの最終日になると王都からの使者が季節王を王城へと招き、貴族の超えた舌を呻らせる極上の美食で季節王の機嫌を取って囚われた民衆を解放する、という定例行事で終わるまでがお約束だそうだ。
「態度が気安すぎる上に、王であることを知らなかったというのも気に障ったようだ」
「あぁ……」
安田君はフランクすぎる嫌いがある。
「今日中にも処刑すると息巻いて、こちらの話に聞く耳を持たなかった。あれだけ見得を切って出て行ったにもかかわらず、こんな結果になってしまい済まない」
モカさんが再び頭を下げるのを押し留めて今後の出方を考える。
伝手があるというモカさんが交渉してダメなら、正攻法では上手くいかないだろう。
「1000年も美食を追い求めているのなら、シンタ兄さんがご飯を献上すればいいんじゃないですか」
「それだ」
妹が何の気なしに発言した台詞にモカさんが食いついた。そんなことでいいのか。
「ヤツは美食に目が無い。美味い物を食えば機嫌が良くなるし、それが未知の料理なら交渉にも応じるかもしれん」
随分と簡単に言うことを聞いてくれそうな性格だ。本当にそんな性格の人間がいるんだろうか。
「いると思いますよ」
イサナが呆れ顔をして溜め息をついた。
◆
モカさんの案内で祭りに騒ぐ街中を通り抜け、人混みを避けながら学園を目指す。学園の敷地にある塔が目的地だ。
日本にあった高層タワーとは比べるまでもないが、それでも王都の中では指折りの高さになるらしい。
どのような建築技法があるのかは分からないが塔は50m程の高さがあるようだ。内部が空洞になり下部に空いている入り口からは角度の急な階段が見えていた。
これを登らなければいけないのか。その労力を考えながら塔の入口へ向かおうとしたところでイサナに呼びとめられる。
「シンタさんどこにいくんですか」
「上に登るんだろう」
「わざわざ階段を使う人はいませんよ」
そう言いながらイサナが杖を高く上げる。そう言われれば魔法を使えるのであれば、確かに階段を登る必要はなさそうだ。
「じゃあ行きますよ」
いつもであれば足元に風のボールが出来るのだが、今回はそんな気配が無い。どうしたのかとイサナを見てみると、振り上げた杖を塔に向かって振り下ろしていた。
途端に、地揺れが起きたかと思うと入り口の見えていた塔が地面の中に沈み始める。
唖然としている間に塔はみるみる地中に吸い込まれていき、あっという間に先端部分を残して消えてしまった。
「さっ、乗ってください」
「なんだこれ」
「これはエレベーターって呼ばれてます」
俺の知っているエレベーターと違う。
なんのためにこんなものを作ったのかと思ったが、大昔に学園にいた偉い魔法使いが何かの実験で作ったものらしい。
特に使い道があるわけでもなく、新入生を驚かしたりするのに使われているそうだ。
「今度は戻すから、しっかり掴まっていてくれ」
全員で塔の先端部分に移動すると、モカさんが足元に向けて杖を振るう。今度はゆっくりと塔がせり上がり始め、次第に目線が高くなってきた。
気分は遊園地のフリーフォールで上がっているときに似ている、安全ベルトは無いので突然落下したら一巻の終わりだが。
音もなく上昇する塔は一定の高さまで到達するとその動きを止めた。ここが高さの限界らしい。
遠くに王城が見える以外では高層建築物はなく、限りなく見通しが良い。
以前に教わったこの世界はアルファベットのeのような歪な形だったが、ここから見える限りでは360度が円形で地球と変わら無いようにも見える。
「まだちょっと遠いな」
モカさん遠くの空を見つめながら呟いた。
腰につけているポーチから短い筒を取り出すと、それを紐で結んで杖の先に取り付ける。
そのままヒュンヒュンとリズミカルに振り回し始めれば、やがて安定したブゥウウウンという回転音へと変わった。
妹が目を輝かせながら指を差す。
「きっと王蟲を呼んでいるんですよ」
それを呼んでどうする。
モカさんの振り回す筒は時折光を発しながら規則的な動きで動き続けると、遠くの空から空中に浮かんだ城が近づいてくるのが見えた。
呼んでいたのは天空の城のようだ。
「城から許可が下りたら、私が先頭になって中に入る。前にも言ったが季節王は気難しいから気をつけてくれ」
それに頷き、城が頭上へと到着するのを待つ。
どれほどの速さで飛んでいるのか、数分で季節城は塔の真上にまでやってきた。
城から許可が下りるというは登城に申請が必要だったりするのかと思いながら見上げていると、城を覆っている木々がワサワサと動いているのに気づく。
木々の奥には巨大な門があるのが見えたが、今はしっかりと閉ざされていた。
その門の前に白い影がやってきたかと思うと、その場から飛び立ち風に乗りながらこちらに降りてくる。
「門番が来るぞ」
モカさんが簡潔に教えてくれた。
やがて俺たちの目の前に降り立ったのは巨大な鳥だった。白い影に見えたのはこの鳥だったようだ。
その背に、頭まですっぽりと覆われた全身鎧の兵士を乗せている。
「城を呼ぶものよ、何用だ」
「王に面会を」
「要件を述べよ」
モカさんはちらりと俺を見てから、すぐに兵士へと向き直る。
「美味を献上に」
「暫し待たれよ」
兵士は再び鳥の背に乗ると、上空の城へと戻っていった。
「教授、今の兵士は人間ですか。魔力を感じたんですが」
「あぁ、気づいたか。あれは魔法鎧のゴーレムだが、知恵を持つサーヴァントという存在だ。
昔は多くいたそうだが、今ではあの城くらいにしか残っていないかもしれないな」
俺と妹はまるきり気づかなかったが、さっきの兵士は魔法で動いている鎧だそうだ。
「てっきり門前払かと思いましたけど、ちゃんと取り次いでもらえましたね」
「城を呼べる呼子を持つものは少数だからな、これがなければ対応も違うだろう」
そんなものを持っているモカさんは、季節王とどういう関係なのだろうか。ただの同族繋がりというわけでもなさそうだ
雑談をしながら待っていると、先ほどの兵士が自分の乗るもの以外に複数の鳥を連れてこちらに飛んできた。
「許可が下りた。各々参られよ」
鳥に乗れということらしい。
楽しげな顔をした妹が「ラーミアですね」と言いながら鳥の背に乗る。それに続いて鳥の背に乗ってみると、鞍と手綱もついていて意外にも座り心地は悪くない。
全員が乗ったところで鎧の兵士が合図を出すと、鳥が一斉に羽ばたき飛び上がった。
無数の大樹が絡みつく石造りの城は、近づくほどにその巨大さがわかる。
遠目に見ている分には何となく高校の校舎くらいかと思っていたのだが、間近で見るとその何倍も大きいのだと思い知らされた
「これはきっとジャスコより大きいですよ」
「その基準はどうなんだ」
妹が背中につかまりながらはしゃいでいる。
鳥が2羽しかいないので別れて乗っただのが、モカさんが先に行った方が良いというので残りの3人が1羽に乗って城へと向かっているのだが、眼前へと迫った城の大きさに3人とも唖然としていた。
真っ直ぐに城を目指していた一番先を飛ぶ兵士の乗る鳥が高く鳴いた。
それに合わせて鳥が緩く旋回をしながら城の正門へと徐々に近づいて行く。空高い場所で横薙ぎの風も強いのだが、それを読んでいるような滑らかな飛行で正門前の木の枝へと降り立った。
木の枝といっても、それ自体が樹齢数百年は経っていそうな太さを備えており、日本の二車線道路よりも幅がありそうだ。鳥から降りて木製の足場へと立つが、歩くたびに揺れるようなこともなくそれどころかあれだけ強く吹き付けていた風も感じない。
人の立ち入りができなくなるような魔法の壁は何回か見たことがあるが、きっとこれもその類だろう。
「開門!」
全員が正門の前に揃ったところで兵士が大きな声を上げると、キュラキュラと音を立てながら門が重々しく持ち上がっていく。
数分もすると完全に門は持ち上がり、内部へと続く入口が露わになった
「後に続け」
振り返りもせずに兵士は城の中へと入っていく。
兵士が通り過ぎた瞬間からまたゆっくりと門の動く音がし始めたので、慌てて城の中へと飛び込んだ。
「隠された扉を開けるための仕掛けとか無いんですね」
何を期待していたのか妹がつまらなそうに息を吐いた。ゲームのやりすぎだろう。
怪しげな雰囲気もなく正門から入るとすぐに開けた庭園へと抜けた。
誰かが手入れをしているのか城の外で絡みついていた雑多な大樹のようにデタラメに生えているのではなく、きちんと枝の長さまで切りそろえられた庭木が小綺麗に管理されている。
兵士は何も言わずに庭園を通り抜けると、そのまま通路を進んで城の奥へと突き進むと、程なく玉座の間へとたどり着いた。
玉座には20代といっても通じそうな顔立ちの男が不満げ中で頬杖をついている。
服装は動きやすそうなズボン姿にシャツだが流石に生地は高そうなものを身につけている。
髪は短くセリアさんと同じように長い耳が見えていた。やはりエルフ族のようだ。どことなく雰囲気がモカさんに似ている気がする。
「モカ、美味を持ってきたと聞いたが後ろのガキ共はなんだ」
「季節王、話を聞いていただきたい」
「もしや朝の件か。忘れるようにと言ったはずだ」
「しかし!」
「くどい、それが要件なら話は終わりだ。帰れ」
モカさんを呼び捨てにする男は話を聞く気がないようで、必死に話しかけるモカさんににべもない。
真摯に頼み続けるモカさんの後ろで、妹がこそっと話しかけてくる。
「シンタ兄さん、何か美味しいものを出すんですよ」
そうだ。それがあれば頼みも聞いてもらえるかもしれない。
隣に立つイサナにこそこそと話しかける。
「イサナ、何か食べ物のスクロールを出してくれ」
「えっ最近は迷宮に行ってないから、もうコボルトかスライムくらいしか無いですよ」
また仕入れに行かないと食べる物が寂しくなってきているが、ホットドッグもゼリーも美味しいから大丈夫だろう。
「それでいい」
「おいガキ共、聞こえていたぞ。私に何を食べさせるつもりだ」
小さい声で話していたつもりだが、聞こえていたらしい。
「このスクロールで珍しい料理を」
「聞こえていたといったぞ! この私にコボルトやスライムを食わせるつもりか! 無礼者が!」
「いや、それは」
違うともいえない。
とにかく食べないまでも見てもらえれば食べ物なのはわかるはずなのだが。
「もういい。サーヴァントよ、空に放りだせ」
部屋の隅に控えていた兵士たちは、命令を受けると無言でモカさんを除いた俺たちに掴みかかってきた。
「モカよ、お前には失望するぞ」
吐き捨てるように言うと、玉座から立ち上がり部屋の奥にある出口へ歩き出す。もう俺たちに用は無いと言うのだろう。
金属の鎧でできたゴーレムに羽交い締めにされて引きずられる、このままでは入ってきた入口へと引きずり出されてしまう。
安田君を助けにきたつもりだというのに、その話をするまでもなくつまみ出されてしまう。
モカさんが必死に出て行こうとする季節王に取りすがっているが足を止める気配は無い。
「王よ、美味を献上するというのは方便ではないのです。話を…せめて料理を見るだけでも!」
このままでは安田君を失ってしまうかもしれない。掛け替えのない友人を。それは嫌だ。諦めるわけにはいかない。
辛うじて床についている足をふんばり、連れて行こうとする兵士に逆らう。首を掴んでいる兵士が更に強く引っ張って行こうとする、尚もそれに逆らう。
首の皮が千切れそうになる、とてもつもなく痛い。だがそれでも反逆する。限界まで抗ったところで、ビリッと音を立てて首の皮が一枚剥がれた。
勢い余って玉座の前まで躍り出る。季節王が振り返った。
季節王を守るように兵士が飛び出てくるが、この機会を逃すわけにはいかない。
勢いを殺さぬように、目の前に飛び出てきた全身鎧のゴーレムに向けて拳を叩きつけた。
「さば缶」
俺よりも身長の高かった兵士は眩しい光を放ちながら手のひらサイズにまで凝縮された。空中に浮かんだ缶詰を落ちる前に掴み取る。
部屋を出て行こうとしている季節王がこちらを見たまま動きを止めているのを確認してから、ゆっくりと魚の絵の書いてある缶詰を王へと突き出した。
「美味いものを持ってきた。話を聞いてくれ」




