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可変迷宮  作者:
第五部.SÛRE LOVER

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82/116

82.あなたは

 更地になった冒険者ギルド跡を茫然と見渡していると、土地の端に立て看板があるのに気付いた。

 前には無かった物であるし、見た感じからして真新しい。建物が無くなった後に立てたものだろう。

 看板の正面へと回って、そこに書いてある文字を読み上げる。


「夏が来たので下記に移転しました 冒険者ギルド”緑の風”」

「海の家なの?」


 ならず者が集まる西部劇の酒場みたいな感じだったはずだが、やけに爽やかな文言で移転のお知らせが出されていた。

 看板に記されている場所は王都の中でも大通りに近い場所で、シータのいる”白い一角獣”の建物にもほど近い場所だ。

 ここなら場所も分かるし、どういうことなのかすぐにでも行ってみた方が良いだろう。


「多分、サマルトリアの王子みたいに次も移転してるよ」


 ろくでもない予想をする安田君を連れて大通りを目指す。”緑の風”がある場所は中心街から離れていてあまり柄の良い場所とは言えないので、女性を連れて歩いているとすれ違いざまに冷やかされたりすることがある。


「ちょっと今の奴の喧嘩買ってくる」


 知り合いの女性は手が早いのばかりで困る。

 相手は剣を持っているから止めておいた方が良いと説得しようとしたら、後で防具と剣を買うことを約束させられてしまった。

 途中、屋台でクレープのようなものを売っていたので二人分買ってひとつを安田君に渡す。


「ありがとう、これ何?」

「分からないけど美味しそうだから」


 それを聞いていた店主が笑いながら肉と野菜を巻いて食べるものだと教えてくれた。

 クレープのように薄く焼いた皮に、これまた薄く切った生野菜と焼いた肉を挟んでソースをつけて食べるそうだ。


「ガレットみたいな物だね」


 これはガレットと言う食べ物らしい。勉強になった。

 サックリとした食感の皮を食い破ると、中から瑞々しい葉野菜が顔を覗かせた。柔らかな葉はふわふわとしていてどこか甘味がある。

 更に食べ進めて行くと、トマトのように酸味のある果肉が現れた。ふんわりとした葉は果肉をしっかりと受け止めてジューシーな果汁をこぼさない。

 続けて香ばしい匂いの肉が登場する。焼き立てでまだアツアツの豚肉に香辛料の利いたソースが掛かっていて、それが先ほどのトマトみたいな果肉と合わさり味に深みを出している。

 ここまでで半分ほどを食べ終えて、さて後半戦にとりかかるかと言うところでプチュンと何かが弾けた。

 口の中に広がるのはクリーミーなチーズのようなとろみ。


「面白いだろう、魔法で液体チーズを固めてんだよ」


 イタズラが成功した子供のような顔で店主が笑う。

 液体チーズ。そんなものがあるのか。水風船のように弾けた液体チーズは満遍なくクレープに染み込み、その味わいに変化を与える。

 葉野菜はまったりとしたコクが生まれ瑞々しさも相まってさっぱりとした旨みを生み出し、果肉には酸味を抑えつつも爽やかな味わいを作りだす。

 スパイシーに焼いてある豚肉はこってりと、美味しさを閉じ込めるようにチーズが包み込んで混ざり合い華やかでありながら優しさを演出する味わいへと変化していた。

 今までにこんな店を見逃していたとは不覚だ。


「おっちゃん、これ美味しいね。いつもここに店出してるの?」

「ありがとよ。もうすぐ夏だから最近ここに出すようにしたんだよ」


 最近、店を出したのなら知らなかったとしても仕方ない。夏が来たから出店が増えるというのは耳寄りな情報だ。楽しみが一つ増えた。

 うまいうまいと言いながら安田君がクレープを食べ終わると、店主が「材料余ったからサービスだ」と言ってスティック状に焼きあげたクレープを差し出した。褒めてくれたお礼らしい。

 クレープの皮で巻いてあるようだが、そこから強いベリー系の甘い匂いが漂っているのが分かる。

 そんな素敵なものを貰ってしまったまた来ざるを得なくなってしまう。なんて商売上手なんだ。


「そんなに物欲しそうな顔しなくても半分あげるよ」


 物欲しそうな顔をしていたつもりは無いのだが、安田君が半分に負ったスティックをくれたのでありがたく受け取った。

 甘酸っぱいソースがスティックの中に入っていて食べるそばからトロトロとソースが溢れだしてくるので、ソースを舐めとるようにして食べ続けないと手がベタベタになってしまいそうだ。

 同じように零れ落ちそうになるベリーソースを舐めながら歩いている安田君を見ていると、とんでも無いことに気付いた。


「どうかしたの?」

「何で青いんだ……」

「え、いや、今日は白いけど」


 何の話だ。

 安田君の持っているスティッククレープから見えているソースの色が青だ。

 スティックの半分から分断したのに、俺の持っている方はソースが赤い。きっとこれは先ほど食べたクレープと同じように途中から味が変わるような仕組みになっていたんだ。

 今更になってようやく気付いたが、既に俺は自分の分を食べ終えてしまっているし、安田君の分も残りわずかと言う状態だった。

 今から屋台に戻って同じものを買ってくるか。いや駄目だ、店主は材料が余ったからと作ってくれたのだから、今から行っても材料が無い。

 明日また出直せば売っているかもしれないが、明日まで我慢か。


「なに、どうしたの。そんな苦悶の顔して」


 安田君が口を開くと、青いソースで染まった舌がチラチラと見える。あそこになら、まだ味の残滓が残っているんじゃないのか。

 そう思った時には右手が下あごを掴んでいた。安田君が驚いて目を見開いている。


「何これ、喧嘩うってんの?」

「直ぐに済む」


 喧嘩を売っているわけではない。ちょっと味を見るだけだ。だから、大丈夫だ。

 その部分を味わうように、口を近づけようと、


「なに、して! るんですかぁぁあああ!!」


 顔を寄せたところで何か硬い物に顔面を強く叩かれた。

 首から先が自分の意思に反して通常曲がらない方向へと飛んで行こうとする。


「シンタさんの馬鹿! 女の敵ですか!? 何考えてるんですか!?」


 この声はイサナだ。叫び声を上げるのと同時に杖でバシバシと顔を狙って叩かれる。


「ふらふらと居なくなるから! どこに行ったのかと思ったら! キミさんに何しようとしたんですか!?」


 誤解だ。ちょっと味見をしようと思っただけだ。他には何も考えていない。


「……怖かった……知らない世界なのに男の人に襲われて……」


 安田君が声を震わせながらイサナに泣きついた。嘘泣きだ。


「キミさん済みません……シンタさんは悪い人では無いんですけど、ちょっとアレなところがあるので……」


 アレって何だ。

 イサナが大声で叫んでいたのでいつの間にか周囲に人だかりが出来ていた。意図せず注目を集めてしまっている。


「無理やり襲ったって言ってたぞ」

「マジかよ、最低だな」

「おい、あいつ前に噂になった死霊使いじゃないか」

「そ、そういえば、あの目つきは覚えがあるぞ」

「きっと、あの女の子も死霊で脅して……」


 風評被害だ。根も葉もない噂が広がろうとしている。

 未だに泣いたふりをしている安田君とイサナの二人の手をとって目的地へと足早に立ち去った。


 ◆


 立て看板に記載されていた場所には立派な石造りの建物があった。押せば傾きそうな”緑の風”が入っているとはとても思えない所だ。場所を間違えたか。

 入口の前で固まったように動かない俺に、イサナが不思議そうに聞いてきた。


「入らないんですか?」

「場所が違うかもしれない」

「立て看板に書いてあった場所ですよね、合ってますよ」


 イサナも更地に立ててある看板を見てこっちに来たらしい。地元の人が言うのであれば場所は間違いが無いだろう。

 建物の中に入って進むと、バーテンダーが居そうな立派なカウンターに見覚えのあるお姉さんがいた。


「あぁ、無事だったんだ。カズは?」

「向こうで会って、そのままどこかへ」

「そう」


 相変わらずクールだ。

 建物の中は小奇麗なレストランのようになっていて、荒くれ者の酒場と比べると雲泥の差がある。

 立派なカウンターの中に座っていても態度に変わりの無いお姉さんに安田君を紹介して、そのまま冒険者として登録する。

 これで最低限の身分保障は出来るはずだ。


「立て看板みましたけど、それにしても夏がくるなんて運が良いですね」

「当たった方は堪ったもんじゃないよ」


 イサナが受付のお姉さんと話しているのを聞いていると、意味の分からない会話をしていた。

 夏が来るのに運が良い悪いが関係しているのだろうか。疑問に思っていると同じ事を安田君がイサナに尋ねていた。


「ねぇイサナ、何で夏だと運がいいの?」

「キミさんの国には夏が無いんですか」

「あるけど、運は関係ないでしょ」


 どうにも会話がかみ合っていない気がする。お互いの夏が違うものだと思っているのかもしれない。互いの認識のズレをどうやって合わせたら良いだろう。

 この世界の夏が日本の夏と同じとは限らない。気温が高くなるとも限らないし、野菜がたくさん出来る時期ではないのかもしれない。


「あ、ちょうどここから見えますよ」


 ほら、とイサナが指差す先を追うと、窓の外に雲が見えた。その白い雲に混じって、緑色の塊がふわふわと浮かんでいるのに気付く。

 距離感が良く分からないが小さくはなさそうだ。少なくとも城くらいの大きさはあるように思える。


「あれ、何? 浮いてるけど」

「え……夏、ですけど」


 空に浮いているのが夏らしい。緑色のところが、そう言われれば夏っぽいかもしれない。

 そうか、あれが夏か。夏がそこまで来ていたのか。


「夏が来るって、あれが来るの?」

「ええ、毎年このくらいの時期になると夏が来て、たまに色々なものを落としていくんです」

「それで、落ちてきたのがギルドの建物に当たったんだ」


 詳しく聞けば、宙に浮いているのは神代の頃の城だそうだ。

 夏と冬の始まりに王都にやってきて季節が変わったことを伝えてくれる風物詩で、季節城と呼ばれる浮遊城は世界各地を決まったルートで移動している。

 この季節城がやってくると同時に気温が上がり始めて季節が変わったことを実感するのだとイサナが言っていた。

 それから、たまに城の一部がポロっと落ちることがあるそうで、それが落ちてきた場所は豊作、大量など様々な恩恵を受けることが出来ることから縁起が良いとされている、とのことである。


 今回は、城壁の一部が”緑の風”の建物に落ちてきて、見事に建物をバラバラにしたそうだ。

 幸いというか、季節城に関する被害については国が保障してくれるそうで、落下した部分と引き換えに建物を作り直して貰えるらしい。

 大通りに近い場所に移転したと言うのも、その関係で一時的に間借りしているだけとのことで、建物が直り次第もとの場所に戻るそうだ。


「場所が変わったところで仕事が増えるわけじゃないよ。ところで、そこの新人は何か仕事すんのかい」


 仕事の張り紙を見ていた安田君にお姉さんが声をかけた。


「薬草採取とかあるかな?」

「無いよ」


 そっけなく言うお姉さんに安田君が黙り込んでしまう。


「じゃあ、ゴブリン退治とか」

「何だそれ」

「家の草むしりとか屋根の雨漏りとか」

「便利屋じゃないんだから」


 ことごとく否定され、俯いて下を向いてプルプル震えてしまった。何か声をかけようとしたところで勢いよく顔を上げて口を開く。


「ステータスも無い、アイテムボックスもない、硬貨は何十種類もあって覚えづらい、冒険者ギルドは野球チームみたいな扱いだし、季節はカールビンソンみたいにやってくる!

 何よりチートが無い! 何なんだよもう! どうしてテンプレ外してくるのさ!」


 今まで溜めこんでいた不満を爆発させて安田君が声高に叫び散らした。


「異世界とか知らないし! 日本に帰る!」


 そう言って足を踏み鳴らして一人で建物を出て行こうとするので、慌てて追いついて手を掴んで足止めをした。


「なに、邪魔しないでよ」

「どこに行くんだ」

「私の勝手でしょ、ミナセシンタには関係ないじゃん」


 無くは無い。それに一人で外に出て行って、何の当ても無いのに何をしようと言うのか。


「日本に帰るんだよ、異世界には飽きた」


 帰ると言って帰れるなら俺も帰りたい。今日は水曜日のはずだから持ち帰りのピザが安いんだ。

 だがしかし帰りたいからと言って帰れるものでも無い。それは、前にも説明したはずだ。


「皆はいいじゃん、魔法使えるんだからさ。何も出来ないのに私に異世界で何しろっていうのさ」


 安田君はふてくされた顔で愚痴を垂れる。要は自分だけ何も特殊な力が無いのが不満らしい。

 俺も自分が魔法を使えるとは思っていなかったし、そのうち何か出来ることに気付くこともあるだろう。

 今何もできないからと決めつけるのは早計だ。


 「何それ、慰めてるつもり?」


 別にそういうわけではない。

 安田君は溜め息を吐くと身体を室内へと向けて戻って行った。どうやら納得してくれたらしい。


「まぁいいや、我がまま言ってみただけだし、自分に出来ること探すよ。とりあえず異世界に日本食でも広めようかな」

「それはやめてくれ」


 全力で止めた。

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