83.いつも楽しそうに
翌朝、花火が打ち上げられるような爆発音で目が覚めた。
食堂へ行くとイサナとモカさんが一緒にお茶を飲んでいたので、先ほどの音の正体を尋ねてみる。
「夏が来たからな、きっと祝砲だろう」
「今日からお祭りなんです」
夏は繁栄の象徴らしく、空中に浮いている夏に長く留まって貰えるようにお祭りをするそうだ。
日本でも神様を迎えるとかの理由でお祭りをするし、どこの世界でもあまり変わらないのだろう。
そのうちに安田君が起きてきたので祭りがあるのだと話をした。
「へぇ、見てきても大丈夫かな」
「いつもより警備も多いはずですから、人の多い所を歩いてれば大丈夫じゃないですか」
「キミくんは服も碌に持ってないだろう、小遣いをやるから色々見てくると良い」
「あ、ありがとうございます」
モカさんから布袋が渡され、安田君がその中身を確認すると素っ頓狂な声を出した。
「ちょっと多すぎるんじゃ。イサナ、服ってそんなに高いの?」
「高級なのも売ってますけど、普段着るものならそんなには……」
「ちょっと臨時収入があったからね、イサナとシンタ君にもあげよう」
「い、いいんですかね……」
イサナは微妙な顔をしているが、とりあえず貰えるものは貰っておこう。
モカさんが学園の不正に絡んでいた男を捕まえていたので、そのことで報奨金でも出たのかもしれない。
「なるべく無駄遣いをしなさい」
「普通、逆なのでは」
「これでも100年以上生きているがね、思い出すのはいつだって無駄だったことばかりだよ。たまには無駄なこともしておいた方が良い」
120歳女子が言うとそれなりに含蓄がある言葉のように聞こえる。
モカさんにお礼を言ってイサナと一緒に祭りを見に行かないかと誘ってみたが、学園の教師としてやることもあるらしく「楽しんできなさい」と断られた。
遅れて部屋から出てきた妹も「ごゆっくりどうぞ」と一人で出て行き、安田君も「一人で見てくる」と出て行ってしまったので自然とイサナと二人で出ることになった。
「祭りはどんなことをするんだ」
「色々ありますけど、シンタさんなら出店ですかね。食べ物のお店が出てますよ」
話をしながら歩いていると大通りに差し掛かるところで足が止まった。人の量がいつもの比では無い。
通りのそこかしこには様々な店が立ち並び、花飾りやアクセサリー、食べ物を街ゆく人たちが買い求めている。
近くにあったアケビのような果物を店先に吊るしている店はジュースの売店らしい。二人分買うと実に穴を開けてちょっと曲がった蔓を穴の中に差し込んだものを渡された。
魔法を使っているのか、手に持った実がひんやりとしている。
蔓がストローになっているようで、そのまま吸いつくと甘くてコクのある液体が口に入ってくる。マンゴーとイチヂクを混ぜたようなトロピカル味だ。
ジュースを片手に人の流れに沿って歩いて行くと、見慣れない店も現れてくる。通りの交差点にある広場では、丸太を組んで神社の鳥居のようなものを作ってあった。
「あれは?」
「あぁ、袋クジですね、毎年やってます」
良く見れば鳥居の下に大きめの布の袋が吊るされて大きく口を開けていた。
「あそこにお金が沢山入ってるんですよ。それで、参加費を払って袋の中に一人ずつ追加でお金を入れて行くんです」
重さに耐えられなくなって繋いでいる紐が切れた時に、最後に硬貨を入れた人が袋の中の硬貨を総取り出来る仕組みだそうだ。
それなりの額にはなるのだが、参加者は酔っ払いが多いので大体は賞金で酒や食べ物を振舞うのが伝統らしい。
「やるなら最終日が良いですよ、初日から切れることはあんまりないですから」
参加者が少なくて最終日まで切れなかった場合は、最後に主催者が紐に切れ込みを入れて行って参加者を煽るそうだ。どうやってでも当選者を出すのは主催者の義務らしい。
そんなことを言いながら広場を横目に通り過ぎようとすると、見覚えのある顔が件の袋クジに挑戦しようとしていた。
まだまだ初日で始まったばかりなので参加者もいないのか、主催者が宣伝がてら話しかけたりしている。
「これは可愛らしいお嬢さんが挑戦だ! もし袋が落ちたら何に使うんだい?」
「一番良い装備をくれ!」
「オー! 勇ましい戦士じゃないか! さあご覧の皆さまも応援してくれよ!」
お立ち台の上に登った安田君がモカさんから貰った布袋を、丸ごとそのまま吊るされている袋の中に投げ入れた。
いくら無駄に使えと言われても、それをギャンブルに使ってしまうのはどうかと思う。
主催者が先に入れていたお金があるのだろう、重めの金属音が喧騒の中に溶けていく。入れられたお金の重みで紐が少しの間揺れていたが切れることはなさそうだ。
「残念だったね、勇敢なお嬢さん!」
「まったく、残念だったねオジサン!」
言い返す安田君が指差す先には袋を吊るしている鳥居があった。それが少し傾いている。
掘りが甘かったのか、垂直に立てられた丸太の片方がもう片方に寄りかかるように倒れ始めていた。
二つの丸太に乗せられて水平にされている丸太も固定が外れ、あえなく地面へと落ちる。自然、そこについていた賞金の入った袋も地面へと落ちていた。
「こういう場合も賞金は貰えるのかな?」
尋ねてはいるが、その顔は既に勝ち誇っている。
遠巻きに見ていた人たちも「いいじゃないか!」「くれてやれよ!」と主催者を囃したてていた。
「ああ! なんてこった! 初日から大損じゃねえか! わかったよ、お祭りだ! 賞金は持って行きな!」
「やったね! おじさんありがとう!」
満面の笑みで主催者に肩を組んで周囲へとピースサインで喜びをばら撒いていた。
「勇敢なお嬢さん、勝者は振舞いをするのが伝統なんだ。少し観客に奢ってやっちゃ貰えないかい?」
主催者にそう言われた安田君は、賞金袋から自分の入れた布袋を取り出すと、それを広場で酒を売っている店に持って行って「これで飲める分を皆に!」と聞こえるように宣言した。
途端、盛大な歓声が上がって広場に人が集まり始める。
「皆、そのお金は学園のモカ先生がくれたものなんだ。賞金は私が貰って行くから、お酒はモカ先生のおごりだよ!」
既に酒が入っているのか、ウォオオオオという野太い歓声が響いた。
「俺も飲ませて貰うよお嬢さん! まだ初日だからな、これから2回目を始めるさ!」
「儲かると良いね! それじゃあ学園のモカ先生に乾杯!」
主催者や観客が口々に「モカ先生!」「せんせー!」「モカァアアアア!」と叫びながら酒を飲み始めた。
手早く丸太を立て直して2回目の準備をした主催者が呼びかけると、アルコールでいい具合に財布の緩まった観客が次々に参加していく。
もしかすると、最初にわざと賞金を渡すアピールだったのかもしれない。
「す、凄いですね。あっという間にヒーローになっちゃいましたよ」
「いつもあんな感じだ」
安田君は放っておくと良くも悪くも騒ぎを起こしていくので、何かあれば安田君の関与を疑えと言われていた。
当の本人は賞金の入った袋を担いでどこかへ行ってしまったが、恐らく言っていた通り装備を買いに行ったのだろう。あの袋に入っている金額なら良い物が買えるに違いない。
「後を追いかけなくていいんですか?」
騒ぎを起こすかもしれないが、安田君なら一緒についていなくても大丈夫だろう。
大学に入って俺と安田君が独り暮らしを始めた時も「べ、べつに私は一人でも大丈夫だけど、シンタは放っておくと不安だから来てあげたよ」と言って食べ物を持って様子を見に来てくれるほどしっかりしていた。
「じゃあもう少し見て回りましょうか。こっちの通りはゲームするのが多いんですよ」
「さっきの袋クジみたいなのか」
「あれは金額も大きいんですけど、もっと小さい感じのです」
イサナに連れられて屋台を見て回る。
逆さにしたカップを3つ並べて、中にコインが入っているカップを当てるゲーム。
掌に乗るくらいの小さいトカゲでレースをして一着になるトカゲに賭けるゲーム。
ボーリングみたいな棒倒し、輪投げ、占い、腕相撲、ボールを使ったダーツ。冷やかしたり参加したりしながら見て回ると昼を過ぎていた。
「何か食べるか」
「食べ物なら大通りですね」
広場のある通りまで戻って屋台を見ると、平たく焼いたパンの上に麺を乗せて上からチーズをかけたのが美味しそうだったので買ってみた。
麺は前に宿屋で食べたメビウスの輪になっている麺で、確かおめでたい日に食べたりすると聞いた気がする。今日はお祭りだからうってつけなのだろう。
パンは固めであまり味も無いが、麺には塩と香草で濃い目の味がついていた。ちょっとピリっとするからペペロンチーノに似ているかもしれない。そこにトロッとしたチーズがかかっていて、これが食べると良く伸びる。
パンと一緒に麺を噛み切ったつもりが、チーズだけがにゅーんと伸びるのでいつまでの啜っていないと食べることが出来ない。
イサナは俺の様子を見ながらクスクス笑っているが、食べ方にコツがあるのかイサナの食べている方はチーズが伸びて来ないようだ。
良く伸びるチーズと格闘しながら何とかパンを腹に収めようとしていると、ふいに周囲が暗くなった。
何事かと上を見上げると、昨日は離れたところに浮かんでいた「夏」が真上に移動してきている。
近くでみる「夏」は全体的に緑色をしているが、それは「夏」全体に生い茂った森が原因であるらしい。
全方位に木々が生えているのが見えるが、その奥には石造りの城があるのがわかる。確か季節城という名前だ。
「あ、どこかに入った方が良いですね」
イサナがそんなことを言いながら俺の手を引いて軒下へと移動した。
昨日聞いた話のように城の一部でも降ってくるのかと上空の「夏」を見ていると、パラパラと何かが地面に落ちてきた。
それは良く見れば小さな木の実だったり枝だったりする。「夏」の落し物だ。
10分程度で「夏」はまた街の上から外れてどこかへ移動し空が明るくなると、代わりに子供たちが地面に落ちた木の実や枝を拾い集め始めた。
「夏から落ちたものは繁栄のお守りなんです。畑に撒くと作物が良く育つらしいですよ」
「夏」から落ちた物は土産物屋に売ることが出来るようで、子供たちの祭りの小遣いの元でもあるらしい。昨日聞いたような家がつぶれる程の巨大な「落し物」は滅多に無いそうだ。
木の実を踏みつぶさないように気をつけながら大通りを進んでいると、昨日も来た”緑の風”の仮事務所の前に通りかかった。
一応、顔だけ出すかと中に入ると、通路の途中から既に酒の匂いが漂ってきている。作り自体が酒場のようなところだから、祭りで人が入っているのかもしれない。
昨日も見たレストラン風の店内は人で埋まっていて、相当なにぎわいを見せている。窓口のお姉さんも珍しく忙しそうにカウンターで飲み物を作っていた。
「あれ、セリアさんとイーズィさんじゃないですか」
イサナが言う方向を見ると確かに二人が並んで立っていた。イーズィさんは上機嫌でジョッキを手に持っているが、セリアさんはそこから離れたそうにしているように見える。
「大丈夫だって、ただの新作ドワーフウォーターだから」
「あんたの飲み物がまともだった試しがないでしょう!?」
「あ、シンタだ」
イーズィさんがこちらに気付いて手を振ると、セリアさんもこちらを見てほっと息を吐いた。
「丁度いい所に来たわ、イーズィが変な」
「えい」
「あばばばばばば」
迷惑顔でイーズィさんを指差したセリアさんの後ろから、イーズィさんが無理やりジョッキの中身を流し込んだ。
セリアさんの視点がぐるっと回ってふらふらと定まらなくなるまで10秒と掛からなかったのだから、あのジョッキの中身は相当危険に違いない。
イーズィさんが満足そうに頷くのを見ながら、何も言わずに通路を逆に戻って建物を出た。
なるべく早く建物から離れようとすると、見覚えのある建物にたどり着いた。飾りの付けられた街中でも目立つ白い大きな建物は”白い一角獣”の本部だ。
前に見た時も人が並んでいたが、こんなときでも通常営業をしているようで人の出入りが多いのが見て分かる。
中を覗いてみると銀髪の乙女が並んだ人たちに声をかけて何かを紙に書き込んでいた。歩くたびにサラサラと揺れる髪の毛が視線を引きつける。”白い一角獣”ギルド長のシータだ。
並んでいる最後尾まで書き終わったシータが顔を上げたところでこちらに気付いたようで声をかけてきた。
「シンタさん達も怪我ですか?」
「いや、怪我はしていない」
「そうですか、怪我したらすぐに言ってくださいね。あとトイレも奥にあるから自由に使ってください。大事ですから」
その重要性が分かっている人が言うと、説得力が違う。
「シータさんはずっとお仕事なんですか」
「明日と最終日はお休み貰えたんだ。良かったら一緒に回る?」
「わー、いいですね。一緒に行きましょう」
明日の朝に待ち合わせる約束をした。
その後も買い食いをして店を冷やかしながら散々遊んで、屋敷に帰る頃には真っ暗になっていた。
先に帰っていたモカさんがソファに座ったまま迎えてくれる。
「楽しんできたようだな」
「教授、ありがとうございました」
「なに構わんさ」
モカさんがカップに入れたお茶を飲みながら微笑む。
こういう時のモカさんは大人の女性らしくて、魅力があるように見えるのだから不思議だ。
「ところで、帰り道でやたらと私の名前が叫ばれているのを聞いたんだが、何か知らないか?」
イサナと二人で目を逸らしながら「知りません」と答えた。




