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可変迷宮  作者:
第五部.SÛRE LOVER

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84/116

84.過ごしているのだけど

 昨日から始まった夏の祭りは5日間を通して行われるらしい。

 今日はその2日目だが、シータが当番休みだと言うので一緒に回る約束をしている。

 安田君は昨日あの後に装備に買いに行ったのだと思っていたが、気に行ったものが見つからなかったらしく何も買わずに帰ってきていた。

 最終日にオークションが開催されるそうなので、そこに全財産を突っ込むのだと息巻いている。

 今日も一人で出かけて行った安田君を見送って、今日は一緒に行くと言う妹とイサナを連れて”白い一角獣”の本部へと向かう。

 まだ準備中の看板も多い出店の横を通り、祭りの熱気に賑わう通りを流し見ながら建物へと到着すると、既にそこでシータが立って待っていた。


「おはよう、今日はよろしくね」


 朝の爽やかな空気を纏ったような挨拶で迎えてくれる姿は、見る人が見れば間違うことなき聖女のようだろう。

 だがその内実を知ってしまうと、いつ爆発するか分からない爆弾のように不安な人にしか見えないのだから困ったものだ。

 シータに案内されて様々なイベントの催されている街を眺めながら歩いて行く。昨日とはまた違う道を行けばイベントがそこかしこで行われていて、見ていて飽きると言うことが無い。


「あれは何ですか?」


 イサナの指差す先には、すり鉢状になったステージのある広場で「飛び入り参加も歓迎だよ!」と声を張り上げている人が居た。

 近づいてみるとステージの上では頭を剃りあげた大男が両手にパンを持ち、真っ赤な顔をしてそれに齧りついている。


「えーっと、大食い大会だね。今日は予選で、明日が決勝戦だって」


 大男は見ている間に3つのパンを食べていたようだが、その次が続かずに口をモゴモゴを動かしながら手に持ったパンを見つめるばかりで食べられずにギブアップしてしまった。


「時間制限なしで食べられるだけ食べて、量が多い順に5人が明日の決勝に参加出来るんだって」


 シータが横で大食い大会の看板を読んでその内容を教えてくれる。

 今日の予選なら飛び入りで参加できるようで、特に参加費もかからないようだ。


「行って来ないんですか?」

「いいのか」

「そんな餌を前にした犬みたいな眼をされたら、普通は駄目とは言えないですよ」


 イサナと妹が呆れた顔をする横で、シータが苦笑いをしていた。誰から見てもそんな顔をしていたらしい。

 お言葉に甘えて飛び入り参加をしようとしたところで、妹に背後から呼び止められた。


「シンタ兄さん」

「何だ」


 声に振り向いたところで、顔面にぬるっとした感触が叩きつけられる。

 この(ぬめ)り具合には覚えがある。妹がペットとして飼っている性転換ゲル(スライム)だ。

 毎回どうなっているのか分からないが、これが取りつくと途端に身体が女になる。今も既に胸と尻が膨らんで、着ていた服がきつくなり始めた。

 何のつもりかと妹を見ると、したり顔で言ってのける。


「媚を売って置いた方が採点が甘くなるかもしれないですよ」


 食べた量で決めるのだから媚も何もないだろう。

 イサナが俺の胸を睨みながら納得いかない顔をしているし、このスライムのことを知らなかったシータは目を白黒させてぽかんと口を開けている。

 何か言われる前に離れた方が良さそうなので、そのままステージ横の受付まで駆けて行った。


「お姉さん、参加ですか?」


 お姉さんではないが、参加だ。

 受付係員の言葉を肯定すると簡単にルールを説明してくれたが、シータに聞いた内容とほぼ一緒だった。

 今現在は12個食べた人が一番多くて、その次が10個が二人、9個が一人で8個が3人とのことだ。10個食べられれば決勝は間違いないだろうと補足される。


「まぁお姉さん細いから」


 受付の男の視線が俺の腰のあたりに行った。


「そんなに食べられないだろうけど……」


 視線が胸のあたりまで上がってくる。

 何も言わずにその様子を見ていたが、胸の膨らみに目が行っていた男と視線が合う。


「あの……楽しんで、貰えれば……」


 気まずそうに男が黙り込んだ。

 こっちは別に気にしていないので話題を逸らすことにする。


「別に10個よりも、多く食べてもいいんだろう?」

「そ、それは、勿論」


 番号札を受け取り、笑顔を浮かべてその場を後にする。

 背中にずっと視線を感じていたように思うが、確認できないので気のせいかもしれない。


 ステージの袖で順番を待つこと暫し、自分の番号が呼ばれたので階段を使ってステージ上に登ると人の視線が自分へと向かってくるのが分かる。

 その中にはイサナと妹とシータもいるが、それ以外の人の方が圧倒的に多い。見た目だけなら女だから珍しいのかもしれない。

 椅子に座ると同時に目の前にパンが沢山乗った皿が置かれた。


「さあ次の挑戦者は黒髪の美しいお姉さん、そんなに食べそうには見えないけれど記念参加かな?」


 ステージを囲む観客席から下卑た歓声が飛んでくるのが聞こえる。恐らくは酔っ払いだろう。

 どこの世界でも酒に呑まれた人が、ろくでもないことを口にするのは変わらないらしい。


「それじゃあスタートだ!」


 開始の合図と共に皿の上のパンを手に取る。片手に収まらないくらいの大きさで、焼き立てでは無いのだろうが少し暖かくふかふかで柔らかい。

 この柔らかさには、どこか覚えがある。2つ目のパンを口に運びながら思い出そうとするが、後少しで思い出せない。

 自分で食べた物なら忘れることは無いと思っていたが、喉のところで引っかかったように出て来ない。

 4つ目のパンに手を伸ばして再度パンを掴んたところで、やっとそれを思い出した。


 ◆


「あのさ、シンタ聞いてる?」


 眼の座った安田君がアルコール臭い息を吐きながら絡んでくる。

 酒を買いこんできてアパートの部屋に突然やってきたかと思ったら一人で飲み始め、程なく出来あがって目の前で管を巻いている。

 何やらグダグダと話しているのだが、要領を得ないので話を聞いていても何を言っているのか分からない。


「だぁかぁらぁ、私だってね。一人で頑張っているわけだよ」

「そうだな」

「シンタって、女装させたら似合いそうだよねアハハハハ」


 さっきから話を聞いているのだが、この調子で話がどこへともなく逸れて行くので、まるで会話にならない。

 安田君がテーブルに寄りかかりながら溜め息をついた。


「はぁ、何か疲れちゃったなぁ」

「疲れたなら、帰って休んだ方が」

「そうやって私を追い出すつもりだな!」


 酔っ払いを追いだしたい気持ちはあるが、単純に疲れたなら自分の家で寝て欲しい。

 次から次へと酒を空けているのを見ていると、とっくに普段の酒量を過ぎている。


「その時まで待つつもりだったけどさぁ、もういいかなぁと思うわけですよ」

「そうか」

「もう待ちきれないよね、仕方ないよ」

「そうだな」


 とりあえず女性の言葉を肯定しておけば会話が成立する、兄から聞いた知識は役立っているのか役立っていないのか分からない。

 何の事だか聞いていて分からないが、行っている本人も分からないのかもしれない。

 それほど強くも無いのにがぶがぶと飲んでいたのだから、酒に呑まれてしまっているのだろう


「良いよね? 言質とったよ?」

「まて、何の話だ」


 適当に流していただけのはずなのに、安田君が俺の手を両手で包んで上目遣いに見上げてきた。

 ここで同意してしまうのはとても危険な気がする。


「ほら、分かるでしょ」


 安田君は俺の質問に答えずに、俺の手を自分の胸へと運びそこへ当てた。


「すっごいドキドキしてるの」


 アルコールのせいか、行為のせいか、確かに激しい鼓動が服の上からでも分かる。


「どう?」


 手を胸に押しつけたまま、安田君が顔を近づけてくる。


「分からない?」

「いや、わか」

「直がいい?」


 着ていた白い長袖のセーターを下からたくし上げた。

 白く細い腹部が見える、そこから更にと持ち上げたセーターの裾から白い胸用下着の端が見えた。俺の手を掴んだまま、その中に入れようとしたところで安田君の動きが止まる。

 急に酔いが醒めたのか、赤かった顔が白くなり血の気が引いたような顔色になる。


「シンタ……」

「正気に戻ったなら手を」

「気持ち悪」


 大惨事になった。


 ◆


 あの時の感触に似ているな、と思いだしてパンを取ろうと皿の上に手を伸ばすが空振りする。

 見ればそこにはパンがもう無くなっていた。


「あの、お代わり」

「済みません、勘弁してください」


 司会の男が必死の笑顔で頭を下げてくる。

 パンは柔らかく、しっとりとしていて甘味があり、ついついもう一個と食べてしまいたくなる美味しさだったが、考え事をしながら食べていたからか、どれだけ食べていたのか数えるのを忘れていた。

「お姉さんは決勝間違いないから明日も着てくださいね」と言われたので、明日も美味しい物が食べられるのだろう。

 見送られながらステージを降りてイサナ達を合流する。


「な、何だか凄かったね!」

「相変わらず無駄にエロいですね」

「何か変なこと考えていませんでしたか?」


 三者三様のリアクションだった。

 スライムは剥がす時にとても痛いので明日までこのままでいることにした。どうせ明日も女の姿で決勝戦に参加しなくてはいけないので痛いのは一回にしたい。

 女の恰好のまま食べ歩きながらシータの後をついて行くと、今までに足を踏み入れたことの無い地区に入って行った。


「この辺りは”赤い飛竜”のギルドが仕切ってるの。普段はあんまり来ないんだけどね」


 シータがそう言いながら歩いて行く。俺の所属している”緑の風”があまり良い目で見られていないのは知っているが、他のギルド同士も仲が良く無かったりするのだろうか。

 ちょっとした疑問だったが、それはすぐに解決した。シータと歩いていると、兎に角視線が集まるのだ。

 時には「シータさんだ!」「シータちゃん!」「こっちむいて!」と声をかけてくるものも少なくない。

 シータはそれに苦笑いに近いような頬笑みを浮かべながら手を振ったりしているのだが、確かにこんな調子では普段から歩きたい場所ではないだろう。


「”白い一角獣”の近くなら、私のことは見慣れてるからそんなに騒がれないんだけどね」


 少し困ったようにシータは言うが、騒がれないのは”白い一角獣”のギルド員が近くで目を光らせているからだと思う。

 現に今日も待ち合わせて合流するまで、物陰からじっと見つめている人を見かけた。”白い一角獣”の制服を着ていなければ通報していたかもしれない。


 飲食系の多かった”白い一角獣”の地区とは違い、こちらは武具を扱う出店が多いようだ。

 刃の研ぎ直しから新品、掘り出し物の販売、改造まで。また歩いている人も武器を持った人が多いように見える。

 何某の貴重な素材を使った武器だとか、名工の作った限定品の鎧だとか、見ているだけでも美術的な価値のありそうな品々の並ぶ店先を冷やかして通りを歩く。


「おや、君はいつかの」


 どこかで聞いた声に反応して顔を向けると、いつか見たイケメンが笑顔で歩み寄ってきた。

 乗り物に弱いハンサムで、確か名前はトーガ。”赤い飛竜”に所属する人だったはずだ。


「今日は友達と?」

「え、ええ。そうなんです」


 気安げにイサナに話しかけるイケメンは、爽やかな印象だけを与えて嫌味が無い。

 どうして俺のことを無視しているのかと少しだけ思ったが、見た目が変わっているので気付いていないのだろう。


「凄いね、イサナさんってトーガと知り合いなんだ」

「有名なのか」

「スーパースターだよ! ”赤い飛竜”のトーガって言ったらTCG(カードゲーム)でも1番人気になるくらいの」


 顔色の悪いイケメンというくらいしか認識が無かったが、かなり凄い人だったらしい。

 サインとか貰っておいた方がいいのだろうか。


「いくら何でも君ほどじゃないよ、”白い一角獣”のシータ」

「え、ええぇ」


 トーガが手を差し出してシータに握手を求めている。

 前にも冒険者ギルドにアイドルのような側面があると聞いていたが、シータもかなり有名らしい。


「これから地区の中央ステージで演武があるから、良かったら見に来て」


 さっと入場チケットを人数分くれるあたり、自然体の物腰からして出来る男だ。

 これから準備があるから、と言ったところでトーガがチラっと俺の方を見て何かをイサナに耳打ちした。

 何の話をしているのか、イサナが俺の方を見て必死になって手を振っている。

 トーガは眉根を下げて残念そうな顔になった後、それじゃあ、と離れて行った。


「シンタさん、この地区にいる間は一人で歩いたら駄目ですよ」

「分かった」


 話はよく分からないが、とりあえず肯定しておくに越したことは無さそうだ。

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