81.私が出会った
「逆巻く煙
細菌感染
うってつけの容疑者
数多の悪名を轟かせた大悪人。奴のいない所に煙は立たず、害悪の根源には奴がいる。
騒ぎが起こったら奴の関与を疑え。奴と一緒にいればトラブルに巻き込まれる。
そんな危険な人物なんですよ、その女は」
そんな暴言と共に妹が安田君に指を突き付けている。
「いやぁ、それほどでもないかな」
「今の、褒めてるわけじゃないですよ」
照れながら頭を掻いている安田君にイサナが合いの手を入れていた。
見る限り、平和な光景である。
◆
砂漠で安田君と入れ替えに双子の神様が居なくなってしまったので、何の説明も得られないまま安田君を王都へと連れてくることとなった。
いきなり異世界に連れて来られた当の本人は「異世界トリップ? でも他にも転移者いるんだ。そういうの要らないよね」などと意味の分からない事を言っていたが、混乱することも無く状況を受け入れていた。
呼びだされた安田君は記憶にある大学生の姿よりも幾分幼く、制服姿が示す通りに高校生であるのだと主張していた。安田君自身が最初に17歳だと自己紹介していたこともあり、ナツの知り合い達に用意して貰った馬にひかれて帆車の中で安田君から話を聞きだすこととなる。
「で、何で制服着てるんですか。そういうコスプレですか?」
「いやいや、私JKだし」
「確かに私の記憶にある顔から変わってませんから、本当に高校生なのかもしれませんが」
「でしょー。リアル17歳だよ」
「17歳教の意味ではなくて?」
「そんなに年齢いってるように見える?」
妹と安田君は独自の言語で何らかの会話をした後、確かに17歳であると確認をとったようだ。
質問をしてみると通っていた学校やクラスメイトの話は確かに高校時代の記憶と合致している。ならば何故、その頃の安田君が呼びだされたのかと言うと、それは神のみぞ知るとしか答えられない。
蟹の味噌汁が食べたい。
「シンタ兄さん、そんな話を本人から元の世界で聞いたことはないのですか?」
「無いな」
それなりに長い付き合いだが、異世界に行っていた時期があると言う話は聞いたことが無い。言っていたとしても冗談だと思って聞き流していたのかもしれないが、世間話でするような内容でもなし恐らく真面目に話をするだろう。
俺のことを覚えているかと聞いてみたが、「どこかで見たことあるかも」という程度の認識だった。時系列で考えれば俺と知り合う前の安田君が呼びだされたと考えた方が良いのだろうか。
「もしかすると、パラレルワールドかもしれませんね」
「SFで良くある奴か」
「平行世界って奴ですね、シンタ兄さんがNTRの危機にあった安田君と、ここの呼びだされた安田君はとてもよく似た別の世界から呼びだされたという可能性です」
「じゃあ私はミナセシンタと知り合わなかった世界から来た安田君というわけだね」
「あくまで可能性の話です」
なんだかんだ言って、妹と安田君は知識の質が似ているので話が良く合う。
「そうすると、私がシンタさんに召喚されたのも別の世界からになるんでしょうか……」
イサナが複雑そうな顔をして妹に尋ねた。
平行世界が存在するのであれば、ここにいるイサナは石像になってしまったイサナとは関係の無い、石化しなかったイサナかもしれないということになる。
前に話を聞いた限りでは石化直前に時間を跳んで召喚されたようだが、平行世界との時間差があるという可能性もある。
しかしそうすると、イサナが無事だった世界から無理やり奪ってしまっていることになるから、何とも座りの悪い話だ。
平行世界の俺は未だに食事が出来ていないのだろうか。考え始めるとモヤモヤしてくる。
「全ては可能性の話です。そもそも平行世界なんか無いのかもしれません」
それよりも、と妹が話を変えて矛先を安田君に向けた。
「イサナさん、その女に近づいてはいけません。厄災を振りまく疫病神のような女なのですから」
そうして弾劾裁判のように妹が安田君をあげつらって批判しまくった。
曰く、トラブルメイカーである。近づけば火傷する。悪くも無いのに連鎖的に悪いことにされる。君子、危うきに近寄らず。
そこまで言う程のことではないと思うので少し口を挟んでみたのだが、「シンタ兄さんは黙っててください」と殴られたので口をつぐんで聞くだけに徹することにした。
散々、安田君のあだ名がどうだとか言っているが、妹自身も一部界隈で「殴りかかる悪夢」だとか呼ばれている。多分、本人も知っているだろうが。
安田君がどこの世界から来たのかは気にしても仕方が無いことだし、同郷の知人であるのだから行動を共にした方が良い。
幸いにして王都に戻ればモカさんの屋敷が残っているので住むところには困らないのだから、日本に帰る時に一緒に帰れば良いだろう。
本人はあまり日本に変えることを気にしていないようで、異世界のことが気になって仕方が無い様子だ。
「異世界っぽい要素って何がある? モンスターとかいる?」
「魔獣がいるし、魔法もある」
「よっしゃ、やったぜ」
一人でガッツポーズをとった安田君が満面の笑みで「ステータス!」と叫ぶ。
妹が苦々しい表情を浮かべて顔をそむけ、他の人達は何をしているのか分からないと安田君を見つめていた。
「あれ、ステータスじゃない? メニュー?」
「そういうのは無い」
妹もやっていたし、女子高生の間では流行るものなのかもしれない。
帰りの馬車内は安田君にこの世界のことを説明する時間に費やされた。
◆
王都に到着した後、モカさんの屋敷まで一直線に戻って身体を休めた。思えば屋敷に住みついていた悪霊を退治して、その翌日に王都を出たのだから屋敷の中で眠るのはまだ二回目でしかない。
割り当てられた部屋に入ってベッドに横になると、太陽も高い位置にあったというのに朝までぐっすりだった。
屋敷には持ち主であるモカさんとイサナ、妹と俺、安田君。そしてナツも一緒に寝泊まりすることとなった。
囚われていた身内を無事に助け出すことが出来たナツは、そのまま以前と同じように砂漠の中で暮らすのだろうだと思っていたのだが、長老のような立場の人にナツを学園に預けたいと言われて王都まで来ることとなった。
いい機会だから、その世界に触れてきて欲しいとのだ。
二つ返事で了承したモカさんが身元引受人なので、必然的に普段の生活もモカさんが見ることになる。
各々が部屋へ入る直前、モカさんがまるで疲れを見せない笑顔をこちらに向けて「私の部屋は鍵が壊れているが、用事があったら来てくれて構わないよ」と言っていたが、当然部屋を訪ねることはしなかった。
後から聞いたところによると夜に安田君が遊びに行って一晩中ずっと魔法について話を聞いていたそうだ。
明くる朝、「な、なぁに、い、幾ばくかの蓄えならあるさ。か、解雇されたらそれまでだよ」と強気の発言をしてモカさんが学園へと向かった。
忘れがちだが、モカさんは学園で教鞭をとる職に就いている。王都を出る時にイーズィさんに仕事を押しつけて出てきたので、もしかするとクビになっているかもしれないが。
モカさんの顔が、言葉とは裏腹に余りにも戦々恐々といった具合だったので心配になってついて行くことにした。イサナも妹も生徒ではあるし、ナツも今度から通うことになるのだからと安田君も含めた全員でゾロゾロと学園まで赴く。
「その魔法学校にはクラス分け帽子みたいのは無いの?」
「クラスは使える魔法で分けられるますけど、帽子で何をするんですか」
「無いならいいや」
安田君は街にあるものすべてが珍しいようで、あれやこれを見つけてはイサナに聞いていた。
学園にあるモカさんの研究室までたどり着くと、部屋の中から人の話し声がする。
「だから、この時に土と風を混ぜると質量が増して回転の効率が良くなるんだよ」
「でも授業では出来るだけ土と混ぜない方が……」
意外にもイーズィさんが仕事をしているのかとノックをしてからドアを開けると、中には生徒に囲まれたイーズィさんが机の上に本を置いて何かを説明していた。
「良かった、まだクビになってなかったか」
「あ、モカせんせーだ。ミヅキも久しぶり。後ろにいるのは……」
イーズィさんが俺とイサナの顔を見た後でナツに視線をやり、何かを考え込んでから「えーっと、覚えてるぞ、シータ……そう、シータだな!」と自信たっぷりに言ったが、それは色んな意味で違う人だった。
「あぁ、シンタとイサナだった。そうそう覚えてる覚えてる」
ここまで信用ならない言葉も珍しい。
「イーズィ、留守を任せきりにして済まなかったな。今日から復帰するから大丈夫だ」
「おっけー」
「えぇ!? イーズィ先生やめちゃうんですか!?」
部屋にいた何人かの生徒が口々に「イーズィ先生やめないで!」とイーズィさんを呼びとめようとしている。一体、離れていた間に学園で何があったのだろう。
「私は元々先生じゃないからなー。お前らに教えられて楽しかったよ」
「いやだよぉ! 先生辞めないでよ! 私、頑張って勉強するから!」
「僕も、イーズィ先生がいないんじゃ学校に来られないよ!」
「先生、ずっと学園に残って教えてよ! 先生の授業面白いってみんな言ってるんだ!」
目の前で繰り広げられる感動的っぽい光景に呆気にとられていると、横でモカさんが「私だってそんなこと言われたこと無いのに」とブチブチ呟いていた。
自分が留守中の代役に立てた人材が、自分よりも人望を集めているのを見たら落ち込みたくもなるだろう。
「あのダメな先生よりもイーズィ先生がいいんだよ!」
「こらっ。モカせんせーは立派な先生なんだ。私よりもずっと沢山の事を知っているし、お前たちのこともちゃんと考えてるはずだ」
「でも……」
「何より、私はモカせんせーに教えて貰ったんだから」
「私もイーズィ先生みたいになれますか?」
「なれるさ! みんな同じ年齢の時の私よりもずっと優秀だ。だから、モカせんせーの言うことをちゃんと聞いて勉強するんだぞ」
「……はいっ」
「また、遊びに来てくださいね……」
「いつか、僕と一緒にゴーレムを作ってください」
何とも言えない妙な空間が出来あがっている。
イーズィさんのことだから、きっと大ひんしゅくを買っているか、そもそも留守を任されたことを忘れて変な機械でも作っているかと思っていたのに不意打ちのパンチにしては強烈すぎた。
グスグスと涙に濡れた生徒たちが「お別れ会しましょう!」と言ってイーズィさんの手を引いて部屋を出て行く。イーズィさんも「また今度くるよー」と言って去ってしまった。
項垂れたモカさんが自分の机の上に荷物を置いて「私、向いてないのかな」と疲れたOLのような一人ごとこぼした。
◆
モカさんがナツの入学手続きの為に仕事を始め、イサナと妹が休んでいた間の課題に手をつけ始めると手持無沙汰となる。
することも無いので安田君を連れて冒険者ギルドの”緑の風”に行くことにした。身分を保障するものも無いし、安田君も冒険者登録をした方が良いだろう。
「あるんだ、冒険者ギルド。ミナセシンタはランクいくつ?」
「何だランクって」
「無いの? ギルドカードにS級とか書いてあったり」
「そういうのは無い」
この世界の冒険者はスポーツ選手かアイドルのような扱いを受けていると説明すると、あからさまにがっかりした様子だった。
妹がさんざん嵐のような人物だとまくし立てていたが、こうして話している分には普通の女の子と変わらない。何度か突飛な行動に付き合わされたこともあるが、そうでない時の方が多い。
一体、妹が何を持ってそこまで安田君を嫌っているのか分からないが、恐らく誤解している部分もあるのではないかと思う。
「ミナセシンタはミナセミヅキと仲が良いんだね」
「そうか。普通じゃないか」
「そうやって忌憚なく、互いにぶつかり合える間柄は羨ましいよ」
どちらかと言うとぶつけられてばかりだ。
安田君の話し方に違和感を覚えて、何となく思い出してみると高校時代の安田君はこんな話し方をしていたような気がする。
大体はふざけてはしゃぎまわっているような印象だったが、そうでないときはこんなクールな感じの話し方をしていた。
昔のことを思い出しながら学園を出て小一時間ほど歩いた後に安田君に”緑の風”を紹介した。
「うっわー、これは酷い」
「ここが冒険者ギルド”緑の風”だった場所だ」
吹けば飛びそうな建物の在った場所は、大風で吹かれて飛んでしまったように更地になっていた。




