80.初めに会った時に変なことを口走っていたのは溜まった魔力に中てられておかしくなっていたかららしい。
倒れこんだリョウメン何とかに向けてすり鉢状になった穴の中へと飛び込む。
砂に足を取られ、転びそうになりながら傾斜を下って伏した巨体へとたどり着き、ウゴウゴともがいている体にめがけて拳を叩きつけた。
「両面ヤキソバ!」
迸る魔法陣が巨大な体を覆い尽くし、光の塊となった巨大な身体が丸い球体へと姿を変える。
そのまま圧縮され縮小された球体は最後に上から叩かれたようにぺしゃんと平らになって光を失った。
お好み焼きのような円盤型のそれは、焼きそばの円形に焼きあげたものだ。
円盤型に整えられた麺はカリカリになるまで焼かれており、よく見ればどら焼きのように2枚の円盤をかさねているのだとわかる、
円盤の縁には溶いた卵がかけてあるのだろう、糊を塗るようにピタリと口が閉じていた。
箸を取り、円盤へと突き刺してその一部分を切り取る。口へと運んで噛み付くとカリカリの麺から香ばしい匂いが漂う。よくある焼きそばの中華麺であるが、ここまで焼いてあると食感も変わっている。
そして切り取った残りの円盤の切り口からは、粘性の強い餡が垂れ落ちそうになっていた。まるで琥珀のようにとおりとした雫がこちらを見つめているかのように僅かに揺れ動く。
誘われるがまま箸で切り取り、それを口に入れれば芳醇な香りが口いっぱいに広がった。
オイスターソースの旨味の中に人参、モヤシ、コマ切れになった豚肉が溶け込み、猛烈な熱を伴って餡がくちのなかへと解けながらどっぷりと舌を包み込む。
ねっとりと口を支配する餡の中でカリっとした麺が自己主張を強め、噛みしだけばぱりぱりと心地の良い歯ごたえが返ってきた。
焦げ目のつくほどしっかりと焼かれた焼きそばだが、その内部は柔らかでありながらもっちりとした感触を保ったままで一噛みを受け入れる。噛み切らんとするところで2枚の円盤に挟まれていた餡が一気に押し寄せて溢れ出した。
香り高い豆板醤、こってりとしていながら高貴な風味を感じさせつつ、それでいて油で焼かれた中華麺に負けない力強さを発揮している。
食べていくうちに固められていた麺が解け、次第に通常の焼きそばのようにほぐれてくる
そうなると今まで内包していた餡が麺に絡み始める。バラバラになった麺があんに絡みとろとろと口の中へと流れ込む。まったりとした舌触りの麺をプチプチと噛み切れば同時にあんに混ざった野菜の甘みが味覚を緩ませる。
パリパリの麺とパラパラの麺が同時に歯ごたえを楽しませ、その合間を埋めるようにねっとりした熱を持つあんが唇を焦がす。
熱く息を吐き残りを食べんとしたところで正面から見つめる視線に気づいた。
「食べるか?」
食べかけの皿を差し出して聞いてみる。
「要らないわ」
「頂くわ」
まるきり正反対の答えが返ってきた。
いつの間にか消えていた双子がリョウメン何とかが倒されると同時に戻ってきていたらしい。
要ると答えた方に皿を差し出して要らないと言った方に向き直る。
「そういえば神様なんだっけ」
「そう、私は扉の神」
「ほう、ほふはふほほふひほふふふほおふ」
「口にものを入れながら喋るな」
もう一人がもぐもぐと口を動かし終わるのを待ってから再び話し始めた。
しれっとした顔でやりなおすのは並の人間には出来ない芸当だ。
「私は始まりと終わりを司る神」
「一にして別を支える」
「二面の象徴」
「旅立ちと旅の終わりを告げる」
「世界を繋げ」
「世界を隔てる存在」
それはつまり、俺達を元の世界から連れてきた張本人と言うことでいいのだろうか。
今の口上を聞く限りではそれが出来るのだと言っているような気がする。
「それは違う」
「私が気付いた時、あなた達は既にこの世界にいた」
「だから呼んだ」
「私があの犬に囚われる前に助けて欲しいと」
違うらしい。
だとすると助けて欲しかっただけで別に俺達とは関係の無い存在になる。
「それも違う」
「私と、世界と、あなた達は強く繋がっている」
違うらしい。
しかしそう言われても何の事だかさっぱり分からない。
とりあえず自称神の二人を連れてイサナのところに戻ってみると、既に全員集まっていた。
行く時にはいなかった人影を見て妹が話しかけてくる。
「その二人は、どうしたんですか」
「リョウメンなんとかを倒したら出てきた」
「もう少し年齢が近ければ友達になれたのに、残念ですね」
近くても遠くても友達にはならないだろうから安心すればいいと思う。
妹が双子に近づいてヒラヒラとしたゴスロリの服を食い入るように見ている。
「それで、こちらの二人は神を名乗っているんでしたっけ」
「そう、私は神」
「ええ、私が神」
「今は良いですけど、数年後に後悔するからやめた方が良いですよ」
経験者の言葉には重みがある。
妹が全く信じていないのを気にしたのか、双子がこちらに近づいて見上げてきた。
見られても困る。
「そういう喋り方も、カッコいいと思っていても他の人から見たら痛々しいだけですから」
「見ていて」
「黙っていて」
妹を見てそう言うと、そっと両側から挟みこむように手を繋いでくる。
「あなたの本当の在り方を」
「あなたの本来の現れ方を」
何をするのかと見ていると、双子が妹を見てから思い切り繋いだ手をひっぱり出した。
小さい体のどこに筋肉が詰まっているのか分からないが、腕がもげそうになる程痛い。
「ちょ、ちょっ! 何してるんですか!」
慌てたイサナが止めに入ってくるが、どれだけ言っても引っ張るのをやめない。無理に引き剥がそうとしてもガッチリと繋いだ手を離そうとしなかった。
これはもう駄目だ。千切れる。
「そろそろ」
「剥がれる」
ブチン、と左手側から嫌な音がして手を繋いでいた双子の片方が勢いそのまま転がって行った。
イサナが悲鳴をあげて駆け寄ってくる。
「シンタさん大丈夫ですか!? ミヅキさん早く治療を!」
イサナの繋いでくる手の感触がなんだか懐かしい。それに、いつもよりも小さく感じる。
「あれ……シンタさん手が大きく……?」
「イサナが小さくなった」
「あ! あぁっ!」
人の顔を見て驚いた後、胸に手を伸ばしてまさぐりはじめる。
「戻ってますよ! 男の人に!」
言われて自分の胸を見てみれば、膨れていた胸元が元の大きさに戻っていた。
自分の手で触ってみる腕や足も、筋肉がついていて男の物だと分かる。
「はぁはぁ……これが、私の力」
「二つを……分ける……ちか、ら……」
「めちゃくちゃ息が上がってますね」
双子が再び並んで激しく息を吐きながら妹にどうだと言わんばかりに話している。
もう少し態度で神様らしさを出した方が良いんじゃないかと思う。
妹と双子が離れたところでモカさんが近づいてきて身体をジロジロと見始めた。
「ほうほう、今のでシンタ君が元に戻ったのかね。これは興味深い」
この目つきはダメな時のモカさんだ。
「確かにパッと見た感じは男性のようだが……他の部分も戻っているのかな」
恐らくは戻っているのではないかと思う。顔は鏡が無いと分からないが、髪の毛が伸びている以外は元通りのようだ。後で髪は切って貰おう。
「ちょっと詳しく確認しようか。大丈夫、ズボンの下を少し見せてくれればいいから」
「何しててるんですか教授!」
「いや、知的好奇心が」
「ダメです、それは私のです!」
イサナにそれ扱いされた。
「あ、いえ……その……とにかく駄目なんです!」
さっさと離れてください、とイサナが手を引いてモカさんが離れた場所へ遠ざけられる。
今度はそれと入れ替わるようにナツがやってきた。
「本当に……男だったのか」
「そう言ってただろう」
「そうだよな……そうなんだよな……」
暗い顔をして虚空を見つめながら呟いているが、何だか顔色が悪いように見える。
「大丈夫か?」
熱でもあるのかと額に手を伸ばしたところで、大げさに避けられた。
「触んな! いや、そうじゃなくて、大丈夫だから……」
「そうか」
大丈夫なら問題はない。
引き攣った笑みを浮かべてナツはチオ達のいるところにフラフラと戻って行った。あまり大丈夫では無いのかもしれない。
「シンタ兄さん、見てくださいこれ、これ」
ナツを見送ると妹がニコニコと笑顔を浮かべながらやってきて掌に載せたものを見せてきた。
白くて半透明のぷよぷよした感じの丸い球だ。
「何だこれ」
意識をもっているのか、手の動きに関係なくぷよんと動いているところを見るとスライムかもしれない。
「双子の転がった方の子が持ってました」
妹が視線を送ると、見られた双子が近づいて説明してくれた。
「これはゆらぎ」
「不確定性の結晶」
「デュラハンはあやふやな存在」
「形を持たない魔獣。これはその核」
その説明を聞いて妹が何度も頷いている。この説明で分かったらしい。
「なるほど分からないです」
そう言えば妹は学校の成績があまり良くなかったのを思い出した。
「とどのつまり、これがシンタ兄さんが女体化した原因というわけですね」
手に乗せた野球ボール大の塊をしばらくじっと見た後、何も言わずにいきなり俺に投げつけてきた。
ベシャンと頭に直撃したスライムがべっとりと広がって気持ち悪い。
「あははは! 本当にまた女の身体になってますよ!」
妹が俺を指差して笑っている。身体を見ると胸が再び膨らんでいた。折角、元に戻ったと言うのに何て事をするんだ。
「これ、思い切り引っ張ったらいいんですか?」
笑ったままの妹が手を伸ばして、頬の肉を摘んでくる。そこはダメだ。引っ張ったらとても痛そうな場所だ。
「やめ」
「えいっ!」
頬の肉が間違いなく持って行かれた。ブチリと肉の千切れる音を聞いた。
痛みの残る頬に手を当ててみるが、血は出ていないようだと確認してから妹見ると、手には白い球体を持っている。
あのスライムが離れたのを回収したらしい。
「これ面白いですね」
「人で遊ぶな」
やるなら自分で試して欲しい。
「女性に使ったら男性になるんですかね」
新しいおもちゃを手に入れた妹が双子に聞いてみるが、双子は揃って首を振った。
「在り方が揺らぐだけ」
「どう見えるかは資質による」
人によってどうなるかは分からないと言うことらしい。
「この子、貰ってもいいですか?」
人に勝手に使わなければ好きにしたらいい。
「これからTSスライムと呼びますね」
TSと限ったわけではないと言われたばかりなのに、そんな名前を使えるのか。
「存在の不確定性の代名詞ですから。T・Sです」
それだとシュレディンガーさんになりそうな名前だ。本人が気にいっているなら別にかまわないが。
「そろそろ信じて貰えたと思う」
「そろそろ本題を伝えたい」
「ええ、確かに。信じましたとも」
双子が妹に話しかけると、上機嫌な妹が容易く信じたと答える。いい加減な性格だ。
「この世界の、残された神を探して欲しい」
「私と同じように閉じ込められている」
「多くの神は旅だったけれど」
「未だに残された神が僅かにいる」
どうにもRPGじみた頼みごとをされているようだ。
「神様なら自分で探せばいいんじゃないですか」
妹が身も蓋も無いことを言う。
「残された力は少ない」
「世界に多く干渉することは叶わない」
「私もすぐに旅立つ」
「この世界では無い場所からきた、貴方たちなら」
「あるいは」
「もしかしたら」
俺達が異世界からの来訪者であることに期待しての頼みごとのようだ。
真面目な話をしている雰囲気を察したのか、離れて行ったイサナ達も戻ってきたが、神を探すと言う途方も無い頼みごとに婚約しているようだった。
その中で兄が双子に話しかける。
「その頼みを聞いても良い」
「それならば助かる」
「それならば嬉しい」
「引き換えに人を生き返らせる方法か、それを司る神がいるなら情報が欲しい」
セリアさんが言っていた兄が生き返らせる方法を探しているというのは本当だったらしい。
「生き死には不可逆」
「死が確定したものは覆せぬ」
「しかし世界は可変」
「だからこそ世界は迷宮」
「つまりどういうことですか」
妹が口を挟む。
「生き返す法は無い」
「死ななかった事になら出来る」
「例えば貴方のように」
「例えば貴女のように」
双子が俺と妹をそれぞれ指差した。
俺がイサナを呼びだしたようになら、死ぬことを回避できるというのだろう。
あとは、妹が言っていたように妹の魔法が治療でなく「巻き戻し」であるなら、死ぬ前に戻すことも出来るのかもしれない。
「わかった。それなら俺にも出来るんだな」
兄はそれだけいうと離れたところで待っていたはずのトカゲを呼びだして背に跨った。
「その双子の言う神を探してくる。セリアは残ってろ、用事があれば呼ぶ」
「本当に自分勝手なんだから」
そうは言っているが、セリアさんは何となく嬉しそうだ。
駄目な男に引っかかってしまう女の人はこんな感じなのかもしれない。
砂煙をあげながら去っていく兄を見ながら、イサナが呟いた。
「私達、どうやって戻りましょうか」
「カズ君が乗ってしまうと足が無くなってしまうな」
幌車だけ残されても、動力が無いとどうしようもない。
「買いだしの連中がそのうち戻ってくるから、その連中が使ってる馬を持って行ってくれよ」
こちらの会話を聞いていたチオが馬の提供を申し出た。ありがたい話なので素直に請けておく。
「あなた達はどうするんですか、一緒に王都に来ますか?」
妹が双子に話しかけると、同時に首を振って答える。
「私はもう旅立つ」
「この世界から離れる」
「他の神をお願い」
「再び彼の地で会えるように」
「そうなんですか? ゆっくりしていけばいいのに」
神様相手に普通に話し続けている妹は、やはりどこか一線を画していると思う。
「最後に鍵を」
「扉を開ける鍵を」
双子の片割れがが俺の手をとると、もう片方を妹と繋ぐ。
同様に双子のもう一人が手を繋いでUFOでも呼ぶような円陣を組んだ。
俺と妹を見てから双子が高く手を上げると、円陣に沿うように足元に魔法陣が浮かび上がり光を放つ。
「どうか」
「どうか」
「世界を」
激しく閃光が走り、手を握っていた感触が消えた。
双子の姿を探すが砂埃が舞い上がり周りが見えない。
「ミヅキ、いるか」
「ええ、大丈夫です。あの子たちは、居なくなったみたいですけど」
旅立つと言っていたから、どこかに行ってしまったのだろう。
最後に鍵を、と言っていたのは何だったのか。
砂煙が晴れてくると魔法陣の在った場所に誰かがいるのに気付いた。ゲホゲホと砂にむせている姿は、どこかで見たことのある制服に身を包んでいる。
「あー、何これ。いきなり砂だらけなんだけど、鳥取なの? トラックで運ばれた?」
聞きおぼえがある声だ。妹が同時に顔を不快そうに歪ませた。
「どうせならトラック転生したかったなぁ。どうみても制服だし転生してないし」
どう考えても双子が呼びだしたのだろうが、どうして彼女なのか。理由を知りたい。
強めの風が吹いて砂煙が晴れた。近くに立っていた人達も含めて、姿が良く見える。
砂の上に座り込んでいたスカート姿の不審者の姿もはっきりした。
「もしかして異世界召喚系? 勇者になっちゃった?」
立ちあがり服についた砂を叩き落してから周囲を見渡して、最後にこちらを見てから笑顔を浮かべる。
「安田君、17歳、好きな仮面ライダーはシャドームーンだよ、よろしく」
第四部 終
DESERT PARADISE(甘い物 食べ放題)




