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可変迷宮  作者:
第一部.BOY MEATS GIRL
7/116

07.兄弟

 日が沈む頃に到着した町は、村に毛が生えた程度の規模だった。

 それでも食料店や雑貨屋があり、小さいながらも酒場と宿屋があった。

 今日はこの宿屋に泊まるらしい。


「荷物置いたらご飯食べましょうか」


 宿屋の隣が酒場だったので、さっさと荷物を置いて移動する。

 テーブルが5つとカウンター席があるだけの小さい店だった。

 ファミレスと違って各テーブルにメニューが無い。

 どうやって注文するのかと周囲を見渡していると、ふいに声を掛けられた。


「よお、シンタじゃねえか」


 聞きなれた声だが、今ここにいるはずのない人の声だ。

 ホームシックの幻聴にしても、もっと違う人の声が聞こえてほしい。

 店員を呼び止めて適当なお勧めを注文する。


「シンタさん、お知り合いですか?」


 どうやら今の声はイサナにも聞こえていたらしい。

 幻聴ではないようなので、ゆっくりと声の主を見る。


「恋人も作らないと思ってたら、そういう子が趣味なのか」

「他に言うことがあるだろう、カズ兄さん」


 2歳上の兄、役に立たないアドバイスの人こと、カズ兄さん。

 何でここにいるんだ。


「あの、シンタさん。こちらの方は」

「あ、あぁ。この人は俺の兄さん。水瀬(みなせ)(かず)

「は、初めまして。学士のイサナです。

 シンタさんには、危ないところを助けてもらって、

 今は研究を手伝ってもらってます」


 イサナは、わざわざ立ち上がって二人に挨拶している。

 そう二人いる。カズ兄さんの隣に、俺の知らない女性がいた。


「カズ兄さん、この人は」

「こいつは……あー、任せた」

「せめて名前くらい紹介してよ……セリアよ」


 少し驚いた。

 セリアさんが美人だからではなく、その耳が通常の人間のそれよりも長いものだったからだ。


「あぁ、耳? そうよ、エルフ族なの」

「うわぁ、本物のエルフ族なんですね。私、感激しました」


 エルフ族は森の奥に隠れ住んでいるので、滅多に人前に出ないそうだ。

 セリアさんは美人で、金髪がさらっと腰まで伸びていて、絵に描いたようなエルフだった。

 見た目でもカズ兄さんと同じ歳に見えるが、これで数百歳だったりするんだろうか。


「えっと、シンタさんは遠い国から迷宮に飛ばされたみたいなんですけど、 カズさんはどうやってこちらに?」

「バイクで走ってたら知らない場所に落ちたんだ。気がついたら鬼っぽいのがバイクと一緒に燃えていた」

「それじゃ分からないわよ。

 私が魔獣のでる森にいたら、オーガに襲われてね。

 そこに颯爽とカズが助けに来てくれたのよ」


 多分、バイクごとオーガという魔獣に突っ込んだんだろう。

 どうやらカズ兄さんも、こっちと似たような状況らしい。但し、向こうは一撃必殺だったみたいだけど。


「オーガを倒したんですか? それは凄いですね」

「もう、カッコよくて御伽噺に出てくる騎士に見えたわ」


 セリアさんは熱弁をふるっているが、カズ兄さんが格好良いはずがない。

 エルフだから感性が人間と少し違うのかもしれない。


 そうこうしているうちに、頼んだ料理が出てきた。

 パンと、野菜が沢山入ったスープだ。

 スープにはパスタの仲間の、確かラビオリという名前だったか、小さい餃子のような具が入っていて、中にミンチになった肉が包まれていて中々美味しい。

 イサナたちは早速打ち解けたようで、情報交換をしていた。


「こいつエルフなのに守銭奴(しゅせんど)(こじ)らせて里を追い出されたんだ」

「そのおかげで金蔓(カズ)に出会えたんだから、いいのよ」


 聞けば、普通のエルフは清貧を美徳とするらしい。

 セリアさんは何故かお金に対する執着が強く、里に居場所が無くなって旅に出たところでカズ兄さんと出会ったそうだ。

 なるほど、エルフだからではなく、セリアさんだけが変な人のようだ。

 確かにカズ兄さんの好きそうなイイ性格をしている。

 スープが美味しいので、後でお代わりを頼もう。


「ふーん、料理のスクロールか。エルフ族にもそういうのは無いわね」

「そうですか。エルフ族は魔法の扱いに秀でていると聞いたことがあるので、もしかしたらと思ったんですが」

「実際にそれを見せてもらうこと出来る?」

「シンタさん、前に渡したの持ってますか」


 蒸しケーキのスクロールのことだろう。1枚だけ渡されたのを持っている。

 ポケットから出すと、カズ兄さんが覗き込む。


「日本語のレシピだな。これは……鬼まんじゅうか」

「へぇ、カズはこれが分かるの?」


 そうだ、思い出した鬼まんじゅうだ。

 カズ兄さんの通っていた高校の学園祭に呼ばれて、出店で食べたことがある。

 角切りのサツマイモが、デコボコと突き出していて鬼の頭のように見えるのが由来だったはずだ。


「このスクロール、使ってもいいのかしら」

「ええ、それはまだ1回も出したことが無いんで、私も見てみたいです」

「じゃあ、やるぞ。”鬼まんじゅう”」


 カズ兄さんが手を当てた紙片がピカっと光って、入れ替わりに黄色い蒸しケーキが2つ現れた。

 店の人はちょっとだけこちらを見ていたが、何もないと分かると仕事に戻っていった。


「これが鬼まんじゅうですか」

「食ってみろ」


 カズ兄さんが1つ放って寄越す。

 それを受け取り、半分に割ってイサナに渡した。

 自分でも半分食べてみる。素朴で懐かしい味だ。

 もちもちした食感で、芋の甘みがふんわりと広がってくる。


「うわぁ、これパンですか!? 柔らかいですね!」

「焼いたモフノキの実みたいな味ね」


 セリアさんの言う果実が気になる。

 パンノキみたいな物だろうか。そのうち食べてみたい。


「んん……ぷはぁ。ちょっと、喉に詰まりますね」


 顔を赤くして恥ずかしそうにこちらを見るイサナ。

 相変わらず食事シーンが無駄に扇情的だ。何なんだこれ。


「なぁ、シンタ。お前、この子と暮らしてるんだろ」

「そうだけど」

「もう食ったのか?」

「へぁっ!?」


 イサナが変な声を出した。

 カズ兄さんが、まるで俺を食人鬼のように言う。

 そんなカニバリズムな趣味はないが、前にイサナを塩分補給に使ったことがあるので、勘違いしたのかもしれない。


「いや、指の一本でも減ってるように見えるのか?」

「ふははははっ、そうだよな。お前はそういう奴だった」


 カズ兄さんは愉快そうに笑う。

 イサナは「そういう関係じゃありませんから」と小さい声で呟いていた。もっと大きい声で言ってもらいたい。


「本当に料理が出てくるスクロールみたいね。

 封具も見せてもらえる?」

「イサナ、ふうぐって何だ」

「シンタさんの包丁のことです。

 スクロールに封印するので、魔封具とか封具って呼ばれてます」


 今まではイサナが俺に分かるように意訳して教えてくれていたらしい。

 布に巻いた包丁を取り出して、テーブルに置く。


「これ、どこで手に入れたの?」


 神妙な顔をして聞いてくる。

 守銭奴らしいし、もしかして高く売れるようなものなんだろうか。

 と思っていたらイサナが聞いてくれた。


「村の近くの可変迷宮で拾ったものだそうですが、もしかして貴重なものなんですか」

「封具は迷宮で手に入れるしかないから、基本的に全部貴重なんだけど」


 貴重なものだったらしい。


「でも、これ。呪われてるわよ?」

「ふははははっ、でかしたシンタ!」


 何故かカズ兄さんは爆笑している。


「どんな呪いですか」


 セリアさんに聞いてみる。

 装備から外れないくらいだったら許容範囲内だが、流石に死ぬような奴だと困る。


「私も専門家じゃないけど、生命力を吸うタイプだと思う」


 それなら心当たりがある。

 迷宮内で包丁を握ると、体が軽くなる代わりに妙に腹が減るのだ。

 魔獣と戦って体を動かしているからなのかと思っていた。


「呪いを解除する方法はないんですか?」


 イサナが尋ねる。


「万病に効く薬がないように、呪いも千差万別だからね。

 この呪いについて詳しく調べないと分からないわ」


 無いのか、万能薬。ファンタジーだからあるのかと思ってた。


「じゃあシンタさんは、もう使わないほうが良いのかもしれませんね」

「それは困る」


 包丁が使えないと料理が食べられなくなる。

 こっちの料理も悪くないが、長年積み重ねられてきた技術と知恵の結晶である日本の料理には、まだまだ追いつかない。

 日本の料理が食べられないと、結果的に俺の生命力が減りそうだから、どっちもリスクが一緒なら包丁を使うべきだ。


「大丈夫だろ」


 カズ兄さんが言った。


「カズ兄さんが言うなら大丈夫だ」

「カズがそう言うなら、平気よ」

「え、な、何でですか?」


 途端に安堵が広がり、イサナだけ状況を掴めずに慌てている。

 説明したほうが良いんだろうが、説明が難しい。


「カズ兄さんが大丈夫と言ったことは、今まで全部大丈夫だった」

「カズは精霊の加護を受けているのよ」


 セリアさんのは方便だろうが、エルフが言うと説得力がある。

 イサナは納得していないようで、王都で調べますからねと言っていた。


「これ、どうやって魔力を溜めるの?」

「どういう意味ですか?」


 セリアさんが包丁を眺めながら尋ねてきた。


「イサナが魔力を込めて使わせてるんでしょう?

 シンタからは全く魔力を感じないし」

「そんなはずは無いですよ、何もしなくてもシンタさん迷宮でスクロールを使ってましたから」


 と言いながらもイサナは不安げにこっちを見てくる。

 魔力とか知らないので、見られても困る。


「どういうことかしら。魔力が無くても使える?

 それとも今まで魔力が残ってて、今は空っぽになったのかも。

 料理を作る封具っていうのも初めてだし、色々と分からないわね」

「シンタは変な奴だからな」


 カズ兄さんには言われたくない。

 王都で調べれば分かるだろう、ということで話は流れ、

 マニ菜を蒸した話やカズ兄さんとセリアさんが冒険者をやっている話で盛り上がった。


「王都に行けば冒険者ギルドがあるから、シンタも登録しておけ」


 あるのか、冒険者ギルド。


「俺がいるのは、"緑の風"だ」

「カズったら、よりにもよって超不人気ギルドに登録してるのよ」


 ギルドは、いくつもあるらしい。

 少しだけ教えて貰ったところによると、一番の人気ギルドが"赤い飛竜"で

 次いで"黒い巨人"、"白い一角獣"が最大手らしい。

 それぞれに看板冒険者のような人がいて、個人の人気も相当なものだそうだ。

 プロ野球チームみたいにトレードとかあるんだろうか。


 大手ギルドは入るのに試験があったり、規律が厳しかったり内部に派閥があったりで面倒が多いそうだ。

 "緑の風"は最弱小ギルドなので、かなり自由にやっていけるし、最低限の身分の保証はしてもらえるので登録しておいたほうが良いらしい。

 カズ兄さんにしては、珍しく役に立ちそうなアドバイスだ。

 行動力のある人は、ここまで違うのかというくらい色々教えてもらった。


 談笑もそこそこに、食べるものもなくなったのでお開きとなった。

 イサナが支払いをしようとしたら、「(おまえ)の物は(おれ)の物だ」と言ってカズ兄さんが(おご)ってくれた。

 台詞からすると、(おご)っていたのかもしれない。


 更に「自分で稼ぐまでは、これでどうにかしろ」と小遣いまでくれた。

 カズ兄さんは傍若無人な癖に、兄らしいことをしてくるから扱いに困る。


 部屋に戻って貰った皮袋を開けてみたら、コインがじゃらじゃらと出てきた。


「凄いお兄さんですね。金貨が何枚も入ってますよ」

「どのくらいの価値があるんだ」

「私も使ったことが無いので分かりませんけど、金貨1枚で王都の良い宿に1ヶ月泊まれるらしいです」


 カズ兄さんが、そんなに良い物をくれるはずがない、と思って金貨を手にとって見たら、コインチョコだった。

 これはこれでありがたいので、大事にしまっておこう。


 この宿に風呂は無いそうなので、床に寝転がってさっさと寝る事にする。

 料理もそうだが、風呂もどうにかしたい。

 衛生的な観点からは勿論のこと、何よりも風呂に入った後の方がご飯が美味しいからだ。

 水は豊富なようなので、そのうち日本式の風呂を作るべきだろう。


 不本意だが、兄に会えたことで気が緩んだのか、その日はすぐに眠れた。

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