06.出発
器に入ったオレンジ色のゼリーにスプーンを差し込む。
少しだけ抵抗を見せたが、スッと吸い込まれるようにゼリーの中に入った。
そのまま持ち上げると、ぷるんと震えて分離する。
スプーンから零れ落ちないように静かに口に運ぶ。
オレンジの酸味、それからすぐに甘み。
口の熱で溶けるのか、ゼリーが喉に流れ落ちてくる。
「うーん……美味い」
体の端々までオレンジが染み渡る。
爽やかな香り、フレッシュな瑞々しさ。
よほど乾いていたのか、体が水分を取り戻していくのが分かる。
スプーンを動かして次のゼリーを口に入れる。甘酸っぱい。
クエン酸に唾液が反応する。美味い。生きていて良かった。
「イサナ」
「はい?」
「ありがとう」
イサナのおかげで助かったんだ。
さっきにように誤魔化すためじゃなく、ちゃんと目を見てお礼を言う。
「もう、二度としないでくださいよ」
「ああ」
なるべく腹が減らないようにしよう。見境がなくなるから。
ゼリーを食べ終わって、立ち上がる。
節々が痛むが、歩けないほどじゃない。
あたりを見渡すと、スクロールの他にも色々と散らばっていた。
「紙片は俺のスクロールだろうけど、他のは何だ?」
「魔獣部屋には、魔法の道具が集まりやすいんです」
「ふーん?」
どういう理屈か分からないが、可変迷宮はそういうものなんだろう。
せっかくだから、とイサナと一緒に部屋に散らばっているものを回収する。
指輪や短剣、薬っぽい粉、皮で出来た鎧、女物の服。色々あるな。
女物の服を手にとって広げてみる。汚れてないし、破損もなさそうだ。
イサナが最初に来ていた民族衣装っぽい服に似ているが、あれよりも頑丈そうだ。
何か良いものでもあったのか、ニコニコしながら拾い物をしているイサナを見る。
その背後。腰から尻まで、ぱっくりと穴が開いていた。
多分、酸のスライムに溶かされたんだろう。
白い肌の見える腰と、その下に白っぽい布が穴から覗いていた。
知っていて気にしていないのか。きっと気付いてないんだろうな。
調度良いから、この服を着てもらおう。
「イサナ、この服を着てみないか」
「えぇっ!?」
「多分、大きさは大丈夫だと思うんだ」
「い、いいんですか」
「俺が持っていても仕方ないし、きっと似合う」
「そ、そそそうですか?」
いつもより対人レベルが下がっているようだ。きっと俺のせいで疲れているんだろう。
申し訳ない気持ちになる。
「あっち向いてるから」
「い、今すぐ着るんですか?」
「出来るなら、その方が」
「わ、わかりました。ちょっと着替えますね」
体を反転させて天井を見上げた。背後から布ずれの音がする。
「んん……ん? ひゃっ……え……これ、ええっ!?」
どうやら服を脱いで背中の穴に気付いたらしい。
暫く声にならない声であうあう言っていたが、そのうちまた布ずれの音に戻った。
「あの、着替えました」
声を掛けられたので体を戻すと、着替えたイサナが顔を真っ赤にして立っていた。
大きさは問題なかったらしい。
「あの、えっと、さっき、見えましたか?」
「見え」
「あぁ、いえ、いいです。言わないでください」
一人で忙しいイサナがこっちを見て、何かを待っている気がする。
女の人が服を着替えたときは、連続で2回までなら「よく似合っているよ」と言っておけば大丈夫。
と2歳上の兄に教わったことがあるので、教えに従ってそう言っておく。
実際、踝まである青色のワンピースのような服は民族衣装っぽくて、ちょっと少年っぽいイサナに似合っている、と思う。
羊とか追いかけてそうだ。
「シンタさんに、素直にそういうこと言われるのは違和感ありますね」
勘のいい奴だ。
「でも、ありがとうございます。人から服を貰ったのは初めてです」
拾った服だけどな、というのは言わないほうがいいんだろう。きっと。
取りこぼしが無いように全部拾って、最奥の部屋を後にする。
すっかり空になっているが、一月もすればまた魔獣で一杯になるそうだ。
「そういえば魔界への穴っていうのを見なかったな」
「目では見えないですよ。それくらい小さい亀裂だそうです」
目で見えないなら、どうやってそれを見つけたんだろう。
聞いてみたが、イサナもそれは知らないらしい。
「魔力は一定以上溜まると結晶化して魔獣になります。
しかし、溜まった魔力はときに空間を捻じ曲げることがあります。
捻じ曲げられた空間がどこにつながるか分かりませんが、繋がった空間から魔法の道具が落ちてきて部屋に蓄積されます」
「それで部屋の中が魔獣と道具で一杯になるのか」
「ではないのか、という理論が一般的に支持されています」
結局、色々とよく分ってないらしい。
魔獣を倒すと魔力がまた放出されるのかと思ったが、一度、魔獣になると魔力は消えてしまうそうだ。
実際は消えていないのかもしれないけれど、その場には残っていないのは間違いないとのことだ。
だから、迷宮内で魔獣を倒しながら進んでいけば、帰り道に魔獣に遭うことはあまり無い。
イサナの後ろにくっついて、無事に村に帰ることが出来た。
家についてホットドッグを食べようとスクロールを取り出すと、イサナに止められる。
「シンタさん、スクロールは使わないでください」
「え、何で」
いくら命の恩人とは言え、ご無体な話だ。
「私が研究する分が残らないからですよっ」
そういえば、そんな目的があった。
でも今回は沢山あるんだから、少しくらい食べさせてくれてもいいと思う。
「不満そうなので、1枚だけ許可します」
ゴブリンのスクロールを突きつけてきた。何の料理だったか分からなかった物だ。
研究に繋がるなら許可する、ということらしい。
「あと、暫く迷宮に行くのはやめます」
「それは」
「文句は言わせませんよ」
あれだけ迷惑を掛けたのだから、頷くしかない。
暫くは豆芋のスープで我慢する必要がありそうだ。
いっそのこと、時間はあるのだから自分で料理をしてみようか。
水を井戸で汲んでくるのと、火だけかまどに着けておいてもらえば出来る気がする。
翌日、イサナには研究に集中して貰いたい、という口実で提案してみた。
「構いませんよ?」
むしろ助かります、と言われたので、気兼ねなく食事改善を試みることにした。
この家の主食はマニ菜と豆芋だ。どちらも生で食べられないし、火を通しても味がひどい。
マニ菜は、正しく煮ても焼いても食えない代物で、どうやっても苦くて不味い。
しなびない様に、とりあえず桶に水を張って付けておく。シャキっとしても不味いものは不味いけど。
それに比べると豆芋は食べられる。
食べられるが、食べられるだけで美味いわけではない。味がとても薄い。
日本で食べていた芋類は、火を通せば大体甘くなった。
豆芋は、そもそもが豆のように小さくて、皮も向けないし料理し辛い。
もしかしたらイサナの料理が下手なんじゃないかと思って、村の人に聞いてみたが
マニ菜も豆芋も、同じようにして食べるのが一般的なようだ。
もちろん、金があればいくらでも材料は買い揃えられるし、いい物も食べられるが、
国の補助で食いつないでいるイサナに、そんなに金があるとも思えない。
貧乏料理なら腕の見せ所。金を掛けないで美味しいものを食べるのは得意だ。
数日掛けて色々な調理法を試してみる。
水につけていたマニ菜は、つけていた水に苦味が移ることを見つけた。
それなら、と鍋に水を張って、中にパン用のバスケットを突っ込む。
よく洗ったマニ菜をバスケットに入れて、鍋を火に掛けた。簡易蒸し器だ。
暫く蒸気が立ち上るのを見て、そこそこのところで火から下ろす。
意を決して、マニ菜を一口食べてみた。
ほのかに甘い。葉野菜の旨味だ。キャベツに似ている味がする。
マニ菜から抜けた苦味か、鍋の湯は濁っていた。マニ菜から雑味だけ抜き出すことが出来たようだ。
更に、死ぬほど苦い丸薬を飲んだときのような、体が楽になる感覚があった。
これは体力回復の成分ではないだろうか。
その通りなら、こんなに美味い話は無い。
その日の晩に、蒸したマニ菜を出してみた。
「シンタさん、このマニ菜は茹で方が足りませんよ。
くたくたになるまで茹でないと、苦味が残ってしまいます」
「大丈夫だ、ほら」
一口食べてみせる。生では脳髄に響く苦味に襲われるだけだが、
今は優しい甘みと、蒸し野菜のシャキっとした食感があるだけだ。
「……そこまで言うのなら」
目を瞑って口に入れる。
「むぅ……これは……っ!」
難しい顔をしていたが、すぐに頬を綻ばせた。
「美味しいです! 何ですかこれ!」
マニ菜を蒸したことを教えたが、今までは蒸気で調理するという概念が無いようだった。
「はぁ……凄いことを考えますね。
それに体力回復効果が残っているなら、大発見ですよ。
私、これを発表するだけで卒業できちゃうかもしれません」
手放しで褒めてきて、むず痒い。
そのまま夕食を楽しんでいたイサナだったが、食べ終わると神妙な顔になった。
「私、王都に戻ろうと思います」
料理スクロールの研究が思った様に進まず、行き詰っているので教授に相談しに行くそうだ。
マニ菜の調理法を研究成果として提出すれば、気兼ねなく料理スクロールにかかりきれる、とも言っていた。
「そんな料理の方法で、研究になるのか」
「薬の研究も魔法使いの仕事の範疇ですから」
そう言われると、そんな気もする。
くたくたのマニ菜や、死ぬほど苦い丸薬を飲む人が減るならば、是非とも役立てて欲しい。
「2日後の、町へ買い出しに行く馬車に同乗して行きます」
どれくらいで着くのか聞いてみると、一番近くの町まで半日。
そこから次の町まで1日。更に2日移動すれば王都に着くらしい。
「大変だな」
「何で他人事なんですか。
シンタさんも行くんですからね?」
「やっぱりか」
手元のスクロールの字の読み方は教えたが、まだ読むのは難しいようだ。
相談しにいく教授に説明するにも、俺がいないと話が通らないだろう。
ここに着いてから、迷宮以外で村を出るのは初めてだ。
町に行けば美味いものがあるだろうか。
「町で買い食いしたりする余裕はありませんからね」
最近、イサナは心を読む魔法を使っているんじゃないかと思うようになった。
◆
2日後、背嚢を背負ったイサナと共に馬車に乗り込む。
馬車と言われてパッと想像するような幌馬車ではなく、
大きめのリアカーを引いている荷馬車の隅っこにいるだけだ。
もし荷物が落ちたら声を出して教えるだけの簡単なお仕事を任された。
そんなにボロボロ落ちるわけでもないので、イサナを会話をしながらのんびりと揺られる。
「迷宮の外に魔獣が出てくることは無いのか」
「ありますよ。
魔力が沢山放出される迷宮の周りには魔獣が出ます。
私達のいた村は、そうならないように定期的に迷宮内を駆除してますから
滅多に外に出てくることはないですけどね」
あんな不便なところに暮らしているのは、迷宮の監視が目的だそうだ。
魔獣を駆除することを条件に、最低限の生活は保障されているので、
生活が立ち行かなくなった人が移り住んできたり、
イサナのように研究のために来る人も受け入れているとのことだった。
豆芋とマニ菜が最低限の生活なのか。
死にはしない最低限の生活であることは確かだが、あまりにも侘しい。
これは早急に、豆芋の料理方法を見つける必要があるようだ。
最低の食材だからこそ、これを改善できれば全体の底上げになる。
「はぁ……食べること以外に考えることは無いんですか?」
呆れた顔でナチュラルに心を読んできた。
前に拾った服を着ていたので「よく似合っているよ」と言ったら杖で殴られた。
連続2回までは大丈夫と言っていたのに、兄の教えは役に立たない。
殴られたところを擦りながら進行方向に視線を投げると、遠くに建物がうっすらと見えた。
もうすぐ町に着くようだ。




