05.食物庫
地面に落ちた紙片を拾う。
材料は、小麦粉とサツマイモを……蒸すのか。これは、蒸しケーキかな。
料理名か完成写真を入れてくれれば分かりやすいのに。
「成功したな」
「ええ、そうですね」
何だかそっけない。
「嬉しくないのか?」
「嬉しいですよ、私が食べられなくて済みますからねっ」
そんなことで拗ねていたのか。
「イサナを本気で食べたりするわけが無いだろう。
ちょっと空腹で、塩気が欲しかっただけだ」
「どうだかわかりませんよ。
シンタさんは、食べることしか考えてないみたいですから」
イサナを料理にしたとして、何になるだろうか。少しだけ考える。
背は高くないし、体の凹凸も少ない。
多分、小女子だな、字面的に。腹の足しにはなりそうにない。
「今、心の中で私の体型を馬鹿にしましたね!」
「個性があっていいんじゃないか」
「むきぃいいいいいい」
杖で殴ってきそうだったので、話を変えるためにスクロールに手を当てた。
ふかふかの蒸しケーキのことを考える。
「蒸しケーキ!」
いつものように光るかと思ったら、何も起こらない。
スクロールは手元に残ってる。失敗したのか。
「失敗ですか?」
「多分、名前が違うんだと思う」
昔どこかで、名前のついたサツマイモの蒸しケーキを食べたことがある。
カツ丼が「白米の豚カツレツ煮込み乗せ」では無い様に、このサツマイモの蒸しケーキにも、固有の名前がはずだ。
今は名前を主出せないが、その名前を呼んでやらないと発動しないのだろう。
「まぁ、いいか。スクロールの法則も分かってきたし」
「本当ですか」
「ああ。成功したときは、いつも腹が減ってた」
「シンタさんはいつだって空腹じゃないですか」
鼻で笑われた。
出会った頃のイサナは遠慮がちで大人しい印象だったが、慣れてくると年相応に生意気だ。
「スクロールに成功して料理を食べると、その次から暫くは失敗している。
つまり、お腹が膨れているから失敗するんだと思う」
「そう言われると、そういうパターンだったような気もしますね」
「このまま食べないで、次の魔獣をスクロールにしてみよう」
「分かりました」
包丁を手に持ったまま洞窟の中を進む。正直、空腹が辛い。
胃がキリキリとしてきた。水でもいいから飲みたい。
「あ、スライムですよ」
望みが聞き届けられたのか、オレンジ色の不定形生命体が現れた。
スライムは今まで一回もスクロールが成功していない。
青色とオレンジ以外にも何種類か見たが、イサナ曰く大体一緒とのことだった。
ぼよぼよ揺れているスライムに、息を止めて一気に駆け寄る。
やっぱり体が軽い。猫のようにしなやかなに筋肉が動く。
スライムはぶよぶよの体だが、真正面からぶつかるとかなり痛い。
どの道、包丁は刺さらないんだから素直に行く必要は無い。
勢いに乗ったまま、スライムの横を通り抜ける。
すれ違う瞬間、スライムの表面に包丁を当てた。
「スクロール!」
背後からの光が、洞窟内を明るくする。
振り返ると、紙片が地面に落ちていた。
「成功だな」
「やりましたね」
紙片を拾い上げる。材料はオレンジジュースとゼラチンか。
まぁ、ゼリーだな。
「空腹と成功率が反比例するのは間違い無さそうだ」
「ダメージは関係なかったですね」
「それも関係あるかもしれない、もう少し試そう」
「シンタさん、ちょっと顔色が良くないですよ。
何か食べなくても大丈夫ですか?」
「まだ大丈夫だ。スライムのスクロールは持っててくれ」
「無理しないでくださいね」
セリーでは腹持ちが悪そうだから、どうせならホットドッグを食べたい。
それから1時間は歩いたが、魔獣には出会わなかった。そろそろ空腹が辛い。
この際ゼリーでも食べるしかないか。
「あ、待ってください。この先に魔力を感じます」
魔法使いなら誰でも分かるのか、イサナが特別鋭いのか知らないが、魔力を感知できるのは便利だ。
本人は「集中してないと分からないし結構難しいんですよ」と言っていたが、結構頻繁に教えてくれる。
「まずいです、シンタさん。戻りましょう」
「どうしたんだ?」
杖を手に難しい顔をしていたイサナは、口を開くなり撤退を提案する。
「いつの間にか、最奥まで来ていたみたいです。この先に魔獣部屋があります」
前に言っていた魔力の吹き溜まりか。沢山の魔獣がいるんだろう。
そんな想像をしていると突然、先程までとは比べ物にならない飢餓に襲われる。
この感覚には覚えがある。イサナに出会ったときと同じだ。あのオークを見たとき、豚肉の塊にしか見えなかった。
胃が内側に引っ張られる感覚。体の中心が空になる。腹が鳴る。
「部屋の大きさは分かりませんが、魔獣部屋はどんなに小さくても迷宮に慣れた冒険者が3人は必要です」
「その部屋の魔獣は、今までのと違うのか?」
「いえ、洞窟内に発生する魔獣と同じものしか出ませんが、シンタさんは今日が初めてですし、
とにかく数が多いですから、私一人ではとても無理です」
だから戻りましょう。と声を出すのを遮って質問を続ける。
「スライムとコボルトとゴブリンが沢山いるんだな?」
「はい、とても危険です」
「いい食物庫だな」
「え、ちょっと、聞いてましたか!?」
イサナを無視して歩みを進めると、服を掴んで行かせまいとしてくる。
魔法使いの癖に結構力が強いな。このままだと服が破れてしまう。
「待ってください、危ないですから。スクロールが使えても無理ですよ!」
「大丈夫だ」
「根拠はどこにあるんですかぁ!?」
「今とても腹が減ってる」
「いや、やめてくださいって!
訓練を受けた騎士でも無いのに無理ですから!」
そういえば包丁を持つと一時的に身体能力が向上しているのは言ってなかった。
しかし、今説明するのも面倒くさい。家に戻ってからでいいだろう。
「よし、分かった」
一旦足を止めて、イサナに向き合う。
「分かってもらえましたか。良かったです」
「イサナ、ありがとう」
がばっとイサナを抱きしめた。
「え、えぇっ!? は、はいぃ!?」
予想通りパニックになってくれた。
抱きしめることで、イサナの後頭部が良く見える。
そのまま首を回して、うなじに口を付けた。
「うひぁあああああぁああああっ!」
じたばたと暴れるが、抱きしめられているせいで自由に動かせない。
構わずに舌を這わせる。
「ひぃいいいいいっ」
やっぱり、しょっぱい。さっきよりも匂いが強く感じる。
この花みたいな匂いは、イサナの匂いなのかもしれない。
暫く続けたら力が抜けてぐったりしたので、腕から解放した。
「すまんな、一人で行かせてもらう」
聞こえてるか分からないが、言うだけ言っておいた。
足音を殺して道を進む。
放心しているイサナは適当な通路に放置してきたが大丈夫だろう。多分。
道なりに進むと、その先に空間があるのが見えた。
「おおっ」
思わず声が漏れる。
それほど広くない、テニスコート位の部屋に魔獣がこれでもかと詰まっている。
スライム、コボルト、ゴブリン。いるのは3種類だけのようだが、十分だ。
スライムは見たこと無い色の奴もいる。違う色は味も違うのだろうか。
部屋の住人がこちらに気づいたらしく、手前の魔獣共が襲い掛かってくる。
包丁を強く握った。
一番近くにいたコボルトが短剣を振り上げる。遅い。
体が軽いだけじゃなく動体視力も上昇しているようだ。コボルトの振り下ろす短剣の軌跡が見える。
最小の動きでこれを避けて、包丁を当てる。
「スクロール!」
パァっと光って紙片に変わる。何も問題ない。
明確な自我が無いのか本能が勝つのか、仲間がやられたことを気にせずに2体のコボルトが突っ込んできた。
正面から来る攻撃だけでなく、横から襲い掛かろうとしているゴブリン、ぼよんと跳ねて上から降ってこようとしてくるスライム。
全ての動きが見える。
まずはコボルト、短剣を避けるまでも無く包丁を突き出せば触れる距離だ。
スクロールを唱えて発光している間に、もう一体へ刃先を向け、続けてスクロールを唱える。
ゴブリンは目が見えてないのか光に関係なく飛び込んできた。
半歩移動して棍棒を避ける。横っ腹にスクロール。
上からスライムが落ちてくる頃には地上は全て片付いていた。
包丁を頭上に向けてタイミングを合わせてスクロール。
30秒は経っていないだろう、5体の魔獣を紙片に変えた。
部屋の中を見渡して、残りの魔獣を数える。大体、10体ちょっとか。
身体能力と引き換えに栄養を持っていかれているのか、腹が減るなんてもんじゃない。
体の脂肪が流れ落ちるような感覚さえある。
同級生の安田君が小学校の夏休みの自由研究として1ヶ月絶食したときは、体が重だるくなって
次第に視界が暗くなって、ある瞬間に急に苦しみを感じなくなったと言っていたから、まだ大丈夫だろう。
体は軽いし視界も明るいし、胃の辺りが苦しい。
「はぁはぁ」
手の汗をぬぐって、包丁を握りなおす。
3体固まったスライムにスクロール。
2体ずつ挟撃してくるコボルトにスクロール。
逃げ出すゴブリン1体にスクロール。
段々楽しくなってきた。
「はっはっはっ、はぁはぁ」
ゴブリン、スライム、スライム、コボルト、ゴブリン、スクロール。
最後に残ったコボルトもスクロール。
部屋の中の魔獣を全滅させたことを確認して、座り込む。
楽しいのは脳内麻薬だろう。ライナーズハイのような状態だ。
「はぁはぁはぁ」
もしかして、包丁の魔法的な効果で体と視界に影響が出ないだけで、かなりヤバイのかもしれない。
頭から血が引いていく。貧血のときの気持ち悪さだ。
「何か……」
ホットドッグはダメだ、食べられる体力が無い。
スライムなら、ゼリーなら飲み込むだけで食べられるはずだ。
そのへんに散らばっている紙片を探す、手の届くところにゼリーのスクロールが無い。
この際、ホットドッグでも何でも、口に入りさえすれば……
近くにあった紙片を掴もうとして指に力が入らなくて、視線が天井を向いていることに気づいた。
自然にまぶたが閉じる。
◆
「……さんっ!」
ひゅっひゅっという音が聞こえる。
温かくて甘い液体が口内に流し込まれる。
呼吸が出来ない。肺が勝手に動いている。
ひゅっひゅっという音は断続的に続いている。
「シンタさん!」
誰だっけ、この声。聞いたことがある。
ひゅっひゅっひゅっひゅっ。
また液体が口に入ってくる。温かい。
肺が膨らんだ。
「目を開けてください、シンタさん!」
イサナだ。
「げほっげほっ」
肺が痛い。目がチカチカする。気持ち悪い。
「あぁ、良かった……」
イサナが抱きついてきた。
背中が痛い。床に寝転んだままだ。
「イサナ、痛い」
「ご、ごめんなさい。あ、そうだ、これ、食べてください」
黒い丸薬のようなものを差し出してきた。
「何これ?」
「マニ菜を煮詰めた薬です。体力回復の効果があります」
「不味そうだな」
「死ぬほど苦いですけど、死ぬよりマシですから飲んでください」
どうやらイサナに助けてもらったようだ。
丸薬を受け取り、口に入れて丸呑みにすうる。
「ぐふっ、うげぇ、苦っ!」
生で齧った時の比じゃない。舌から広がった痺れが、鼻先まで麻痺させるようだ。
胃袋から立ち上ってくる苦味が鼻から抜けて、目から下が全て苦味に占領される。
「一人で魔獣を全部倒したんですか」
「あう」
ちゃんとしゃべれない。
「何でそんな無茶したんですか。私、ダメって言いましたよね」
「えう」
オークのときもそうだったが、どうも腹が減ると見境が無くなるようだ。
目の前に食べ物があるのに、退く理由があるとは思えなかった。
今は、そんな風には思えない。我ながら馬鹿じゃないかと思う。
「私がスライムに襲われて目を覚ましたから良かったものの、死んでたかもしれないんですよっ!」
「う?」
スライムに襲われたのか。そういえばイサナの着ているローブがボロボロになっていた。
刃物や衝撃で千切れたというよりは焼けて消失したように、点々と穴を開けている。
スライムは物理攻撃だけじゃなく、布を溶かしたりもするのか。もしかして酸か。
ということは、酸のスライムをスクロールにすれば炭酸飲料になったんじゃ……。
「また食べること考えてますね?」
「ううっ」
何で考えてることが分かるんだろう。
「はぁ、とにかく家に戻りましょう。立てますか?」
「あ、あぁ……」
舌の痺れが取れてきた。何とか喋れそうだ。
まずは、何よりも言わなきゃいけないことがある。
「スライムのスクロールくれ」
腹が減った。食べないことには一歩も動けそうに無い。




