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可変迷宮  作者:
第一部.BOY MEATS GIRL

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04.魔獣

 下層に降りると決めてから、2時間歩いて下りの階段を見つけた。その間にスライムを2回見つけ、念のためにスクロールを試したが2回とも失敗した。


「包丁に魔力が流れているのを感じるので、スクロールはちゃんと発動していると思います」

「単純に失敗してるだけか。もう少し成功条件が分かればいいんだけどな」

「す、済みません」


 別にイサナに腹を立てている訳ではない。ただ、腹の音は立てていたので申し訳ない気分にさせてしまったのかもしれない。確かに魔法を使うとMP(まんぷくポイント)が減るらしく、えらい勢いで空腹が促進されている。早くスクロールを手に入れて、食事にありつきたいものだ。


「ここは何が出るんだっけ」

「コボルトです。二本足の犬みたいな……さっそく居ました」


 イサナの目線を追うと、毛むくじゃらの二足歩行が移動していた。向こうもこっちに気付いたらしく、手に持った短剣を構えて走ってくる。


「うわ、早っ。武器持ってるし、逃げるか」

「わ、私に任せてください」


 イサナが落ち着いて杖を構え、火球を発生させて勢い良く飛ばす。走って近づいてくるコボルトに見事命中し、仰向けにひっくり返るのが見えた。

 迷宮の中だと頼りになるな。一人でも大丈夫と言っていたし、何度か一人できていて慣れているのかもしれない。


「よし、試してくる」

「刃物を持ってるので、気をつけてくださいね」


 まだ昏倒している今がチャンスだ。さっきはスライムだから吹っ飛ばされるだけで済んだが、今度は下手を打つと短刀で刺される。受身でどうにかなる話ではないから、駄目なら駄目で早く離れないといけない。

 狐だか狼だか分からないが、倒れている犬っぽい魔獣に対して包丁を突き立てる。


「スクロール!」


 パァッと光に包まれ、犬の魔獣の代わりにレシピの書かれた紙片が現れた。


「おお、成功した」

「やりましたね。それは何て書いてあるんですか?」

「えーっと、コッペパンとウィンナー……ホットドッグだな」


 火球で攻撃したからホットなドッグなんだろうか。名前以外で食材との繋がりが薄いように思うが、それを言うとオークのカツ丼だって米や卵が入っていたので、そういうものだと思っておいたほうがよさそうだ。

 要は飯が美味ければ、それでいい。


「また食べ物ですか?」

「そうだな、柔らかいパンに豚の腸詰を挟んだ料理だ。超美味い」


 腹も減っていたし、周りに他の魔獣もいないようなので、早速食べてみよう。紙片を手に持ち、ホットドッグのことを考える。柔らかいパン、ケチャップとマスタードの掛かったジューシーなウィンナー。


「ホットドッグ!」


 再び光が溢れ、手の中にパンが握られる感触がする。ふかふかだ。

 昨晩と今朝食べた黒いパンは、外側がフランスパンよりも固くて、中は食器洗い用のスポンジよりもパサパサだった。同じパンでも天と地ほどの差がある。


「ほら、半分」

「え?」


 縦に長いホットドッグを手でちぎって、イサナに半分渡す。それが意外だったのか、目を丸くして戸惑っていた。


「二人で協力したから、半分ずつだ」

「いえ、私は、その、大丈夫です」


 ホットドッグを持ってない方の手を振って、遠慮しようとするイサナだったが、焼いたウィンナーの匂いに反応したのか、お腹が派手に鳴いた。


「これは、その、違うんですっ」

「魔法を使うとお腹が空くんだろ。まだ魔法を使ってもらうから、食べておけ」

「は、はい」


 腹の音を聞かれては、何を言っても無駄だと思ったのか、あっさりと諦めて半分のホットドッグを口に運んだ。


「……んっ、はふ……あ、ついです」


 思いの他ウィンナーが熱かったらしく、すぐに口から離した。ホットドッグと舌先を渡るように唾液の糸が引いている。邪な連想をさせる光景に罪悪感を感じて、自分の分のホットドッグにかぶりついた。


 下唇に触れるパンの底部は、唇に乗せただけで形を変える程に柔らかい。

 そっと歯を立て、ホットドッグを食いちぎると、パリンッ、という音を立ててウィンナーが跳ねる。

 口に入ったパンを咀嚼する。唾液に塗れたパンは控えめに、上品な小麦の甘さが口いっぱいに広がった。


 パンを味わっていると、しっとりとしたコッペパンの食感に隠れた、ウィンナーが急に顔を出す。

 トマトケチャップと粒マスタードを従え、絢爛豪華なスパイスに彩られた肉の旨みが一気に口内を支配する。

 ウィンナーを噛む度に、心地よい破裂感とジューシーな脂が口の中に飛び出し、舌の付け根に肉汁が染み込む。唾液が止まらない。


 暫く肉の味を楽しみ、徐々にスパイスの衝撃が薄れるてくると、パンの甘みが思い出したように浮き上がる。

 豊かな大地にも似たパンは肉の存在をしっかりと受け止め、その身に肉汁と脂をこれでもかと染み込ませていた。


 耐え切れず二口目を頬張る。

 また異なる食感が歯茎を伝って味覚をノックする。

 ピクルスだ。

 シャッキっとした歯ごたえと、独特の酸味が爆発的に広がったホットドッグの味を引き締める。

 たまらない。

 全方位に隙が無い。


 マスタードのピリっとした辛味が鼻から抜ける。

 飲み込んだ後には、爽やかなケチャップの酸味と、ほのかなパンの甘みが残る。

 あぁ、コーヒーが欲しくなるな。


「ごちそうさまでした」


 満足してイサナを見ると、まだホットドッグと格闘していた。

 軽くトーストしてあるコッペパンが熱かったのか、顔を真っ赤にして口を動かしている。


「あふ……。んぐ。こんなの……はじめて……ですっ」


 意識しているわけではないんだろうけれど、毎回無駄にエロい。

 ハフハフと小さい口を動かして、一生懸命に味わおうとしている。

 ホットドッグが美味しくて早く沢山味わいたいのに、口が追いつかなくてパニックになってる感じだ。目に涙まで滲ませている。


「はぁ……美味しかったです」


 上気した顔で呟くように感想を言う。


「私、こんなに美味しいものは、初めて食べました」


 人間、美味いものを食べるだけでここまで輝くのか、という程にキラキラした顔をしている。満足したようで何よりだ。

 ホットドッグでそんなに感激するなら、昨日のカツ丼を食べたらどんな反応をしたんだろうか。次があれば、食べさせてみたい。


「やっぱり体力を減らすのは効果があるみたいだな」

「そうですね、ご飯をいただいたので、まだまだいけますよ」

「もう1下層、降りてみるか。次の階層の魔獣が何になるか興味がある」

「はい、次の階層にはゴブリンが居ます」


 ゴブリン、日本語だと子鬼だったろうか。何だか美味しそうなものが出そうな気がしない。

 オークがカツ丼、コボルトがホットドッグと思い返すと何かしら魔獣に関連する料理になるようだけれど、鬼関連の食べ物なんてあるんだろうか。

 ぱっと思い浮かぶのは、コンビニで売ってた紙パックの安い日本酒だけだ。


「とりあえず、行ってみるか」

「はいっ」


 その後、何度かスライムとコボルトに遭遇し、その都度スクロールを試したが全て失敗した。

 イサナの魔法で体力を減らしていても、そこまで成功率が大きく向上するわけではないらしい。

 スクロールの料理は、その瞬間に出来たてが生み出される最強の即席食品なので、出来れば空腹時の為に予備を持っておきたいが、そう上手くはいかないようだ。


「そういえば、迷宮は一番奥まで行くと何があるんだ」

「何十階層もあるところだと、ドラゴンみたいな強大な魔獣がいるそうです」


 やっぱりいるのかドラゴン。


「この洞窟には何も居ないのか」

「何も居ませんが、一番奥は魔力が濃いので魔獣が集まりやすい空間になります。魔獣部屋なんて呼んだりします」


 やっぱりあるのか魔獣ハウス。


「迷宮の中で店を開いてる酔狂な店主はいないのか」

「何でそんなことをする必要があるんですか」


 それは居ないらしい。


 ◆


 1階層が短かったのか2階層が複雑だったのか、下りの階段を見つける頃にはかなりの時間が経過していた。結局、スクロールは最初の一回しか成功していない。

 ずっと歩き回っていたので、腹が減ってきた。


「このあたりに魔獣は、いないのか?」

「いないですね……」

「食べ物は、無いのか?」

「無いですね……」


 何で食料を持ってこなかったんだろう。魔獣でスクロールを作り放題だと思っていたからだ。考えが甘かった。

 きゅー、と胃袋が情けない音を出す。

 困ったような顔をしているイサナを見つめた。


「魔力の要素があるものは、スクロールに出来るんだよな」

「そう、言われていますね」

「イサナは……魔法が使えるんだよな」

「え、ちょっ」


 肉付きは薄いが、肌は柔らかそうだ。

 今なら、塩気が効いていい味を出してるかもしれない。


「目つきが、へ、変ですよ」

「ちょっと、舐めてみてもいいか」

「駄目です。お、美味しくないです」

「誰かに食べさせたことがあるのか」

「無いですよっ」


 なら、不味いかどうか分からないじゃないか。

 にじにじとイサナに近寄る。

 じりじりとイサナが逃げる。


「何で逃げるんだ」

「何で近寄るんですか」

「実はお菓子を持ってるんだ、イサナにあげよう」

「明らかに嘘ですよねっ」


 純朴そうな顔して、疑り深い奴だな。


「じゃあ、一人で食べるからいいよ」

「え?」


 イサナに背を向けて、左手で右手を掴み、隠すように右手の親指に噛み付く。

 後ろから見ると、意外とこれが本当に何か食べてるように見える。


「お菓子、あるんですか?」


 ふらふらと近くに寄ってきた。チョロい。


「捕まえたっ」

「きゃあああああ」


 捕獲レベルがスズメより低い。

 正面から抱きついて、逃げられないようにする。


「やめてくださいっ! 駄目です! こんなところで……」

「ええい、大人しく舐めさせろ」


 魔法使いだからか、抵抗する腕の力は弱い。

 うなじに唇をつけて、舌を這わせる。


「ひゃぁあああああああ」


 汗でしょっぱい。予想通り肌は柔らかく、舌先で押すだけでも柔らかさが分かる。

 シャンプー何て使っていないだろうに、髪の毛から花のような匂いがする。

 しかし、食欲を掻き立てる匂いではない。


「んー、何か違うな」


 腕を離すと、イサナはその場に崩れ落ちた。


「どうした、大丈夫か」

「誰のせいだと思ってるんですかっ!」


 涙目で抗議をしてくる。


「そんなに強く締め付けたかな」

「優しくて逞しい腕でしたよ、コンチクショウ!」


 性格変わったな。それとも、こっちが素か。


「まぁ、なんだ。お互い様ということで」

「何でそんなに上から目線なんですか!?」


 空腹に響くから、大声を出すのはやめて欲しい。


「危ないところを助けてくれたし、いい人だと思ってたのに、まさかこんな変態だったなんて」

「心外だな。腹が減ってるだけだ」

「お腹が空いたからって、人の首を舐め回す人がどこにいるんですか!」


 ここにいるとしか言いようが無い。


「大体、何ですか。食べ物にばかり興味津々で、私のことは名前くらいしか聞かないし」

「聞いて欲しいのか」

「誰が教えるもんですか!」


 アレだ。難しい年頃という奴だ。

 話せば怒るし離れれば拗ねる、腫れ物のように扱えば気に入らないし、何をしても癇に障る。

 こういうときは、甘いものを食べさせると多少は機嫌が良くなると、2つ上の兄が言っていた。

 しかし、そんなもの無いので、この場では役に立たないアドバイスだった。


「シンタさん、後ろっ!」


 イサナの声に反応して、反射的にしゃがみ込む。頭のあった位置を棍棒が振りぬかれた。

 後ろを見る。子供のような体に不釣合いに長い手足、歪なデコボコとした頭。これがゴブリンか。


「攻撃します! 離れてください!」

「いや、大丈夫だ」


 何故か分からないが確信がある。今度のスクロールは成功する。

 初めてオークと戦ったときのように体が軽い。体の動きを全て把握できる。

 ベルトに下げた包丁を握る。布を解く。

 しゃがんだまま振り向いて、醜悪な子鬼に対峙する。

 再度、ゴブリンが棍棒を振り上げた。まったく遅い。

 しゃがみ込んだ位置から、飛び上がるような勢いでゴブリンに包丁を突きつける。


「スクロール!」


 確信を裏切らず、包丁が白い光を放つ。

 包丁の押し当てた先がなくなる感触。

 光が消え、ひらりと紙片が舞い落ちた。

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