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可変迷宮  作者:
第一部.BOY MEATS GIRL

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3/116

03.魔法

 夕方になると、町へ買い物に行った人たちが戻ってきた。村の入り口に馬車を止めて、パンパンに膨らんだ麻袋を集まった村人に配っている。

 イサナも馬車に群がる村人に混じって荷物を受け取りに行った。暫くすると両手に麻袋を提げてニコニコしながら戻ってくる。


「あの、今日は木の実のパンがあるんです。良かったらいかがですか」


 麻袋を下ろして赤い色が見えるパンを差し出してきた。ラズベリーか何かを混ぜ込んでいるのかもしれない。しかし、先ほどカツ丼を食べたばかりなので腹は膨れている。俺は良いよ、と言って地面に置いてある麻袋を持ち上げた。


「そ、それくらい、持てますよっ」


 俺だって持てる。暫く家に泊めてもらうのだし、出来ることは手伝いたい。何より養われるだけのヒモだと思われたくない。

 歩きながら、スクロールと迷宮について更に聞いてみることにした。


「例えば、俺がそこにいる馬に包丁を突き立ててスクロールって唱えたら、その馬はスクロールになるのか」

「いえ、なりません。スクロールの対象になるのは魔法的な要素を持ったものだけです。魔法とか魔獣、魔法の道具、などですね」


 馬刺しになるかと思ったが、それは無理らしい。


「普通の獣と魔獣って何が違うんだ」

「魔獣は、迷宮から放出される魔力を糧にしています」

「食事しないってことか」

「強いて言うなら魔力を食べてます」


 迷宮とかスクロールのことだとドモらずに喋るな、この子。


「その迷宮が放出する魔力っていうのは、何なんだ」

「大小の差はありますけど、誰にもある力です」


 そんな昔、テレビに出てた超能力者みたいなことを言われても、今まで魔法を使ったことも無いし魔力を意識したことも無い。テレビを見ながら頑張って擦ったけど、スプーンも曲がらなかった。


「スクロールが使えたんですから、シンタさんにも間違いなくあると思いますよ」

「じゃあ、迷宮自体が魔力を持っていて、そこに魔獣が集まるのか」

「そこは諸説ありまして、一般的には迷宮の最奥は魔界に繋がっていると言われています」

「仮説なのか」

「まだ行った人がいないんです」


 ブラックホールを抜けるとホワイトホールにテレポートするみたいな話か。


「魔界は魔力に満ちていますから、その魔界のひび割れた隙間から魔力が漏れているのではないか、という学説が今の主流ですね」


 木の樹液に集まるカブトムシを何となく思い出す。


「魔獣は、魔界からやってくるのか」

「良く分かっていませんが、魔獣の種類が階層毎に偏っていますし、魔力だけで生存できることから、魔獣は魔力の塊なのではないかと言われています」


 魔力が万能すぎてよく分からない。うだうだ話しているうちに家の中に戻ってきた。これから晩御飯を作るというので手伝うと申し出る。


「だ、大丈夫です。すぐに出来ます」


 言いながらイサナは手に持った背の高い杖から火が出を出して、かまどに火をつける。おぉ魔法だ。


「水とか雷も出せるか」

「も、勿論ですっ」


 張り切った顔で杖からコップ一杯程度の水を出すと、今つけた火を消して見せた。その後、薪に電流を走らせるが木が湿ってて火がつかない。


「……あう」

「乾くまで火を出せないのか」

「で、出来ますけど、とてもお腹が空きます」


 この世界のMPは、満腹ポイントの略なのかもしれない。


「ふくよかな人ほど、魔法を使うのに有利なのはよく知られた話です」

「マジで」

「お腹の肉が出ている魔法使いでも、迷宮から戻ってくるとげっそりと痩せていたというのは頻繁に聞きます」


 将棋の棋士みたいだな。魔法を使うのに脳みそがフル回転してカロリーを消費するんだろうか。

 結局、違う薪と入れ替え火をつけ直した。夕食は芋っぽい何かを煮込んだ白いスープと、硬いパンだった。メニューは少ないのに、量だけがやたらと多く、そのくせ味が薄くてお世辞にも美味しいとは言えないもので、食べるのに難儀した。


「こんなに沢山食べて大丈夫なのか」

「3日後にまた頼むので、大丈夫です」


 なら良いけど。いや、良くない。量が多すぎるんだって。まさかイサナが食べるわけも無いだろうし。そんなに俺が沢山食べるように見えたんだろうか。正月に親戚の家で「若いんだから食べられるだろ」と言われて山ほど料理を積まれたことを思い出す。食えるわけないだろ。


「俺、そんなに食べられないぞ」

「ご、ごめんなさい。私の分です」


 見かけによらず大食漢らしい。見る限りちまちまと口に運んでいるが、ゆっくりと沢山食べる人なのかもしれない。

 自分のペースで食べていると、こっちの半分も食べないうちに手が止まっているのが分かった。明らかに満腹になっている。


「……うぷ」

「無理して食べる必要ないだろ」


 小学校のとき給食が食べられなくて昼休みも残って食べていたクライスメイトを思いだして、やるせない気分になる。


「い、いえ、全然……んぐっ。美味しいから、大丈夫ですっ」


 無理やりスープで流し込んで飲み込んでいた。無理に飲み込む仕草や、口の端から垂れる白いスープがあらぬ想像を掻き立てて自己嫌悪に陥る。


「無理やり沢山食べても、全部肉になるわけじゃないぞ」

「え、ええっ。そうなんですか?」

「おなか壊しちゃうから、消化されないだろうし」

「あぁ……」


 思い当たるところがあるらしい。ずっとこんな食生活を続けていたのだろう、辛いだけで栄養に回らない無駄な苦行を繰り返していたことになる。


「効果もないのに、やめようと思わなかったのか」

「良い魔法使いになる為には、沢山食べないといけないと教わっていたので」


 さっきの話からすると脂肪が多いほうが魔法を沢山使えるんだろうが、万人に共通する方法とは思えない。イサナは何と言うか、はっきり言うのも申し訳ないが、体の線がペタい。


「こ、これから、沢山成長するんですっ」


 視線の先に気づいたのかムキになって宣言する。いや、でも妹も同じ年齢だけどもっと……うん、やめておこう。

 温かい視線で「そうだな」と言って、ほどほどに食べて、ほどほどに休んで、沢山寝たほうが良いことを教えておいた。


 ◆


 翌日、昨晩と同じメニューの朝食を食べるが、早くも食事に飽きた。まさか、モヤシの方がマシに思える食べ物があるとは思わなかった。

 調理方法だけで千差万別の味を提供してくれるモヤシさんが恋しい。この芋のスープは、生臭いし旨味がない。


「贅沢を言う気はないんだけど、違うものは無いのか」

「す、済みません。豆芋が一番安くて栄養があるんで」


 早急に食糧事業を改善する必要がある。栄養補給もそこそこに迷宮に行くことにした。


「昨日の所に行くのか」

「いえ、トーリ鉱山は滅多に魔獣がいないんです」

「昨日はいたけどな」

「滅多に、いないんです」


 たまにはいるらしい。


「わ、私も、オークがいると分かっているなら、杖を置いて行ったりしませんでした」


 昨日の薪もそうだけど、イサナは結構な粗忽者(そこつもの)だ。頭は良いんだろうけど、想像力が足りない。


「杖がないと魔法が使えないのか」

「弓が無ければ、矢を射ることは出来ません」


 なるほど、分かりやすい。イサナが考えたとは思えないから、誰かの受け売りだろう。


「杖も無しに、迷宮に何しに行ったんだ」

「魔獣がいないので、よくマニ菜を摘みに行くんです」


 やっぱりマニ菜は常食されてるのか。食べられるだけで全く美味しくない。お湯で煮ても、ただの青臭い菜っ葉だ。

 そういえば、昨日の疑問が解決していなかった。


「迷宮の帰り道を、すいすい歩いていったけど、何で道が分かるんだ」

「迷宮は奥から出口に向かって魔力が流れてますから、魔力の流れる方向に歩いていけば出られます」


 奥に行くときは流れの元に向かいます、と付け足した。魔法使いは魔力の流れとやらを感知できるらしい。


「今日は近くにあるイタケ洞窟に行こうと思います。最下層は3階で、初心者向けの可変迷宮です。魔獣もそんなに強いのは出ません」

「どんな魔獣が出るんだ」


 最重要項目だ。


「1階層はスライム、2階層はスライムとコボルト、3階層はスライムとコボルトとゴブリンです」


 イギリスの名作コントを髣髴(ほうふつ)とさせる紹介の仕方だった。スパム食べたい。

 それにしてもスライムか。どんな見た目か分からないが、スクロールしたらゼリーかグミになるんだろうか。楽しみになってきた。


 村の入り口から20分ほど歩くと、切り立った崖にぽっかりと穴が開いたような洞窟にたどり着いた。

 昨日のは坑道らしく人工的な感じだったが、こちらは自然に出来たような不気味さを漂わせている。


「よし、行くぞ」

「ここなら、私一人でも大丈夫ですから、落ち着いていきましょう」


 迷宮がらみだと精神的余裕が大きいみたいだ。ファンタジー世界の魔法使いだから、頼りにさせてもらおう。

 可変迷宮なので、入るたびに道が変わる。どういう理屈なんだろうか。ゲームで慣れていたから何となく受け入れたけど、何か理由があるのかもしれない。家に戻ったら聞いてみよう。

 それにしても、迷宮に入ってから腹が寂しくて仕方ない。緊張感で空腹になってきたんだろうか。朝も食が進まなくて軽くしか食べてないから、早く魔獣を見つけてスクロールにしたい。


「いました」


 イサナが緊張した声を出す。視線を追うと部屋の隅に水色をした軟体性の生物を見つけた。あれがスライムか、思っていたよりも大きい。俺が両手を伸ばして抱えられるかどうか、というサイズだ。


「イサナ、俺がやる」


 杖を構えて何かの魔法を出そうとしているイサナに声を掛ける。スライムは火の魔法に弱いのが定番だから、一発で倒してしまうかもしれない。

 布で包んであった包丁を取り出して、両手で構える。

 スライムは、まだこちらに気づいていないようなので、そっと忍び寄る。刃の届く距離までゆっくりと差を詰める。あと3歩、2歩、1歩。


「いまだっ」


 スライムに飛び掛り、硬いグミのような表面に刃を立てる。


「スクロール!」


 自信満々で唱えてみたが、何も起こらない。相変わらずスライムはぶよぶよとした表面を波打たせている。


「スクロール!」


 再度、大声でスクロールを唱えるが変わらない。イサナが「離れてください」と言った直後にスライムに吹っ飛ばされた。

 尻から地面に落ちる。かなり痛い。


「やっつけちゃいますね」


 両手で抱えた背の高い杖を振りかざすと、火球が先端に発生した。えい、という掛け声とともに、火球がスライムに飛んで行き、表面に衝突する。

 びしゃり、と液体が飛び散りそのまま吸い込まれるように地面に消えていった。


「いなくなったぞ」

「基本的に倒れた魔獣は迷宮に吸収されます」


 魔獣は魔力で出来てるから、使い終わったらリサイクルされるんだろうか。いや、そんなことよりもスクロールが使えないことが問題だ。


「何で今、スクロールに出来なかったんだ」

「スクロールは失敗することがあります。というか、失敗することのほうが多いそうです。魔獣を使役ためにスクロールを使う人は、その前に魔獣の体力を減らしておくそうです。その方が成功率があがるとかで」


 あぁゲームでやったことがある。紅白ボールでゲットするアレだ。

 スライムが無傷だったから失敗したんだろう。かといって、生身の人間が殴って、魔獣にダメージを与えられるかというと、学校の体育の授業以外では滅多に走りもしない生活をしていたから、自分の体力に対する自信は無い。


「そうなると、先に魔法で攻撃して貰った方がいいのか。でも、さっきの魔法だと一撃だったな」

「下層に行きましょうか。コボルトなら倒すのに二撃は必要ですから」


 コボルトに魔法で一撃当てた後に、俺がスクロールを試す、という作戦を立てて、下層に行くことにした。

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