68.この世界はどこかのコンピューターの中で構築された虚構かもしれないという可能性を言いたかったらしい。
この砂漠の先にいる連中は神がまだいると思ってる、と。
「まだサンタクロースを信じている」と同じようなニュアンスでナツが言う。
「神を信じてると、何かまずいのか?」
徹底的な宗教弾圧が行われているという話も聞いたことが無いし、日本人だからか信仰は自由じゃないかと思ってしまう。
だがナツの様子を見ると神を信じていることを咎めるというよりは、馬鹿にして嘲笑っている印象だ。
「信じるというか……シンタさん、それも教わってないんですか?」
ナツはおろかイサナまで不可解な表情でこちらを見てきた。
何と説明したものかと戸惑っていると、妹が「隠さなくてもいいじゃないですか」と俺に向かって言い、返事を待たずにイサナに向き直った。
「イサナさん、今まで黙っていましたけど私達は別の国から来たわけではないんです」
妹がイサナたちに今まで伝えていなかった秘密を打ち明けた。しかし、それは上手く伝わらなかったようで「最初から王国にいたということですか?」と聞き返されてしまう。
「いえ、そうではなくて」
「王国でも他の国でもない。魔法が無い、魔獣もいない、そういう世界から来たんだ。この世界の全ての大陸、あと魔界とか言うのも含めてどこにも存在しない、全く別の世界だ」
言いづらそうにしている妹の声を遮って異世界からの漂流者であることを告げた。
「は……何いってんだ。意味が分かんねえ」
ナツが呆けた顔で正直な感想を述べる。
「ほう興味深い話だ。例えば逆にこの世界から君達の世界に行った人間はいるのかな」
モカさんは好奇心を刺激されたのか研究者の表情になって考え始めている。
イサナはどう思っているのかと顔を伺ってみると、あっけらかんとした様子で「あ、そうなんですか」と応えた。
だから色々知らなかったんですね、と続けて言うイサナの反応は非常に軽いものだ。
「じゃあ最初から説明しますよ。えっとですね、神が居ないというのは」
「おい、ちょっと待てよ」
「……何ですか?」
流れるように神の話を始めるイサナに、ナツが待ったをかける。
「何ですか、じゃねえだろ。おかしいだろう、色々と」
「シンタさんがちょっと他の人とズレてるのは今に始まった話でもないですし」
「ちょっとじゃねえよ! 何だよ他の世界って!?」
ナツの反応が正しいものだとは思うが、混乱しているのが一人だけなのでどうしても浮いて見えてしまう。
「異国でも異世界でも、別にシンタさんが変わるわけではないですし」
「そういう話じゃ……!」
「ナツさんは、シンタさんやミヅキさんが異世界からの来訪者だと何か困るんですか?」
「困らねぇけど、あぁもう!」
頭をブンブン振るとナツが俺に向き直った。
「お前がどこから来ようが俺には関係ない」
割り切ることにしたらしい。それで話は終わったようで、再び神の話に戻って来た
「大昔、神と呼ばれる存在は実在していました。世の中の色々な決まり事を管理して、相応しい人に奇跡を与えたりしていたそうです」
しかし、何がしかの理由によって神は死んでしまい、今まで管理されていた決まり事や奇跡が世の中に流出しはじめた。その中の代表的なものが魔法であり、可変迷宮だという。
「神の存在していた頃から、一部の人たちは魔法を使えたらしいですけどね。管理者が人に与えた強力な奇跡が神代の魔法です」
そして神の死後、次第に氷が溶ける様に世界が縮み始めた。今の世界は元の大きさの四分の一くらいになってしまっているそうだ。
今もなお世界は緩やかに縮み続けている。数百年後か数千年後か、やがて世界は生き物が生存できる大きさではなくなり終わりを迎えるだろう。というのはモカさんからの補足だ。
この世界には、未来がない。らしい。
「縮むっていうのは、具体的にどうなるんですか?」
妹がモカさんに質問する。
「そうだね、この世界の形は知っているかな」
前にイサナに聞いたことがある。尾を噛む蛇の形だ。
「そう、蛇が自分で尻尾を食べるような形をしているが、それは比喩ではなく実際に口の部分に尻尾の部分が吸い込まれていっている」
モカさんがしゃがみこんで砂の上にサラサラと絵を描き始めた。それはデフォルメされた蛇が自分の尻尾をガジガジと食べている様子を2つ描いていて、beforeとafterで並んで次第に丸まった蛇の体が小さくなる様子を表していた。
「ちょ、ちょっとまってください」
モカさんの説明を聞いた妹が慌てて会話を押しとどめた
「これ、蛇ではなくて実際にはこういう形じゃないですか?」
砂の上に描かれた蛇と相対するように、妹が気味の悪い丸を描く。デフォルメされていた蛇の部分を写実的に描いたもので、地表に大きな穴の空いた星の中へ細くなった大地が吸い込まれていくような図だった。
「そうだね。実際には蛇ではないから、大陸や海はこの絵のような形をしていると推測できる」
「クラインの壺……!」
何かを知っている様子の妹だったが、何かを考えるように空を見上げた後、俺に向かって軽薄な笑みを浮かべた。
「まさかVRでは無いですよね?」
なんだそれ。
「仮想現実です。ええと……いえ、気にしないでください。ただのリスペクトです、何も根拠はありません」
何やら言い淀んでいたが何でも無いそうなので、大した話では無いのだろう。
大分、話が逸れてしまったがナツの言っていた施設の話に戻る。
「あいつらは、神のお告げだって言って一族の皆を連れて行ったんだ」
「黙って連れて行かれたんですか?」
「良く分からんねぇ、連れ戻しに行った連中も戻ってこないし」
「ヒモの技があるのに、そんな簡単に捕まるものですか?」
「実際戻ってこないからそうなんだろう。俺だって信じたくねえ」
憮然とした態度で答えるナツだったが、少年らしさを残した顔には不安が広がっているのが分かった。
「それで、お前らは何の理由があって砂漠を越えるんだよ」
「多分、その施設関係だとは思うが詳しくは知らない」
兄に呼ばれたからだと説明しても理解して貰えなかった。「意味も分からず砂漠に来る馬鹿がいるか」と言われたが、ここにいると言うより他の台詞が無い。
「まぁ目的地は一緒だし、一緒に行けばいいだろう」
「誰が一緒に行くっつった!?」
「行かないのか」
てっきり一緒に施設に行くつもりなのかと思っていた。
「そりゃ、俺だって皆がどうなってるのか気になってるけどよ……」
何やらゴニョゴニョと呟いているが行くとも行かないとも決められないようだ。いっそのこと流されると決めてしまえば流れに乗るだけなのだが、決心がつかないらしい。
ここはひとつ状況に流され続けていた先輩としてアドバイスをするべきだろう。
「ここに留まっていても徐々に悪くなり続けるだけなんだ。現状を維持するだけでも先に進まなきゃいけないってこともある。状況を良くしようとするなら、更に変化を起こさないといけない」
可変迷宮を進むのと一緒だ。立ち止まってると、どんどん戻されてしまう。奥に行くなら迷ってでも進み続ける必要がある。
ズイズイと近づきながら説明をすると、ナツが慌てて顔をそむけた。
「分かった! 分かったから! 顔が近いんだよ!」
分かってくれたようで何よりだ。
ナツの荷造りを手伝ってから夜になるのを待って廃墟を出発する。一人分の体重と荷物が増えたがトカゲは走る勢いを落とさない。軽快に砂を掻く音を聞きながら流れる景色を眺める。
今までまるで気づかなかったが、気にしてみると確かに魔獣がそこかしこに目に付く。集団でウロウロしているオークノームや、こっちを追いかけてきてすぐに振り切られるソードフロート、他にも木製のマネキンっぽい魔獣やガスの塊みたいなものもいる。
ナツが車の中に引っ込んでいるので何の魔獣だか分からないから、今度ナツが見張り番のときに一緒に座って教えてもらおう。見た目だけで食べ物を決めてもいいのだが、名前や性質を知れば方向性も広がる。
ぼんやりと魔獣を探しているとトカゲが急に減速しはじめた。夜明けにはまだ早い時間だが、どこかに到着したのかと見渡してみたものの廃墟やオアシスがある様子は無い。
トカゲは首を忙しなく動かし、何かを警戒しているようにも見える。念の為に、皆を起こしておいたほうがいいだろう。
「起きてくれ、様子がおかしい」
車に掛かった幌を開けて中に入るのと同時に足元が傾いているのに気づいた。砂の上だから水平と言うことは無いだろうが、車は止まっているのに今も少しずつ角度が増している。
「おっと。どうしたんだね、これは」
「何だか揺れてませんか?」
「いや傾いてるぞ……これは」
不穏なものを口に出しながら皆が起き出してくる。その間にも傾きは強くなり、ちょっとした違和感だったものが既に馬車の中の荷物が滑り始めるほどの角度になっていた。
「まさか、これは!」
ナツが坂道になった車の中を駆け上がって外へ出て行く。ナツを追って外まで出ると何も無かったはず砂丘が大きな窪みへと変わっていた。なだらかな傾斜を持ったすり鉢のような形をしているが、これはアレだ。あり地獄だ。
「最悪だ」
何か知っている口調でナツが歯噛みをしている。車を引いているトカゲはアリ地獄から逃れる方向へ脚を動かし続けているが、今の場所にとどまるばかりで逃げ出せる気配は無い。
「何ですかこれは」
「ほう、これは興味深い」
「砂漠では古典的な罠ですね」
続いて出でてきた女性陣が目の前の状況をそれぞれ口にする。ナツの反応を先に見たからか、こんなときでも誰も慌てていないということに今更ながら気づいた。
「お前ら、荷物を捨てて逃げるぞ」
「これは何なんだ、魔獣か?」
「説明している時間なんかねえ!」
今にも車から飛び出そうとしているナツに向かって質問するが、怒鳴り声しか返ってこなかった。仕方が無いので首根っこを掴んで顔を無理やり向きなおさせる。
「魔獣か?」
「痛ぇから!」
少し力が入りすぎたらしい。手を放すと首をさすりながらナツが答えた。
「そうだよ魔獣だよ、レッドジェムってヤバイ奴だ。ほらもう逃げようぜ」
再び車の外へ飛び出しそうなナツを引き止める為に、今度は顎骨を掴んで動きを封じる。
「どんな魔獣だ?」
「あ、あとで説明するから先に逃げっ」
この期に及んでまだ逃げると言う。しかし聞く耳は無い。
「見た目は?」
「か、顔近いから……」
顔を逸らして遠くの方を見だした。そんなに逃げたいのか。
「味は?」
「た、たべても、おいしくないです……」
「そこまでにしておいてください」
横から妹が割って入ってきた。せっかく目的の情報が聞けそうだったのに。
「イサナさんが知ってるそうですよ」
「本当か」
すぐにナツを放り投げてイサナへと駆け寄った。背後から「お前の姉ちゃん苦手だ」というナツの声と同時に「兄だと言ってるでしょう」と言う妹の声と打撃音が聞こえたがきっと気のせいだろう。
「イサナ、レッドジェムって何だ」
「私には無いんですか?」
「いや、レッドジェムが」
「顎をクイってやらないんですか?」
どうしよう意味が分からない。
顎を上げたイサナが目を輝かせてこちらを見上げているので、犬をあやすように顎の下に手を入れて撫でてみた。気持ち良さそうにしているので多分正解だろう。
「違いますけど、まあ良いです」
違ったらしい。
「レッドジェムとは砂漠の可変迷宮に生息する赤いスライムです」
「なんだスライムか」
がっかりだ。
赤いスライムなら既に食べたことがある。イチゴかレッドグレープフルーツのゼリーだ。どうやったらあり地獄になるのか分からないが、ポテンシャルは既に知れている。
「その貪欲さから”オアシス喰い”と呼ばれていて、全体が白みがかった赤色だそうです」
「もう少し詳しく」
”オアシス喰い”とは、ずいぶんと潤いを秘めてそうな二つ名じゃないか。
「中心には普通のスライムと同じくらいの大きさの、真っ赤な核があります。それを包むように今まで吸収した水分で覆っているそうです。普段は砂の中にいて水分を求めて移動しては人や魔獣に関係なく養分として吸収してしまうという……」
「わかった」
そこまで聞けば十分だ。
「もういいから、穴の底に向かって走ってくれ」
トカゲに向かって話しかけると、穴の外に向かって足を動かしていたトカゲが方向転換をする。
カジノのルーレットのように穴の縁を駆け回り、段々と窪みの中心に近づく。今まで何もなかった穴の真ん中には、宝石のように赤い玉がいつの間にか現れていた。
あれがレッドジェムの本体だろう、更に近づけば玉が大きくなって不定形にうねうねと動き始め、あっという間に巨大なスライムとなった。既に俺達の乗っている車よりも大きい。
スライムの巨大化は留まるところを知らず、更に大きさを増して俺達に向かってその身を乗り出してきた。
「もっと近づけるか」
トカゲに聞くと返事の代わりに、更に力強い加速で応えてくれる。
「何やってんだよ!? 食われるぞ!」
ナツが叫ぶ。
丸呑みにしようと身体を広げたスライムが大きく覆いかぶさってきた。その身体に拳を撃ちあげながら叫び返す。
「違う、喰うんだ! いちご大福!」
白っぽい身体のスライムが全て光に包まれ、大きめの赤い大福となって手元に残った。




