67.誰か食べきれなくて残したら貰おうかと思ったけど綺麗に完食されたので、さくらんぼをいつまでも口の中で転がしていた。
俺の食事発言にイサナが「まだ食べるんですか」という目で見てきたが、それには気付かない振りをしてやりすごす。
男の子は黙って判断がつかないような顔をしていたものの、その腹から盛大な催促音が響いてきたのでそれが返事だと思って良いだろう。
「やっぱり親睦を深めるなら鍋かな」
「嫌ですよ。この熱いのに鍋なんて」
熱いからこそ美味いものもあると思うのだが妹は嫌らしい。まあ仮に賛成されても鍋の材料もスクロールも無いから食べたくても食べられない。最初から他の物を食べるしかないのでイサナに聞いてみる。
「イサナ、スクロールは何がある?」
「道中、色々食べちゃったんで余り残ってませんよ。人数分あるのはゼリーとホットドッグくらいですね」
あまり親交を深めるような食べ物でもなさそうだ。
ちょっとそこら辺りをミノタウロスが歩いていてくれれば簡単にすき焼きが出来るのだが、なかなかそううまくは行かない。
それでも期待を込めて一応、男の子に聞いてみよう。
「この近くに可変迷宮はないのか」
「……は?」
何言ってるんだコイツ、という顔をされた。
そんなに変なことを言ったのかとイサナを顔を見てみるが俺と同じように不思議そうな顔をしている。
「ここがもう可変迷宮だろう。そんなのも知らないって、どうやって砂漠に入って来たんだよ」
話が通じていないことを把握したのか、この砂漠こそが可変迷宮であると呆れながら教えてくれた。
トカゲに引っ張ってもらっていたからか魔獣に遭遇しなくて分からなかったが、いつの間にか可変迷宮の中にいたらしい。というか可変迷宮の中にあったのか、この廃墟の町は。
「ふむ。王都ではここには何もないと聞いていたんだがね」
「隠れ住んでたからな。俺達の一族に繋がりを持っていた人間以外は知らないだろうさ」
「なるほど、君達の一族というのは先ほどの特殊な紐を使う技術を持った一族という意味で良いのかな」
好奇心を刺激されたのかモカさんが矢継ぎ早に質問を繰り返す。
「教授、いきなりそんなに聞いたら失礼ですよ」
「ああ済まない。まだ名乗ってもいなかったな」
イサナに言われてモカさんが自己紹介を始めたので、それに合わせて全員が名前と簡単な経歴を伝える。
「あんたら学者だったのか。俺は砂蜘蛛の一族のナツだ」
日焼けした紐の男の子はナツと言うらしい。
名前に反応した妹が「砂蜘蛛……名も無き修羅みたいですね」と呟いていたが、多分どうでも良いことなので聞かなかったことにした。
「学者なら、この先の遺跡を調べに来たのか?」
「遺跡?」
「違うのか。この先に勇者の遺跡があるんだよ、俺達の一族はそこを守ってたんだ」
何やら事情がありそうな様子だが、それはそれとして。
「この可変迷宮に出る魔獣はどんなのがいるんだ」
「このあたりだと良く見るのはオークノームだ」
「オーク……!」
よし、豚肉だ。
後ろについてるノームは何だろう。詰め寄るようにしてナツに聞いてみる。
「ノームって何だ。普通のオークとは違うのか」
「……顔が近けえよ」
顔をそむけられた。イサナに服を引っ張られてナツから身体を離される。
「オークノームは、砂とか土が多い可変迷宮にだけいるオーク、らしい」
俺は他の土地に行ったことがないから知らないけどな。とあとから付け足された。
他に違うところは無いのか。味とか。としつこく聞いたら「顔が近いって言ってんだろうが!」と怒られた。大事なことだから聞いていると言うのに、些細なことにこだわる少年だ。
「違いなんか知らねえよ、おれはここのオークノームしか見たことが無いからな。だいたい魔獣なんか食った事ねえし。他の迷宮のオークは食えるのか?」
イサナとモカさんが気まずそうに顔をそむけた。そもそも魔獣は食べるものではないと表情で語っている。
町の廃墟には魔獣が出ないそうなので、近くでオークノームが出る所まで連れて行ってもらえるように頼むと、町から少し出たところに連れて行かれた。それだけで簡単にオークのような豚人間が複数で砂漠の中を歩いているのを見つけることが出来た。
「あれがオークノームか」
「見た感じ、それほどオークと違うようにも見えないな」
「あいつらを食うって、どうするんだ。他の場所は知らないけど、ここのオークノームは殺すと消えるぞ?」
「見てれば分かる」
腕をぐるぐる振りまわしながらオークノームに近づくと、その違いが目に見えて分かる。傍目には以前にも見たオークは豚が二足歩行をしているという風体そのものだったが、オークノームはそれに加えて肌が岩のようなもので覆われていた。
妹曰くノームは大地の精霊らしいので、土属性で強化されたオークという位置づけだろうか。身体の一部分を覆っている岩は腕の一部分だったり胴体をまるごと覆う程だったりで個体によって差がある。
「まて、オークノームの近くに何かいる」
ナツが呼びとめたのでオークノームとの間の空間に目を凝らして見ると、砂の上にふらふらと揺れる植物のようなものが見えた。茎の上に大きな葉っぱがついているような外見だ。
「戻れ! ソードフロートだ!」
ナツが叫んだ。
ソードフロートという名前からして、砂の上に剣が浮いている姿なのだと想像できる。水族館で見たことのある「ちんあなご」のようにも見えたそれが、砂をかき分けてこちらへと直進してきた。
近くになれば遠目に見えたよりも巨大なことが分かる、人の腕ほどの太さの茎の上に刃渡り1mはある大剣がぶら下がっている。それが5体。
明らかに敵意を持った様子で、剣を振りかぶりながら勢いを増して、最初から決められていたように周囲を取り囲んだ。
「そいつらは砂の音に反応する、いいか動くなよ! くそっ、糸が足りない……っ」
ナツが離れた場所から両腕を広げて指揮棒を振るような動きをとる。何かするつもりらしいが、俺のせいで糸が足りないみたいなので世話をかけるのも申し訳ない。
片足を持ち上げて砂の上で数度踏みならした。ザッと鳴る音に合わせて振りかぶられた剣が一気に集まって振り下ろされる。
自分の頭上に集まった5本の剣を迎え撃つように右腕を突きだした。
「魔術書!」
パァっと光が溢れると、後には紙片が5枚残るだけだ。
その光で気付いたのか3体のオークノームが揃って走って近づいてきた。砂の上だと言うのに思ったよりも素早く動けるようであっという間に距離を詰めてくる。
オークノームは素手だが、その手は岩で覆われていて掠めるだけで大怪我をするのは想像に難くない。
スピードの乗ったまま体当たりを仕掛けてきたオークノームに向かって腕を突き出す。胃袋から溢れる食欲がせり上がり、そのまま広がって腕に伝わるイメージを連想すると、次第に腕が光り輝く文字で構成された魔法陣に覆われる。
3体のオークノームに向かって意識を向け、その名を叫んだ。
「お好み焼き!」
腕から射出された魔法陣がオークノームにぶち当たり光に覆われる。勢いそのままに光の塊となったオークノームは小さく凝縮されながら俺に向かって近づき、最終的に皿に乗ったお好み焼きになって砂の上を滑って足元にたどりついた。砂が入らないように、ご丁寧にラップまでしてある。
お好み焼きなら鉄板を囲んで、なごやかに親睦を深めながら食べられるかと思ったが出てきたのは完成品のお好み焼きだった。ミノタウロスの大盛カルビのように自分で作るタイプではないようだ。
ラップがしてあるので皿から落ちることを気にせずに腕に皿を乗せて、こちらを見たまま茫然としているナツのところに戻った。
「ほんとに……何なんだ、お前」
「何と言われても」
「シンタ兄さん、こういう時は普通の高校生って言うんですよ」
高校はもう卒業している。普通の大学生だ。
妹が茶々を入れるのに反応して、ナツが聞き返してきた。
「は……どうして兄さんなんだ?」
「今は見た目がこんなんですけど、この人は私の兄さんです」
「ほん、とに」
「兄だな」
「本当に何なんだよ!? 馬鹿にしてんのか!?」
えらい剣幕で怒られた。
呼吸が荒ぶっているナツを落ちつかせてからスクロールを拾い、お好み焼きの皿を持って町まで戻る。元は食堂だったらしい建物の中に入って皿を並べそれぞれの前に座った。
「いただきます」
「え、なにこれ。食えんの」
困惑するナツに見せるように皿のラップをとる。
円盤状に焼かれたお好み焼きにソースとマヨネーズが縞となったコントラストの上で大きく削られた鰹節と青のりが踊っている。脂とカツオ、青のりとソースの香りが混ざって漂う。この混沌とした香りは嗅ぐだけで心を弾ませる何かを含んでいる。
添えられたヘラでお好み焼きを半分に割れば間から白い湯気が立つ。最初の切れ目とは垂直にヘラを当てて更に等分して切断した欠片を箸で持ち上げるとソースの甘い香りが漂った。一口でそれを含むと柔らかい生地が舌の上でふわりと広がり弾ける。砂漠の砂のような熱さをもったそれに涙目になりながら噛みつくと刻まれたキャベツのシャキッとした歯触りが返ってきた。
風味豊かな甘いソースが口内へと滴り落ちる。
鰹節の香りが鼻へと抜けた。
べたっとした印象のあるソースだがその風味はどこまでも軽く、楽しげな雰囲気をもたらして鼻孔へと広がる。
小麦粉の生地に混ぜ込まれた刻み紅生姜が刺激となって唾液を分泌させ、後に残る僅かな昆布出汁の風味が後を引いてやまない。
もうひとつ、欠片を口に入れれば、お好み焼きの上面に張り付いた豚ロースの薄切りのカリカリした歯触りが感じられた。自身の脂で身を焼かれた肉に歯を立てるとじゅわりと肉の旨みが飛び出してくる。
たまらずに懐にしまっていたスクロールをとりだして、テーブルに叩きつけながら叫んだ。
「ソーダフロート!」
逆三角形のガラスのグラスに注がれた、冷たく泡立つ緑色の液体。蓋をするように上にはバニラアイスが乗っている。赤いさくらんぼがチャームポイントだ。
差しこまれたストローに口を付けて一気に吸い込むと、キンと尖った冷気がお好み焼きで熱されている口内へと突き刺さった。しゅわしゅわと喉の奥で炭酸が泡立つ。
急激な口内の温度変化に鼻水が出そうになるのを堪えて、三度お好み焼きを口へ運び入れる。
歯ごたえを残したみじん切りのキャベツからにじみ出る甘みと、そこに絡むソースとマヨネーズが急速に冷やされた口内にじんわりと溶けだした。
もぐもぐと口を動かして周囲を見渡すと、妹以外の全員が初めて飲む冷たい炭酸飲料に夢中になってストローに吸いついていた。熱された外気によって水分を無くし乾いた身体に、冷えた炭酸が良く染みこむ。
三切れ目を食べたところでお好み焼きは自重して、人数分あるソーダフロートに専念する。
口の中を支配していたお好み焼きの油っぽさが、ストローで運ばれた緑色の液体で洗い流され爽やかな後味だけが余韻として残る。
ストローからスプーンへと持ち替えてバニラアイスを削りとった。口に含めば甘ったるいバニラの香りが鼻孔を越えて脳髄へと直撃した。
「おぉう」
頭がキーンとする。
バニラアイスを口内の温度で溶かして、次の一掬いを口の中へお誘いした。舌の上でクルクルと溶けだしながら踊り出すバニラアイスを通して冷たい息を吐く。コクン、と液体となったバニラアイスを飲み込んだ。
舌先で唇に残った甘味を舐めとると、グラスに残った最後のご褒美であるさくらんぼにチュッと音を立てて吸いつき茎から切り離し、甘酸っぱさのある赤い実を口の中で転がして弄ぶと、不思議と口角が上がってしまう。
「なあ、やっぱり姉なんだろ?」
「腹が立つから、それ以上言わないでください」
「シンタくん、私の分も食べるかね。その代わりに今度」
「シンタさん! 男の人と教授の前で甘いもの食べちゃだめです!」
皆がこっちを見て何やら騒いでいた。楽しくご飯を食べているよう何よりだ。
全員がソーダフロートを食べ終わるまで待ってから話を再開させた。ナツが俺達に襲いかかってきた理由と、砂漠の先にあるという施設、それから勇者の遺跡とかいうものについてだ。
視線の集まるのを感じたのか、ナツが重々しく口を開いた。
「俺がお前達を襲ったのは、施設の関係者だと思ったからだ」
何年か前から、遺跡の近くに見慣れない連中が出入りしているのを見るようになったらしい。遺跡を守る役目を持っていたナツの一族は最初は穏便に立ち退くように話し合いをしていたらしい。
しかし全く聞く耳を持たなかったらしい。
「あいつら、全然話が通じないんだ。どうかしているぜ、何を言っても”ご神託だ”の一点張りだってんだからさ」
「神託……て、それは」
「笑えるだろ、まだ神がいるって信じてるんだ」
ナツが乾いた声で笑った。




