63.リッチという奴は名前からしてさぞ高級で美味いんだろうなぁ。
「実は、曰くあり物件で破格だったんだ。私が買うまでに何十年も人の手の間を渡ってきたらしい」
モカさん(120歳)が長年かけてそれなりに蓄えた財産もあったそうだが、それでも王都に家を買えるほどではない。
幸い人の伝手はあるので、ボロくても直して住めれば儲け物くらいの気持ちで探してみたら、ビックリするほど状態の良い物件が見つかった。
色々と条件はあったものの、これはしめたものだと喜び勇んで買い付けて、いざ実際に住んでみると夜な夜なすすり泣くような音がする。物が勝手に動く。寝ている身体が動かなくなる。などなどの怪奇現象に悩まされることになったそうだ。
「だから言ったじゃないですか、あるんですよ曰く付き物件が」
妹が嬉しそうに言う。
前に「理由ありの家を買うのが異世界の定番だ」と声高に主張していたから、その通りの物件があって嬉しいのだろう。
怪奇現象に悩まされているだけで実際に幽霊や化物を見たわけではないそうだが、ファンタジーな存在である魔獣がウヨウヨといる世界なのに幽霊は怖いものだというのが不思議だ。シータもデュラハンを怖がっていたし、そのあたりの区別が良く分からない。
イサナに聞いてみたら「まぁ大体は似たようなものですよ」というざっくりした答えが返ってきた。昔は別物として考えられていたが最近の研究によって実は同一だと分かってきた、というような説明をモカさんがしてくれたが、分かっているなら何故そんなに怖がるのか。
「私は昔から幽霊は怖いものとして教えられてきたから、今更それを矯正することは難しいんだ。それにイサナは実際に経験していないから、そんなことが言えるんだ」
「そうかもしれませんけど、シンタさんといると大抵のことには動じなくなりますよ」
「その兄は唯でさえ図太いのに、更にワイヤーで補強してからセラミックコーティングをかけたような神経してますからね」
ぶるぶると震えながら理知的に自分を分析するモカさんと、あっけらかんとしているイサナ。更に妹が茶々を入れて、三人揃えば姦しいのを目の前で自演してくれる。俺の入る余地が無い。
3人の後ろをついて歩いていけば程なく立派な家の前に到着した。
「ここが私の家だ」
”緑の風”から歩いて行ける距離、豪邸と呼べるような家々が立ち並ぶ高級住宅街の中にモカさんの家はあった。
この場所なら学園にも近いし街に出るのも便利だ。それでいて閑静な立地なのだから、かなり良い値段がしたのだろうと思う。
豪邸という程ではないが邸宅といって差し支えない規模の家だった。この世界の価値観は未だに良く分からないが、それでも並大抵の金額では手に入りそうに無い。部屋数がいくつかるのか、ぱっと見ただけでも二桁はありそうだ。
モカさんに案内されて家の中に入ると急激に空気が冷え込み、肌が粟立つ程の寒気を感じた。夜とはいえ冷え込むにしては急すぎるし何より屋内だ、確かに不自然極まりない。
「うぅ、いつもこうなんだ。夜になると気味が悪いくらい冷えてくる」
「本当に、これは妙ですね」
杖を構えたイサナが周囲を窺いながら歩みを進める。何か感じるのかもしれない。
照明に照らされた廊下は絨毯が引かれ歩いても足音がしないほど立派なものだったが、手入れが行き届いていないのか薄汚れいてる感じが否めない。
「随分、埃が積もってますね」
「何度か人を雇って掃除させたのだが、いくら掃除しても翌朝にはこうなんだ。気味悪がって皆やめてしまった。今では募集しても誰も働きたがらないくらいだ」
泣きそうな声でモカさんが答える。きっと歴々の家主もこうやって家を手放しでいったのだろう。
廊下を通り抜けてリビングらしい広間に入ってきた。広々とした空間に豪華な椅子とテーブル、壁には暖炉があり天井には照明としてシャンデリアが下がっていた。金が掛かっていそうな豪華な内装だ。
「魔力っぽい感じはありますね……なんだかモヤっとした感じですけど」
部屋の隅々まで見るように首を動かしながらイサナが呟く。魔力が感じられるというのなら家の中に魔獣が潜んでいるのだろうか。
迷宮の中でもないのに魔獣が出てくるのは通常有り得ないそうだが、最近そんなのばかりなので対して珍しくないのではないかと思い始めている。
「……そこに、何か居ます」
暖炉のあたりを見つめたままイサナが杖を前に突き出した。
火のついていない暖炉には煤汚れがこびり付いていて、お世辞にも綺麗とはいえない。これも廊下と同じで幽霊の仕業だろうか。
イサナが杖を突き出す先には真っ黒い暖炉が口を広げるだけで何か居るようには見えない。魔力がある人なら分かるのかとモカさんも見てみるが、目が合ったモカさんはビクビクしながら俺の背中に隠れるだけだった。
妹も暖炉を見つめていたが何も分からないようで、期待のこもった瞳で俺を振り返った。
「外道照身霊波光線とか出せないんですか?」
「出せない」
役に立たない、と妹がため息をつくが、そもそもその何とか光線を知らない。
今いるメンバーで幽霊を認識できるのはイサナだけのようだ。イサナが一歩前へ出て杖を振り上げると野球ボール大の火球が現れた。
「誘い出してみます」
火球はゆらゆらと炎を揺らしながら暖炉の中へ吸い込まれていき、ゆっくりと暖炉の中へ着弾するとゴォッと音を立てて激しく燃え上がった。
炎が上がったのは一瞬だったが、それにあわせて暖炉の中から透明な何かが飛び出してくるのが見えた。空気とは屈折率が違うのか、姿は透明だったが動くと透けて見える景色が歪むので何とか位置が把握できる。
ぐるっと部屋中を駆け回った何かは天井のシャンデリアへたどり着くと、その場で透明だった身体を可視化させた。それでもせいぜい半透明といった感じだったが、しっかりとその姿を見て取ることが出来る。
人型で半透明、幽霊といわれれば確かにその通りの姿だ。
背中にくっ付いていたモカさんが「あわわわわ」と狼狽えながら背中に胸を押し付けてきた。
「レイス……魔獣です!」
天井を見上げたイサナが幽霊の正体を告げる。本当に幽霊ならどうしようもなかったが、それが魔獣であるなら話は別だ。
レイスも名前ならゲームで見たことがある。ゴーストやリッチと並ぶ幽霊系の定番だ。どうせならリッチの方が良かったが、目の前にいる以上レイスで我慢しておこう。
「イサナ、足場を頼む!」
「はい!」
即座に足元に風の渦が巻く。
力を込めて蹴りつけると、魔法の風に補助された跳躍力で一気にシャンデリアへとたどり着く。レイスは身体を膨らませて何かをしようとしているが、構わず勢いそのままにレイスへと向かって拳を打ち抜いた。
「アイス!」
拳を叩きつけられたレイスが光る。
横にあるシャンデリアよりも明るく輝いたレイスは、その大きさを収縮させて掌サイズにまで小さくなった。空中に浮かぶそれを掴んで、絨毯の引かれた床の上に着地する。
手の中で冷気を吐き出すそれを確認すると、コンビニで売ってる値段の高いカップアイスだった。元が白っぽかったからかバニラ味だ。
「なるほど、これが原因だったんだな」
ジャンプした際に背中から離れたはずのモカさんは何故か頭から暖炉に突っ込んでいた。イサナの放った炎は既に消えているが、暖炉の中が煤だらけなので頭から真っ黒になっている。
「何か見つけたんですか?」
イサナはその状況に突っ込まず、モカさんの台詞にだけ反応する。
その応対は不自然にも思えたが、命が惜しければそこに触れてはいけない。モカさんの足元で煤がつむじ風に乗って舞っているのにも気づいてはいけない。
のそのそと這い出てきたモカさんが手に持った物を差し出してきた。
「これが暖炉の壁に埋まっていた」
モカさんの手にあるのは暗い色の宝石のついた指輪だった。華美な装飾は無いが全体に不思議な文様が刻まれている。
「これは何ですか?」
「恐らくだが”死者の王の指輪”と呼ばれるものだ」
難しい話を聞き流して要約すると、宝石に魔力があって魔獣を操ったりできるらしい。主に死霊使いが好んで使うとされているそうだ。
「前の家主が他人の入るのを嫌がったのか、はたまた恨みを持った第三者が嫌がらせ目的で仕込んでいたのか。今となっては分からんがな」
「そんなに長い間、効果が継続するものなんですか?」
イサナがモカさんに尋ねる。あんな小さな指輪一つで、モカさんの手に渡るまで魔力がもつのだろうかという疑問だ。
「この宝石が希少なものなんだろう。私の専門ではないが力の弱い魔獣なら、最高級の石を使えば100年単位でも使役できるという話を聞いたことがある」
魔獣は魔力の塊だから寿命と言う概念がないらしい。魔力が尽きたらその時が命の終わりとなるそうだ。
何はともあれ、これでモカさんの家の問題は解決だろう。妹がこちらにやってきて手の中を覗き込んできた。
「シンタ兄さん、レイスを何にしたんですか?」
「そうだ、バニラアイスだ。溶ける前に食べよう」
すぐに器を人数分出してもらって、カップの中身を等分して器に入れる。
ちょっと量が少なくなってしまったが寝る前だから丁度いいだろう。
乳白色のバニラアイスは程よく溶けかけて、辺りに甘いバニラの香りを撒き散らしていた。
「わぁ、甘い匂いですね」
イサナとモカさんは初めて嗅ぐバニラの匂いに夢中なようだ。
それを横目に見ながらスプーンをアイスに突き刺すと、少しだけ引っかかる手ごたえを与えてくる。
小さなティースプーンに乗った白い塊は、それだけで真珠のように輝いていた。
一口でスプーンを口内に含み、舌の上にとろけるバニラアイスを乗せる。
しゅわり、空気を含んだ柔らかい冷気が口内の温度で溶け出して、一気に放出される。
駆け巡るバニラの香り、鼻腔を通って伝わる甘い匂いを堪能しながら、バニラアイスを舌と上顎で挟み込んで冷たさを味わう。
溶けかけとはいえ、十分な冷気を持ったバニラアイスが上顎を通って脳髄へと伝わった。キン、とくる刺激に耐えながら舌を動かし、十分に溶け出した濃厚なバニラの香りが喉の奥に落ちるのを感じる。
舌と喉に残るねっとりとした甘みが後を引く。続けてスプーンに乗せたバニラアイスを口へと運び入れ、スプーンについたアイスを舐めとれば新たな冷気と共にとろりとした香りが垂れ流される。
いつまでも終わらない濃密な余韻を噛みしめ、久しぶりのバニラアイスをじっくりと楽しんだ。
その後、そのままモカさんの家に泊めてもらい、翌日は家を出た足でイサナと妹を連れて”緑の風”に顔を出した。
窓口のお姉さんは事前に色々と準備していてくれたようで、冒険者ギルドの前には陸走トカゲと共に馬車が引くような幌車が止めてある。
以前、引いていたような荷車を想像していたのだが、今回は遠いからか後ろに引く車も立派なものをつけてくれたようだ。
「必要そうな荷物は全て積んであるから、身一つで行けるぞ」
陸走トカゲを見た瞬間にイサナがものすごく嫌そうな顔をしたが他に移動手段もない。嫌々ながらも帆車に乗り込むとゆっくりとトカゲが歩き出した。
窓口のお姉さんが「行けば分かる」と詳しい説明もないまま送り出してくれたので、陸走トカゲの引く幌車に乗ったまま慌しく王都を出ることとなった。
街を出ると途端に加速を始めて景色が流れては消えて行く。心配されていた車酔いは荷車よりも重い幌車を引いているからか以前よりも速度が抑えられ、また車体も安定していた為に惨事を逃れることが出来た。
「それはまぁ、いいんですけど」
行く先はトカゲに任せれば勝手に連れて行ってくれるらしいので自動運転になっている。今は帆車の中で到着するのを待っているのだが、車酔いせずに旅路を行くことが出来ると言うのにイサナが不満顔だ。
視線が帆車の中のある人へと突き刺さった。
「どうして教授が一緒にいるんですか!?」
妹がついてくるのは前から言っていたが、どうしてかモカさんも一緒に荷車に乗っている。
家を出るのを見送ってくれたと思ったら王都を出る頃にはちゃっかり合流していた。
「せっかく家の問題が片付いたなら、自分の家でゆっくり過ごせばいいじゃないですか!」
「そう思ったんだがな、大きい家に一人になったら……意外と寂しかったんだ」
そんな理由で仕事を放り出していいのだろうか。
「構わんさ、イーズィを代わりに置いてきた。どうにかなるだろう」
どうにもならない予感しかしない。帰って来た時に学園にモカさんの居場所があることを祈っておこう。
トカゲ車は草原をひた走り、3日の野宿を挟んで小さな町に到着した。




