52.「もしかして」
部屋の中にベッドが運び込まれてシータさんと同じ部屋で寝泊りすることになりました。
味の無いスープではない食べ物も三食きちんと部屋まで運ばれてきます。
杖は没収されたままですが荷物は返してもらったので自腹で公衆浴場に行くことも出来ます。
街から出ることは禁じられましたが、それ以外ではある程度自由に過ごせるようです。まあシンタさんを助けるまでは街から出るつもりもありませんけれど。
シータさんが既に王都の”白い一角獣”に手紙で連絡しているそうなので、ここで待っていれば助けが来ると言っていました。
領主が排斥的なのか、この街には冒険者ギルドがありません。
有事の際は街を守る為の戦力になるので普通は頼み込んででも冒険者ギルドを設けるのですが、よっぽど自分以外の武力を街に入れたくないのでしょう。後ろ暗い事情があると言っている様なものです。
二日に一回はシータさんは闘技場に呼ばれて治療係として働いているようです。断ればシンタさんがどう扱われるか分からないので黙って従ってくれています。
私は街の中を歩き回ってシンタさんが囚われている場所を探していますが、最初に捕まっていた牢屋が一番怪しいと分かっていても流石に中まで入って調べることは叶わないです。
街中で杖を買って強行突破も考えましたが、購入の際に証明書の提示を求められました。
街に入るときに求められた証明書が街の中での様々な許可証も兼ねているようです。証明書の無い私は買い物をすることも制限されているのです。
入浴施設の利用や屋台の軽食、手紙などの軽い買い物であれば証明証も要らないようですが、恐らく街中での購入内容は殆どが領主に筒抜けになるのでしょう、領主の顔面同様に浅ましく気持ちの悪い街です。滅べば良いのに。
領主を通さないで衛兵に「保釈料」を渡して解放してもらうことも考えましたが、領主の指示で閉じ込めている相手には無理なようです。
今日も一日、街の中を歩き回っているだけで終わってしまいました。
ベッドに入ってシンタさんのことを考えていると、窓の外から犬の鳴き声が聞こえました。
この街は治安も良くないのでしょう。酔っ払いでも追いかけているのか、衛兵の連れている大きな犬の唸り声が毎晩のように聞こえてきます。
「イサナさん、起きてるかな?」
隣のベッドで寝ているシータさんが話しかけてきました。
「はい、起きてますよ」
「今日もシンタさんの場所を探してたの?」
「はい、あのキモ領主がシンタさんを解放するとも思えませんから、基本的に強行突破で考えてます」
「この街は危険だよ。逆らっちゃダメだよ」
横目で見てみると、頭から布団をかぶったシータさんが震えていました。
自分よりも年上の人の粗相を目撃すると、なんともやるせない気分になるのでなるべく早くトイレに行って欲しいです。
「違うよ、お手洗いじゃないよ」
違うと言うなら一体、何があったんでしょうか。
「私ね、治療係で呼ばれてる日を間違えちゃって、今日も闘技場に行ってきたの。
そうしたら誰もいないはずなのに、人が歩いてたから闘技場の人だと思って後ろをついて行ったの」
何かを伝えようと一生懸命に喋ってる感じが可愛いです。やっぱり可愛らしい人は内面から可愛いのしょうね。
私も真似してみたらシンタさんもドキっとしたり……無いですね。
「イサナさん、聞いてくれてる?」
「勿論ですとも」
聞いてましたよ、道に迷って知らない人について行ったんですね。
「そうしたら、今まで入ったことが無い扉の向こうに、すっごい大きい鉄製の筒が置いてあったの」
「筒ですか?」
「そこに、あのカエル領主もいてね、筒のことを"竜の口"って呼んでた」
竜の口。
ドラゴンを名乗る以上、生半可なものではないとは思いますが、あの領主のことですから大したものでは無いという気もします。
「使うところ見たわけじゃないけど、あれはきっと魔導兵器だよ」
魔導兵器、とシータさんは言いました。
まだ世界が広くて、領土を争って国同士が戦争をしていた神代の頃。人が人を殺すために作られた兵器。
あまりに強力な為に国がいくつも滅んで、生き残った国はお互いに使用を固く禁じたと伝えられています。
今、私たちが使うような魔法とは比べ物にならない威力を持っていて、しかも魔法が使えない人も使うことが出来たと言います。
魔法を使った兵器というものは今も作られていますが、せいぜいがゴーレムに毛が生えた程度です。
生まれつきの魔力で使う魔法や、魔力を持った道具を使うだけの魔術とは一線を画す魔導とは、対軍、対城の兵器です。
もし本当に、そんなものを作っていたとすれば国家反逆と取られてもおかしくないです。
王都に密告したら査問委員会が出張ってくるかもしれません。密告先なんて知りませんけど、教授に連絡したらどうにかしてくれそうです。
「明日、王都に手紙を書きましょう。上手くいけば街ごと滅びますよ。ふふふ」
「ほろび……?」
思わず願望が口から出てしまいましたが、シータさんが目撃した情報を王都まで伝えられれば、この願いが叶うのもそう遠くないです。
そうと決まればさっさと寝ることしましょう。布団を被って目を閉じます。
会えないのであればせめて夢の中でシンタさんと一緒に。
「イサナさんもシンタさんも、緊張とか不安をどこかに置き忘れてるよね」
シータさんの泣き言も聞こえません。
翌日、朝ごはんをしっかり食べてから勢い勇んで手紙を出そうかと部屋を出たら、ドアを開けた瞬間に衛兵に槍を突きつけられました。
「どうやら見てはならないものを見てしまったようだな」
最悪です。一日の始まりからガマガエルの顔を見てしまいました。
相変わらず気持ちの悪い喋り方で気持ちの悪い顔の気持ちの悪い存在が、気持ちの悪い空気を撒き散らしています。
気持ちの悪いことに昨日のシータさんとの会話を盗み聞きしていたようで、シータさんが魔導兵器を目撃したことを知っていました。本当に気持ち悪いですね。
「同性の仲間がいれば気も変わると待っていたが、こうなったら仕方がない」
ゲコゲコと不快な鳴き声を出していますが何を言ってるんでしょうね、このカエルは。
何百年待ったって人間がカエルに靡くわけがないじゃないですか。冬眠するなら自分だけにしてください。
「どうしよう……」
シータさんは昨晩の会話を聞かれたことで気が動転しているようです。こうなったら一度牢屋に入れられた方がシンタさんを探しやすいかもしれません。
拘束するならさっさとしてください、こうしている間もシンタさんはお腹を空かせているんです。服の中に仕込んだパンを鉄格子の中に投げ入れる準備は出来ているんですから。
「そうだな、ちょうど良い。二人を闘技場に案内しろ。ショータイムだ」
キモいですね。最悪ですね。滅びてください。
オロオロするシータさんの手を握ったまま屋敷を出て歩かされます。槍を突き付けられたまま街の中を歩いて闘技場へ連れて行かれました。
きっと趣味の悪いショーとやらを見せられるのでしょう。こういう手合いは他人の力を自分のものだと見せたがるものです。
闘士の人が魔獣と戦うのを、自分の手柄のように自慢するに違いないです。
連れて行かれた闘技場はすり鉢状の構造になっていて、中心の舞台を囲むように観客席が設けられていました。
既に観客は満員に近く入場していて歓声が闘技場全体に反響しています。建物に観客の声が響いて他の観客を盛り上げる仕組みにもなっているようです。
領主用の席なのか、壁で囲われた特等席まで連れてこられました。観客の声もあまり響かずに舞台が良く見える位置です。
ガマガエルのくだらない自尊心を満たすのに付き合わされるのは時間の無駄です。いっそ魔獣が暴れて脱走してくれればどさくさに紛れてシンタさんを助けられるかもしれないのに。
「ケーミリアも呼んで来い」
領主が傍にいた衛兵に、誰かを呼びに行かせました。名前からして女性でしょうか。ご自慢の愛人の一人ですかね。
舞台では上半身裸の筋肉ムチムチのおじさんがオーク相手に戦っていました。大剣と大盾を振りまわして危なげなくオークにダメージを与えています。
剣を振るえばオークの分厚い胸板に傷が走り血しぶきが上がります。激昂したオークが手に持った棍棒を振り下ろすと、タイミングを合わせたように盾でそれを防ぎます。
防御され体が硬直したオークに向かって、大剣を横薙ぎに払い胴体を大きく抉りました。オークがたまらずうめき声をあげます。
一撃与えて、防御してまた攻撃して。ムチムチのおじさんも段々と疲れてきたのか動きが鈍くなってきました。
オークの方も何度も攻撃をくらってふらふらしています。
最後の力を込めた渾身の一撃を、オークが両手で棍棒を持って一気に振り下ろしました。
オジサンはそれを大盾にあてると、そのまま勢いに任せて盾を手から離して捨てます。
空いた手と合わせて両手でしっかりと大剣を握りこんで、「ぬぉおおお」という声と共にオークの首へと突き刺すと勢い余ってオークの首が千切れて飛びました。
瞬間、観客席からは悲鳴とも怒声ともつかない巨大なうねりが響き渡ります。
「どうだ、あやつは最近の闘士の中では3本の指に入る猛者だ。単身でオークに勝てる者はそうはいないぞ」
そうですよね、普通の戦いってこういう感じですよね。いつもシンタさんが一撃で食料に変えているので忘れていました。
ゴールドドラゴンを倒すのを目の前で見てると、今さらこのくらいは大したことないですね。オークなら杖があれば私でも勝てるでしょうから。
シンタさんに召喚されてから、前よりも魔法に対する理解が深まった感じがします。前は魔力を使うのに乾いたぞうきんを絞る感じだったのが、最近では果実を搾るよりも簡単になっています。
自分の身体の中で魔力を作る感覚がはっきりと認識できるので魔法も強力なものをバンバン使えるのです。
身体がふくよかでないと魔法が使えないなんて言われていましたけど、あれはきっと嘘ですね。あまり体系変わってないのに港ではサンダーストライク使えましたし。
「いきなり呼ぶなんて何の用かなぁ?」
「たまには人間が大負けする試合も必要だからな、ショーに相応しい魔獣を貸してくれ」
「いいけどさぁ、面白いショーにしてくれよぉ」
領主の横に誰かがやってきて座りました。声は、女性のものです。
しかし、その声はどこかで聞いたことのあるような声で。
歯の奥がカチカチと音を立てて震えています。まさか、そんなはずは無いのに。
ゆっくりと、首を横へ向けて、領主の奥にいる人物を視界に入れました。
背中まで届く金髪を、二つに分けている、私と同じくらいの年齢の女の子。
港で見た時よりも、更に数年成長したような姿で、再び私の前に現れたコイツは……!
「どうして、ここに!」
「ん? どこかであったっけぇ?」
「白々しい!」
薄笑いを浮かべて顔は、そこだけ見れば年相応の少女のように見えますが、唯一つ瞳が異形の存在感を放っています。尋常の光を失った禍々しい闇を灯しているのです。
どこまでも腐った汚濁のように、何を見ているのかすら映さない、ただ相手を吸いこむような暗闇です。
「イサナさん、どうしたの? 知ってる人?」
シータさんが驚いた顔で、思わず立ち上がった私を見上げていました。シータさんは未だ見たことがないんでしたね。
今すぐ魔法を撃ちこんで動けなくしてしまいたい、何でコイツが街の領主と一緒にいるんでしょう。最悪の組み合わせ過ぎます。
アイツは、港でシンタさんが石像に変えたはずなのに、どうしたここにいるんですか。まさか自力で石像から戻ったんですか。
それとも……。
「まぁまぁ、ショータイムだからさぁ、楽しく見ようよぉ?」
ケーミリアと呼ばれたコイツは、今すぐ何かをするつもりは無いのか光を反射しない瞳を舞台へと向けています。
私も杖が無い状態では何も出来ません。領主の身体を挟んでいれば、最悪でもガマガエルが肉の壁にはなるでしょう。
いつでも逃げられるように身体を離すように座りながら警戒していると領主が気持ちの悪い声を出して笑い出しました。
「ほら、お待ちかねの仲間だ」
はっとなって舞台へと顔を向けると、衛兵二人にに引きずられてボロボロの男性が連れて来られてきました。
身体が汚れていたのを水で無理やり現れたのか、全身がびしょびしょに濡れています。
自分で歩く力も無いのでしょう、舞台上に放り投げられると受け身もとらずに倒れこみました。
「動かないじゃない。死んでるの?」
アイツが、おどけた声で舞台上の男性への感想を述べました。
「ね、ねぇ。イサナさん、あの人ってもしかして……」
「あ……ああぁ!」
舞台上に倒れた人は、黒髪の男性は。ピクリとも動かない、あの人は。
「シン……タ、さん?」
返事は、ありません。




