51.「ごじょうだんを」
瞳を開けると薄ぼんやりとした明るさの中で石造りの天井が見えます。
「……暗い?」
板張りの床に汚れた薄い毛布があるだけの寝床から身体を起こして現状を確認しました。
天井と同じ石造りの狭い部屋に私が一人だけ。壁は三方石造りですが正面だけ鉄格子がついています。
これはアレですね。牢屋ですね。
どうしてこんなところにいるのかを思い出そうと首をかしげていると、段々と記憶がよみがえってきました。
◆
何とか迷宮から出てきて近くにあった街まで歩いて移動したのですが、門番に怪しい人物だと止められました。
土まみれでしたし、見るからに怪しい風貌だったのは確かに間違いありませんが、槍を向けられるのは良い気分ではありません。
「何か身分を証明できるものは?」
門番に問いかけられます。私は学士ですが身分証なんてもっていません。シンタさんも勿論、持っていません。
シータさんが「私、"白い一角獣"のギルドマスターです」と主張しましたが、やっぱり証明できるものを持っていませんでした。
「じゃあ、ちょっと悪いけど部屋まで来てもらえるかな」
柔和な態度ですが視線が既に私たちを見下しています。「不審者には何をしても良いのだ」と目が言っていました。
部屋に入った瞬間に何をされるか分かったものではありません。王都ならそんなことも無いのですが、地方都市の門番なんて荒くれ者と大して変りないのです。
非公式の「通行料」を払わないと嫌がらせをされることは教授から聞いたことがありましたが、ここまで露骨だとは思っていませんでした。
シータさんの袖を引いて、それとなく合図を送ります。迷宮を出てからも水しか飲んでいませんし、シンタさんもお腹を空かせています。ここは穏便に行きましょう。
「ええっと、証明書ってこれでいいのかしら?」
棒読みの台詞で、シータさんが財布から何枚か硬貨を取り出しました。途端、門番の目の色が変わるのが分かります。
「確かにこれは」
「ああ、問題ないな」
下品な笑みを浮かべながらそれを受け取ると、門番達は突き付けた槍を降ろしました。
街に入るだけで無駄な手間がかかってしまいました。それなりに大きな街なのにこんな横暴を許しているなんて治める者の器が知れるというものです。
この分だと街の中も安全とは言えないでしょうから、あまり長居しない方が良いかもしれません。
やっと通行を許可されて街の中へ通り抜けようとすると背後から声がかかりました。
「おい、今の3人は8番に案内しろ」
何やら不穏な符号が使われています。急いで逃げ出したいのですが、街から出る道は門番に塞がれています。
「君達、悪いけどもうちょっと付き合って貰えるかな。なに時間は取らせないさ」
有無を言わせぬ実力行使であっと言う間に取り押さえられてしまいました。杖も取り上げられて魔法も使えません。
お腹の空いて元気のなかったシンタさんは何度か殴られて、ぐったりしたまま引きずられてどこかに連れて行かれてしまっています。
私は殴られこそしませんでしたが暗くてじめじめした部屋に案内されて「そこで待っていろ」と言われて放置です。
そこまではもうこの際仕方ないのですが、シータさんだけ取り押さえられずに丁重に別室に連れて行かれたのも納得行きません。やっぱり顔ですか。プラチナブロンドで髪の毛サラサラで鼻高くて無駄肉もそこそこでレースのついたパンツ履いてないと男の子と同じ扱いですか。そうですか。街ごと滅べば良いのに。
「飯だ」
座り込んでぼーっとしながら、今までの経緯を思い出していると、がちゃんと音を立てながら乱暴に器が置かれました。
小さい器に野菜の切れっぱしが入った味のしないスープです。
私ならこのくらいでも持ちますけど、この程度のご飯ではシンタさんが心配です。ただでさえお腹を空かせていたのに、やっと口に入れる者がこんなスープでは空腹を拗らせて暴れるかもしれません。
シンタさんもきっと牢屋に入れられているのでしょう。ぬるいスープを飲みながらシンタさんの事を考えて過ごします。
窓も無いので昼なのか夜なのか分からないです。一定時間で大きい犬を連れた衛兵が見回りが来ますが、こちらを見ることもありません。日がな一日、ただ座って過ごしているとシンタさんのことばかり考えてしまいます。
前にもシンタさんと一緒に監禁されたことがありましたが、あの時とは扱いが段違いです。シータさんがパーリャを持ってきてくれましたしシンタさんとも同じ部屋でした。
シンタさんは食べることしか考えていない朴念仁ですけど、私が石像にされた(らしい)のをどうにかする為に頑張ってくれた優しい人です。
もしかすると私のことを非常食として見ているんじゃないかと疑っていた時期もありましたが、今はそんなことはたまにしか思っていません。
私のことを好きだと言っておきながらシータさんと二人で泊まりがけで出掛けようとするあたり甲斐性が皆無だとは思いますが、それでもいいじゃないですか。私にとっては素敵な人なんです。
今はシンタさんは何をしているんでしょう。私と同じように牢屋の中で眠って過ごしているのか、それとも空腹に悶絶しているのか。
最近、衛兵の連れている大きい犬の鳴き声が五月蝿いです。満足にご飯を貰えていないのか毎日のように唸る声が私のところまで届いてきます。
早く帰りたい。
王都に帰ってシンタさんと美味しいご飯を一緒に食べたい。
シータさんから連絡が無いことで"白い一角獣"から助けが来る可能性を考えていましたが、もう待てません。
変わり映えのしないスープを食べた回数が両手の指を超えたあたりで、通りがかった見回りの衛兵に声をかけました。
「あの、私と一緒に捕まった人はどうなりましたか?」
「ん? お前、女だったのか」
見当違いな返答をして衛兵は行ってしまいました。まるで答えになっていません。
それよりも私が女だったのかってどういう意味でしょう。今の今まで男の子だと思われていたってことでしょうかね。
メラメラと燃える感情が沸き上がってきます。別に、あんな奴らに女らしいとか思われたくないですけど無性に腹が立ちます。
一人で憤怒に燃えていると、さっき通り過ぎて行った衛兵がメイドっぽい恰好をした中年女性を連れてきました。
「済まなかったな、一言も話さないから女だとは気付かなかった」
言葉では謝っていますが、全く悪びれた顔をしていません。
しかも何ですかその台詞は。私の身体が平坦だから気付かなかったとでも言っているんでしょうか。
良いんですけどね、別に貴方達に見せるための身体ではないですから、何を思われようと気にしませんけど。
早く街ごと滅べばいいのに。
メイドさんに連れられて牢屋から出て、久しぶりに陽の光を浴びると自分の身体の汚さが顕著に分かります。
石鹸の匂いのするメイドさんと比べると、明らかに異臭と言っても良い臭いが自分から出ています。
「まずは湯浴みですね」
苦笑いをするメイドさんも同じことを思っていたのか共同浴場のようなところに連れて行かれました。
身体ごと浸かる王都とは異なり、大きな釜に溜められたお湯をかけて身体を洗う施設のようです。石鹸と布を貰って全身を綺麗にしました。
今までシンタさんと会えなかったのは残念ですが、この汚い姿で会っていたら幻滅されたかもしれません。歯がゆい気持ちです。
用意された綺麗な服を着ているとさっきの中年メイドさんが髪の毛を梳かしてくれました。
「大変な目に遭いましたね」
同情してくれているようですが、大変な目に合わせたのはこの街の人たちなので愚痴も言いたくなります。直接関係ないこの人には何も言わないで置きますが。
私の荷物や汚れた服は後で返し貰えるそうなので、心証を悪くしても手のひらを返されても困りますし。
「あの、私と一緒に来た人はどうなったんですか?」
衛兵に無視されたのと同じ内容を、もう一度聞いてみました。今度は流石に無視されないでしょう。
「私はちょっと分からないから、後で見回りの人に聞いて貰えるかしら」
メイドさんでは分からないようです、当然と言えば当然なのでしょうけれど。
シータさんは丁寧に連れて行かれたので牢屋には入れられていないと思いますが、シンタさんは男性ですしまだ牢屋に入れられているのではないと思われます。
そもそもどうして牢屋に入れられるのかが分かりません。商人の子供を投獄して保釈金を絞り取るという手口は聞いたことがありますが、どう考えても私たちは商人には見えないでしょう。
着替え終わった私はメイドさんに連れられて、街の中を歩いて行きます。
意外にも街の中は王都にも負けないくらいの活気がありました。てっきり抑圧された人たちが陰気な顔をして過ごしていると思っていましたが違うようです。
私やシンタさんを牢屋に入れて置いて生意気ですね、街ごと滅べばいいのに。
「思ったよりも発展してて意外かしら?」
思っていたことを見透かされて驚きました。
メイドさんが言うには、この街は優秀な魔法使いを何人も抱えていて魔法を使った兵器の開発に取り組んでいるのだそうです。
領主は横暴で税金も高いのですが、迷宮で出てきた魔術具を高く買い取ってくれるという話で人の出入りが多いようです。
野蛮な人が多くなるのも分かりますが、だからと言って問答無用で牢屋に入れるのはやりすぎじゃないでしょうか。
「私はここまでしか案内できないの、ごめんなさい」
大きいお屋敷の前でメイドさんが立ち止まりました。大きさからして領主の家でしょうか。
メイドさんが門の前に立っている衛兵に声をかけると、メイドさんとは分かれて私だけ屋敷の中に入れられました。
むっつりと黙ったまま前を歩く衛兵の後をついて行くと、ある部屋の前で「中に入れ」と言われます。
必要なこと以外は話そうとしない衛兵を気にしながらドアを開けると、中に見知った人がいました。
「あ、イサナさんだ」
陽光に銀色の髪を反射させながら、シータさんが私を見て固まっています。
服装は私達が街に入った時と同じものですが、牢屋に入っていた私と違って身体は綺麗にしているようです。
「イサナさん、今までどうしてたの」
「シータさん、今までどうしてたんですか」
お互いに状況は伝わっていないようなので、今まで牢屋に入れられていたことと、シンタさんが今も牢屋にいるだろうという事を伝えました。
「ええっ、そんなの聞いてないよ」
シータさんがオロオロとうろたえ始めます。
見る限り悪い扱いを受けていないようですがシータさんは今まで何をしていたのか聞いてみました。
「私は最初、ガマガエルみたいな領主のところに連れて行かれて挨拶させられて……ああ、思い出すだけでも気持ち悪い」
心底、気持ち悪そうに首をすくめて二の腕をさする動作をしています。聞くまでも無く碌でも無い領主なんでしょう。
街の入り口でたまたま領主がシータさんを見かけて一目で気に入ったそうです。美人も大変ですね。
領主に愛妾にならないか尋ねられて即答で断ると今の部屋に連れてこられたそうです。
「それからずっとこの部屋の中ですか?」
「ううん、治療魔法ができるからって闘技場で何度か治療もしてたよ」
闘技場というのがあるそうです。
ここで戦うことを専門にした闘士と言う人たちが、迷宮内で魔封具を使ってスクロールにした魔獣相手に闘うのを見世物にしているとのことでした。
賭博の対象にもなっていて街が潤う財源の一つにもなっているようです。
勿論、いつも人間が勝つとは限らないので怪我をする人も多く、シータさんはその治療手段に使われていたみたいです。
「どうして断らなかったんですか」
「だって、二人がどうなってもいいのかって言うから」
何て卑劣な手段を使うのでしょうか。私達の安全を盾に労働させているだなんて。
私が女の子だと分かったから牢屋から解放されたものの、そうでなければ約束を守るつもりもなかったに違いないです。
このままではシンタさんがいつ解放されるか分かったものではありません。シータさんと今後について話しているとドアがノックされました。
返事を待たずにドアが開き、衛兵とガマガエルみたいな顔をした中年男性が入ってきます。
「ちゃんと会わせてやっただろう、気は変わったか」
偉そうにシータさんに尋ねてきますが、会わせてやるも何も貴方が勝手に捕まえているんでしょうが。
言葉を飲み込んでせめてもと睨みつけてやりました。
「一人が嫌だと言うなら……あまり興味は無いが、そこの小さいのと一緒でも構わないが?」
ぶわっと全身に鳥肌が立ちました。今このガマガエルは何を言ったんでしょうか。
滑稽な口調のカエルは人間の言葉に慣れていないのか、何かの間違いでとてもおぞましい言葉を口にしたように聞こえました。
シータさんも同じように聞こえたようで首筋まで鳥肌を立てています。
「ごじょうだんを」
嫌悪感を口から物理的に出さなかったシータさんは凄いと思います。私が答えを求められたら拳で返していたかもしれません。
「ふんっ、まあいいさ。すぐに気が変わるだろうからな」
本人は恰好つけているつもりなのか、鼻を鳴らして部屋を出て行きました。
大分シータさんにご執心のようですが一度田んぼの水たまりで顔を映して種族の違いを確認してきた方が良いのではないかと思います。
それにしても妙に自信たっぷりでしたが、何か考えでもあるんでしょうか。未だに捕えられたままのシンタさんが心配です。




