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可変迷宮  作者:
第二部.U & MEE

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38.キャプテン・スパム

 サハギンの群れは、目の前の幽霊船を避けて逃げて行ったようだ。

 無数の魚人と戦い続けるのにも辟易していたが、それが逃げ出すほど厄介な相手が現れたのは問題だ。

 そもそも何で幽霊船が現れたのか。

 サヴァの顔を見るに予知夢には出てこなかったようだが、"蒼い大魚"が件の商船を飲み込んでいたというのなら今回の件に無関係では無いのかもしれない。


 全員が無言で幽霊船を注視する。

 今にも幽霊船からスケルトンが降りてくるのではないかと待ち構えていたが、いくら待っても幽霊船には何も起きない。

 痺れを切らしたモビィさんが先陣を切って幽霊船に近づくので慌てて後を追いかけた。


「普通の船では無いようですね」


 船体に手を伸ばしていたモビィさんの手は、見えない壁があるように空中で止まっている。

 同様に腕を突き出してみたが空気の塊のような、もわんとした何かに阻まれて船に触れることは出来なかった。


「魔法の壁ですね……多分」


 一緒についてきたイサナが見えない壁を触りながら言う。

 イサナも詳しく知らないのだろう不思議そうな顔をしていたが、ゆっくりと近づいてきたセリアさんがあっさり「結界魔法よ」と告げた。


「昔の船は座礁しないように結界魔法をかけてたのよ。

 大きい岩とか魔獣は突き破っちゃうから絶対安全というわけではないんだけどね」


 その頃の魔法がまだ生きているらしい。

 てっきり誘うかのように入口が開くものかと思っていたので、まさか乗船拒否されるとは思わなかった。

 しかし船上にバイキングのスケルトンがいる以上、このまま放っておくわけにもいかない。


「セリアさん、上からは入れませんか?」


 イサナが空を指差しながらセリアさんに尋ねると「停泊している間は大丈夫」という答えが返ってきた。

 それを聞いてイサナが杖を振り上げると俺の足元に風の渦が発生した。船上でドラゴンのところまで飛ぶのに使った魔法だ。

 イサナの足元にも風が発生しているようで小石がコロコロと円を描いて転がっていた。


「ちょっと、二人で行くつもり?」


 セリアさんが咎めるように言う。

 先ほど見えたスケルトンは一体だけだったが、船の中にみっちり待ち受けている可能性もある。

 それを考えると二人と言うのは心もとないかもしれない。


「私は一緒に行っても多分、足手まといだわ」


 朝に特大の魔法を使って、その後も援護する為の魔法を使った為に魔力が枯渇しているようだ。顔色も良くない。

 それならイサナも同じ条件のはずだが、セリアさんと比べると元気そうに見えた。


「イサナは大丈夫なのか?」

「ええ、援護するくらいなら何とか」


 血色も良さそうで、無理をしているようにも見えない。

 短距離走と長距離走の選手は筋肉に違いがあるそうだが、個人の資質で魔力にもそういう違いがあるんだろうか。


「私が行きましょう、壁くらいにはなりますよ」


 誰よりも長くサハギンと戦っていたにも拘らず、微塵も疲れを見せていないモビィさんが名乗り出た。

 他の漁師の人に来てもらうよりもモビィさんが一人いてもらったほうが良さそうな気がする。

 妹も連れて行こうかと思ったが、まだ治療の列が終わっていないようだったのでそちらを任せることにした。


「じゃあ、3人で様子を見てきます。危険を感じたらすぐに戻ってきますから」


 足元が押し上げられる力が加わって、一気に空中へと投げ出された。

 一瞬だけ浮遊感を味わった後、甲板へ向かって一気に落下する。

 着地の瞬間にふわっと身体が浮いて危なげなく甲板へと着地した。


 甲板では先ほど見たスケルトンがこちらに向かって顎の骨をカチカチを鳴らしている。

 牛のような短い角の兜を被って、手には錆びた長槍を持っていた。骨だけでどうやって持っているのか分からないが器用なものだ。

 身体にはボロ切れのような服をまとっているだけで防具らしいものは身につけていないが、身につけても骨だから脱げてしまうのかもしれない。


「あれが船の主ですかね?」

「油断はしない方がいいでしょう」


 杖を振り上げてイサナがあたりを警戒する。モビィさんも拳を構えてスケルトンの攻撃に備えた。

 長槍を持っていたスケルトンは刃を空に向けて、石突を甲板に叩きつける。


 スケルトンはドン、ドン。と何度も強く打ち鳴らす。何かの攻撃かと思ったが、そうでないことがすぐに分かった。

 背後からガチャガチャと音がしたので振り返ると、船の中へ通じる扉から武器を持ったスケルトンがわらわらと出てきた。

 それぞれ手には槍や剣を持っている。無手のスケルトンもいるが、それは骨太で背の高さもある格闘家のような個体だった。

 揃って角の付いた兜を被っているところから見ると、全てスケルトンの仲間なのだろう。


「一旦戻ります!」


 危険だと思ったイサナが足元に風の魔法を発動させる。

 先ほどと同じように身体を押し上げる力を感じて身体が宙に浮いた。

 しかし、そのまま船外へ出ることは叶わず、見えない空気の壁に阻まれて壁に沿うように甲板の端へと着地してしまった。


「え……なんで?」

「あれが原因でしょう」


 呆然とするイサナに、モビィさんが船の一角を指差すと、そこには船外から巨大な鎖を引き上げているスケルトンの姿があった。

 恐らく(いかり)をあげているんだろう。


「船が出発すると船上も結界が覆うのではないかと」


 転落防止なのか分からないが幽霊船の癖に高性能だ。

まだ港から離れていないが、すぐに離岸するつもりなのだろう。

 その前にスケルトンを全滅させるか動力源を壊すかしないと出られそうにない。


 次々と船の中から出てくるスケルトンは俺達を囲むように一定の距離を空けて、半円になり骨の壁を築いた。

 空洞になった双眸の向く先が俺たちに向けられているのだと不思議と分かる。

 俺とモビィさんでイサナを隠すように前へ出ると、壁の中から一体のスケルトンが進み出てきた。


 刃幅の広い曲がった剣を持っているスケルトンで額に大きな十字傷がついている。スケルトンの剣士だろうか。

 剣士は骨の壁と俺達の間のところで止まると、剣を構えて歯をカチカチと鳴らした。


「勝負しろと言っているんでしょう。私が行きます」


 止める間もなくモビィさんが進み出ると、合わせて剣士も動き出した。

 ヒュンヒュンと音を鳴らして剣を振るいながらスケルトンがモビィさんへと近づく。

 しかしモビィさんは振るわれる剣を意に介さず、無防備に距離を詰めて行った。


 左右交互に袈裟がけに振るわれる剣が、なめらかに軌道を変えてモビィさんの首元へと吸い込まれる。

 思わず「あっ」と声を出してしまうが、その時には既に勝敗が決していた。


 半身をずらして剣を避けたモビィさんの右ストレートが、スケルトン剣士の頭を打ち抜いていた。

 すっ飛ばされた頭蓋骨が背後のスケルトンに当たって巻き添えにしている。

 残された首から下の骨がガシャンと音を立てて甲板に崩れ落ちた。


「生ぬるいっ!」


 こちらに背中を向けているモビィさんがとても頼もしい。

 物言わぬスケルトン達は固まったように動きを止めていたが、それぞれ手に持った武器を構えてジリジリと距離を詰め出した。

 代表同士が戦って、勝ったから「はい、さようなら」というわけには行かないようだ。

 囲んでいた半円を狭めるように近づいてきたスケルトン達が、一斉に躍りかかってきた。


「イサナ、援護を!」

「はい!」


 前に出ていたモビィさんは近づくスケルトン達をなぎ倒しながら右へと移動する。

 空いた左側を任されたのだと理解して、迫りくるスケルトン達へと向かって駆けだした。


魔術書(スクロール)!」


 ある程度の距離があっても使えることが分かっているので、相手の攻撃範囲外から次々に魔術書へと変えていく。

 ゾロゾロと近づくスケルトン達は無言のまま光に包まれて紙片へと姿を変える。

 合間を縫って近づいてくる個体がいたが、そこにタイミングよく火球が飛んできて頭蓋骨を吹き飛ばした。

 モビィさんの方は見えないので分からないが、俺で何とかなるならモビィさんが後れを取るとも思えない。


 眼に見える数はサハギンよりも少ないはずだが、いくら紙片に変えても取り囲むスケルトンの数は減ったように見えない。

 20体以上を相手にしたところで、流石におかしいと思って見渡してみると、スケルトンの出てきた扉から次々と増援が出てきていた。

 減った分だけ足されていては、いくら倒しても減るはずがない。

 手当たり次第にスケルトンを魔術書へと変えていくが終わる気配がない、

イサナの援護も段々と勢いが落ちてきたような気がする。

 魔術書(スクロール)と叫ぶのも疲れてきた。


 相手の数が少なければドラゴンでも怖くは無いが、単純に数が多いだけの相手だと体力が持たない。

 これが終わったらトレーニングと発声練習をするようにしようと強く思う。

 全く数の変わらないスケルトンに、だんだんと苛立ちが募ってきた。


「スクロ……ああ、もうしつこい! スパム!」


 光に包まれたスケルトンが小さく収縮して、拳大の大きさになって甲板に落ちる。

 コンッ、と音を立てて金属製の缶が落ちた。握り鮨のような写真のついている缶だ。

 しつこいバイキングは、全部スパムだ。


「スパム!」


 船は錨をあげ終わり、ゆっくりと港を離れ始めている。


「スパム! スパム!」


魔術書(スクロール)」よりは幾らか叫びやすいとは言え、スケルトンの補給が途切れる様子も無い。


「スパム、スパム、スパム!」


 このまま消耗戦で、こちらが力尽きるのを待つつもりなのかもしれない。


「シンタさん!」

「あぁ、いくら倒してもキリが」

「違います、ミヅキさんが!」


 妹の名前を叫ぶイサナの声に反応して、イサナのところまで戻って港の妹のいるであろう場所を見る。

 船に乗る前まで並んだ漁師達を治療していたが、今は既にそれを終えたようで木箱を椅子にしてパンを食べていた。

 他の漁師達は何人かが港を離れる船に向かって警戒をしていたが、残りは食事をしたり談笑している。

 妹も同じようにパンを食べながら誰かと話しているように見えるが、その相手は。


「アイツは……!」


 金髪の少女。

 さっきまで、どこにもいなかった人物が、当たり前のように妹の横に座っていた。


 年齢は全然違う。

 俺が見たのは同じ金髪でも幼女だった。

 だから別人のはずだ。

 常識的に考えればそのはずだ。


 そう思おうとするのだが、直感が警笛を全力で鳴らす。


 年齢こそ違うが、アイツをそのまま成長させたような顔立ちは、気のせいだと思うには似すぎている。

 それに何より禍々しい眼。

 腐った暗闇のような黒を湛えた眼は間違えようがない。


「……ミヅキさんが」


 妹が何を話しているの分からないが、アイツと何らかの会話をしているようだ。

 胸クソの悪くなるような笑顔で、少女の姿をしたアイツが妹へ話しかけている。

 妹がそれに答えるように口を動かす。

 また同い年の同性と話すのに慣れていないのか、妹は視線を合わさずに手に持ったパンを見ていた。


「ミヅキ!」


 必死に声を張り上げるが、結界魔法に遮られているのか声が届いた様子は無い。

 すぐに船を降りなければならない。アイツが何をしに来たのか分からないが、何かする前に妹を引き離さなければならない。

 今こうしている間も船は少しずつ港から離れている。


「何かありましたか!?」


 背後からモビィさんの声が聞こえる。


「すぐに港に戻る必要があります!」


 俺に代わってイサナがり返って叫び返して答えた。

 振り返ってみると、俺が抜けた分だけ増えたスケルトンもモビィさんは難なく捌いているように見える。

 だが悠長にスケルトンを相手にしている時間は無い。


「……船ごと行く!」


 返事を待たずに甲板に膝をつき、体重を乗せて甲板へと拳を落とした。


「船盛り!」


 足元から魔法陣が広がって船全体を包む。

 次第にそれはスケルトンにも伝播し俺たちを除く周囲全てが光を放ち、収縮し始めた。


 足場が無くなる感覚と同時に身体が落下するが、イサナが魔法で支えているのかその速度はゆっくりとしている。

 杖を抱えたイサナを見ると、少しキツそうな表情をしていた。

 サハギン、スケルトン戦で消耗していているだろうし、3人を飛ばすのは重いのかもしれない。


「私は大丈夫です!」


 モビィさんがイサナに向かって声を上げる。イサナが頷くとモビィさんは海面へと落下していった。

 ゆっくりと落下していた身体が静止した。


「着地は自分でしてください」

「わかった」


 直後、頭から港に向かって飛ばされる。後ろを見るがイサナは追ってきていない。

 俺を飛ばすので精いっぱいだったようだ。

 放物線を描くように海面へと近づくが、ギリギリで港に届いた。靴底を擦りながら着地する。

 顔をあげて妹を見た。


 隣には相変わらず金髪の少女。

 妹の方を見ているが、一瞬だけ横目で俺の方を見た。

 薄く歪んだ口が見える。

 笑っている。


 アイツが立ちあがって、握手を求めるように右手を妹へと差しだす。

 戻ってきた俺に気付いていない妹が、アイツを見る。


 走ろうとするが、膝が震える。足元がおぼつかない。

 声を出そうとするが、かすれて出ない。

 アイツの口が動いた、何か言っているが、耳の中で音が鳴って聞こえない。


 パンを食べ終わった妹が右手を服でぬぐった。

 妹が手のひらを見つめて、軽く握る。


 握った手を腰だめに構えて、妹の渾身の右ストレートが顔面を打ち抜いた。

 どれほどの威力だったのか、宙に浮いたアイツの身体が数メートル吹っ飛んで港に置いてあった木箱へと突っ込む。


 足に力が戻った。

 筋肉が切れるかと思うほど力を入れて妹へと駆けつける。


「あなた、オフ会にやってきたキモいオッサンと同じで、人を騙してやろうって顔してるんですよ」


 妹は汚いものを見る目でアイツが吹っ飛んだ方向を睨みつけていた。

 いつもだったら何か苦言を呈していたが、今回ばかりは良くやったと言いたい。


「数分前に会ったばかりで『友達になろう』だなんて、そんな都合の良い話があるはずがないでしょう」



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