37.アイアンメイデン
漁師達と一緒に海から少し離れたところでサハギンを待ち構える。
イサナも、もう大きい魔法は使えないそうなので妹やセリアさんと一緒に後方へと下がっていった。
遠距離からの矢のような攻撃を心配したが、そういう武器は持たないらしい。
あまり水辺に近づくと水礫を飛ばしてくることがあるそうなので、そこだけ気をつけて海からは距離を取った。
太陽の位置が高くなるに連れて海面に浮かぶ黒い影が目立つようになってきた。
漁師達と共に黒い影を睨みながら近づいてくるのを待つ。
当初よりは数が減っているのだろうが、それでもはっきりと大群が近づいてくるのが確認できた。
流れるような動きで港の入り口まで迫ったサハギン達は、互いの身体をギチギチと打ち鳴らしてこちらを威嚇し始める。
「大丈夫だ、漁師なら誰だって一度や二度は船の上でサハギンとやりあったことがある。
あんなのは少し大きい魚と一緒だ。たいした連中じゃねえよ」
俺が緊張しているように見えたのか、近くにいた若い漁師が俺に声をかけてきた。
今まさに襲われる直前という時にも関わらず剣を持つ手先に震えも無く、他人に向かって笑って見せる精神力は見習いたい。
ありがとうございます、と告げて海へ向きなおったところで海面から飛びあがり地面に着地するサハギンの群れが眼に入った。
「きたぞ!」
誰かが声を上げる。
銛のような武器を持って、中型犬くらいの大きさの魚人が一直線に迫ってきた。
ゴブリンと大きさは変わらないくらい、それに足にヒレがついていて地上を移動するのには向いていないようで、全力で走っているのだろうがどこか不格好で遅い。
しかし、それでも次から次へと海から上がってくるサハギンは既に数えきれない程になっていて脅威であることには違いない。
槍を構えた漁師がペタペタと足音を鳴らしながら迫るサハギンに向かって走りだす。
それに倣って、漁師を追いかけるようにサハギンへ向かって駆けると、既に先頭の集団はサハギン達と小競り合いを初めている。
サハギンの突き出した銛を、慣れた手つきで槍の柄で弾き飛ばしてガラ空きになったサハギンの胴体に突き入れると、
あっと言う間に光の粒子になってサハギンが消えていった。
「ふん、雑魚め」
海の男、強い。
数こそ劣っているが、個々の力ではサハギンを圧倒しているようだ。
俺も見習ってサハギンに向かって拳を振るう。サハギンも気づいて銛を突きだしてきた。
相手は銛を持っているので攻撃範囲が違う。普通に考えれば俺の方が不利なのだが、そこは魔法の力だ。
サハギンを殴るために伸ばしていた拳の軌道を変えて、突き出してきた銛の横っ腹を叩く。
「カツオのタタキ!」
銛ごと光に包まれてサハギンが一皿の料理に姿を変えた。
親切なことに薬味まで付いているようだ。軽く炙られた表面の焼き跡が食欲を掻き立てる。
「しまった……!」
一体、サハギンが居なくなったことで後続の別個体が前へと進み出てくる。
銛ごと料理に変えたことが裏目に出た。皿までに距離がありすぎて回収する時間が無い。
このままでは地面に置かれたカツオのタタキの皿が蹴飛ばされてしまう。
「……させるかぁっ!」
高校球児も真っ青のヘッドスライディングで皿へと飛びつく。両手を伸ばして皿を掴み、すぐに腹へ抱えた。
これでカツオのタタキは大丈夫だ。折角の逸品を無駄にするところだった。
「何してんだ兄ちゃん!」
後ろから若い漁師の声が聞こえる。同時に背中を思い切り殴られた様な衝撃が走った。
肺から息が漏れる。サハギンの銛で突かれたのだと気付いた。
次の一撃を覚悟するが衝撃の代わりに両腕を掴まれて引きずられる。
「しっかりしろよ、すぐに治してもらうからな」
追撃が来る前に俺を刺したサハギンを倒してくれたようだ。
若い漁師と他の漁師の二人がかりで身体を起こされて、両側から肩を担いで引きずられる。
ずるずると足を擦りながら後方へと下がるとイサナが「大丈夫ですか!?」と駆け寄ってきた。
自分では見えないが派手に出血しているのだろう、じっとしていても背中からポタポタと血が垂れているのが見える。
漁師達は俺を地面にうつぶせに寝かせると「後は頼んだ」と言って前線に戻っていった。
「ミヅキさんがすぐに来てくれますから」とオロオロするイサナの声にかぶさるように、不穏な様子の妹の声が聞こえた。
「一番最初に怪我をする間抜けは、どこの誰かと思えば……!」
恐らくカツオのタタキを見ながら話しているのだろう。血縁のなせる業か、俺がどうして怪我をしたのかを一瞬で悟ったようだ。
非常に嫌な予感がする。
「せめて、そんな刺身じゃなくて誰かを庇うなりして怪我をしてきなさい!」
「刺身じゃなくてカツオのタタ」
「五月蝿い!」
患部を全力で殴られる。傷口をえぐられるような痛みが背中から全身に駆け巡る。刺された時よりも痛い。思わずうめき声が漏れた。
刺し傷を拳で殴ると言う前衛的な治療法にイサナが「ひぃっ」と悲鳴を上げる。
「この刺身は貰っておきます、さっさと戻りなさい」
「いや、それはカツオの」
「戻りなさい」
カツオのタタキは治療費だと思って諦めよう。蹴飛ばされて無駄になるよりは誰かの口に入ると思えば納得もできる。
それにまだ食材は沢山いるのだから、これにこだわる必要もない。
妹に「次から気を付ける」と言って前線へと駆けだした。
傷口は塞がっていると思うが刺された時の痛みはまだ残っている。
どちらかと言うと妹に殴られた時の方の痛みの方が強烈だったのだが、妹への感謝の気持ちとしてサハギンに刺された痛みだと思っておく。
刺された部分を意識しながら戻ると、先ほどと同じ位置でサハギン達と漁師が白兵戦を繰り広げていた。
俺を引きずって助けれくれた若い漁師が3体のサハギンに囲まれているのを見て足の力を強める。
サハギンは俺のことを見ていない。走る勢いをそのまま乗せて拳を振りかぶる。
間近まで迫ってやっと俺の気付いたようだが、もう遅い。既に拳の届く距離だ。
「魔術書!」
一瞬だけ光を放ってサハギンは1枚の紙片へと姿を変えた。すぐさま2体目へと腕を伸ばして同様に「魔術書」の掛け声とともにレシピへと変える。
3体目は若い漁師が仕留めていたようで、目を向けると「良く分かんねえけど、すげぇな」と笑った。
軽く頷いて近づいてくるサハギンへと腕を振り上げる。魔術書の中身を確認するのは後にしよう、まずは狩れるだけ狩り尽くす。
無理に攻めに行く必要は無い、槍を突き出してきたところに拳を当てれば魔術書は発動できる。
2体のサハギンが並んで銛を構えて突っ込んできた。動き自体は遅いので、慌てることなくそれを避ける。
横に回り込んでサハギンの顔面を殴りつける。光を放って紙片へと変わった。動きを止めずに並んで立っていたもう一体へと踏み込んで再度殴りつける。
同じように光って紙が地面へと落ちた。何の料理が描いてあるのか気になるが、拾っているとまた刺されるので我慢する。
ひたすらに腕を振るう。途中、何度か危ない場面もあったがその度に漁師達が助けてくれた。
逆にサハギンに囲まれていた漁師達を助けたりもする。どこを向いてもサハギンしかいない。
何十体、紙片へと変えたか分からない。腕を振りすぎて痙攣を起こしている。
漁師達も槍や剣を振り回してサハギンを圧倒しているが、それでも数が減らない。
次から次へと新たなサハギンが現れる。現れた時には水平線上にあった太陽は、既に頂上へと差しかかっていた。
「魔術書」を声に出し過ぎて喉が渇く。足元には紙片が積み重なっている。この中のどれでも良いから拾い上げて食事にしたい。
周囲の漁師達も同様なのか、時折負傷して後方へと引っ張られる姿を見るようになってきた。みんな疲れていた。
休む間もなくサハギンは迫る。既に条件反射となった動作で腕を突き出して「魔術書」を唱える。
サハギンはあっけなく姿を変えて地面に落ちる。それを踏まないように足を踏み出して次のサハギンへと向かう。
少し離れたところにいる漁師がサハギンに囲まれているのを見つけるが、こちらも囲まれて動けない。
重だるくなった腕を伸ばして、かすれ気味の声で「魔術書」と唱えるが、光が出ない。サハギンが紙片へと変わらない。
この感じ、久しぶりすぎて一瞬何も考えられなくなった。
魔術書に失敗したんだと気付いたときには、目の前にいるサハギンが銛を突きだそうと腕を腰だめに構えていた。
また刺されるのだと痛みを覚悟する。今度は腹だ。治療の為に妹に腹パンされることまで想像したところで顔の横を熱いものが通り過ぎた。
何かが通り過ぎた方向を目で追うと、目の前のサハギンの顔面に火の玉がめり込んでいた。
「遅くなりました!」
声に振り返ると、イサナが杖を振りかざしていた。横にはセリアさんもいる。
「今からしばらく援護するわ! 疲れてる人は下がって!」
お言葉に甘えて前線を離脱する。後方へと下がる人と人の隙間を縫うように火の玉が飛んでいく。
火球が当たったサハギンは顔面にめり込ませたり、身体に当たって海まで飛ばされたりして数を減らしていった。
漁師達もサハギンに対して十分な力の差を持っていると思ったが、魔法を前にすると桁違いなのだと思い知らされる。
魔法使いが二人いるだけで武器を持った屈強な漁師達30人よりも素早く敵を殲滅することが出来るのだ。
地面に膝をついて、可能な限り魔術書を拾い集める。数時間分の成果は両腕に抱え切らない程の量になっていた。
自分の周りにあるものは出来る限り抱え込んで、後方へと下がると妹が負傷者を治療していた。
「歯を食いしばりなさい!」
「ありがとうございます!」
何人かはサヴァも治療しているのだが、むさい男達の大多数は妹の前に並んで治療を待っていた。何がそんなに違うと言うのか。
次に怪我をしたらサヴァに治して貰おうと強く思うが、今は怪我らしい怪我をしていないので水をもらって喉を潤す。
海を見ると、前線に出ていた殆どの漁師が下がってきているようだ。唯一、モビィさんだけが朝と変わらぬ動きでサハギンを叩きのめしている。
イサナとセリアさんは少しだけ前に出たところで、シューティングゲームよろしく海から上がってきたサハギンを順次狙い撃ちにしていた。
そう言えば、イーズィさんはどこにいったのかと探してみたが姿は見えなかった。
あの肉体美を見る限り、戦闘力として期待できそうだと思ったが期待はしない方がいいだろう。
魔法を撃ちこんでいる二人が頑張っている間にエネルギー補給をしようと魔術書を広げてメニューを吟味する。
書いてあるレシピは当然というか魚料理ばかりだ。刺身に焼き魚、煮た魚に揚げたのもある。
自分が食べた物だけという制約があるが、一度食べたきりの物もあるので名前がパッと出てこない料理もあった。
今は腹が減って力が出ないので食べやすいものが良い。
集めてきた魔術書に全部目を通して相応しいものを見つけた。
「魚うどん!」
透明に近いスープと、少し茶色いような麺がどんぶりに入った料理が出てきた。
魚肉のすり身を長細く麺状にして出汁の利いたスープに入れた郷土料理。昔、一度だけ食べたことがある。
正直、麺というよりは長細いかまぼこのような触感なのだけど今はこれが良い。
「頂きます」
つるつるとした麺にはコシが無いが、代わりにプツンと弾くような触感で噛み切れる。
スープは出汁がしっかり利いていてあっさりとした味だ。薬味が少しだけ乗っていて濃い味に慣れていると物足りないと思うかもしれない。
しかし、空腹の胃袋に染み渡るような優しい味が嬉しい。疲れを労わるように温かいものが冷えた身体に染み込んでいく。
スープまでしっかり飲み干したところで周りが騒然としているのに気づいた。
「冒険者ギルドの援軍じゃねぇよな……?」
皆が見つめる先には、海上に浮かぶ船があった。
サヴァが持ってきたようなボートに近いような舟ではなく、数百人は乗せられそうな大きい船だ。
遠目には細かいところまで分からないが、舳先をこちらへ向けてどんどんと近づいてきているのは分かる。
船が近づくにつれて、海上から上がるサハギンの数が目に見えて減っていった。
近づく船を避けて、割れるように二手に分かれて沖へと去っていくサハギンの群れが確認できる。
マストはボロボロ、船体の一部は朽ちていて穴すら空いている。
そこまで船の姿を確認できるくらいに近づくころには、サハギンはすっかり姿を消してしまっていた。
何となくガレオン船という言葉が思い浮かんだが、船には詳しくないので合っているか分からない。
甲板の上には誰もいないように見える。
「もしかして、黄金の乙女号か?」
誰かが声を出した。
サヴァなら何か知っているかと視線を向けると、ぽかんと口を開けていたサヴァが目に入った。何も知らなそうな顔だ。
「昔、"蒼い大魚"に飲み込まれたと言われている商船だよ」
前線に残っていたモビィさんが戻ってきて説明をしてくれた。
確かにバカみたいな大きさの"蒼い大魚"なら、あのくらいの船なら丸呑みできそうだ。
「サハギン、いなくなっちゃいましたね」
「あの船は何なの?」
イサナとセリアさんも魔法を撃つのを終えて戻ってきた。
敵なのか味方なのか分からないまま、全員で見つめていると甲板に動くものが見えた。
中天を過ぎて傾き始めた太陽を反射するようにキラリと何かが光る。一瞬だったので確かではないが金色だった気がする。
止まる気配を見せずに近づき続ける船に対して「もしかして、このままぶつかるんじゃ」と思い始めたところで金属を打ち鳴らす音が聞こえた。
甲板の上、さっきまで誰もいなかったはずの場所に無数の影が見える。そこにいるのは金属製の角の付いた兜をかぶった骸骨だった。
まるきりゲームで見た幽霊船だ。本当に"蒼い大魚"に吞まれたのか実は海賊に襲われていたのか分からないが、かつての商船は骸骨の占拠する幽霊船になっていた。
一応、確認をしておこう。
「敵だと思っていいのか?」
「本でしか見たこと無いですけど、スケルトンという魔物に分類されています」
イサナによれば魔獣よりも魔物の方が上位の存在らしいが、魔獣の仲間と分かれば何の問題も無い。
骸骨の被っている兜についている、牛のような短く曲がった角には見覚えがある。
「バイキングだ」




