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可変迷宮  作者:
第二部.U & MEE

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36.マイティロー

 セリアさんが肉眼で確認するよりも前にイサナは魔獣の接近に気付いていたようなので、どのくらいで港に着くのか分かるか聞いてみる。


「いえ、全体的な魔力の大きさは何となくわかるんですけど」

「30分くらいね。隊列なんか組んでないわ、適当にバラバラな勢いでこっちに向かってる」


 地上に降りてきたセリアさんが状況を説明してくれた。

 30分で港までサハギンが到着する。こちらも準備万端にしておかなけれならない。


「指揮官はどなたですか?」


 妹が周囲を見渡して探すが、漁師達は「指揮官って何だ?」と言いながら互いに見合っている。

 そもそもこの集団の中に、指揮官という役割が存在しないようだ。


「じゃあ、軍隊とか騎士団の経験者、何だったら冒険者だった人は?」


 要は戦闘経験のある人を見つけたかったようだが、誰も名乗りを上げなかった。

 最後に冒険者を出したところでモビィさんが前に出る。


「既に引退しているが、若いころは王都で冒険者をしていたよ」


 モビィさんの筋肉なら納得だ。むしろ何故、今は祭司なんかをやっているのだろうか。

 魔獣との戦闘経験がある人がモビィさんだけなようなので、妹は勝手に指揮官に認定したようだ。


「作戦はあるんですか?」

「真正面から打ち砕くのみ」


 作戦など無いと、凄まじい気迫で言いきった。筋肉に物を言わせて解決する気だ。これが脳筋というやつなんだろう。


「待ってください、それでは無駄死にを増やすだけです。私が案を練りますから話を聞いてください」


 どちらかと言うと妹も脳筋だ。

 少し前にも弓が無ければ手で矢を投げろとか言っていた気がする。

 そんな妹に作戦を考えるなんてことが出来るとは知らなかったが、こと血生臭い内容に関しては妙な信憑性がある。


「任せてください、古本屋で”孫子の兵法”を立ち読みしたことがあります」


 それを世間では生兵法という。

 怪我の元だからやめておくように忠告するが「そんなに難しい話はありませんよ」と事もなげに言う。


「まず、争いは可能な限り避けなければいけません」


 手遅れだ。既に大軍は迫っている。


「争いが始まる前に手を打って、戦わずに勝つというのが理想です」


 もう遅い。戦わない為に手を打つのは、街から逃げるのが最後の手段だった。


「あとは、えーと……そう、敵を知り己を知れば何とかかんとか」


 3つ目で既にうろ覚えだ。予想以上に役に立たない知識だった。

 敵を知ると言ってもサハギンが半漁人だというのも、ついさっきイサナに教えて貰ったばかりだ。何も知らないに等しい。

 なぜそんな生半可な知識を披露しようとしたのだろうと思ったが、妹の目線がチラチラとイサナを向いていたので多分いいところを見せたかったのだろう。

 結果として格好悪いところを見せることになったのは自業自得だ。


「敵を知ると言えば、何でサハギンは港を襲うんでしょうね。

 誰かがサハギンの子供でもさらってきたんですか?」


 風の谷のアニメの見過ぎだと思ったが、夢で見たサヴァなら知っているかもしれないと聞いてみるも目的は分からないとのことだった。そこへイサナが「多分ですけど」と声を出す。


「知能の低い魔獣は、基本的に”何となく”で行動します。

 サハギンは封印されていた環境から解放されて、何となく人のいる所で暴れようとしてるんだと思います」


 そんな猫の集会みたいな理由で襲われるのか。

 それだけ知っているのなら、何かサハギン対策も知らないのだろうか。


「魔獣学は履修してましたけど、戦術なんて科目にありませんでした」


 学園で習っていないことは知らないようだ。

 結局、何となくで港が襲われること以外は分からなかった。


「仕方ないですね。

 敵が固まっていることですし、とりあえずMAP兵器でもぶっぱなしましょう」


 妹の言っていることが良く分からないが、恐らく日本のゲームかアニメの知識だとは思う。

 対人知識が皆無なので、妹の言う事の7割くらいはゲームかアニメの話だ。これから少しでも割合が減れば良いと思う。

 イサナとセリアさんを見比べて、何かを決めたらしくセリアさんに声をかける。


「セリアさん、高威力で広範囲の魔法をサハギンの集団にぶつけてください」

「全力で? しばらく魔法使えなくなるわよ?」

「早めに使った方が休める時間が稼げます」


 セリアさんは「そういうものかしら」と呟いて妹の言うがままに海へ向かって杖を構える。頭上に火球が出現し高い位置へと浮上していくと、次第に大きくなっていった。

 ファンタジーの基礎知識で判断するなら、エルフ族は人間よりも魔法の扱いが得意なのだろう。

 イサナやモカさんが使うのがドッジボール大の火球で、以前セリアさんにコカトリスに襲われていたところを助けて貰った際は直径2m程度の大きさの火球を飛ばしていた。

 今はそれよりも大きな火の玉が海上に出現している。はっきりとは分からないが3階建ての家と同じくらい。直径10mはありそうだ。

 目を閉じて集中するセリアさんが杖を持った右手を高く上げる。


「あの辺りの距離だから……飛んで行きなさい!」


 杖を振るうと同時に、火の球が凄まじい速度で沖へと飛んで行った。

 網膜に残るオレンジ色の残像を追うと、そのまま水平線に向かって細くなる線を描いていた。太陽の逆光で眩しい。

 全員が無言で海を眺めていると一瞬だけ太陽の光が広がったように見えた。数秒遅れて爆発音が届く。


「ふぅ……イサナ、確認してみて」


 本当に全力で打ち込んだのか、セリアさんは杖に寄りかかるようにして地面に座り込んでいる。

 確認するように言われたイサナが、さっきのセリアさんと同じように飛びあがって水平線の向こうの様子を確認する。


「えーっと……黒い絨毯に大きい穴を開けたみたいになってます。とんでもない威力ですね」

「ちゃんと当たったみたいね。全体の三割くらいは持って行ったはずだから、後は任せたわ。

 サヴァ、何か食べるものないの? お腹空いたわ」


 セリアさんはけだるそうに立ち上がってパンを配っていたサヴァのところへと下がっていった。

 妹がMAP兵器と言っていたが、本当に兵器並みの威力だった。

 それを見て触発されたのかイサナも杖を抱えて海へ向かった。


「ミヅキさん、私も撃ちます」

「それは構いませんけど……大丈夫ですか?」


 今までの魔法を見る限り、イサナとセリアさんの魔力差は文字通り桁違いだ。少なくとも3桁は違う。

 無理をして長距離の魔法を撃つくらいなら、近づくまで待ってから数を撃った方が良い気がする。


「いえ、何となくなんですけど大丈夫な気がします。

 シンタさんに召喚されてから、魔力の使い方が前よりもはっきりと分かるんです」


 俺の召喚で何か魔力的に良い効果があったのだろう。それは心理的なものなのかもしれないが、そこまで言うのならイサナに任せよう。


「そ、それでですね……シンタさんにお願いがあるんですけど」


 何だろう。俺に出来ることなら何でも協力しよう。


「あの……私、頑張りますから」

「うん」

「そのですね……チ、チュウを」

「うん?」


 今、何と言ったのか。


「私、頑張るんでチューしてください」


 イサナが何を言っているのか分からないが、この感じは記憶にある。

 オークキングから逃げる時に手を握ってくれと言ってきたモカさんだ。やはり師弟で行動パターンが似ている。

 顔を真っ赤にしてもじもじしているが、そんなに恥ずかしいならこんな時に言いださなくても良いだろうに。


「してあげたら良いじゃないですか。減るもんじゃなし」


 妹は簡単に言うが、気持ちの問題だ。

 船の上のは人命救助だし、改まってするのは何というか……恥ずかしい。

 そもそもイサナとは恋人ではない。この期に及んで(とぼ)けるつもりは無いが、きちんと気持ちを伝えてはいない。


「じゃあ、ほっぺたなら」

「えぇ……」

「がっかりですよ、このヘタレが」


 イサナが肩を落として妹が眉を吊り上げた。

 こんな会話をしていれば昨日までは「爆発しろ」とか言っていたのに、今は友達だからとイサナの肩を持っている。


「これが終わったら、そこから先を。ということで何とか」


 その時は気持ちを伝えよう。

 だから、今はその手前で許してほしい。


「それで良いです。でもシンタさんからしてくださいね」


 イサナが顔を横に向けて頬を差しだす。背が小さいから俺の顔に合わせて上に角度を付けて背伸びまでしていた。

 腰をかがめて顔を寄せる。紅く染まる頬に唇が触れる瞬間、すっとイサナの頭が回転した。

 眼が合う。唇が触れた。


「あっ」

「よしっ、帰ったらここから先ですからね!」


 テンション高く言うだけ言って駆けだしてしまった。

 前はあんなアクティブな子じゃなかったはずなのに、やはり妹の友達になってしまったのが原因だろうか。

 もしかすると召喚の影響でどうにかなってしまったから、妹なんかの友達になってしまったのかもしれない。


 杖を振り上げたイサナの頭上に水蒸気の塊のような球が出現する。セリアさんの時と同様に徐々に巨大に広がっていく。

 大きくなるにつれて高く昇っていくので大きさの検討はつかないが、セリアさんの時よりも明らかに大きい。


「ねぇ、イサナのあれ何?」


 パンをかじりながらセリアさんが戻ってきて質問するが、セリアさんが分からない魔法のことなんて聞かれても分かるはずがない。

 水蒸気の巨大な球はゆっくりと移動して海上を進んでいき、水平線にかかりそうなところで一気に膨らんだ。

 まるでその部分だけ濃い雲がかかっているように白い影が広がったところで、イサナが更に杖を高く掲げた。


「サンダーストライク!」


 掛け声とともに雲の中に幾筋もの紫電が走る。少し遅れてバリバリと空気の裂ける音が聞こえた。

 ここまで見ればわかる、ゲームでもお馴染みの落雷魔法だ。


「あっきれた……」


 セリアさんがパンを食べている途中のまま口を広げている。ちょっと行儀が悪い。

 何かに驚いているセリアさんに気付かずに、イサナが妙に落ち着いた顔をしながら戻ってきた。


「うまく行きました」

「凄かったな」

「ちょっと、凄いどころじゃないでしょ。何よ今の」


 セリアさんは落雷魔法を知らないのか、イサナに食ってかかってきた。

 一番最初にイサナに魔法を見せて貰った時も手から電流を出していたし、基本的な魔法かと思っていたが違うのだろうか。


「サンダーストライクって、神代の魔法じゃない」

「出来るかな、と思ってやってみたんですけど、思いのほか成功しました」

「思いのほかって、何をどうしたらあんな風になるっていうの」


 会話を聞いていると雷の魔法は知っていて、そのうえでイサナのやったことに驚いているようだ。


「雷の魔法は魔力で作った不安定な力場に他の物質を近づけると発生する法則があります」

「ええ、そうね」

「なので、ギリギリ安定している力場の塊を作ってサハギンの群れの上で一気に広げました。

 急激に広がった力場は不安定になり、一番近くにいるサハギンに反応して落雷が発生します」


 理系っぽい会話の気がするが、多分理系の人が聞いたら怒る。魔系とか言えばいいんだろうか。


「うん。言ってることは分かったわ。その上で言うけど、なんなのそれ?」


 どうやら今のイサナのやったことは、かなり常識外の魔法だったらしい。


「そりゃあ、巨大な火球を飛ばすよりは魔力消費は少ないだろうけど、どれだけ神経すり減らせばそんな面倒なこと出来るのよ」


 前にモカさんが、イサナは魔力操作が得意とか言っていた気がする。

 その時は魔力量が少ないとも言っていたのだが、何かの拍子に急激に増えたりするものなんだろうか。セリアさんには劣るにしても、それなりの魔量量があるように思える。


「さっきも言ったんですけど、シンタさんに召喚されてから魔力のことが前よりも分かるようになった気がするんです」


 召喚で魔法が上手く使えるようになるとすると、妹が治療魔法を使えるのも何か関係があるんだろうか。


「まぁ、いいわ。お腹空いたからパン食べてくる」


 何かを諦めてセリアさんはサヴァのところへ戻って行った。さっきからパンを食べ続けているがまだ食べるらしい。

 それだけ大量の魔力を消費したということなんだろうが、そう言えばイサナは何も食べなくていいんだろうか。


「そういえばお腹空かないですね。何ででしょう」


 あとで空くといけないのでパンを一つ貰ってイサナに渡すと、黙って受け取った。


「多分、今の落雷でセリアさんと同じくらいは減ってるはずです」


 そうなると残りは元の数の三分の一くらいか。かなり減っているが、それでも百体以下ということはないだろう。

 数百から多ければ千体くらいは残っているのかもしれない。対してこちらは直接戦えないイサナやセリアさんを入れても30人くらい。

 サハギンがゴブリンやコボルト並みの強さだとしても、数の暴力には勝てないかもしれない。


「私は無力な女子なのでイサナさんと後方支援に徹します。

 シンタ兄さんは、防御力無視の俺TUEEEが出来るんですから、好きなだけ無双してください」


 勝てないかもしれない。

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