35.ポート・ウォー
漁師達で港にかがり火を焚いて夜通し見張りをするという。俺たちは早めに休んで夜明けに備えて欲しいという彼らの薦めに甘えて今のうちに寝ておくことにした。宿まで戻ると港から離れてしまうので港の近くの小さい倉庫を借して貰えたので3人で雑魚寝する。
祭司の父親も街に残るらしく、サヴァは一緒に怪我人に備えて薬を集めに今も走り回っていて、セリアさんとイーズィさんは避難する人を補助するために動き回ったまま戻ってきていない。
少しだけ藁が積んであったのでイサナと妹に渡したが、妹は遠慮して全てイサナに譲った。
「板張りですけど床は固いですよ。少しくらいでも藁を引いたほうが」
「いいんですよ、年下が気を使うものじゃないんですから。なんなら、お義姉さんと呼んで下さい」
食べ物の栄養の関係なのか分からないが日本基準で見てもイサナは年齢の割りに小さい。どうやら妹はイサナが年下だと勘違いしているようなので同じ年齢だと教えてた。
末っ子だから自分よりも年下の妹や弟に憧れがあったのかもしれない。一瞬だけ肩を落としたが、すぐにイサナに向かって謝りだした。
「ご、ごめんなさい。てっきり年下だと思い込んで……」
「いえいえ、そんなに気にしないでください」
イサナも年下に見られるのが慣れているのか気にもしない様子で微笑んでいるが、妹は平身低頭の勢いで謝り倒していた。
妹は誰にでも不遜な態度を崩さないと思っていたが、同年代の女の子は苦手なのかもしれない。
「シンタ兄さんのことだから、てっきり小さい子を大きく育ててから食べるものだとばかり……」
どういう意味だ。
妹を非難する視線を向けるが、それよりも前にイサナが上目遣いに俺を見つめていた。
「あの……食べます?」
今は遠慮しておこう。
イサナも気にしないと言っているのに、妹はしょんぼりと頭を下げて相変わらず謝り続けた。
「本当に、済みませんでした」
「気にしすぎですって」
あまりに謝罪を繰り返すのでかえってイサナの方が申し訳なさそうにしていたが、何かを思いついて「あ、そうだ」と言った。
「じゃあ、私とお友達になってください。お友達ならそれくらいで謝り続けないですよね」
「……え?」
イサナのなんでもないような提案を聞いた瞬間に、後頭部が見えるほど下がっていた妹の頭が勢いよく上がる。
その目はとても信じられないものを見るように見開かれていた。
「わ、私の聞き間違いだと思うんですが、いまおともだちになるって」
「え、ええ。言いましたけど」
「……」
驚愕のあまり妹の口があんぐりと開いた。身体から溢れそうな何かを懸命に外に逃がそうとしているようにも見える。
「だ、駄目れす。わたし、おともだち、だめ、よくない……」
「なんでですか?」
慌てすぎて舌がもつれている。
喋り方がカタコトになっている妹に、不思議そうに首をかしげてイサナが聞き返した。
「……だって、私、すぐ手が出るし情緒不安定でカッとなると自分でも見境が付かなくなるし」
「シンタさんも食べ物を前にするとそんな感じですよ」
俺を引き合いに出さないで欲しい。
「それに、シンタ兄さんを良く殴りますし」
「私もよく叩きますよ」
そう言えば二人ともしょっちゅう俺を叩いてくる。やめて欲しい。
「あと、3回もブログが炎上したし……」
「それは良く分からないですけど」
ブログなんかやってたのか。炎上させたら1回で懲りて欲しい。
「えっと、それから……」
必死になって何かを言おうとしているのだが、言葉にならないようで「えっとえっと」と言い続けている。
いつまでも何かを言おうとしている妹だったが、見かねたイサナが無理やり手を取って握り締めた。
異世界でも共通の親愛の証、握手だ。
「はい、これでお友達ですね」
「あっ……」
手をつないだまま笑いかけるイサナと、つないだ手を見つめて呆然とする妹。
いつでも偉そうですぐに激昂する妹が、涙目で唇をわなわなと震わせていた。こんな顔をしていると年齢相応に見えるから不思議だ。
「……生きてて良かった」
「大げさですよ」
「イサナさんは……女神ですか?」
「いえ、普通の人間ですけど」
いくら友達が少ないにしても妹のは過剰な反応だと思うが、思い返してみれば妹が家族以外と話しているのを見るのは初めて見るかもしれない。
「私……人間の友達は初めてです……」
聞きたくなかった情報が聞こえてきた。「人間の」という一語が更に悲愴さを強調している。
実家に居たころに週末になると出かけているのを見ていたから、てっきり友達が出来たのかと思っていたがそうではなかったようだ。
「休みの日に出かけてたのは違うのか」と聞いてみると、涙声で大見得を切って宣言された。
「はっ、私を見くびらないでください。生まれてこの方17年、一度も人間の友達なんて出来たことないですよ」
どこに胸を張る要素があるのか分からない。
まぁ、普通の感性を持ってれば妹と友達になんてなりたくないだろう。クラスメイトの安田君も「理不尽暴力キャラは人気ない」と言っていたし。
イサナも変な子だから案外気が合うのかもしれない、としみじみ思っていたら側頭部に鈍痛が走った。
「何か失礼なことを考えていましたね」
サヴァから受け取った新しい杖を掴んで俺を睨むイサナがいた。
懐かしい感じだが、杖が違うからか前よりも痛い。多分、石の部分で叩かれた。
「イサナさん、男なんて信用してはいけませんよ。
私もネットで知り合った女の子に実際に会ってみたらキモいおっさんだったことが何度もありましたから」
まだ目頭が赤いままの妹が、人差し指を立ててイサナに話しかけている。
休日に出かけていた理由が判明したが、判明しないほうが良かったかもしれない。キモいおっさん達が無事に家に帰れたことを祈ろう。
「信用できるのは友達だけですよ。そう……友達……ともだち……うへへへへ」
人生初の友達が余程嬉しかったのだろう。気持ち悪い笑い方をして顔をにやけさせている。
イサナは少しだけ引きつった顔をしながらも妹を見て微笑み続けていた。
「イサナさん、今度一緒に甘いものでも食べに行きましょう」
「その文句は、ご実家の伝統か何かですか?」
お互いに不思議そうな顔をする二人だった。
結局、「お友達だから藁も半分こですね、お友達だから」という妹の言葉で藁を等分して使うことになった。
「どうぞ、いつも通り二人はくっついて寝てください」
妹はそう言ってさっさと藁を抱えて倉庫の隅に寝転がる。
いつも通りも何もくっついて寝たことなんかない。と思っているとこちらに背中を向けた妹がぽつりと呟く。
「エロイことはしないでくださいね」
「し、しませんよ!?」
何故かイサナが慌てていた。
その後、妹の言うことに従ったわけではないが、イサナの近いところに横になってお互いに向かいあった。
部屋の隅では既に妹の寝息が聞こえる。なんだかんだ言って疲れたのだろう。
「シンタさんからすると、私と会うのは久しぶりなんですね」
「そうだな」
イサナからすれば俺が買い食いに出かけて1日も経っていないうちに海上へ飛びだされたのだから懐かしさも無いだろう。
港に戻る船の上でも簡単な事情は話したが、他にも色々と話したいことはある。身体は疲れていたが覚えているうちに聞いておきたかった。
最初に聞きたかったのは、あの日……イサナが石像へと変えたと言った、気味の悪い声で笑う金髪の幼女のことだ。
「確かにいました。私が部屋で着替えてシンタさんが戻ってくるのを待ってると、ノックする音が聞こえて」
最初は俺が帰ってきたのかと思って、「どうぞ」と言ったが返事がなかったそうだ。
俺が買い物しすぎて手がふさがっているのかと思ってドアを開けると、そこにアイツがいた。
「本当に、普通の女の子に見えました。どこにでもいそうな子で、部屋を間違えたのかと思いました」
親はどうしたのかと聞こうとしたら、当たり前のように部屋の中に入ってきた。小さい子にありがちな遠慮のなさ故の行動だと思って、少し注意したそうだ。
「知らない人の部屋に勝手に入ったらダメですよって言ったんです。そうしたら、急に笑い出して……」
あの気味の悪い声で、気味の悪い笑い方で、イサナの名を呼んだ。
「私の名前や、シンタさんのことも良く知っているって……
何だか良くわからないことを言ってました、お礼がどうとか。女の子の願い事は決まってるとか」
それは俺にも言っていたことだ。包丁の姿から戻れたお礼をする、女の子の願いは永遠の若さだと決まってる。本当にふざけているとしか思えない。
「それで、足から石化しているのに気づいて。もうすぐシンタさんが戻ってくると思ってドアの前に立ったところで、気がついたら船の上でした」
俺の体験したことと、アイツの言っていたことを伝えて何か思い当たるものは無いかを聞いてみたが、イサナもアイツが何なのかは分からないようだ。
モカさんもずっと本を調べ続けて神代の魔物に行き当たるくらいだから、普通のモノではないのは確かなようだが正体は相変わらず不明だ。
それともうひとつ、イサナが召喚されて無事だったのなら俺が壊したイサナの石像は何だったんだろう。精巧にできていて見間違いや幻覚でないことはモカさん達も確認している。だからこそ埋葬までしたのに。
イサナが目の前で消えて、悔しがったアイツが嫌がらせで用意したんだろうか。目的も分からない怪人相手に考えてみても仕方ないのかもしれないが、疑問は積もるばかりだ。
横になったままイサナと話を続けているうちに、いつの間にかまぶたが落ちて眠ってしまっていた。
◆
寝ている間に魔獣は攻めてくることは無く無事に朝を迎えた。
まだ朝日が昇る前の薄暗い空気が港に立ち込めている。火を焚かなくとも明るくなったからか薪を足しておらず、かがり火は勢いが衰え燃え尽きそうになっていた。
これから魔獣が攻め込んでくるのを考えなければ、清涼感に満ちた良い朝だ。
「どんな朝でも今日はこれから始まるんです。悪い朝なんか無いですよ」
妹がらしくなくことを言う。
昨日までの妹なら「大丈夫です。どんな日でも変わらず地獄ですよ」とでも言いそうだが、友達効果で気持ちも前向きになっているようだ。
人の集まっているところへ行くと、口髭をたくわえた壮年の大男を中心に漁師達が輪になっていた。
中心にいる人物は周囲の漁師に負けず鍛え上げられた筋肉が盛り上がっているが、一人だけ日焼けをしていないので漁師ではないと思われた。
「おはようございます、皆さん」
妹が声をかけると視線が集中する。
一瞬だけ緊張が走るが、そこにいたのは見知った顔だったのですぐが空気が弛緩した。
「ああ、嬢ちゃん達か」
「よく眠れたかい」
漁師達が口々に挨拶を飛ばす。夜通しで警備していたのだろう顔色には少しだけ疲労が見て取れた。
「君達が街に残ってくれている冒険者か」
口髭の大男がこちらに進み出て話しかけてきた。年齢も違い顔に髭もあるが顔の作りに見覚えがある。この人がサヴァの父親だろう。
「祭司のモビィだ。息子が世話になったらしいね、ありがとう」
昨日、サヴァが家から持ってきたグローブはこの人の物に違いない。およそ祭司とは思えないムキムキの肉体は周りの漁師と比べてもひときわ大きく見える。この世界の祭司はガテン系の仕事をしているんだろうか。
顔立ちこそ似ているが身体の作りはサヴァとは大違いだ。肌が日焼けしていれば港の網元だと言われても信じる。
「このまま何もなければ良いんだけどね」
水平線を眺めながらモビィさんが呟く。視線の先を一緒に見るが、空は明るくなってきているものの海はまだ暗くてよく分からなかった。
しばらくそうしているとサヴァがイーズィさんとセリアさんを連れてやってきた。昨日は避難する人を誘導した後、宿で休んでいたらしい。休むのが遅かったのかセリアさんはまだ眠そうだ。
「なぁ、そこにいる女の子って死んでなかったっけ? 私の目がおかしいのか?」
「目は正常よ。おかしいのはあんたの頭」
「そっかー」
イーズィさんは朝から絶好調だ。
サヴァが朝食にパンを持ってきてくれたので受け取ってかぶりつく。固くて特色もない味だが、物を食べて味がすると言うことに改めて嬉しさを感じた。
パンを食べながらセリアさんが昨日のことを話しだす。
「ここにいる人たちにはドラゴンが来ないことは昨日のうちに言ってあるわ。魔獣が来ることもね」
セリアさんの仕事は「街の人にドラゴンが来ることを伝えて逃がすこと」なので、そこだけ終わらせればギルドから報酬は貰えるらしい。
勿論、自分の意思で街に残る人まではその範疇ではないから、避難が終わった段階でドラゴンのことは隠さずに話したそうだ。
祭司であるモビィさんが予知夢の話を聞いていたことから案外すんなりと信じてくれたことで、漁師達も割とあっさり受け入れてくれたようだ。
もっとも漁師の大多数が「ドラゴンだろうが魔獣だろうがやることは一緒」という心づもりだったことが大きいのかもしれない。
「サヴァさん、魔獣が攻めてくる時間は分からないんですか?」
「はっきりと姿は見えていたので太陽が昇っているはずですが、細かい時間は……」
分からないそうなので、はっきり見えた姿の方を教えて貰う。
「夢で見たのはサハギンが主です。海中には他の魔獣もいたのかもしれませんが、陸上に上がれる海生魔獣の数はそんなに多くないですから」
サハギンという魔獣を知らなかったのでイサナを見ると、それに気づいて説明してくれた。足の生えた魚のような姿をした半魚人だそうだ。
知性も魚よりマシ程度で、群れで行動したりするが頭の良さはゴブリンやコボルトとさほど変わらない。
「ただ、数だけは凄かったです。見渡す限りサハギンの暗い鱗の色で埋め尽くされていました。
その……血を流して倒れている人もたくさんいました」
相当な被害が出るようだ。サヴァが語る夢の内容では惨憺たる景色が広がっていた。
誰かが息を飲む音が聞こえた気がする。
「……きました」
イサナが静寂を破って声を出す。
ほぼ同時にセリアさんが空中へと飛びあがった。水平線を睨みつけるように凝視する。
「太陽を背にして魔獣の群れが迫ってきてるわ! 数は……分からないけど沢山! 海が黒く染まるくらい!」
"蒼い大魚"を使ってイサナを召喚したことが原因かもしれないし、その後ドラゴンをカレーライスにしたことが問題だったのかもしれない。
もしかするとそれとは関係なくドラゴンと"蒼い大魚"の衝突が発端だったのかもしれないが、その一連の流れがの終着点がもうすぐ始まる。
全ての始末をつける時が来た。




