34.プラウン
全員が街に残るという選択をしたところで、さて、と妹が言う
「サヴァさん、夢の中で街が襲われている時は夜でしたか?」
距離から考えれば海の魔獣が街へ到着するまで半日ということだったが、今はもう空が茜色を通り過ぎて薄暗くなっている。今から半日後には真夜中になっているが、魚だって夜は寝るし街に攻め込んでくるのも日が明けてからかもしれないということだった。
「姿をはっきり見ていたので明かりはあったと思います」
「と言う事は朝になってから攻め込んでくる可能性が高いですね」
朝まで時間があるなら多少なりとも準備は出来るし、街から逃げる人たちも余裕が出来るだろう。ちょうど通り過ぎる街の外へ向かう馬車と、子供の手を繋いで後に続く女性の姿を見ていると少しだけ安堵感が浮かんだ。
「私は逃げる人たちの手助けしてくるわ。イーズィも手伝いなさい」
「おっけー」
セリアさんとデロリアンに乗ったイーズィさんが離れると、サヴァも一度家に戻ると言って走って行った。ここに残ることについて父親と話し合いでもするのだろう。
残った俺とイサナと妹は、薬や防具を揃える為に商店街へ向かった。そこそこの規模の街ではあるが、王都と比べると品ぞろえは貧弱だ。
それに今は魔獣の襲来に備えて出来る限り商品を持ちだしているだろう。イサナの使う杖でもあれば十分という気持ちで武具を扱う店へ向かうと、そこには何故か人が殺到していた。
「随分な人気店ですね」
「街を離れるのに、買い漁ってるのかもしれませんね」
妹の冗談にイサナが生真面目に答えた。
店の混雑を遠巻きに見ていると、店で買ったらしき槍を抱えて出てくる人が話しかけてくる。日焼けした肌を見るに、この街の漁師だろう。
「あんたたち、旅行者か? 今すぐ逃げた方がいい。もうすぐここにドラゴンが来るらしい」
旅行者ではなくドラゴンの襲来を知らせる冒険者だということにして身分を告げると、俺たち3人を眺めて「お嬢ちゃん達は、とてもそうは見えないな」と言った。俺は冒険者に見えると言うことだろう、ドラゴンを倒したりして知らぬ間に気迫が出ているのかもしれない。
「あぁ、兄ちゃんは命乞いをする人間だろうが躊躇なく殺すような雰囲気を感じるな」
とんだ言いがかりだ。
何か言い返そうと思ったが、妹が「シンタ兄さんは目が怖いんですよ」と被せてきた。イサナも「何考えてるか分からないんですよね」と乗っかってダメだししてくる。悪意がないと分かっていても気持ちが沈んできた。
「私たちはそういうわけで街に残っていますけど、ここの方達はまだ逃げないんですか? 正直、武器を買いあさってる場合じゃないとは思いますけど」
セリアさんが手助けしているとはいえ、街全員を一人で脱出させるのは無理だ。身を守る武器も必要だろうが、集団での移動になるだろうし今は一刻も早く街を離れるほうが安全だろう。
「ちげぇよ、俺たちは街に残るんだ」
予想外の答えに驚いていると、続々と店の中から武装した漁師達が出てきた。獲物は槍や剣など様々であるが数は20人ほど、皆その鍛えられた筋肉が逞しく主張している。
「俺たちのことは良いから、あんた達は女子供についてってくれないか」
「そうだな、そのまま他の街につれてってくれれば良いから」
「ドラゴンは出来るだけここに引きつけて置いてやるからよ」
「まぁ、俺たちだけで倒しちまうかもしれないけどな」
揃って大きく笑う声は微塵も悲壮さを感じさせないが、どこか投げやりになっているそうな響きも含んでいる。横で「今のは死亡フラグですよ」と呟いている妹は無視して、何故逃げないのか聞くとあっさりと答えが返ってきた。
「海は皆のもんだ、俺たちだってそこまで欲張りじゃない。魔獣と分け合ってもいいとは思うさ。
だけどな、この街は俺たちの街だ。爺さんたちが作って、ここまで育ってきた大事な街なんだよ」
「それでも、死んじゃうかもしれないんですよ。街なら他の場所で作りなおせばいいじゃないですか!」
今まで黙っていたイサナが自分のことを棚に上げて街の為に命をかけることに異議を唱えると、漁師達は複雑な顔をして口ごる。
「女には分からない、とは言いたくないが……」
「イサナさん、自分の恋人が殺されそうになっているときに、『恋人ならまた作ればいいじゃないか』と言われたらどう思いますか」
言いづらそうに口を開いた漁師の言葉を遮って、妹がイサナに向かって問いかけた。その意味を理解して視線を俺に向け、今度は逆にイサナが口ごもってしまう。
「そん……いえ、済みませんでした。命をかけるべきことなんですね」
「あぁ、分かってもらえたなら良いさ」
何に変えてもやるべきことはある。その気持ちは十分に分かるし、まさに今日それを実行してきた俺に否定する権利は無い。
「なぁに、いよいよヤバくなったら逃げる。そんなに心配すんなよ」
恐らく逃げるつもりなど毛頭無いのだろう。家族や大切な人が逃げられるように、街を守れるようにここで命を張ることを決意しているのだ。
「いいですねいいですね、そういう男臭いのは大好きですよ」
さっきイサナを窘めた姿など見る影もなく、ニタニタと笑いながら妹が声を漏らす。さっき顔を赤くしていたサヴァには見せられない姿だ。
「私達も一緒に戦いますよ。私は回復魔法が使えますから、死ぬ前に私の顔を見に来てくださいね」
妹の発言にどよめきが走るが、次第に喝采へと変わった。「死ぬ前にお嬢ちゃんみたいな美人の顔を見られるならそれで十分だぜ」などと軽口が聞こえる。
彼らはまだ知らない。死ぬ前に女神のような顔をした修羅が自分に殴りかかってくるのだ。しかも怪我を治されて戦線へと送り返される。物理的に炸裂する妹の慈愛を体験すると、二度と怪我なんてしないと心に誓いたくなる。
「シンタ兄さん、私達も商品を見せて貰いましょう」
良い気分になった妹が先導して店の中に入ると、店内はがらんと静まり返っていた。先ほどの漁師達によって使えそうな物は全て出払ってしまったのだろう。
木の棒や弓矢は置いてあったが、木の棒は無いよりマシな程度で弓は使い方が良く分からない。今から覚えると言うのは無謀だろう。
「外の話は聞こえてたけど、申し訳ないが見ての通りで商品はもう無いんだ」
「そのようですね」
落胆を隠そうとせずに妹が息を吐く。俺と妹は素手で十分だがイサナ用の杖は難しそうだ。
念のために聞いてみるが「街に魔法が使える奴が何人かいたんで、そいつらに売ってしまった」とのことだったので仕方がない。
防具も在庫がないという話だったので早々に諦めて雑貨を買い求める。妹の世話になりたくないので体力回復薬が欲しかったのだが、こちらも在庫がなかった。
結局、街に残る人が何十人かいるというのが分かっただけで何も買うことは出来なかった。彼らも自分たちの街を守るために必要だったのだろうし誰を責める話でもない。
漁師達の話によると、このあたりの海の魔獣はほとんどが日中に行動するということだったので、彼らも交代で見張りを立てて夜明けに備えるそうだ。
何もすることがなくなったので宿に戻ろうかと言うところで、港の方から叫び声が聞こえた。漁師達と共に走って向かうと、暗くなった港の照明に照らされた異形の影を発見する。
影を取り囲むように数人の男達が槍や剣を持って距離を取っているが、影は横に長く3m以上はあるように見える。尻尾もあるようで、巨大なトカゲを想像させた。
取り囲んだ男達が距離を保ったまま、じりじりと後退してくると照明の強い場所に差しかかって影の正体が判明した。
海老だ。巨大な海老がいる。イサナが知っていたのか口を開いた。
「マッドロブスターです、夜行性で凶暴な魔獣ですよ」
あれだけ大きくて凶暴というなら、それは脅威になるだろう。漁師達も出方をうかがって距離を取るばかりだったが、海老の方がしびれを切らしたのか子供の身体ほどもあるハサミを振りまわして攻撃をし始めた。
鍛えられた身体をしていても普段は魚相手に使っている筋肉だ。いきなり現れた魔獣と戦うような訓練はしていない。これは危なそうだと思ったとことで、一緒にきた漁師が「回復魔法頼むぜ!」と叫んで海老に向かって走り出した。
素人目に見ても分かるダメな槍の構えだった。それでも「だあああああ!」と気合を声に発しながら筋肉に任せて突っ込む。
横からの攻撃に対処できず海老は槍の一撃を横っ腹に食らって少しだけ動きを止めた。しかし、次の瞬間には何事もなかったかのようにハサミを振るって漁師を叩き飛ばした。
「くそっ、鎧みてえな身体してやがる」
漁師の方もたいしたもので、数メートル吹っ飛んで地面に叩きつけられた割にはすぐに起き上がった。
しかし、金属製の槍も通さない甲殻を身にまとっているとなると魔法で攻撃するくらいしか無いのだが、見たところここにいるのは武器を持った漁師ばかりで魔法使いはいないようだ。
イサナは杖をサヴァに返してしまったので今は魔法を使うことが出来ない。そうなると、後はもう俺がやるしかない。
ハサミを振って漁師達へと攻撃を繰り返す海老に向かってゆっくりと歩き出す。
この街に来る途中で天丼を食べる夢を見たことを思い出した。あれは海老天を食べる直前で目が覚めてしまって、心の中で不完全燃焼だった。
雪辱戦にはちょうどいい、ここで会ったが百年目というやつだ。
無手で海老に向かう俺に殴り飛ばされた漁師が「あぶねえぞ」と声をかけるが、妹がその背中を殴りつけて黙らせた。いや、多分あれは回復魔法だろう。きっと。そうだと信じたい。
大きさは3mくらい。身体こそ固いが、その分身体が重いのか動きは目で追える程度。そして、エビだ。
近づいてくる俺に気付いた漁師達が、俺が何かするものと思って身体を引くと、それに合わせてエビが俺に向かってハサミを繰り出す。ギリギリでハサミが届かない距離だが、これなら俺の召喚魔法が届くだろう。
胃袋から滾る衝動に任せて右腕を大きく振るう。手首から発する光が広がり魔法陣が展開する。その中身は日本語で書かれたレシピ、そこに載っているメニューは。
「エビフライ!」
腕から離れた光はエビへと移り、甲殻に張り付くように更に広がる。全身を光が覆うと次第にその質量が凝縮されて小さくなっていく。3mはあった身体は、両手で抱えられるほどの大きさへと変化した。
光が収まるとそこにあるのは大皿に載った大量のエビフライだ。
「なんだ?」
「よくわかんねぇけど魔法か?」
「おい、港にいたサメを退治した奴じゃないか?」
「おぉ、そうだ。あのときの兄ちゃんだ」
魚肉ソーセージの時に港にいた人がいたらしい。俺のやったことは「何か良く分からないけど助かったぜ」という体育会系なノリで受け入れられた。
量も多いことなので、その場でエビフライをふるまって夕食にすることにした。どこからか魚を焼いたものも持ち込まれて、港は宴会のような騒ぎになっている。
メインの料理は当然エビフライだ。初めてみる料理に漁師たちは興味津々の様子だか中々手が出ない。俺の用意したものだし、一つ食べて見せるべきだろう。
山盛りにエビフライから一本を手元の皿に取る。カラッと揚がった油の香りを漂わせる衣からは、未だにじゅぅうという魅惑の音が聞こえてきそうだ。
きつね色に揚がった衣はパン粉をツンツンと出しながら、それでいて早く食べてと言っているようでもある。手に取った箸で優しくエビフライをはさみ、そして一切の情け容赦なく噛り付いた。
ざくっ、心地よい歯ごたえが額関節に伝わる。
じゅっ、衣から溢れ出た油が舌先を焦がす。
じゅわぁ、開放された海老の身から旨みの詰った汁が溢れ出る。
海老独特の薄紅色の香りが鼻と耳へと抜け出た。もう、たまらない。
熱々のエビフライを噛み締めれば、内部からも熱された油と一緒に海老の凝縮された旨みが躍り出てくる。はふっはふっと酸素を取り入れながらせわしなく口を動かし、十分に味わったところで飲み込んだ。
熱い息を吐いて箸でつまんだままのエビフライを再度持ち上げる。
ぷりっとした身を断面を覗かせるフライに、ぬりこむようにタルタルソースをたっぷりと付ける。てらてらと淡い輝きを振りまく神秘のソースはフライの油の匂いと合わさることで酸味のある香りを揮発させ、それがまた食欲をそそる。
タルタルソースの付いた部分を丸ごと口に入れて、尻尾だけ残して噛み切った。
カシュッと音を立てて衣が弾ける。先ほどと同様に油と海老の旨みが流れ出してくるが、今度はタルタルソースに受け止められて混ざり合う。そこへ絡む油は相性が最高だ。その全てが海老の旨みを更なる高みへと導いてくれる。
卵の甘みが舌触りをまろやかにして舌への防御壁を張る。続いてピクルスの香味とマヨネーズの酸味が届いたかと思うと、一気に海老が攻め込んでくる。サクっとした歯ごたえの衣に包まれた海老の身。そのプリッとした身を歯で挟むと暴れるように口の中で踊る。
確かめるように繰り返し咀嚼し飲む込む。その感動に思わず「……うまい」と呟いた直後、俺の様子を見守っていた漁師達がエビフライの皿に殺到した。
「お前2つもとるなよ」「早い者勝ちだ」という騒ぎに俺の食べる分はもう残りそうにないと悟り、他の料理の皿を探しに立つとこちらへやってくる人物に気付いた。
「遅くなりました」
「サヴァさん、もういいんですか?」
家に帰っていたサヴァが戻ってきていた。荷物をたくさん背負っている。
「家にあった使えそうなものを持ってきました」
背中の荷物を降ろして、中身を開けると色々出てきた。
「ミズキさんに手を保護するガードです。拳闘家が練習用に使うものですが、魔法を使うたびにいつも手を怪我してしまっているので」
「可愛いですね、ありがとうございます」
キッチンミトンに似ているグローブに見えるが、良い選択だと誉め称えたい。殴られる痛みが軽減しそうだ。
しかし、何でそんなものが家にあったのだろうか。疑問を余所に次に取り出したのは30cmくらいの短い杖だった。白い色で先端に宝石が埋まっている。
「イサナさんは凄い魔法を使えるようなので、これを使ってください。店で売っているものよりは良いはずです」
魔法で使う杖の良し悪しは分からないが、何となく高そうな気がする。
「これは……良い物どころじゃないですよ?
宝石は蒼海玉だし、杖も材質は大型海生魔獣の骨じゃないですか。握りには細かい細工もしているし……」
「僕の家の家宝ですが、誰も使える人がいないので持ち腐れなんです」
良く分からないが、何やら凄いらしい。かなり奮発して持ってきてくれたようだ。
「それと、シンタさんですが……」
この分だと、俺のもかなり期待できるかもしれない。魔法を増強する道具だったり身体を守ってくる防具だったりすると嬉しい。
「済みません、良いものがありませんでした」
そうですか。




