33.エージェント・エルフ
船が港へ到着すると俺たちを降ろしてサヴァは船を繋ぎに行った。その間に歩いて宿まで戻ると、見知った人物が迎えてくれた。
腰まで伸びた金髪、人間のものよりも長い耳。清純そうな外見からは想像もつかないが、守銭奴が過ぎたために里から追い出されたエルフ族。
「美人ですね」
「お、お久しぶりです」
イサナ、妹と並んで近寄る。今はセリアさんだけで兄は一緒にいないようだ。妹は「カズ兄さんの知り合いですね」と何も言わずとも悟っていた。
港街へ来る前に”緑の風”に寄って伝言を残していたので、妹がこちらに来ていることは兄もセリアさんも知っているはずだが、一応簡単に紹介しておく。
「シンタも、随分と血色がいいじゃない。前に見たときは今にも倒れそうなだった顔色のに。そっちの子も……?」
セリアさんは、イサナを見てまばたきを繰り返している。イサナを助け出すために行動していたことは言っていないから、ここにいるのが不思議なんだろう。
「えっと、イサナ……の、双子の姉妹とか?」
やっぱり過去から召喚するという発想は無いようだ。ちらりと妹見ると、難しい顔をしてセリアさんを見つめていた。
そもそも召喚魔法が昔話の中のものらしいし、そんな考えが浮かぶ方がどうかしているのだろう。
「おっぱい大きい人ですね」
どうかしているのだろう。
「い、いえ、本人です。シンタさんに助けて貰って……」
イサナが慌てて説明をしようとするが、その声を遮ってセリアさんが叫んだ。
「……まさか、本当に死霊使いに!?」
まだ噂話が広まっているのかそんなことを言う。そもそも噂の元にはセリアさんも含まれていたはずだが、話がこじれそうなので黙っておく。
説明すると長くなるので「実は生きてたんです」と言って無理やり納得してもらった。それよりも何故セリアさんがここにいるのかが気になる。
「あっ、そうだった。もうすぐこの街へドラゴンがやってくるのよ! 急いで逃げなさい!」
セリアさん曰く、冒険者ギルド全体に緊急依頼が舞い込んできたそうだ。内容は「古代竜の調査」だったのだが、すぐに「古代竜の撃退」及び「周辺住民の避難」に変わった。
どこからか古代竜が復活するという情報を掴んだのはいいが、調べるよりも前に復活してしまったようだ。有名ギルドは討伐に乗り出し、弱小ギルドは住民避難に駆け出す。
当然、弱小ギルドである”緑の風”は住民避難に奔走した。セリアさんが言うには、指定された街へ移動して話をするだけで報酬がもらえる美味い依頼だそうだ。
「ドラゴンの復活ですか」
「最近、聞いたような話ですね」
イサナが微妙な表情をしている横で、妹はしれっと澄ました顔をしていた。
どんなドラゴンか聞いてみると「噂ではゴールドドラゴンらしいわ」とのことだった。恐らく、カレーの元になったゴールドドラゴンと同一だろう。
それだけ騒ぐような魔獣がポンポンいるはずもないし、八竜とかいう枠組みも作られているくらいだから単独の存在だと思っていいはずだ。
今は船の中で空になった寸胴が転がっているだけで見る影もないが。
「そうよ、だから貴方達も早く避難を」
「そのことなんですけど」
イサナが恐る恐る手を挙げて言葉を遮った。
「どうしたの? そういえば海に出てたみたいだし、もしかしてゴールドドラゴンを見たの?」
「み、見たというか。遭遇したというか、戦ったというか……」
「はぁ!?」
セリアさんは驚愕と呆れが混ざったような顔をする。美人は表情が崩れると妙に迫力が出てちょっと怖い。
「シンタ兄さん、説明するのも時間がかかりますから、一回見せた方が早いです」
妹の言う事はもっともなので、手っ取り早く見せてみることにした。
セリアさんとは一緒に迷宮に入ったときに”魔術書”で魔獣を食料にするところを見ているから、説明は少なくても大丈夫なはずだ。
「ドラゴンのブレスを食料に変えるくらいですから、普通の魔法でも変えられるはずです」
妹の言葉に従ってセリアさんに魔法で水の球を出してもらう。宙に浮いた綺麗な水の玉だ。両手で抱えるほどの大きさだが、光を反射してキラキラと輝く姿は飴玉のようにも見える。
以前は包丁の力で”魔術書”を使えたのかと思っていたが、生身の拳で召喚魔法を使えることを考えると包丁は関係ないのかもしれない。
包丁を使わないようになってから魔術書に変える段階を経ていないので、いい機会だから試しておこう。俺の使えるこの力は未だ持って正体不明だが、なるべく詳しく知っておいた方がいい。
「魔術書!」
拳で殴りつけると一瞬だけ魔法陣が輝き水の球が光に包まれる。立体的な球体だった水の塊は、一枚の紙片へと変化した。久しぶりにやってみたが、包丁を使わなくても変わらないようだ。
「どういうこと? 魔封具はどうしたの?」
床に落ちた紙片を拾い上げて中身を確認する。俺の想像した通り、書かれている内容は飴玉のレシピだった。無色だったからか、ソーダ味だ。
「包丁は魔封具では無いです。魔獣を食料へと変えていたのは、俺自身の召喚魔法でした」
「……は?」
セリアさんが、ぽかんと口を開けている。やっぱり召喚魔法というのは常識の埒外なんだろうか。
「シンタ兄さんの召喚魔法は魔獣や魔法など、魔力的な構造で存在している物体に対して作用するようです」
「まさか、さっきのゴールドドラゴンと戦ったっていうのは」
「ゴールドドラゴンは……美味しいご飯なりました」
「それと、シルバードラゴンもいました」
「はぁあああ!? げほっげほっ」
イサナの追補した情報を聞いてまた叫び声をあげるが、さっきから叫びすぎてセリアさんが声が枯れそうになってむせている。水の入ったコップを渡すと、一気に呷って飲み干した。
「とても信じられないわ」
冗談のような召喚魔法と、古代竜の中でも特別な八竜と呼ばれるうちの二体、それを撃退どころか消滅させてしまったという話を信じろというのは無理があるのかもしれない。
どうやって信じて貰おうかと考えたが、妹が横から割って入ってきた。
「信じて貰わなくても構いません。ただ、あと半日程度でこの街は海生魔獣の大群に襲われます」
「どういうこと、詳しく説明して」
そこから妹が俺の召喚魔法に絡めてイサナを助けようとしたこと、祭司見習いのサヴァの予知夢と”蒼い大魚”の死、ドラゴンの退治から港に到着する直前に爆発した何か。それらをかいつまんで説明した。
「”蒼い大魚”を召喚に使うなんて、恐ろしいことを考えるわね」
やっぱり、妹の発想はどうかしているようだ。
「それで、街の祭司見習いの予知夢によれば海生魔獣が町を襲うんです」
「わかったわ」
半信半疑だろうが、セリアさんが頷いてくれた。どのみち街の人に退避勧告を出しているし、元の予定通りドラゴンが襲ってくるから逃げるように言い続ければ良いとのことだった。
「ゴールドドラゴンが倒されたなんてどうせ誰も信じないだろうし、私も報酬貰えなくなっちゃうしね」
さらりとほほ笑むセリアさんは大人の女性のような魅力を漂わせているが、さっきまで目を剥いて叫んでいたので騙されてはいけない。
セリアさんに続いて宿を出ると、デロリアンに乗ったイーズィさんが待っていた。
「おぉ、噂の死霊使いだな」
もうそれでいいでいいか。
イサナのことはモカさんの生徒としておぼろげに記憶しているようだったので、わざわざ生き返りなどの長い説明をしなくても済んだのは助かった。
宿の前で話していると、船の移動の終わったサヴァがやってきた。セリアさんを紹介して予知夢の話をしてもらう。
「ふーん、それでサヴァはどうするの?」
「どうする、とはどういうことでしょう?」
セリアさんが質問をするが、その内容を理解できなかったようでサヴァが聞き返した。
「ドラゴンなら一も二も無く逃げるしかないけど、海生魔獣なら戦えば勝てるかもしれないわよ」
「ええっ!? とても僕だけではどうにかなるような数では」
「自分たちの街でしょう、他にも声をかけたら街を守ろうって人がいるんじゃないの」
「それは……僕の言う事なんか、誰にも聞いてもらえませんから」
最初にサヴァを見かけたとき、漁師に囲まれながら”蒼い大魚”のことを訴えていたが誰も聞いていなかった。そのことを言っているのだろう。
「ふーん、それじゃあサヴァは逃げるのね?」
「そ、そうですね……ははは」
乾いた笑い声を出して、サヴァは視線を地面に落とす。頭を低く落とすサヴァの前に、今まで黙っていた妹が移動してきた。
「サヴァさん、本当に逃げるつもりですか?」
「それは、もちろん」
「それなら、はやく家に戻って荷物をまとめるべきではないですか?」
「僕はそんなに荷物が無いので」
「嘘ですね」
無表情でサヴァと会話する妹の顔は、不思議と怒っているようには見えなかった。
「な、う。嘘ではないですよ!」
「見習いとはいえ、祭司としてのプライドですか? 何にせよ一人でどうにかしようというのはバカのすることですよ」
「う……はい」
更に深く項垂れるサヴァの頭に妹が拳を伸ばす。この上、更に殴ろうと言うのは傷口に劇薬を塗りこむような行為だろう。
止めるべきだと思って妹の名前を呼ぼうと思ったが、それよりも素早く妹の人差し指がサヴァの額を弾いた。デコピンだ。
「ですがまぁ、そういう男らしいバカは案外嫌いではないですよ」
その時、久しぶりに妹がほほ笑む顔を見た。笑う顔なら何度も見ているが、ささやかに優しくほほ笑む妹と言うのはあまり見られない。
額を小さく叩かれたサヴァは頭をあげて、その妹の顔を直視してしまった。海の上での様子からすると恐らくサヴァは特殊な趣味を持った人間なんだろうが、それでも今の妹は心の琴線に触れるものがあったのだろう。
上目遣いに見るサヴァの顔がみるみる真っ赤になっていった。
「ミズキさんは魔性の女か何かですか?」
ひそひそとイサナが話しかけてくる。どちらかというと魔王なのだが、本人もいることだし口にはしない方が良いだろう。
「シンタ兄さん、私はサヴァさんと一緒に街に残ります」
妹があっさりと重大な決断をしたことを告げる。多分、妹ならそうするだろうとは思っていたので何も言う事は無い。「そうか」とだけ言って頷いた。
「私は逃げる、と言いたいけどカズの妹がいるのに見捨てたら金蔓が離れちゃうからね。私も残るわ」
セリアさんが仕方ない、といった風に呟く。
「イーズィ、あなたも残りなさい」
「おっけー」
相変わらずイーズィさんは軽い。割と命のかかった大事な決断のシーンだったのだが、それを微塵も感じさせない軽妙さだった。
「シンタさんは、どうするんですか?」
イサナが俺に尋ねてくる。
「俺は、帰るかな」
「そうですよね、私も……って、えぇ!?」
何に驚いたのか、俺を見上げて目と口を大きく開いていた。
「えっ……普通、ここは一緒に残る所じゃないんですか?」
「イサナさん、シンタ兄さんは普通ではないのですよ」
随分な言われようだ。
「普通でないという言い方が不適切なら、異常ですね」
更に酷くなった。
イサナが流石に言いすぎだと思ったのか何か言おうと口を開いたがそれに関係なく妹が話を続けた。
「昔、シンタ兄さんが遭難したことがあります」
「はぁ……?」
「海で一人でボートに乗って遊んでいたら沖に流されて、たどり着いた無人島で二週間ほどサバイバル生活をしていました」
そう言えばそんなことがあった、確か小学生のときの話だ。おかげて夏休みが半分になってしまったことを覚えている。
「無人島ですから、食べるものは自分でどうにかするしかありません。子供が一人で、です」
「もしかしてシンタさんがこんな風になったのは、その時のトラウマが原因で……!」
「いえ、シンタ兄さんはその前からこんな感じでした」
「こんな感じでしたか」
こんな感じだったらしい。
確かにそこの生活で何かが変わったような思い出はなかった。ヤシの実と魚が美味かったのを覚えている。
「毎日たくさん運動し新鮮な魚介類と果物で潤った食生活を送ったシンタ兄さんは、救助された時には身長も伸びてかえって健康になっていました」
「何というか、非常にシンタさんらしい話ですね」
いつの間にか俺の思い出話を披露されてしまっている。
「そんなシンタ兄さんですから、今だって海生魔獣を召喚魔法で食べ物に変えたい衝動で脳がはちきれそうになっているはずですよ」
さっきカレーライスを5杯食べたから、そこまでではない。目の前に出されたら、それはもちろん頂くつもりだが。
「それが海鮮食材を目の前にして帰るだなんて、普通ではないんですよ。はっきり言って異常です」
妹の言っていた普通でないとか異常というのは、今の俺に対しての言葉だったようだ。
「イサナさん、せっかく再開したあなたを危ない目に遭わせたくないんですよ。この兄は」
「あ……」
そういうことは恥ずかしいから口に出さないで欲しい。イサナは黙って顔を赤くして俯いてしまった。
「無人島に流されても食欲を失わないシンタ兄さんが食欲を無くしたんです。よっぽどイサナさんのことが大切なんですよ」
イサナの顔が更に赤くなり小刻みに震え出す。もしかして体調が悪いんじゃないかと不安になるほどだ。
「イサナ、大丈夫か?」
「……あの……シンタさん」
震える声でイサナが俺を呼ぶ。
俯いていた顔を上げると、瞳を潤ませたイサナが俺を見つめた。顔が真っ赤だが不調な様子はない、息も荒く酒に酔っているような高揚した表情だ。
「あの、絶対に幸せにしますから……!」
「お、おう」
話の脈略が分からないが、とりあえず頷いた。
セリアさんとサヴァは生温かい目でこちらを見ていた。隣では妹が「はいはい爆発爆発」と吐き捨てている。
イーズィさんは話を聞いていなかったのか、何か小さい部品を手の中でいじくりまわしていた。
「でも、私はここに残りたいと思っています」
少しだけ朱色の抜けた顔で、イサナは俺に宣言する。
「シンタさんが私を助けてくれて、それには”蒼い大魚”が必要で。
直接の関係はないのかもしれませんが、結果としてこの街が魔獣に襲われるなら、それはきっと私も関係しているんです。だから……!」
イサナの瞳は力強いものだ。場の流れや話のついでで言いだしたことではないと分かる。
勿論、俺が担ぎあげて街から離れれば、力の差でどうすることもできないだろうが、そこまでする必要はない。
「それでは、全員が残るということですね?」
話を聞いていなかったイーズィさん以外全員が黙って頷いた。
再び繋いだイサナの手を、二度と手放すことはしない。
イサナが望んで残るというのなら、俺が守る。




