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可変迷宮  作者:
第二部.U & MEE

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39.アベンジャー

 近くまで迫った俺に気づかず、妹はアイツの吹っ飛んだ先の木箱へと歩いて行く。

 その顔色は蒼白で、唇だけが噛み締められて血が滲み赤くなっていた。

 声を掛けるのも憚られるほどに、妹が怒り心頭に達しているのだと分かる。


「どれ程に嬉しかったと思ってるんだ」


 口の端から血を垂らしながら呟く妹の声は、不思議と波の音に消されずに響いて聞こえた。

 周囲にいる漁師は何事かと距離を置いて遠巻きに見守っている。


「始めての友達ができたんだ。今までに出来なかったことを沢山やりたかったんだ。

  並んで学校から帰ったり、寄り道してクレープ食べたり、夏になったら一緒に水着を買いに行ったりするのが夢だったんだ」


 何やら自分の願望を呟いているようだ。

 そんな小さな夢を抱えているとは思わなかった。


「ずっと欲しかったものを目の前にポンと差し出して、それで食いつくと思ったのか。人を馬鹿にしやがって」


 昨日の夜にイサナの申し出に食いついたのは違うんだろうか。

 アイツからは人を騙す臭いがするとか言っていたし、きっと違うんだろう。

 妹の怒りの声が届いたのか、木箱の下を押し退けてガタガタ音を立てながらアイツが起き上がる。


「……いきなり女の子の顔面を殴るとか、正気かよ」


 友達が一人もいないで、ずっとインターネットばかりやっていた人間が正気(まとも)なはずがないだろう。

 脳を揺さぶられたのか足元をふらつかせ、殴られた顔をさすりながらアイツが妹へと近づいた。


「しかも体が吹っ飛ぶくらいの攻撃なのに傷がない。何これ、魔法?」


 妹は殴りながらも治癒魔法をかけていたらしい。

 万が一を考えていたのか、衝動で女の子に殴りかかるほど考えなしではなかったようだ。


「チッ、自動でオフにならないのか」


 もっと酷かった。

 治すつもりは一切なく、自動で治癒魔法が掛からなくなると思って殴りつけたらしい。


「ミヅキ離れるんだ。そいつは危ない」


 妹を追いかけて腕を掴んだ。身体ごと引きずられるかと思うくらいの力で進もうとしている。


「兄さん、離して。あいつ、殺せない」


 妹は余裕が無くなると喋るのがカタコトになるようだ。いつの間にか右手に大きな石を持っている。

 治してしまうかもしれない手ではなく石で殴るつもりなのだろうが、隙を突かれればどうなるか分からない。

 イサナを召喚するのに巨大な勇魚(くじら)が必要だった。妹を召喚するのに必要になりそうな巨大なクラゲがいるとは限らない。


「俺がやる、アイツには借りがある」


 妹の腕を掴む手に力が入る。殴られるかもしれないが、アイツばかりは俺が倒さないといけない。

 とりあえず2発くらいは殴られるのを覚悟していたが、妹は何も言わずに進む足を止めた。

 妹の顔を見ると不機嫌そうな顔のままで無言のままで頷いた。

俺に任せてくれるようだ。


「話は終わった?」


 わざわざ待っていたらしい。

 顔にはニタニタと気味の悪い笑みを浮かべている。


「お前には一杯食わされたな」

「何のことぉ?」


 ゆっくりと近づく。

 アイツが何をしてイサナを石に変えたのか分からないが、この世界では石化は毒によるものだ。

 元の世界の神話のように、見られるだけで石になることは無いだろう。

 どちらにせよ今の距離では俺の拳は届かない。足を一歩ずつ踏み出す。


「覚えてないのか」

「ごめんねぇ?」


 表情は全く変わらない。力を持つことによる余裕ではなく、ただ単に気を抜いているに見える。

 以前、身体が借りものだとか。もう死んでいるとか言っていた。

 もしかすると胴体に風穴が空いたくらいでは死なない身体なのかもしれない。

 まだ少し遠い。足を進める。


「お前に渡したいものがある」

「何かなぁ?」


 あと2歩というところでアイツが両腕を振りかぶった。


「良いものだといいなぁ!」


 腕を振り下ろすのと同時に、目の前に濃緑の煙が立ち込める。

 どう見ても身体入れて良いものではない。


「マニ菜!」


 煙の中に腕を突っ込み、今まで食べた中で一番苦かった食べ物の名前を唱える。

 身体に悪そうな色をした煙は光の微粒子へと変わり収束すると、見覚えのある植物になって地面に落ちた。

 また一歩、足を進める。


「は? 何それ?」

「生で食うと苦い葉っぱだ」


聞きたかったこととは違うのかもしれないが、答えてやる義理もない。


「くっそ!」


 アイツが再び腕を振り上げた。

 もうあと一歩の距離まで来ている、アイツが何をしても関係のない距離だ。


 俺の右手に魔法陣が展開する。日本語ではない読めない言葉で長々と何かが書かれていた。

 徐々に光で描かれた図形が広がり、腕全体を覆う程の大きさになる。

 アイツの腕が振り下ろされるのも無視して、最後の一歩を踏み出した。


「俺の奢りだ」


 俺が、今まで口に入れた物の中で一番不味かった。

 おかげで3週間も寝込んだ。最悪の味だった。

 もう二度と口にはしない。絶対に食べたりしない。


 今度は、お前が食らえ。


石躯(いしのむくろ)!」


 全力で振った拳から魔法陣が飛んでいく。

 振り下ろされたアイツの手から何かが出ていたが、それも含めて魔法陣が貼り付いて絡め取る。


「なァ!?」


 手を振りまわして魔法陣を引きはがそうとしているようだったが、すぐに魔法陣が全身に行き渡り輝きだした。

 眩い光は広がり、アイツの身体を全て覆って収縮し始める。

 粘土で作った人形を他の形に変えるように、ぐにゃりと大きさを変えて違う人の形を造り直した。


 光が収まり、目が慣れてくるとアイツだったものが視界に入ってきた。

 未だ壊れる前のイサナが石化した姿。

 固まって動かない、二度と見たくないと思っていた石像だった。


荒く息を吐いて石像を見る。動く気配もない。完全な石像だ。


「シンタさん!」


 少し離れた所からイサナの声が聞こえる。

 振り返って姿を探すとモビィさんに担がれて海から上がるところだった。

 海に落ちた後、モビィさんに担がれて港まで運んでもらったようだ。

 もしかして自力で泳げない程に消耗していたのか、モビィさんがいなかったら危ない所だった。


「大丈夫ですか、怪我は無いですか!?」


 肩から降ろして貰うと、結構な勢いでこちらに駆けてくる。

 近くまで来て俺が無事なのを確認したのか、肩で息をしながら地面に座り込んだ。


「アイツは、どうなりましたか」


 顔をあげて周囲を見渡す。そこに金髪の少女の姿は無い。


「アイツは、そこに……」


 直前までアイツだった石像を指差す。

 そこには、あの日の服を着て髪の毛を降ろした姿のイサナの石像がある。


「え……? な、ん……え?」


 座り込んだ腰を浮かし、ふらふらと近づいて石像を凝視していた。

 俺と石像を交互に見比べて「……え?」と繰り返して声に出している。


「一応、聞いておきますけど」


 後ろからやってきた妹が声をかけてきた。


「食べたんですね?」

「死ぬかと思った」


 石は食べ物じゃない。当たり前だが大事なことだ。

 精神的な消耗も相まって、秒刻みで体力が奪われていく感覚を味わってしまった。

 人間の身体は石を消化するようには出来ていなかった。


「阿呆ですか、あなたは」


 心底呆れた顔で妹は吐き捨てる。


「あの……どういう?」


 未だに現状を把握していないイサナが石像のところから戻ってきた。

 イサナが石化させられたことは前に話していたが、まさか自分で見る事になるとは思っていなかったろう。

 何と説明したものか困っていると、妹が代わりに説明を始めた。


「昔、私の乳歯が抜けた際に、シンタ兄さんがそれを欲しがったことがあります」

「え、何でですか」


妹は少しだけ口ごもったが、すぐにそれに答えた。


「シンタ兄さんですから」

「まさか食べたんですか?」


 そう言えばそんなこともあった。口には入れてみたが、美味いものではなかった。石よりは少しだけマシだったが。


「歯の一本くらい、私だって……」

「落ち着け」


 イサナが口を開けて指を突っ込み始めたので、慌てて腕を掴んで止めさせた。

 間違った方向に対抗意識を燃やさないで欲しい。

それを見ながらも妹の口は止まらない。


「私の国では極めて親しい人が無くなった際に、火葬の後でその人の骨を食む風習がある地域があります」


 テレビか何かでそれを見た子供の頃の俺が、わざわざ食べるくらいなら骨にも何か味があるんじゃないかと思うのは必然だった。

 偶然、妹の歯が抜けたタイミングでそれを思い出した俺が、捨てるくらいならと妹に頼んで歯を譲ってもらうのも当然だ。

 ピッと人差し指を立てていた妹が俺を見る。口元がいやらしく歪んでいた。


「端的に言えば、イサナさんと離れたくなかったんですよ」


 俺に腕を掴まれていたイサナが俺を上目遣いで見つめてくる。海から上がってきたばかりだから髪の毛は濡れて額に貼りついていた。

 瞳が潤んでいるのは海に落ちたのとは関係ないと思う。

 身体が冷えていたのか顔色は少し白いように見えた。その頬だけが紅く染まっている。


「……シンタさん」

「何だ」


 違う、ここは「何だ」じゃない。もっと言わなければいけない言葉がある。

 難しく考えなくて良い。簡単でいいからちゃんと言わないと。


「イサナを……いや、イサナは……」

「は、はい」


 一度目を閉じる。

 大きく息を吸って、一気に吐き出した。

 眼を開いて、イサナの眼を見る。


「イサナは、俺の物だ」

「―――ッ」


 何かを激しく間違った気がする。


「カズ兄さんみたいな台詞ですね」


 それだ。

 何故、ここぞと言う時に出てきた台詞が兄のような台詞なのか。まるで台無しだ。

 言われたイサナは耳まで赤くなっている。多分、恥ずかしいのだろう。俺も恥ずかしい。


「わ、私はシンタさんの物です」

「う、うん」


 俺の言葉を文字どおり受け取ったのか、イサナが改めて復唱した。

 あまり額面通り受け取られても困る。


「ですからっ」


 鬼気迫るとまでは行かないが、真剣な眼差しで俺を見つめている。

 途中で腰を折るようなことは出来ない。

 俺の視線に応えるように開く唇から、ゆっくりと次の言葉が紡がれた。


「食べたければ、いつでも言ってくださいねっ」


 花の咲くような笑顔だった。

 もう何も言えない。

 イサナの顔は真っ赤だが、俺の顔も負けないくらい赤くなっていると思う。


「はいはい、続きはWEBで」

「……?」


 気恥かしい雰囲気を破るように、妹が割って入ってきた。

 少しだけ助かったと思っている自分がいる。


「え、えーっと。サハギンも幽霊船もいなくなったんですよね」

「そうですね。脅威は去ったんじゃないですか」


 イサナが慌てながら妹に話しかけた。

 当初のサハギンは幽霊船を見てどこかに行ってしまったし、その幽霊船もスパムと船盛りになった。

 幽霊船の中に見えた金色の光は、そこで石像になっている金髪のアイツだったのかもしれない。

 サハギンと幽霊船と金髪のアイツに何の因果関係があるのかまでは分からないが、全て排除しているはずだ。

 サハギン達は「なんとなく」で集まっていたらしいので、一度火が消えてしまえば戻ってくることも無いだろう。


「あぁ、終わりだな」


 改めて口にすると、どっと疲れが押しかかってくる気がする。中天を過ぎていた日は既に傾き始めていた。

 周囲を囲んでいた漁師達はザワザワと遠巻きに見ていたままだったが、モビィさんが何かを説明するとそれぞれ散って行った。

 何か適当なことを言って誤魔化してくれたんだろう。


「さて、すぐに始めますよ」


 パチン、と両手を胸の前で合わせて妹が何かを促した。


「何を始めるんだ?」

「決まっているじゃないですか、困難を乗り越えた後には宴会(うちあげ)ですよ!」


 決まっているらしい。だが異論は無い。


「シンタ兄さんが大量にまき散らした魔術書が山と積んであるんです。使い切りますよ」


 俺たちが幽霊船に入っている間に、拾えるものを全て集めていたらしい。

 鮒盛りは海上に放置してきたかと思ったが、モビィさんが回収してきてくれたようだ。

 元の船が大きいからか、2mくらいありそうな船に乗っている巨大な船盛りだった。


「会場は酒場を借り切ってますから、さっさと行きますよ」


 俺達の居ない間にどこまで話を進めていたのか、既に漁師達は酒場へと向かっているようだった。

 疲れた身体を引きずってイサナと一緒に酒場へと向かう。先を進む妹の足取りはどこまでも軽やかだった。


 見覚えのある道を進んでいくと泊っていた宿屋の横に会場の酒場があった。

 扉を開けて中に入ると、海鮮素材が凝縮されたスープの匂いが立ち込めている。


「あぁ、まだ準備中なんだ。もうちょっと待ってくれよ!」


 厨房にいる女性が元気に声をかけてくる。

 どこかで聞いたことのある声だと思ったら、いつの間にか居なくなっていたイーズィさんだった。


「何してるんだ、この人」

「深く考えたら負けよ」


 酒場の隅にはセリアさんが座っていた。既にアルコールが入っているのか、眼が座っている。

周囲には同様に酒盛りを始めている漁師たちがいた。


「イーズィの奴、どこかにいなくなったかと思ったら酒場の厨房で昼ごはん作ってたのよ」

「魔法使ったら腹減るじゃん?」

「この極大馬鹿!」


 サハギンが居なくなった後に戻ってきて昼ごはんを振舞ったらしい。

 漁師達は苦笑いして、セリアさんは激怒した。

 その罰も兼ねて今度は宴会の料理を作らされているようだ。


「疲れてるなら、今の内に休んでおきなさい。まだ時間かかるから」

「そんなに手間のかかるもの何ですか?」

「私が見てないと、バカが勝手に違うもの作るのよ。おかげでゆで卵が15個もあるわ」


 テーブルの上には酒のつまみだと思っていたゆで卵が山積みになっている。

 セリアさんも精神的に疲れてそうだが、ここはお言葉に甘えて休ませて貰おう。


「宿屋の泊ってた部屋は空いてるから寝ていいわよ。準備が出来たら起こしに行くから」

「私は準備を手伝いますから、イサナさんとシンタ兄さんは休んでいてください」


 妹も疲れているかと思ったが、その気力は全く疲労を感じさせない。

 今まで学園祭もろくに体験していないから、誰かと一緒に準備するのが楽しいのかもしれない。

 酒場の扉に向けて宿屋へ向かおうとしたところで、妹が呼びとめた。


「シンタ兄さん」

「何だ」

「避妊はしてくださいね」


 何の話をしているんだ。


「な、な……ミヅキさん!」

「あれ、しないんですか?」

「し、しませんよ!」

「あら、避妊しないの?」

「しますよ!」


 妹とセリアさんでイサナをからかっていた。


「もう知りません!」


 きっと皆、疲れているんだ。さっさと休もう。

 宿屋の部屋に入り、ベッドに飛びこむと直ぐに眠気がやってきた。

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