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可変迷宮  作者:
第二部.U & MEE

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27.ローラーライダー

 目の前に(どんぶり)がある。オーソドックスでシンプルな形の丼だ。

 白地に青色で葉っぱか何かの絵が書いてあって、これだけ見ると素っ気無いような印象を与える。だが、これでいい。

 何故なら、丼の中には楽園が広がっているからだ。

 白光に包まれたかのような薄い衣に身を隠したレンコン、どっしりと構えたイカ、その脇を華やかに彩るマイタケ、それらをそっと支えるかのように佇むナス、大きさこそ目立たないものの存在感を放つホタテ。

 そして何よりも……ルビーの様に潤み、輝きを放つ尾を高く掲げた、大きなエビ。

 そう、これは天丼だ。


「いただきます」


 一人で呟いて箸を手に取る。吐息に揺れてカラリと揚がった油の香りが湯気と共に漂った。

 手を伸ばしてレンコンを箸で摘んだ。ゆっくりと、決して慌てずにレンコンを口へと運び、一噛みで半分を口に収める。

 奥歯で噛むと心地よい固さで押し返してくるレンコンが、一定のところでほくり。ほくり。と優しく砕ける。たまらず残りの半分も口に放り込んでその感触を堪能してしまう。

 口中に残った熱気を吐き出して、次に端を伸ばすのはイカだ。衣を多めに付けたイカは、前歯で挟むとサクッとした食感で答えてくれる。

 思い切って噛み千切ると、甘みの強いタレを程よく吸い込んだ衣が剥がれ、新雪のように真っ白な身が露わになった。

 噛み締めるとぷるんと跳ね返してくるような、少しだけの反発をしてくるのがいじらしい。

 それを押し切って奥歯で白い身を蹂躙する。続けざまに残りも食べきって、その反発を楽しみながら飲み込む。

 迷うことなく次の品をマイタケに見定め、口にくわえてスッと裂いて半分を押し込む。

 ふんわりと広がるキノコの匂い。

 菌の臭いが熱された油によって、清清しい香りへと昇華されている。

 豊かな匂いを堪能しながら喉を通す。

 残る半分もサクサクと音を立てながら胃袋へ迎えた。


 ここでタレの染み込んだ白米が見えてきた。

 おもむろに箸を突っ込んで掬い上げる。テラテラと妖しく光る白米は口の中で解けると同時に、タレの味を口中に広げる。

 油で強化されたレンコン、イカ、マイタケの感動を更に押し上げるような米とタレの甘み。たっぷりと噛んでから飲み込んだ。

 支える相手が不在となり寂しそうにしているナスに噛り付く。

 十分に油を吸い込んだナスの身からじゅわっと熱が染み出る。

 思わず口を離しそうになるが、我慢して噛み切る。

 ほふほふと空気を送り込んで、少しずつ沢山咀嚼する。

 この熱を食べている感覚、揚げたての天ぷらでしか味わえない感動。

 やけどするのも構わず、残りを舌に乗せる。


 口を動かしながら、既に箸はホタテを掴んでいる。

 箸の先にちょこんと乗っている真珠色の宝石。

 ナスの感動もそこそこに一口で口中に収めて、じっくりと口を動かす。

 繊維状に分かれる身から噛むほどに豊かな海の旨みがじゅわりと溢れ出てくる。

 海産物の臭みとは無縁の潮の香り。舌の上から広がる潮騒が脳髄へと響き渡る。


 ホタテを丹念に味わってから白米を口に運び、余韻を楽しみながら次の為に準備を整える。

 天丼の主役にして目玉、エビだ。

 全身全霊の礼を持って「……さん」で掴む。エビを食べなければ天丼を食べたことにはならない、それくらい重要な要「……兄さん!」


「着きましたよ、シンタ兄さん!」

「……あ?」


 目の前に妹の顔がある。エビはどこに行ったんだ。


「何を寝ぼけてるんですか?」


 ……夢か。

 夢なのか。もう少しでエビ天だったのに。もう少しだけ起こすのが遅ければ、完食とは言わないまでもエビを味わうことが出来たのに。

 何故起こした。エビが……エビのプリっとした食感が……なんてことをしてくれたんだ。


「そ、そんなに怖い顔しなくてもいいじゃないですか……」


 そんな顔になっていたらしい。

 ホットドッグを召喚して以来、食欲は戻ってきている。色々と旨い物を食べたいという欲求が出てきて、甘いものの匂いを嗅いでも気分が悪くなるようなことは無くなった。

 だが、未だに味覚だけは戻らない。空腹の赴くままに焼きたてのパンを食べてみても、ふかふかとしか食感ばかりで麦の香ばしさは感じるものの、それに付随する甘みや旨みが全く感じられない。

 せいぜい夢の中で味わうことしか出来ないとはいえ、夢の話で妹を責めるのは筋違いだろう。

 怖いといわれたので手で顔を押さえてほぐす様にマッサージする。


「ほら、海ですよ」


 妹の指差す先を見ると、波間に太陽を反射してキラキラと輝く海が見える。

 磯臭くない、心地良い潮風の香りがする。そのせいであんな夢を見たのかもしれない。


 ◆


 先日、迷宮内でどこからともなく現れたイーズィさんは、傍らにロードローラーを控えさせていた。


「おぉ、これか? いいだろう、散歩してたら拾ったんだ」


 聞けば、夜風に当たりながら散歩をしていたら観光地の迷宮内で拾ったらしい。

 医者を呼びに行く途中で目的を忘れて散歩に切り替えたということなんだろう。

 ロードローラーを見つけたイーズィさんはこれ幸いと円盤を組み込んで、その場で修理してしまったそうだ。円盤を核としたロードローラーゴーレムの誕生である。

 依然に見た壊れかけの円盤は擦れた声で「ワレハ、ジライ、ナリ」などと言っていたが、修理されたゴーレムは「イエス、マスター」としか言わなくなった。命令された事が出来る事でも出来ない事でも「イエス、マスター」だ。


「お前は本当にバカだな」


 開口一番、イーズィさんをバカと呼んだのはモカさんだった。

 予想していたとは言え、俺や妹の顔をすっかり忘れているあたり実際にバカだと思うのでフォローはしない。

 得意げな顔で胸を張っていたイーズィさんは、言われた言葉の意味が分からなかったのかロードローラーを見つめてつぶやいた。


「私は……バカなのか?」

「イエス、マスター」


 タイミングよくゴーレムが反応した。シータが思わず噴出してしまい、口に手を当てて笑いをこらえている。

 何だか自分で作ったゴーレムにもバカにされている可哀相な人に見えてきた。


 イーズィさんはロードローラーに荷馬車を引かせてそれに乗って移動してきたようだ。

 迷宮にもう用事は無いので、せっかくだからそれに乗せてもらって街まで戻った。

 謎の石は組み込まれたままだが変な意思に目覚めることなくイーズィさんの言うことを聞いているようだ。

 シータは他の人たちに黙って迷宮まで着いてきたらしく、宿に戻るなりシズキさんに引き摺られて行ってしまった。

 怪我治してもらって助かりましたと言っておいたがフォローになったかは分からない。

 せめて余り怒られないように祈ろう。


「さて、それでは南海とやらに向かいましょうか」


 さっそく次の目的地へと意気込む妹に何故クジラを探しているのか聞いてみた。


「何を言っているんですか。勇魚(イサナ)と言えばクジラのことですよ」


 オークからカツ丼、コボルトからホットドッグを召喚できるのであれば、イサナを呼び出すのにもそれに準じたものである必要があるだろう、ということだった。

 "蒼い大魚"がクジラなのか分からないが、あの小さい女の子を召喚するのに御伽噺に出てくるような大物を相手にしなくてもいいんじゃないか、と続けて聞いてみる。


「阿呆ですか、あなたは」


 何とか敬語を保っているが、怒っているのが分かった。


「いいですか。イサナさんは私の家族を、血の繋がった兄を救わんとしてくれた恩人です。勇者です。だからこそ勇魚(イサナ)である必要があるんです」


 勇者を呼ぶから勇魚、イサナを呼ぶから勇魚。

 ダブルミーニングでクジラを選んでいたらしい。イサナを勇者と位置づけるなら、イサナに準じた存在としてクジラを選ぶのは最適なのかもしれない。

 また妹の中で何かが基準とずれているらしく「何で私は異世界に来てから勇者召喚をしてるんでしょうね」とぼやいているが、気にしなくても良さそうなので聞かないことにした。


「分かったら行きますよ。イーズィさん、暇なら南海まで連れて行って下さい」

「おっけー」


 やっぱり何も考えていないのか、相変わらず即答するイーズィさんだった。

 次の日、ロードローラーの引く荷馬車に乗りこむ。

 モカさんはそろそろ学園に戻らないといけないらしく、一度王都を経由してから南海へと向かうことになった。

 荷車を引いた馬車はせいぜい自転車くらいの速度しか出ていなかったが、そこは現代技術の粋であるロードローラーということなのか文字通り馬力が違うのか、道を平らに均しながらも馬よりも速い速度で王都へと戻ることが出来た。

  後ろに兄の陸走トカゲに引かれたときは結構な揺れを体験したものだが、ロードローラーが整地した後を荷馬車が通るおかげで速度の割りに揺れが少なく誰も酔うことは無かった。

 数日後に王都に到着し、モカさんを下ろして南海へと向かう準備をすることになった。

 俺は特に準備することは無いので、妹を連れて"緑の風"へと向かう。兄にも妹が来ていることを伝えなければならないと思ったのだが、出かけているらしく会うことは出来なかった。

 伝言だけお願いして、ゴーレムのメンテナンスと準備を待って3人で南海へと向かう。

 イーズィさんも行ったことが無いらしいが、ロードローラーに任せておけば勝手に連れて行ってくれるらしい。

 もしかしたらこのゴーレムはマスターよりも頭がいいのかもしれない。


「この子は、名前は無いんですか?」


 荷馬車の上で揺られながら妹がそんなことを聞く。ロードローラーと呼んでいるが、もしかしたらゴーレムとしての名前がついているのかもしれないと気になったらしい。


「んー、いやぁ。別につけてないなぁ」


 眠そうに開発者が答える。半分寝ていたのかもしれない。


「じゃあ、私が名前をつけてもいいですか?」

「おっけー」


 いつものように即答したので、妹は楽しげに名前を考え始めた。


「速そうな名前がいいですよね、車ですから」


 ロードローラーに速さを求めるのはどうなんだろうと思うが、妹の趣味なので黙っておく。


「”サバ”とかどうですか」


 確かに足は速そうだが乗り物としてはどうだろうと意見を言うと「冗談ですよ」と返された。妹の言うことは冗談なのか本気なのか分からないことが多いのでいつも本気だと思って答えるようにしているが、今回は冗談だったらしい。


「そうですね、じゃあデロリアンにしましょう」


 時速140kmくらい出そうな名前だが、名前の元になった車の面影が微塵も無いロードローラーに付けてもいいんだろうか。しかも、今度は本気らしくじっと俺の方を見つめている。


「これから時間を越えて因果律を書き換えるんですから、ゲン担ぎです」


 そういうことなら、そのステンレスっぽい名前もやぶさかではない。

 妹なりにできることはゲン担ぎでも何でもしておこうというつもりなのだろう。その気持ちは有難い。

 俺が頷くとそれで決まったようで、舗装作業車ゴーレムはロードローラー改めデロリアンという名前になった。


「分かりましたね、あなたは今日からデロリアンです」

「イエス、マスター」


 名付け親がゴーレムのマスターになる約束でもあるのか、ついでに妹がマスターに就任した。

 イーズィさんも「いいんじゃない」と軽く了承したので、妹は正式にデロリアンのマスターとなったが、目的地が決まっているのでやることは特に無い。

 王都に来るまでの間で荷馬車の旅に飽き飽きとしていたらしい妹は「面倒だから夜通し走ってください」という無茶な命令を出した。

 デロリアンは「イエス、マスター」と答え言葉通り昼も夜も無く走り続けて3日後には南海の港町へと到着した。

 天丼の夢から目から目を覚まして、ぼんやりと海を見つめると反射光がキシキシと染みる。

 潮風が運ぶ匂いが海がすぐそこにあると知らせる、異世界でも海の匂いは変わらないらしい。

 デロリアンの上で妹が立ち上がり、水平線を指して宣言した。


「さあ、いよいよ本番ですよ」

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