28.シルバーシャーク
デロリアンに乗ったまま町に入り宿へと向かう。
馬車着き場にデロリアンを止めようとしたが、他に止まっていた馬が怯えたので早々に諦めた。
部屋を取ってから"蒼い大魚"について調べようと港の報へ向かうと、何やら騒がしい。
声の大きくなる方に行ってみると、黒光りするほどに日焼けしたいかにも漁師という筋骨隆々な男達が集まって何かを騒いでいた。
「そんなことはどうでもいいから、今をどうするんだよ!」
「お前が頼んで退治してもらえるのか!」
「いや、そういうことではなくて」
見れば、屈強な男達と対比するように生白く貧弱な青年がビクビクと怯えながらも何かを訴えている。
男達が海を指差すので、その先を見てみると映画で見慣れた光景がそこにはあった。
「サメ、ですかね」
「デカいなぁ」
妹とイーズィさんが暢気な声で、簡単に感想を述べる。
海面から突き出した背びれは、水族館で見たことのあるそれよりも何倍かの大きさがあるように見えた。
比率が同じであるならば、水面下の全長はワゴン車くらいの大きさがあると予想できる。
どうやら巨大なサメが港にいるせいで船が出せないのが騒ぎの原因らしい。
とすれば軟弱な青年は何なのかと思って潮風に流れてくる話を拾って聞いてみると青年は「啓示を受けた」とか「間もなく終わりが」とか言っている。
元の世界でもあった「目を覚ましなさい」系の人だろう。
「あのサメをどうするんだって話だよ! 船が出せねえだろうが!」
「いえ、サメはそのうち居なくなりますけど、このままだと"蒼い大魚"はいなくなってしまうんです! そしたらこの町はおしまいなんですよ!」
「しつけえな! だったら、その海の神様を連れてこいよ! お話したんだろう!?」
青年は聞き捨てなら無いことを言っている。ちょっと詳しく話を聞く必要がありそうだ。
「シンタ兄さん」
「あぁ」
デロリアンを降りて漁師達のところまで歩いていくが青年を取り囲みながら喧々諤々と怒号が飛び交い、こちらを振り向いてもくれない。
満員電車のように人の合間を縫って中に入ろうとしたが荒波で鍛えられた海の男達に大学生の力など及ぶはずも無く、ガッチリとした筋肉の壁に行く手を阻まれてしまった。
「軟弱な坊やですね」
じゃあ代わりに行って欲しいものだが「汗臭そうだから嫌です」という理由で断られた。
同じように筋肉ムキムキのイーズィさんならいけるかもしれないと思ったが、女性に頼むのも情けないので他の方法を考えることにした。
「あの人たちはサメの件で集まっているんでしょう? 要はサメが邪魔なんですから、それをどうにかしてくれば良いんですよ」
事も無げに妹は言うが、人間の力でサメに勝てるはずがない。だからこそ海の男も困っているのではないか。
「こういうときこそ現代知識で無双するチャンスじゃないですか。
以前、テレビで乾電池を海に入れるとサメが逃げていくというのを見たことがあります。
雷の魔法でビリっとやれば、きっと逃げていきますよ」
得意げに指を立ててサメの対応術を語る妹だったが、致命的なことを一つ忘れている。
モカさんが王都に戻ってしまったので、今の面子の中に魔法を使える人間は居ないのだ。
「町の人の中にいるかもしれません」
「魔法が使えたら、とりあえず攻撃くらいはしてみるんじゃないか?」
いつのまにか傍に来ていたイーズィさんがもっともな意見を言う。
相手は海から出られないのだから、安全な場所から攻撃できるならしてるだろう。
「それなら、シンタ兄さんがどうにかしてきてください。私は魚肉ソーセージが食べたいです」
どうでも良くなったかのように言い捨ててデロリアンに戻っていってしまった。飽きっぽいのは兄譲りだと思う。
手っ取り早く召喚で食料に変えてしまえということらしい。
妹の言いたいことは分かったが、今まで魔獣相手にしか使ったことのない召喚魔法が普通のサメに通用するのか分からない。
スライム相手ならいざ知らず、いきなりサメで試して失敗したら一巻の終わりだ。
「あれは、魔獣だなぁ」
じっと海を見つめていたイーズィさんが呟く。
なぜ分かるのか聞くと、以前に魚型ゴーレムを作ろうとしてサメの形について調べたらしい。
背びれの形が微妙に違うのが特徴で、角度がどうとか説明をしてくれたが半分以上は分からなかった。
魔獣相手なら大丈夫だろうと桟橋を渡ってサメに近づいていく。
途中で漁師達が俺に気づいて「戻れ」とか「食われるぞ」とか大声で呼びかけてきたが、サメが俺に気づいてぐるぐるを一定の距離を保ったまま狙いを定めているので、今から戻っても間に合わないだろう。
ぐるぐると渦を描きながらスピードを増したサメは、トップスピードに乗ったところで一直線に俺を目掛けて突っ込んできた。
ざぶん、という音と共に巨大な波が立つ。
泡立つ白い波に隠れて姿は見えないが、俺を狙っていることは分かっているので右腕を前方に突き出して妹の希望する食料を叫んだ。
「魚肉ソーセージ!」
手には何も触れていなかったが近い所にいたのだろう。
見慣れた発光の後、サメが他に居ないことを確認してから波間に浮かぶ魚肉ソーセージを回収した。
「お疲れ様です」
極めて事務的に労りながら手を差し出してくる妹に魚肉ソーセージを渡す。
海水に漬かってしまっているがビニールのパッケージに包まれたままだから、包装を剥けば問題なく食べられるだろう。
「やっぱりマヨネーズは必要ですね」
ペリペリと包装を取りながらそんなことを言う。確かに魚肉ソーセージを食べるのにマヨネーズは必要だ。
もそもそとした食感だからマヨネーズの油分が旨みを際立たせてくれる。軽く炙ると少し焦げたところがカリカリとして美味い。
口に入れた瞬間に香ばしい香りとマヨネーズのまろやかさのコンビネーションが口中を駆け巡る様を想像すると涎が止まらない。
しかしどれだけ期待しても今はマヨネーズがないので、素で食べるしかない。妹が包装を剥き終わりもぐもぐと魚肉ソーセージを食べ始めると、待っていたかのように漁師が集まってきた。
「お前、凄いなぁ!」
「何やったのか分からないけど助かった!」
「魔法使いなのか? でも杖持ってないな?」
口々に歓喜の声を上げているが、その度にバシバシと叩いてくる体育会系な感情表現だったので痛くて仕方がない。
適当に返事をしてやり過ごし、逃げるようにその場を離れてポツンと取り残されている貧弱な青年へと声をかけた。
"蒼い大魚"がいなくなるという、先ほどの言葉について問い正さなければならない。
「あなた凄いですね。何をしたんですか?」
目を丸くして驚いているが、それはどうでもいいので説明を濁す。
"蒼い大魚"の件について詳しく聞きたいと言うと、丸くなっていた目が真剣なものに変わった。
"目を覚ます"系の人には見られない変化だ。
「僕の話を、信じて貰えるんですか?」
肯定して場所を移動することにした。イーズィさんはデロリアンが潮風で錆びないようにメンテナンスをすると言って買い物に行っている。
港から町中へ戻り適当な食堂へと案内して貰い、テーブルに着いて飲み物を注文する。まだ夕食には早い時間だからか他に客は居なかった。
「僕はサヴァと言います、祭司見習いです」
足の速そうな名前だ。見た目は俺と同じ年くらい、さっきの通り生白い本の虫という感じの青年で、実際に本ばかり読んでいるらしい。
サヴァの父親がこの町の祭司をしているのだが、彼の家系には予知夢を見るような能力があるらしい。
狙って見えるわけではないが見れば必ず的中するそうだ。
「僕がまだ見習いだから、みんな信じてくれないんです。父さんは僕が見た夢だから僕が伝える必要があるなんて言ってましたけど……」
そのあたりは彼の家の事情なので、"蒼い大魚"について重点的に聞いてみる。
夢のなかで海を漂う"蒼い大魚"がふっと消えてしまって、そのあと恐ろしい魔獣が飛び出してくる。
その後、次々と海から現れる魔獣が町へと押し寄せ、町や人に多くの被害を被る。
という内容だったので、父親に相談して急いで町へと伝えに来たらしい。
誰にも信用してもらえませんでしたけどね、とサヴァは自嘲気味に呟いた。
「もしかすると、僕の見た夢はただの悪夢なのかもしれないですね。
港にサメの魔獣が現れて、夢が的中したんだと慌てちゃいましたけど、たまたま来ていただけなのかもしれませんし」
俺たちが"蒼い大魚"目的でこの町に来たタイミングで、たまたまそんな夢を見るはずがないのだが、散々町の人に否定されて自信を無くしてしまったのだろう。
不貞腐れているようにも見える。そして、俺はそういう態度を取る人間をとても嫌う性格の奴を知っている。
隣で不気味なほどに黙り込んでいる妹だ。じっと俯いて耳を傾けていたかと思うと、急に顔を上げてサヴァに笑いかけた。
「じゃあ、様子を見に行きましょうか」
妹の発した言葉の意味が分からなかったのか、肺から空気がもれ出るような小さな声で「は」だか「え」だかと言ったかと思うと、次の瞬間には首根っこをつかまれて店の外に引き摺られて行った。
慌てて支払いを済ませて追いかけ、店の外から続く地面の引き摺った後を辿って行くと、一直線に港に戻ってきていた。
「シンタ兄さん、サヴァさんは船を持っているそうですよ。良かったですね」
追いついたときには、サヴァの家で所持している祭事用の儀式船で"蒼い大魚"のところまで行くということが決定されていた。
彼の顔色が真っ青を通り越して白くなっているのを見ると、何かしらの「説得」が行われた可能性が考えられるが、それについて深く考えない方が良さそうなので意識の外に追いやった。
妹は"蒼い大魚"の様子を見に行くとサヴァに言っているが、俺達の目的が"蒼い大魚"を使ってイサナを召喚することは伝えていない。
サヴァの夢で見た光景が、俺の召喚によるものであるならば、召喚が成功することの何よりの証明になるだろう。
だが夢の続きである、魔獣が町を襲う件を思うと、素直に従っていいものか気になってしまう。
「シンタ兄さん、余計なことを考えていますね?」
俺の考え込んでいる姿に目をつけて、それは余計なことだと妹が言う。
「町のことは町の人がどうにかします。ゲームに出てくる勇者じゃないんですから、手に負えないことは放っておけばいいんです」
それは余りにも無責任だと思うのは、俺の気が小さいからなのだろうか。心が太いという名前は妹に献上したくなる。
「セカイ系は流行を過ぎてしまいましたけど、そのくらいの犠牲でイサナさんが助かるなら安いでしょう。
サヴァさんの夢が予知夢であるとするなら、私達がいてもいなくても"蒼い大魚"は消滅する可能性があります。
ちょっと便乗して漁夫の利をいただくだけですよ。何も思い悩む必要なんかないじゃないですか」
いや、これは違う。妹に限ってそんなことを考えているはずがない。他人と自分に厳しく同時に他人にだけ優しい難儀な性格をしている妹だ。一方的に相手が傷つくのを見過ごせなんて言うはずがない。
妹にここまでしてもらって、やっと気がついた。
イサナに助けて貰った時から何も成長していない、人から貰ってばかりだ。
でも、もう気がついた。だから、言うべきことを言おう。
そっと妹に近づいて、その頬に舌を伸ばして舐める。
この味は、嘘をついている味だ。
「嘘だろ」
「……」
「魔獣が町に押し寄せたら、自分だけでどうにかするつもりだったろう?」
どうするつもりだったのかは分からないが、どうにかしようとはするだろう。
驚いたのと思いがけない台詞を言われたのとで妹の動きが少しの間硬直していたがすぐに冷静を取り戻し「どっちが嘘つきですか、味が分からないくせに」と鼻で笑った。
某国民的RPGのテレビゲームの5作目で、主人公の少年と幼馴染の女の子が幽霊城に忍び込む冒険をする話がある。
妹はそこでレベル上げをしないで、いきなり突っ込んでボス戦で全滅していた。
準備とか万全とか勝算とかと言った言葉とは無縁な人生を歩んでいる。
常に全力全身粉骨砕身でしか進むことが出来ない不器用過ぎる妹だ。
サヴァは何が起こっているのか分からない顔をしていたが、妹にどれだけの慈愛を刻み込まれたのか何も口を出さずに黙々と船の準備をしていた。
儀式用の船というで様々な装飾でもしてあるのかと思ったら逆に何もないくらいシンプルな船だった。
オールのような物で漕ぐのを覚悟していたが、魔法の道具を原動力として動くらしい。体力には自信がないので少しだけほっとした。
すぐに行きましょう、と言って妹が船に乗り込む。
イーズィさんに付いてきてもらった方が良いのではないかと思ったが、この船にデロリアンは乗りそうに無いので宿の人に伝言をして出発することにした。
"蒼い大魚"についても全然分からないし、サヴァの予知夢も嫌な予感しかしない。
順調に"蒼い大魚"に出会えても召喚が成功するか分からないし、もし成功しても、その後のことを考えると全く楽観的にはなれない。
それでも急いで海へ出る。
妹の話が正しければ、何もしなくても"蒼い大魚"が消滅する可能性があるのだ。
妹の思いつきに引っ張られるようにこの町まで来たが、全てのタイミングが整いすぎている気がする。
もっと大きな何かに操られているような気持ち悪さも感じるが、そういうのと戦うのは勇者の仕事だろう。最悪、兄にでも任せておけばいい。
俺は自分の目の前のことを、自分の力でどうにかすることだけを考えよう。
差し当たって、目指すは水平線の向こう側にいる"蒼い大魚"だ。
イサナが助かればそれでいい。それで被害が出るなら俺の責任だ。
大丈夫、もう見るべきものは間違えない。




