23.ドクター・ストゥーピッド
ロードローラーは迷宮内に放置して町に戻ることにした。
妹が何かと騒いでいたが、帰り道は魔獣に出会うことなく無事に迷宮を出ることができた。
道すがら「馬にロードローラーを引かせれば良いんですよ」と言っていたが、安くは無さそうなので所持金と相談しなければいけない。
「シンタ兄さん、そういえばお金はどうなっているんですか」
「少しならある」
「そうではなくて、価値です。銅貨が10枚で銀貨1枚とか、ありますよね。
やっぱり金貨は1万円くらいの価値ですか。それと白金貨はあるんですか」
随分と変なことを知りたがるものだ。
かなり面倒くさい話になるので財布ごと渡して中身を見せた。
「何ですかこれ。どうしてこんなに種類があるんですか」
財布の中身を見て妹は目を白黒させている。多分、さっきの言い方からするに貨幣の種類が5種類くらいだと思っていたんだろう。
この世界では普段使うものだけでも20を超える貨幣の種類があり、財布の中には約半分の10種類が入っている。前は10種類ちょっとだと思っていたが、庶民の使わない高額硬貨もいくつかあるそうだ。
「この中だと、このヒゲ顔の王様の銀貨が一番価値がある」
「日本円でいくらくらいですか」
「6400円くらい。一番安いのが、この小さい渦巻き銅貨で80円くらい」
「どうしてそんなに半端なんですか」
前に一夜漬けで覚えたときも大分混乱したが、日本とは価値の基準が違うということを念頭に置かなければいけない。
日本のように流通が安定していないので品物の価値が一定ということがないのだ。
貨幣の種類も等間隔ではなくて100円くらい、120円くらい130円くらいと価値の似通った硬貨もある。
場所によっては硬貨の価値が逆転するところもあり、なんとも一律で考えにくい。
「なんでそんな、訳の分からないことに」
「円とドルとユーロが同時に使える感じだ」
それだけ数が多いのは、いろんな国の通貨が混ざって流通しているからだ。
国としては自分達で価値を決められる自国通貨を使いたいし、商人としては貨幣の価値が暴落しても大丈夫なように何種類かを使い分けたい。
結果として国内通貨と近隣諸国の通貨が混ざったものが勝手に出回ってしまっている。
「異世界の貨幣なんて5、6種類で収めるのが常識でしょうに」
どこの常識なのか分からないが、少なくともここではそうではない。
「じゃあ、この渦巻き銅貨80枚でヒゲ銀貨1枚の価値なんですね?」
「一概にそうでもない」
先の通り、色々な国の価値が入り組んでいるので、相対的に同価値だとしても受け取り拒否されることがある。
100円の品を120円の銅貨で買ってお釣りを貰おうとしても通じない。
100円の品は100円の独立した価値を持つ銅貨でしか買うことが出来ないという理屈らしい。
「なんて、面倒な」
「だから欲しいものを売ってる店がいくつかあっても、自分の持ってる貨幣で買える店を探さないといけない」
慣れればそこまでの手間ではないが、受け入れるまでが大変かもしれない。
国を超えて存在する宗教が無いというのが原因として大きいのだろう。
民間信仰レベルの宗教観はあるようだが、教会や神官といったような組織だった宗教はこの世界には存在しないようだ。
「異世界の買い物の醍醐味はそこじゃないでしょう! 鑑定スキルとかで値切り合戦をして店主をやりこめたりするんじゃないんですか!?」
前にも言ったが、そういう能力はない。
この貨幣の価値観についてイサナに聞いてみたことがあるが、こんな答えが返ってきた。
「ニワトリ10羽とブタ1頭が交換できます。ブタ5頭とウシ1頭が交換できます。
ニワトリ50羽とウシ1頭は交換できますか?」
鶏を必要としない人だったり、50羽も要らない人だったら取引が成立しないだろう。人によるとしか言いようがない。
鶏と豚と牛がそれぞれ別の国の通貨ということだろう。
「商業ギルドは、他国間の通貨でもある程度取引の価値を一定に定義付けようとしています。
ニワトリ50羽がウシ1頭の価値だとギルドが保証するんです」
この世界の人々も一応面倒だとは思っているようで、そういう動きは以前からあるようだ。
「でも、商業ギルドが複数あるので統一された取引のルールは未だに整備されていないんです」
農業に強いギルドだと農業品の価値を高くしようとしたりしているらしい。
結局、自分達の利益を守ろうとするためにやることは国と大差なく、いつまでたっても話はまとまらない。
その結果、大きく価値がずれることはないが、細かいところは各々で交渉したり物々交換で差額を補ったりして調整するのが一般的となっているそうだ。
「そんな生臭い事情なんて聞きたくありませんでした」
ゲームじゃないんだから生臭くもなる。
生活があるし命がかかっている。取引に失敗すれば死ぬ人もいる。
「私の異世界デビューはどこで間違ったんでしょうか」
妹の期待していた異世界と違うことが余程ショックだったのか、目に涙を湛えて愚痴っている。
異世界に来ること自体が何かの間違いだろう。妹は街に着くまでぶちぶちと文句を言い続けていた。
それでも足を止めなかったおかげか、日が完全に落ちるより前に宿まで戻ってくることが出来た。
宿の人に人数が増えたことを告げて部屋を変えてもらうと「連れの人が食堂で待ってるよ」と告げられた。
モカさんと顔を見合せてお互いに困惑していることを確認する。予定にない来訪者のようだ。
王都から馬車で一週間もかかる場所に知り合いがいるはずが無い。
モカさんなら顔が広いから、そちらの知り合いだろう。十中八九間違いないとは思う。
思うのだが、微かに嫌な予感がする。脳裏に金髪幼女の姿が浮かぶ。
「俺が先に行きます」
「部屋から杖を取ってくる、それまで待っていてくれ」
無言で頷いて食堂へ続く廊下を睨む。
ちゃんとした客人なら事前に連絡を入れるだろう、それをしないのは自ら真っ当ではないと言っているのと同じだ。
暗い廊下はどこまでも続く暗黒に支配され、その先が見えない。
「シンタ兄さん、どうかしたんですか。お客様を待たせてるのでは?」
妹が訝しげに聞いてくるが、後で説明するから今はじっとしているように言っておく。
すぐにモカさんが杖を持って戻ってきたので、音を立てないようにしながら食堂へ移動する。
そっとドアを開けて食堂の中を伺うが、何故か照明は落とされていて暗い。
「誰かいるのか」
声をかけてみるが、返事は無い。
暫く暗闇の中を見つめてみるが何も無いのでモカさんに視線を送る。
頷いたモカさんが杖を振って光球を出すと、室内が白く照らされた。
浮かび上がるのはがらんとした空間、何かが動く気配は無い。
誰もいないテーブルと椅子だけの中に、違和感を感じる。
「誰もいないのか?」
モカさんが室内を見渡す。食堂の中には人間は誰もいない。
俺は、無人の食堂の中の違和感の正体に気づいて一点を凝視していた。
「あれは……」
食堂のテーブルに置かれた、金属製の円盤。
迷宮の隠し部屋の中に設置され、人語を解した機械。
イーズィさんに修理を頼んでいたはずなのに。
「シンタ君……何故あれが、ここに」
「何ですかあれは」
驚愕するモカさんと、単純な疑問を口にする妹。
あのおぞましい包丁と、円盤内部の石が同じ材質だったということを、どうして今まで忘れていたのか。
包丁からアイツが復活したのなら、あの石からも何かが出てくる可能性は高い。
「あ、モカ先生。おかえり」
戦慄する俺とモカさんを迎えるように、食堂の奥の部屋からイーズィさんが出てきた。
「遅かったから、お腹すいちゃってさー」
アハハハと笑いながらパンをかじるイーズィさん。
「……」
「……」
「お知り合いの方ですか?」
無言でモカさんを見ると、杖を振って石礫を生み出してノータイムで飛ばしていた。
「痛っ、何だこれ!?」
「痛いのが何だ! こっちは心臓が止まるかと思ったんだぞ! せめて自分の名前を告げておけ!」
まっとうな人ではなく、ただのバカだった。
涙目で杖を振り回すモカさんと、ポカポカと殴られるイーズィさんを見てため息をつく。
嫌な予感は杞憂だったが、今しがた思い出した円盤の石についてはちゃんと考えないといけない。
あの石は何なのか、アイツと同じものなのか。
「それで、イーズィ。何の用事でわざわざこんなところまで来たんだ」
「あー、そうそう。直ったよ、円盤」
正体不明の円盤が直ったと事も無げに告げられる。
直ったということは、元の通りしゃべることが出来るんだろうか。
あの時はゴーレムだと思って適当に命令をしてみたが、あの石を乗せている以上ただのゴーレムではないだろう。
今でもこちらの言うことを聞くとは限らない。
「修理が終わった報告の為に、わざわざ来たのか」
「いやいや、ちょうど温泉に行くって言うから着いてきたんだ」
パンを口に運びながらのほほんと答える。
「ついてきたって、誰にだ」
「ふほふふははふほ、はふははふ」
「口に物を入れながらしゃべるな!」
ゆっくりと飲み込むのを待ってから改めて聞くと、”白い一角獣”のシータについてきたらしい。
”白い一角獣”のギルドマスターのシータとは、イサナと一緒に会ったことがある。悪い人ではないが、思い出すのが憚られる人だ。
イーズィさんが旅行に付いてくるほど親しい交流があったのかと驚いたが、大して面識も無いのにいきなり頼んだそうだ。
「馬車に乗ろうとしたら、会話が聞こえてきてさ。行き先が一緒だったみたいだから、何でも言ってみるもんだね」
「バカは恐れることを知らないから強いんだな」
何を勘違いしたのかイーズィさんは照れて頭を掻いている。
「シンタ兄さん、こちらの方は?」
「カズ兄さんの知り合いで、イーズィさんだ」
イーズィさんにも妹を紹介するが、俺の顔を見て「誰だっけ」という顔をしていたので、次に会うときには一緒に忘れられているだろう。
「カズ兄さんのお知り合いですか。おっぱい大きいですもんね」
イーズィさんの胸元を凝視しながら妹がつぶやく。
別に胸で選んでいるわけではないとは思うが、確かにカズ兄さんの知り合いにはそういう人が多い。
「イーズィさんは、ドワーフ族だ」
「ドワーフですか?」
ファンタジーならエルフと並んで出てくる名前だ。よほど驚いたのか目を見開いて固まっている。
「……でも、背が大きいですよ?」
ドワーフといえば背の小さい人という先入観があったのか、ショックを受けて固まっていただけのようだ。
「うん、なぜか私以外は皆ちいさいんだよ」
「イーズィが飛びぬけてデカいんだ」
モカさんが見上げながら憎々しげに言う。モカさんもそれほど低いとも思わないが、背の高さにコンプレックスでもあるんだろうか。
「体の大きさと腕前は関係ないんだけど、皆言うんだよな。お前みたいなデカい奴は不器用に決まってるって」
イーズィさんも、それなりに苦労しているらしい。
「あ、その円盤が修理してもらった物ですか。
ドワーフに修理してもらったということは、何かの武器ですか?」
気を取り直した妹が円盤に目をつけた。
見た目はお掃除ロボットなので、どうやっても武器には見えない。
「いんや、ゴーレムだよ」
「ゴーレムって、魔法使う人が作るのでは」
「イーズィはゴーレム作りにこだわってるドワーフなんだ」
「それはまた、変わった方ですね」
妹基準の異世界の常識でも変わっている人らしい。
そんな話をしていると円盤が青い光を点滅させながら動き出した。
以前と変わらずに床の上をスイスイと回転しながら動く様は踊っているようでもある。
何か起こるのかと身構えていたが、ただクルクル回りながら動くだけだった。
「何だかお掃除ロボットみたいな動き方をしますね」
イルミネーションのように光ながら動き回る円盤を眺め続けるが、それ以外の動きをしない。
前は喋ったりすることが出来たと思うのだが、そこは直ってないのか聞いてみた。
「うーん、基本的な部分は直ったんだけどさ。中身の処理部分が異常なほど綿密になってるんだよね。
人間の手で作ったとは思えない細かさだよ、正直、私でも再現は無理だよ。
古代の技術ってのはたいしたもんだね」
技術的な詳しい話もしてくれたが、さっぱりわからなかった。
モカさんは内容を理解していたようで、興味深そう頷いて難しそうな質問をしていた。
しばらく二人が難しい話で盛り上がって俺と妹が飽き始めたころに、モカさんが話をまとめてくれた。
「じゃあつまり、もっと大きなゴーレムの本体となるものがあれば、機能は復元できるんだな」
「そういうことだね。もっと大きくて、金属製で、処理系が精錬されたものなら応用できると思うよ」
つまり、どういうことだろう。分かるような分からないような話だ。
妹もそうだったのか、首をかしげてイーズィさんに質問をする。
「金属製なら何でも良いんですか?」
「さすがに鉄の棒きれじゃ駄目だけど、大き目のゴーレムなら、多分いける」
「ゴーレムって、具体的にはどんなものなんですか?」
専門分野に興味を持ってもらったのが嬉しいのか、素人でも分かるように噛み砕いて説明してくれた。
こういうところだけを見ると、普段バカと呼ばれているような人には見えない。
ゴーレムの条件は諸説あるものの、大体3つにまとめられるそうだ。
1.非生命体
2.自我を持たない
3.人の命令に従う
これに当てはまれば大体ゴーレムとして扱われるそうだ。現代のロボットと大差ないような認識だろう。
そして、俺はこれに当てはまって手に入りそうなものを知っている。
妹と目が合った。同じことを思っていたのかニヤっと笑う。
心の中だけで言っておこう。ロードローラーだ。




