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可変迷宮  作者:
第二部.U & MEE

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21/116

21.バニッシャー

 いつか街頭でチンピラに絡まれた時に歌った曲が頭の中を流れる。

 コミカルにサラリーマンの悲哀を歌ったコミックソングだ。

 それがグルグルと耳の奥でループして止まらない。

 アップテンポに歌う声は、吹っ切れてわざと明るくおどけている様にも思える。

 あの時は、歌い終わったらイサナが呆れた顔をしてやってきた。

 今度はいつまでも歌が終わらない。いつまでもイサナは現れない。

 同じ歌詞がいつまでも繰り返して止まらない。


 ぐっしょりと汗をかいて目が覚めた。

 質の悪いシャツが肌に張り付いて気持ち悪い。

 逃げるように、のそのそと身体を起こすと、身体に掛けていた薄い布団が落ちた。


「済まないな、起こしてしまったか」


 部屋の隅にある、本に埋もれた机で何か仕事をしていたモカさんが声をかけてくる。

 窓の外を見ると、まだ外は真っ暗だ。

 魔法で光るランプを手に持って立ち上がり、コップに水を注いで渡してくれた。

 それを受け取ってぬるい水を一気にのどに流し込むが、潤いは感じない。

 モカさんは俺が水を飲むのを見届けると、コップを受け取ってまた机に戻っていった。


 イサナが居なくなってから1ヶ月が経った。

 あの日、「来ちゃった」と言って部屋を訪れたモカさんが、崩れたイサナの石像を抱いて倒れている俺を見つけ、保護した。

 幼女の姿をしたアイツは、モカさんが来たときには居なかったらしい。

 モカさんが直ぐに兄を呼んでくれたので、一緒に来たセリアさんやイーズィさんに、何があったのかを話した。


 石像にされたイサナと、正体不明の幼女。

 曰く、俺の持っていた包丁から復活した、俺が魔獣をスクロールにしたから復活した。

 俺が力任せにドアの前に立っていたイサナを倒したから壊れた。殺してしまった。

 俺の支離滅裂な、説明にもならない話を、セリアさん達は辛抱強く聞いてくれた。


「言い辛いけど、完全に石になった状態から戻すことは出来ないわ。

 元々、心臓まで石になると死んでしまうし、仮に出来てもバラバラになっちゃってるから……」


 エルフ族でもどうにも出来ないと言われて、イサナのことは諦めざるを得なかった。

 モカさんに勧められるまま石を棺に入れて、学園の墓地に埋葬するのに立ち会ってから一度も墓参りには行ってない。

 今は、そのままモカさんの部屋で厄介になってる。何もせずに引きこもって養われている。

 このままでは良くない、とは分かっているが、何もする気が起きない。


 兄は俺の話を聞くだけ聞くと「わかった」と言ってどこかに行ってしまった。

 セリアさんは、たまに様子を見に来る。

 その時は何か食べ物を持ってきてくれるが、口に入れても何の味もしない。

 甘いものは、もう臭いだけで吐きそうになる。

 俺が甘味を楽しんでいる間にイサナが居なくなってしまったことを考えると、胃がムカムカする。

 お土産なんて買わずに戻っていれば間に合ったかもしれない。

 アイツが仕組んだ迷子なんて放っておけば助けられたかもしれない。

 今更何を考えても手遅れだというのは分かっているが、グルグルと同じ事を考えてしまい何もする気力が無くなる。


 そんなことを繰り返して1ヶ月も経ってしまった。

 端から見れば、ただのヒモだ。


「シンタ君、いいかな」


 机に行ったと思っていたモカさんが戻ってきた。

 いよいよ「働くか出て行くか選べ」と言われるのかもしれない。


「シンタ君の見たという化物について調べていたのだが」


 一か月の間、ずっと本の山に埋もれていると思ったらアイツのことを調べていたらしい。

 想像と違っていたが、興味深い話だ。

 俺がウダウダしている間に、モカさんは少しでも前に進もうとしている。

 俺も少しでも進みださなければいけない。


「神代の頃の物語に、女の姿をした人を石にする化物、の話がある。

 ゴルゴンと呼ばれていて、外見については髪の毛が蛇だとか

 下半身が猪だとか馬だとかで明確になっていないが、女だということは共通している」


 それなら俺もゲームや漫画で知っている。メドューサとか、そういうのだ。


「しかし、神代の頃の物語にしか記録が無い。

 人と会話して意思疎通をしていたというのであれば、神の時代に存在した魔族ということになるが、

 それが本当なら国がひっくり返る話だ。私としては石化魔法を使える気狂いが錯乱した説を信じたい」


 およそ信じられない存在だということなんだろう。

 見た目が幼女だからと言って、見た目と実年齢が比例しないのは学習済みだ。

 あの幼女は、ああ見えて本当は大人で、モカさんの言うとおり気が触れている魔法使いなのかもしれない。

 だが、気が触れているだけで俺を膝で壁まで突き飛ばしたり出来るだろうか。

 わざわざ迷子の振りをして俺に接触してくるだろうか。

 それに迷子のときに出てきた母親らしき人、あれは何なんだ。

 不自然といえば全てが不自然だが、それでも引っかかる点が多い気がする。


 モカさんの言う神の時代の魔族とやらについて詳しく聞いてみたが、こっちも物語に説明がある程度で

 要約すると知能が高く不死性の強い人型の魔獣、ということらしい。

 存在は本物語の中でだけ語られ、実在したという証拠はない。

 だが、しなかったという証拠もない。


 仮に実在していたとするなら、アイツは何らかの理由で封印されていたか何かで、包丁の姿になっていた。

 そこに、俺が魔力を与えてしまったことで、ワカメが水を吸うように力を取り戻して復活したんだろう。

 スクロ-ルの食べ物は、きっと餌だ。

 俺が調子に乗って次々と包丁を使うように仕組まれていたんだ。


「……でだ、万が一ということもあるし、知っておくのは悪いことではないだろう。

 そう遠くないところにゴルゴンの伝説が残る迷宮があるんだが、行って見る気は無いかな」


 いつの間にか、モカさんの話を聞き流していたようだ。

 謝ってから、もう一度聞きなおすと、外へ連れ出して気分転換をさせようという気遣いのようだ。

 どこまでも心配させてばかりで申訳がない。いい加減、俺もいつまでも引きこもっていられない。


 今もアイツは、どこかで不快な笑い声を出しているに違いない。

 本当にゴルゴンという魔族に関連するのかは分からないが、ベッドの中で丸まっているよりは有意義なはずだ。

 近づかなくてもいい、まずは動きだそう。ここは言葉に甘えよう。少しだけ前を向こう。


「行きます」


 と、力強く答えたのはいいが、その後は馬車で7日間移動する羽目になったので、結局馬車の中で丸まっていた。

 途中の町で色々と名物だという食べ物を買ってきてくれたが、どれも味がしなかった。

 味覚障害という奴なのかもしれない。


 途中、少しでも旅費を渡そうと財布を出したが、既に兄から受け取っているとのことだった。

 あれから姿を見せないが、兄にも頼りっぱなしだ。主に金銭面では、どれだけ負担してもらっているか分からない。

 本当に精神が参っているんだろう。兄に感謝する気持ちさえ出てきた。

「心が太い」なんて分不相応な名前を返上したくなる。


「見えてきたぞ。歴史と温泉の町、ジュマンだ」


 モカさんの指さす方向をみると、湯気の昇る町並みが見える。

 心なしか、空気にも硫黄の匂いが混じってきた気がする。

 温泉があるのか。こっちの世界に来てから一度も湯船につかっていないから、それは楽しみだ。


 程無くして町に着いた。

 まだ日が高いし、すぐ近くにあるというので宿に荷物を置いてゴルゴンの伝説がある迷宮に向かった。

 聞いていた通り、長い年月で魔力の漏れ出る亀裂が小さくなっているようで、今はもう何度入っても形を変えることのない洞窟だ。

 過去には多くの冒険者を飲み込んだそうだが、魔法が使える人にかろうじて魔力が検知できる程度らしい。


「イサナは魔力量こそ少なかったが、魔力の検知や操作については人一倍才能があったよ」

「そう、ですか」


 急にイサナの話を振られて、言葉に詰まる。


「ずっとイサナのことで思いつめているのは知っている。それだけイサナのことを思っていてくれているんだろう。

 忘れてしまえばいい、とは言わないさ。だから時間がかかってもいいから、イサナのことを受け止めて欲しい」 

「……はい」

「すぐにじゃなくてもいい。シンタ君の中にいるイサナを私に教えてくれないか。

 あの子はもう居ないが、あの子が生きていた証はいつまでも残っているのだから」


 モカさんは平然と振る舞っていたが、やっぱり衝撃を受けていたのだろう。

 当然だ。教え子が、理由らしい理由もなく理不尽にも殺されたんだから。

 動揺しない方がどうかしている。

 それでも俺のことを気にして、前に進むために足掻いていたんだ。

 現実を受け止められなくてベッドの上で丸まっていた俺とは大違いだ。

 ありがたい気持ちと、申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになる。


「さあ、行こうか。一番奥に大広間があって、そこがゴルゴンの住みかだったらしい」


 モカさんは明るく足を前へ出す。それに習って、俺も脚を動かした。


「まぁ、今は何もないから、ただの広い空間だがな」


 所謂、がっかり観光スポットだった。

 丸太を削って荒く着色のしてあるだけの「ゴルゴン像」が、ガッカリ感を更に演出している。

 恐らく、プロの芸術家が作ったものではなく町の人が趣味で作っただけの像だ。

 日本でも中途半端な観光地に行くと手作り感の強いオブジェが前面に押し出されていたが、これは異世界でも共通なようだ。


「別に何か期待していたわけでもないが……戻るか」


 一通り大広間を見て回り、モカさんの言うことにに異論もなく来た道を戻ろうとする。

 大広間に背を向けて通路に戻ろうとすると、背後から何かが飛んできて壁にぶち当たった。


「っ!?」


 何かが飛んできた方向を振り返る。

 先ほどまで置いてあった木造のゴルゴン像が無い。

 代わりに、以前にみたオークよりもさらに二回りほど大きな豚の化け物がいた。

 両手とも素手だが、その腕は丸太よりも太そうに見える。

 飛んできたものを見ると、残念なゴルゴン像がバラバラに砕け散っていた。

 何かを想像させて、吐き気がこみ上げる。


 ゴルゴン像が飛んでいったのも、あの腕で殴ったんだろう。


「クソッ、まさかこんなところにまで」


 イサナが最初に襲われていたのも、魔獣が出ないという迷宮だった。

 普段、魔獣が出るかどうかというのは判断基準にならないのだろう。

 学園の迷宮に出てきたコカトリスのように、魔力の薄い場所でも強力な魔獣が出る可能性がある。

 それにしたって、行くところ行くところで出てきている気がする。

 週刊漫画の名探偵のように、そういうものを引き寄せる何かがあるんだろうか。


「シンタ君、逃げるんだ」


 モカさんは視線を豚の化け物から逸らさずに言う。


「いえ、俺が気を引きますから、その間に魔法で」

「杖を宿に置いてきてしまったんだ」


 イサナもそうだったが、どうして師弟で揃って肝心な時に抜けているんだろう。

 そういえば、どっちも襲われているのはオークだ。


「アレは、オークキングだ。通常のオークよりも体が大きく、知能も若干高い」

「杖がないなら、なおさら」

「相手がオークなら、女の方が時間が稼げるだろうさ」


 オークというのは人間の女を凌辱するらしい。

 モカさんの言わんとすることは分かる。だからこそ、そんな言葉が聞けるはずがない。


「それは嫌です」

「私は、私よりも若いやつが死ぬのを見るのが嫌いだ。頼むよ」

「それでも嫌です。逃げるときは一緒です」


 イサナのことで、思うところがあるんだろう。それも分かる。

 だが、それなら俺だって傍にいる人を見捨てて逃げるのは嫌だ。


「い、一緒……にか?」

「一緒じゃなきゃ、動きません」


 キッパリと断言する。


「それなら……て、手をつないでもいいかな?」


 この人、本当は余裕があるんじゃないのか?

 緊迫した空気を緩和させるための軽口なら、かなり大した胆力の持ち主だ。本当に尊敬する。

 口を動かしながら、ジリジリと足を後退させて走って逃げる準備をしていたが、オークキングは逃がす気がないようだ。

 少しずつ広げた距離を、あっという間に詰めてくる。


 いつかみたオークを、そのまま大きくしたような巨体を揺らしながらこちらに迫ってくる。

 動きは遅いように見えるが、体の大きさがそれをカバーしている。

 走って逃げたとしても、すぐに追いつかれてしまうだろう。


 イサナの時は、手元に包丁があった。

 今は心底憎らしい気持ちしかないが、あの時はそれで助かったんだ。

 武器が欲しい、目の前のオークキングを屠れるような武器が。

 飯に変える必要なんてない、ただ強い武器が欲しい。


「何か来る……?」


 突然、空中を見上げるモカさん。

 俺もつられて同じところを見るが、何もない。

 オークキングだけが我関せずと腕を振り上げる。


 その腕が振り下ろされるよりも早く、黄色い鉄の塊がオークキングを押しつぶした。


「ロードローラァァアアアアアアああああああ!!!!?」


 懐かしい、聞きなれた声が響いた。

 空中から現れた黄色い物体は、整地に使う車だ。

 普通の乗用車と比べると、タイヤの代わりに前輪と後輪が1つずつしかない。

 巨大な金属製のローラーがついていて、その重さで地面を均すのに使用する。

 勿論、そんなもので押しつぶされればオークキングだろうがひとたまりもない。

 叫び声を上げる間もなく車の下敷きになった。


「……何だ、これは?」


 ロードローラーです。と言っていいものか迷う。


「あれ、兄さんじゃないですか」


 整地車の運転席から再度声が響いた。若い女の子の声だ。

 聞き間違えるはずがないし、俺を兄と呼ぶのは一人しかいない。

 声の主は車から降りてきて、何もなかったかのように話しかけてくる。


「何してるんですか、こんなところで」


 学校指定のブレザー服を着て、白いハイソックスとローファーで、カバンこそ無いようだが完全な通学姿だ。

 背中まで伸びた髪はゴムで縛っている。見た目だけなら良家の子女に見えるだろう。見た目だけなら。


海月(ミズキ)こそ、こんなところで何してるんだ」


 そんな会話をしている場合ではないのは分かっているが、つい当たり障りのない会話を続けてしまう。

 何のタイミングで怒らせるか分かったものではない。

 そんな俺たちを見て、モカさんが怪訝な顔をしていた。

 当然だろう。普通、空中から知り合いが現れたりはしない。


「シンタ君、知り合いかね?」

「ええ、まあ」


 兄が1年前、俺が1か月前にやってきたのだから、誰が何のためにやっているのか知らないが、大分ペースが早い。

 誰が言ったわけでもないが、予言が当たった時の気分に似ているのかもしれない。

 何となく、こうなる気はしていた。


「妹です」


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