20.奈落
イサナと一緒に朝食をとる。
相変わらず薬っぽい味だが、今日はこの後食べ歩く予定なので気にならない。
イサナは難しい顔をしてスープを飲んでいるが、どこかで見たことのある表情だ。
「今日の夜に、お話があります」
パンを千切りながら、わざわざ改まってそんなことを言う。
こんなところまで師弟で似なくても良いだろうに、その視線は斜め下を向いて床を見ていた。
どこかで見たと思ったのは、昨日のモカさんと同じ顔だ。
分かった、と返事をして宿を出た。
財布代わりの皮袋を持って、繁華街を歩く。
心なしか、いつもより足取りも軽い。
貨幣の価値は、昨日の晩に一生懸命覚えた。
それぞれの硬貨に、十字模様の銀貨は130、渦巻き模様の銅貨は、80という感じで勝手に価値を割り振ると、案外簡単に覚えられた。
まだ朝早い時間にも関わらず、営業開始している店が多くあるようだ。
魔法で瞬間冷凍した果物を砕いて溶かしたものがあったので買ってみる。甘酸っぱくて美味い。
何かの肉の串焼きを1本買う。塩でもないタレでもない味付けだが、しょっぱくて美味しい。
焼き鳥のネギマのように、にんじんとジャガイモの間のような野菜が挟んであった。これもホクホクしてて良い。
野菜を細切れにして煮込んだスープや、リンゴっぽい果実をパイにして焼いたものを次々と食べる。
どれも元の世界の物とは味が違って面白い。
途中、田舎者だと思われたのか値段を吹っかけられたこともあったが、
他の店との価格差が開いているので、すぐに分かった。
そんな性根で作られた飯が美味いはずが無い、どうせ材料も誤魔化しているに決まっているので、口に入れることなく立ち去った。
胃が重くなり、横になりたいと思う頃には日が傾いていた。
そろそろ宿に戻ろう。
今日食べたものの中でも、とりわけ美味かった菓子を手土産に買っていく。
硬めに焼いた小さいパンの中に、牛乳を甘く煮詰めたクリームのようなものが入っている菓子だ。
出来たては中が熱くて口をやけどしてしまうが、宿に着く頃には丁度良いくらいに冷めているだろう。
自分の分とイサナの分を手にぶら下げて歩いていると、小さな女の子が泣いていた。
近くに親はいないようなので、多分迷子だろう。
髪の毛が綺麗に梳かれた金色をしているので、貴族という人種かと思ったが、服装が庶民のそれだった。
この世界の治安が、それほど良くないらしいというのは聞いている。
女の子が、一人でいるのを放置するのは良いことではないだろう。
髪の毛が目立つ子だし、このまま放っておくと誘拐されたりするかもしれない。
良い気分で今日一日を過ごしたのだから、最後まで良い気分で居よう。
女の子に声をかけて、親とはぐれたのか聞いてみる。
「おかあさん、いなくなっちゃった」
自分の分の菓子を取り出して、女の子に渡した。
相変わらず泣いてはいるが、少しだけ笑顔に変わる。
端から見たら、お菓子で女の子を釣っている誘拐犯にしか見えないので、
お菓子を食べている女の子を肩車して、声を出す。
「この子のお母さんは居ませんか」
大声で何度か呼びかけると、周囲の人たちが注目してくれる。
「さっき子供を捜してる母親を見たぞ」
「お前、呼んでできてやれよ」
「今はどこに居るかわからねぇよ」
ザワザワと声が聞こえてくるが、一際大きい声が響いた。
「奥さん! 娘さんこっちだよ!」
声のほうを見ると、体の大きいおばちゃんが遠くに居る女性に声をかけていた。
「ミラ! どこにいってたの!」
「お母さんだ!」
遠くに居る女性の発した声に反応して、女の子が肩から飛び降りる。
母親はすぐに駆け寄って、女の子を抱きしめた。
こちらに気付いて、女の子を連れてやってくる素振りを見せるが、手を振ってその場で分かれた。
今日は美味しいものを食べたし、良いこともした。とても良い日だ。
一人分になったお土産を手に、宿へ戻る。
たらふく食べてきたので、今日の晩御飯はとても食べられそうに無い。
イサナと一緒に食べられないが、手土産で許してもらおう。
そんなことを考えながら部屋へ戻ると、中からすすり泣く声がする。
部屋は間違えていない。
「イサナ、どうかしたのか」
ノックをして声を掛けてみるが返事は無く、変わらず鳴き声だけが続いている。
何かあったのだろうか。
「おい、開けるぞ」
扉を開けようとするが、開かない。
ドアの向こう側に何か重いものが置いてあるようだ。
何度か強く押してみると、グラグラと揺れる感触があったので、そのまま押し続ける。
扉の向こう側の抵抗が無くなり、一気に押し開いた。
部屋の中には、イサナはいない。
代わりに、もっと小さい子供がいる。
その子は、髪の色が綺麗な金色だった。
今さっき見たばかりの女の子に似ている。
似ているというよりは、そのまま本人のように見えた。
「うぅ……ひっく……」
小さい女の子が、部屋の中で泣いている。
何で、この部屋の中にいるんだ。
お母さんと一緒に帰ったはずだろう。
イサナはどうしたんだ。
「ぅ……うっく………」
何で一人だけなんだ。イサナはどこに行った。
何で泣いているんだ。お母さんには会えただろう。
何で
「うっく……くくくくく」
何で笑っているんだ。
「うきゃきゃきゃきゃ」
最初から、泣いてなんかいなかった。
目を見開き、顎が外れそうなほど口開けて、不快な声を上げて笑っている。
夕日を浴びて紅く照らされる瞳は、その中でも尚黒く濁っていた。
「うきゃきゃきゃきゃきゃ」
「おい」
「きゃきゃきゃ……
お兄ちゃん、どうしたの。お顔が怖いよ」
きゃきゃきゃ、と癇に障る声で笑いながら話しかけてきた。
口調だけが子供になっているが、違和感しかない。
「この部屋にいた子は、どうした」
「うきゃきゃきゃ。ちゃんといるよぉ、イサナちゃん」
「イサナに、何をした」
何がそんなに面白いのか、おかしな笑い方を止めない。
「何をしたって、何かしたのは君だろう」
甘えた子供のような喋り方は止め、急に大人びた話し方をする。
しかし、何を言っているのか、分けが分からない。
わざと意味不明なことを言って、こっちの気持ちを逆撫でているのか。
「どういうことだ、答えろ」
「だぁーかぁーらぁー。
そこに立ってたイサナちゃんとを、倒して壊したのは、君だよ」
女の子の指差す先を、見る。
扉の前にふさがっていたモノは、一見すると石の塊だった。
ただ、少し見るとイサナと同じくらいの高さだと気付いた。
もう少し見れば、人物をかたどった石像だと分かった。
更に見れば、普段とは違う服を着ていた。
三つ編みを解いて髪の毛を下ろしていた。
間違いなくイサナと同じ顔の、石像だった。
但し、倒れたときの衝撃か、首と腕が折れていた。
「ね? 言ったでしょ! 壊したのは、君なんだよ!」
これが、イサナなのか?
何で石になってるんだ?
心臓まで石になったら死ぬんじゃないのか?
俺が壊したのか。俺が無理に押したから壊れたのか?
「石にしたのは僕だけどねぇ! うきゃきゃきゃきゃ!」
「な、ん……」
声が出ない。
「何でかって? 恩返しだよぉ、お・ん・が・え・し!
ずっと見ていたんだよ。君たちの事を。
イサナちゃんがヤキモキする様を隣で見てたんだぁ!」
見てたって、今日の夕方からか?
イサナを知ってるって事は、もっと前からか?
「ほら、見てあげなよ。
髪の毛の三つ編みほどいちゃってさぁ、
シータって子の長い髪を見てたことがあったろ?
それを覚えてて解いてるんだよ、君が好きな髪型かも知れないからって、
可愛らしいねぇ、いじらしいねぇ!」
そんなことが、あったかもしれない。
何でこいつは、そんなことを知っているんだ。
恩返しって何だ。
「最近、女の子の知り合いが増えててさぁ、しかも皆可愛いんだ!
イサナちゃん、気にしてたみたいだぜぇ?
昨日なんか、学園の先生に懐かれて、どうだったよ。
そんなに悪い気はしなかったんだろう?、
それを見て、イサナちゃんが嫉妬してたの知ってんだろぉ?」
コイツは、イサナの何なんだ。
イサナの何を知っているんだ。
何でこんなに詳しいんだ。
「イサナちゃん、今日は普段は着ないような可愛らしい服を着てさぁ!
お湯で全身くまなく洗って、香水までつけてさぁ!
君が帰ってくるのを心待ちにしてさぁ!
今晩、君に抱かれるつもりだったみたいだぜぇ!
石になっちゃったから、もう処女膜破れないけどねぇ!
うきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ」
やめろ。それ以上、口を開くな
「ほら、石にしちゃったから分からないけど、下着も可愛いのを付けてるんだ。
ちょっと石化を解くからスカートめくってみようか。
あ、首がもげてるから石化解いたら、ただの肉片だぁ!
うきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ」
うるさい、だまれ。
「まぁ、下半身は無事だし、使え(・)る(・)かもよ。試したら?
うきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ」
「だまれよ、おい」
力任せに追い飛ばして、馬乗りになる。
全身の力が暴走する。何をしたら良いのか分からない、ただ目の前のこいつを黙らせたい。
首に手を掛ける。爪を食い込ませる。触った感触は、人間の女の子と変わらない細くて柔らかい肉だ。
だが騙されるな、こいつは悪魔だ。
「イサナを、元に戻せ」
「お、い。この身体は、人間の借り物だぜ、優しくしろよ」
その言葉に、腕に力が抜ける。
さっき会ったばかりの母娘を思い出す。
「もう死んでるけどねぇ!」
小さい膝が腹に当たる。
そのまま突き刺すような痛みを感じたと思ったら、壁まで吹っ飛ばされた。
「小さい女の子が好きだからって、無理やりは良くないぜぇ?
まぁ、お世話になったし、どうしてもって言うなら、使ってもいいけどさぁ!」
背中から叩きつけられて呼吸が出来ない。
イサナと会った時のオークは、まだ受身を取る余裕があったのに。
オークを思い出して、自然に手が腰に伸びる。
いつもそこに吊るしている包丁が、無い。
「やっと気付いた? 包丁ないんだろ? あるわけないよなぁ!
だって、それ僕だもん」
あ?
「君が、迷宮で拾って、色んな魔獣をスクロールに変えてくれたから、
僕が、こうやって、元に戻ることができました。ありがとう」
「何、言ってるんだ。包丁は……勇者の剣と同じ、召還器で」
「そんな都合の良いもんが落ちてるわけねぇだろ」
何となく拾って、何となく使い続けていた包丁が、この目の前のコイツ?
混乱が収まらない。全部、夢なんじゃないかと思えてくる。
出来の悪い、夢だ。目を覚ませば、固い床に寝て、ベッドにはイサナがいるんじゃないのか。
「うきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ。
たっぷり魔力を食べさせてもらったけどさぁ!
やっぱり絶望した感情の方が美味しいよねぇ!」
喉が動かない。脳が働かない。身体が痺れたように感じる。
ただ目の前で動くコイツを見ているしか出来ない。
「女の子の夢は永遠の若さって決まってるからさぁ!
どうだい、気が利いてるだろ! まぁ君が壊しちゃったけどね!」
もしかして、それが恩返しのつもりなのか。
俺が、得体の知れない包丁なんか使ったせいで、わけの分からないコイツが復活して、そのせいでイサナが石にされたのか。
「あぁ、さっきイサナちゃんを戻せって言ってたけど、それは無理。
石化は戻せるけど、死んじゃった人は戻せないんだよねぇ!」
うきゃきゃきゃ、と神経を逆なでするような声で笑うのを止めない。
足に力が入らない。
膝が震える。
奥歯が震えてガチガチと音が鳴る。
心臓が風船のように膨らむ。
頭に血の流れてくる音が聞こえる。
床に尻もちをついて、呆然と正体不明のコイツを見続ける。
もう何も考えられない。
イサナが死んだ。
第一部 終
BOY MEATS GIRL(少年が出会う少女の肉片)




