19.召喚
行ったと思った足音は、すぐに戻ってきた。
「あったぞ! 【召喚魔法】の本だ!」
モカさん(120歳)は、分厚い本を片手に息を弾ませている。
「召喚魔法……って、実在したんですか?」
「そう言われているが、誰も使えないので実証は出来ていない。少ないが、研究している者はいるぞ」
「召喚魔法って、おとぎ話の中の物だと思っていました」
この世界のおとぎ話には、召喚魔法が出てくるらしい。
どんな話なのかイサナに聞いてみると、何故か横からイーズィさんが教えてくれた。
「やばい魔王がいて、勇者がやっつけた」
余りにも酷い。
もう少し具体的に教えて欲しいと言うと、首を傾げながら「あんまり覚えてないんだよなぁ」と言い出した。
なんで出しゃばったのか。
「昔、すげーヤバイ魔王がいたんだけど、勇者がやっつけたんだ。
その勇者の使ってたのが【召喚魔法】で、強い仲間を呼び出せるんだよ」
さっきよりは詳しくなったけど、中身が見えて来ない。
桃太郎に似ていると思えばいいのだろうか。
「えーっとですね。冒険者ギルドの名前がありますよね。"赤い飛竜"とか"白い一角獣"とか。
あれは、勇者のおとぎ話に出てくる仲間なんです」
そうだったのか。何となく強そうな名前を付けているだけかと思っていた。
桃太郎で言うところの犬、猿、雉を名乗っているのか。
「子供向けの話だと仲間の数は5くらい。
原点寄りだと数が100を超えると語られることもあります。」
多ければ良いってものではない。
しかしよく考えてみれば、中国の水滸伝も仲間の数が本当は36人なのに、時代が進むにつれて3倍になったらしいから
この世界でも似たような感じで増えていったんだろう。
そもそも勇者の話が史実であるとは限らない。
「大昔の話ですが、勇者という存在がいたことは歴史上の事実です。
その頃の遺跡もいくつか残っていますし、勇者を手助けしたという王族は今もいますよ」
今までの話を聞くに、どうやら勇者の物語は大長編のようだ。
三国志とどっちが長いんだろうか。
「解釈の違いで、異なる話として語られることもある。
勇者が使っていた【召喚魔法】だと『赤い飛竜とは、実は強力な火炎の魔法のことだ』とかな」
「それで、シンタさんが包丁で行っているのが、その【召喚魔法】なんですか?」
「イーズィが呼び出す、と言ったときにピンと来てな」
モカさんが語るには、俺の使うスクロールには不審な点が多いそうだ。
魔力が無くても使えるし、確定ではないが魔力がある人だと使えない。
出てくるスクロールが見たことのない言葉だし、出てくるのも料理だったり武器だったり。
何より、出てきた武器や料理の器が、いつまで経っても消えない。
そう言われれば、最初に呼び出したかつ丼の器はいつまでも残っていたので、自分用の茶わんとして使っていた。
普通、魔法は勿論のこと魔獣も一定時間経てば消えていくそうだ。
「シンタ君が呼び出された迷宮の中にその包丁が落ちていたことからすると、シンタ君は誰かに呼び出されたんじゃないか?」
可能性でしかないがな。と後から付け足す。
何となく何かの偶然で元の世界から落ちてきたのだと思っていたが、誰かに呼び出されたとしたら、一体だれが何の目的で呼び出したのか。
呼ぶだけ呼んで放ったらかしにされているのも不気味だ。
俺だけでなく兄まで同時に呼んでいるようだし、血縁か?
「魔王を倒した勇者は、その後どうしたんだ?」
「魔王と相討ちになって、天に昇ったと言われています」
勇者は魔王を倒しに行って帰って来なかったんだろう。
しかし、魔王も同時にいなくなり、それを相討ちで天に昇ったと解釈された。
そうすると、巨大な力の衝突の影響で異世界へ飛ばされた勇者の子孫が、水瀬家だという可能性があるが、自分で言うのは恥ずかしい。
「シンタさんが天の国から来た勇者の子孫という可能性はないですか?
いえ、済みません。自分で言って無いと思いました。シンタさんが勇者って」
俺もそう思うが、人に言われると傷つく。
そもそも俺のいた場所が日本という国だという話は前にしたことがある。
「カズなら勇者っぽいかもしれないな」
イーズィさんが兄を推してくる。
妹に主人公体質と言わしめた兄は、確かに勇者の素質があるかもしれない。
「そうすると、シンタさんは……なんでしょう?」
どうせ、おまけか手違いだろう。妹まで呼ばれなかっただけも僥倖だ。
「勇者を呼び出すのに、勇者の使う【召喚魔法】が必要っていうのは矛盾してないか」
「魔法は、使い方さえ知っていれば誰も使うことができる。
例えば世界の危機の際に、秘匿した【召喚魔法】で勇者の召喚を行う為に準備していた一族がいたとしてもおかしくはない。
呼び出した後、何の接触をしてこないのが不自然といえば不自然だが」
話が大きくなってきた。
そうなると、兄は世界を救わなければいけないのか。是非とも頑張ってほしい。
「物語の勇者が召喚した仲間っていうのは、別の世界から呼んでいたのか?」
「当時のこの世界の魔獣ですよ。飛竜も巨人も一角獣も。
魔王が魔界とこちら世界とをつなげてしまったので、そこらじゅうに魔力が満ちていたそうです。
魔獣も迷宮に限らず出現していたとか」
まるきりRPGの世界だ。
「勇者はどうやって【召喚魔法】を使っていたんだ」
俺と同じやり方だと、赤い飛竜の料理が出てきてしまいそうだ。
「物語では、という注釈がつきますが、勇者の剣を使って『赤い飛竜』と声にして呼び出してる描写があります。
最低でも『具体的な形』が分かれば大丈夫みたいです」
料理の場合は『どんな料理か』と『料理名』が分からないと使えないから、そこは違うな。
俺の包丁はどう見ても勇者の剣じゃないし、性能が劣化しているのかもしれない。
「それに、物語では一旦スクロールにしないで、直接呼び出していました」
突き詰めていくと、あまり勇者と共通する部分がないことがわかる。
別に勇者の血縁になりたかった訳ではないが、何となく上げて落とされた気分になった。
「勇者とは関係ない【召喚魔法】かな?」
「カズも、魔力が無いから勇者っぽくないよな」
手のひらを返すのが早い。
「まぁ、【召喚魔法】であることに間違いはなさそうだ」
「教授のとってきた本は何なんですか?」
「おぉ、そうだ。これは勇者の物語を真剣に研究した本だ。
【召喚魔法】にまっとうに取り組んだ本は、ここにはこれくらいしか無い」
「信憑性があるのですか?」
「程々にでも信憑性があれば、今頃は召喚魔法の研究者が増えていただろうな」
トンデモ本の世界の物のようだ。
どうして、こんなものを持ってきたのだろうか。
「信憑性はないが、気になる一文が……あった、ここだ」
ペラペラとページをめくり、気になる一文のあるページを探していたモカさんは、本の真中ほどのページで手を止めた。
差し出されたページを見てみるが、今知っている言葉だけでは難しくて読むことができなかった。
「えーっと……」
そのページをイサナが声に出して読み上げる。
『魔法や魔獣を封印する物を魔封具と呼ぶなら、勇者の剣は召喚器と呼べるだろう。
魔封具がいくつも存在するのであれば、召喚器も複数存在する可能性がある』
この包丁が、勇者の剣の仲間かもしれない、ということか。
「なぁ、そうしたら、この円盤の核が同じ材質で出来ているのは、どういうことなんだ?」
「勇者の剣や、シンタ君の包丁と同様に、何かを召喚する為の道具かもしれない」
さっきから「可能性」や「かもしれない」という言葉が続く。
今のままでは結論が出なさそうだ。
「まぁ、全て憶測だ。結論付けるには材料が足りない」
モカさんも同じことを思ったのか、一旦話を区切った。
円盤が動いていた時は人の言葉をしゃべっていたので、修理ができれば何か聞き出せるかも、という希望を込めて
どうにかして円盤を直す方向でイーズィさんと話を詰めていく。
専門的すぎてイサナにも分からないようなので、部屋を出ることを告げる。
「そうか、何も分からなくて済まないな」
「この円盤が直ったら"緑の風"に伝えておくよ」
「では教授、失礼します」
揃って部屋を出ようとすると、モカさんが出口まで見送ってくれた。
前はそこまでしなかったのに、と思っていたら袖をひかれる。
イサナには聞かせられない話かと思って、口元に耳を寄せた。
「その……次は、いつ頃くるんだ?」
顔をよく見れば、視線はこちらを向かずに斜め下の床を見ていた。
じっと見つめると、どんどん顔が赤くなっていく。
何と答えたらいいのかわからないので、「じゃあ、近いうちに」と答えて部屋を出た。
図書館への道を、横に並んで歩く。
「シンタさん、嫌だったら嫌って言わないと駄目ですよ」
イサナは、いじめられた子供の親のようなことを言う。
別に嫌ではないし、イサナが図書館に来る間は一緒に来ることになるから、
近いうちに顔を出すのも嘘にならないはずだ。
図書館についたら、文字を覚えるのに向いてそうな絵本を選んで貰い、読み始める。
さっきの話と絡めているのだろう、子供向けの勇者の物語だった。
魔王が現れて、地上に魔獣が溢れる。
勇者は剣を持って魔王を倒す旅に出る。
森の中を白い一角獣に乗って進む。
山に住む魔獣を、黒い巨人が鉄の腕で倒す。
海の上を、蒼い大魚に乗って進む。
洞窟に住む魔獣を、赤い飛竜が火炎の息で倒す。
ついには魔王を倒し、光の鳥と共に天に昇る。
さっきの話で聞いた通り、絵本で出てくる仲間は5つだけだった。
大手ギルドの名前として聞いたことがあるのが3つ。
残りの、蒼い大魚と光の鳥については初めて見た。
何度か読み返していたら日が暮れてきたので帰ることにする。
「大手ギルドはわかったけど、"緑の風"って何なんだ?」
自分の所属するギルドの名前については、絵本の中では触れられていなかった。
原典で出てくる仲間なのだろうか。
「あーっと……それは、仲間ではなくて、どちらかというと勇者ですね。
勇者のやってくる所には、緑の風が吹く。なんて書いてある本があります」
勇者が来ると平和が訪れる、とかいう意味だろう。
他と同じように、呼び出される仲間にすればよかったのに。
そもそも何で勇者の仲間をギルド名にしているんだろう。
「やっぱり、人気があるのは使われちゃいますよね。
勇者の仲間の中では”赤い飛竜”が一番人気ですよ。主に男の子に。
名前の件は、聞いた話ですが、いつか勇者と共に闘う仲間となるために。という意思表示みたいですね」
その通りなら、"緑の風"は勇者の仲間じゃなくて、まとわりついてる風だ。不人気にもなるだろう。
宿についたら薬っぽい食事をして、適当に時間をつぶしたら部屋の中で横になる。
「明日は、学園には行きません。というか、しばらく行きません」
論文を書かなくていいのかと思ったが、必要なことは調べたのでもういいそうだ。
しばらく通うようなことを言っていたのに、女心という奴なのか、変わるのが早い。
「シンタさんは好きに過ごして下さい。
あ、私と一緒じゃないと学園には入れませんからね」
図書館にも行けないとなると、何か別のことをする必要がある。
そういえば、せっかく王都にいるのに、街をしっかり見たことがなかった。
ルマエ少年の件で、いくらか貰っているはずだし、少しくらい食べ歩きをしてみるのもいいだろう。
「そうですね、シンタさんは全然お金のことを覚えようとしないので、いい機会かもしれません」
銅貨が5種類、銀貨が8種類、金貨も3種類あって、大きさや模様で価値の区別をつけるというのだから、
覚える気をなくすのに十分な理由だろうとは思う。
つくづく、日本の貨幣制度は整っていたのだと実感する。
イサナに預けていた分から、およそ充分であろうだけの硬貨を貰った。
「食べ歩きをするだけなら足りなくなることはないと思いますが、王都とはいえ吹っ掛けてくる店もあります。
勉強するつもりで、節約を心がけながら買い物をしてみてください」
この年で、「はじめてのお使い」になるとは思わなかったが、なかなか心躍るものがある。
なるべく旨いものを沢山食べよう。
そういえば、前にイサナに甘いものを奢る約束もしていたから、下調べをするのもいいだろう。
明日が楽しみ、というのは久しぶりの感覚だ。




