11.冒険者
コカトリスの足をデザインした柄に、嘴のような槍頭。
石突には真紅の飾り布がついていて、鶏冠を連想させる。
「料理じゃないの?」
セリアさんが声を出す。
「しかも、これは……」
モカさんも興味深げに槍を見つめる。
「俺の拾ったスクロールには、この槍の作り方が書いてあった」
「なんだって!?」
カズ兄さんの発言にモカさんが反応する。
人によって出現するスクロールが異なるんだろうか。サンプルが俺と兄の2人だけでは何ともいえない。
「カズは当たり前のようにスクロールを使っていたけど、魔力も無いのに一体どうやったのよ」
「弟に使えるなら、兄に使えないわけが無いだろう」
「あ、そう」
割と本気で、兄より優れた弟は存在しないと思っている人だ。
「料理じゃなくて残念でしたね、シンタさ……」
イサナがこちらを見ながらギョッとして固まる。
その様子に、モカさんもこちらをみて同じように固まる。
「シンタ君。何で……泣いているんだ?」
「え?」
顔に手を当てる。目から水が流れ出ていた。
「いや、違う。泣いていない」
「どこか痛いのか? まだ怪我が治ってない所が……」
これは涙じゃない。
兄に向けていた、行き場の無い俺の期待が目から零れ落ちただけだ。
「シンタさん、もしかして料理じゃないから……」
「まさか、そんなことで……?」
2人とも唖然としている。
目から流れ続ける水分を拭い取っていたら、セリアさんが「何だか可哀想だから、タダでいいわよ」とパンをくれた。とてもいい人だ。
パンは良いものらしく、この世界の物にしては柔らかい。
「そ、それで、魔力がなくてもスクロールが使えるんですね」
俺がパンを食べ始めたのでイサナが話を戻した。
「カズに魔力がないのは間違いないわ。ちゃんと調べたから」
「シンタさんと一緒ですね」
「カズ君やシンタ君のように、異なる世界から来た者にしか使えないのか?
2人とも魔力がないのに使える、いや魔力があると使えないと考えるべきか……」
モカさんは一人で考え始めてしまう。
「コカトリスだからストーンスピアなんでしょうね」
「関係あるんですか?」
「ええ、見ての通りコカトリスを元にした槍だけど、人の手で作ることは出来ないわ。
コカトリスの出る迷宮で、稀に落ちているのを拾うしか手に入れる方法は無いの。
そこらの店にはまず並ばないし、もし売りに出れば金貨10枚は堅いわね」
どうやら希少な品らしい。
「セリア、薬の代金だ。お前が持ってろ」
「いいの? 秘薬の代金だけならお釣りが来るわよ」
構わない、と兄はあっさり言う。
セリアさんは10倍に返してもらうと言っていたが、兄は本気で10倍返しを考えているのかもしれない。
あんな兄だが、いつかは借りを返さなくてはと思う。
「その魔封具を使えば、大儲けできそうね」
「お前には使えないし、俺も呪われた物を頻繁に使うつもりはない」
セリアさんの視線が熱いが、兄は事も無げに諭している。
「ふむ、発動する条件といい、スクロールの種類といい、法則性が良く分からないな」
思考の渦から帰ってきたモカさんがため息をつく。
そういえば、キノコのスクロールがあったはずだ。
「イサナ、キノコのスクロールを」
「え、ああ、はい。いいんですか?」
1つしか無いからだろう、モカさんの様子を伺う。
「ああ、構わない。みんなで食べよう」
その言葉で、イサナがスクロールを渡してくる。
料理はアヒージョだと兄に言うと、パンを買って来いとお金をくれた。
買ってくる間に兄がアヒージョを呼び出している。
「キノコの……何でしょう?」
「煮た物のようだが、これは水でなく油か」
「油っぽいなら、私はパスね」
女性陣がアヒージョを見て感想を述べている。
パンを売り場で切ってもらってきたので、食べ方を説明する。
「うん、油で煮込まれているからか、キノコの旨みが凝縮しているな」
「食べてみると、意外に油っぽく無いわね」
「ん……キノコ美味しいです」
好評なようで何よりだ。
俺もパンを手にとって、オリーブオイルで煮込まれたマッシュルームを乗せる。
パンと一緒に食べると、まだ熱い油がマッシュルームから弾け出てきて口内を火傷しそうになった。
一緒にニンニクも煮込まれていて、ニンニク風味の油がマッシュルームの味を飾り立てている。
塩の効いたマッシュルームは後を引き、スナック感覚で手が止まらなくなる。
次にアフィージョの具をパンに乗せたら、マッシュルームではなくニンニクだった。
ニンニクの皮が油でカリッとなっているが中身は柔らかく煮込まれて、とろりと崩れると共に甘みが溶け出してくる。
パンチの効いたニンニクの甘みがパンを包み込み、固い食感のパンのアクセントとなって口全体を楽しませてくれた。
4人で食べているから、すぐにアヒージョの具が無くなってしまう。
兄に言われパンを追加で買ってきて、オリーブオイルに漬けて食べる。
キノコの香りとニンニクのパンチが染み込んで、油に漬けているだけとは思えないほど豊かな風味が広がる。
これだけの油を使っているのだから胃にもたれそうなものだが、オリーブオイルだからなのか、くどい感じが無い。
オリーブオイルの残っている限り、パンを漬けて食べ続けてしまう。
「この味、お前の調べた店とは違う味だな」
そう言われると、以前に兄の出資でアヒージョ食べ歩きをした中でも、一番美味しかった店の味に似ている気がする。
パンのお代わりが出来ない店だったので、兄にはお代わり無制限の違う美味しい店を勧めておいたが、その店には行っていたのだろう。
そのことを伝えると、帰ったらこの店も教えろと言われた。気に入ったらしい。
「シンタ君だけ知っていて……となると、もしかしてさっきのストーンスピアを、カズ君はどこかで使ったことがあるんじゃないか」
食べ終わったモカさんが再び思考の渦に流されていたが、思いついたように兄に尋ねた。
「ええ、以前に知り合いから借りたことがあるけど全く石化攻撃ができなくて、そこでカズに魔力がないことが発覚したのよ」
兄の代わりにセリアさんが答える。借りた槍はすぐに返したそうだ。
「やはり……ということは、条件が……」
「あの、教授。何か分かったんですか?」
イサナがモカさんに尋ねる。
「あぁ、恐らくシンタ君の魔封具は、”対象の魔獣と関係があり”、”過去に経験のある道具”に変換する物だ」
「それって、つまり……?」
「先ほどのキノコ料理は、シンタ君だけが食べたことのある味だ。ストーンスピアはカズ君が使ったことがある。
何故、料理だったり武器だったりするのかは分からないが、”魔獣に関係のある、経験に基づいた変換”で間違いはないだろう」
モカさんは目を輝かせて断言する。
「これは凄いぞ。使い方によっては、貴重な道具を無限に複製することが出来るかもしれない」
「……値崩れするわね」
セリアさんは喜ぶかと思ったが、少しだけ渋い顔をしていた。
その後、アヒージョの器だけ残ったのを見て、モカさんはまた悩みだしてしまう。
普通、スクロールで呼び出した魔法や魔獣は、用事が済めば消えてしまうらしい。
また何か分かったら報告するということで、その場は解散となった。
「モカは、若いのに有能ね」
「いや、何代か前の先祖にエルフ族がいるから、若く見えるだけだ」
「あら、そうなの。もしかすると私の知り合いかもね」
モカさんを若いと思っていたが、見た目通りの年齢では無いらしい。定番通りでエルフは長命なようだ。
血は薄まっているので、寿命は人間とそんなに変わらないはずだ、とモカさんは言う。
「教授を初めて見た人は、みんな驚きます」
「実際はいくつなのよ?」
女性同士だからなのか、2人ともあまり気にしないのか、セリアさんはあっさりとそんなことを聞く。
セリアさんもエルフだから、見た目よりもずっと長く生きているのかもしれない。
「今更、隠すような年齢でもないしな。来年50だ」
◆
微妙にリアルな年齢を聞いて、衝撃を受けたまま学園から帰る。
せっかくだから冒険者ギルドに登録しておけと兄言われたので、後ろについて歩く。
こっちに着てからずっと、誰かの後ろしか歩いていない気がする。
「”緑の風”は、王都の一番端にあるギルドよ」
セリアさん曰く、弱小ギルドだから無資格無試験で入れるが、胡散臭い連中が集まってくる。
ここに所属するということは、私は不審者です。と言っているようなもの。とのことだ。
身分を証明できる、と言っていたから役に立つアドバイスかと思っていたが、不審者としての身分を保証されてしまうのであれば、そんな保証は無いほうがマシかもしれない。
「それでも無いよりは良いわ。凶悪な犯罪者ではないって証明にはなるわね」
証明のラインが相当低そうだが、この世界で何も身分を証明できないのは確かなので、冒険者ギルドで登録することにした。
何故かイサナも一緒についてくる。
「イサナも登録するのか?」
「いえ、私は学士なので同時に冒険者になることは出来ません」
「何で着いて来るんだ?」
「シンタさん、今日はどこに泊まるつもりなんですか?」
つまり、今日も一緒の宿に泊めてくれるということらしい。
イサナは学園の施設にでも泊まるのかと思った。
「ギルドで宿の斡旋もやってるわよ。質も数もお察しだけどね」
「じゃあ、そこに」
「シンタさん、そんなにお金持ってないんですから。ちゃんと稼ぐまでは私が面倒見ます」
妹と同じ歳の女の子に面倒見てもらうというのは、男としてどうなんだろうか。
ありがたい話ではあるが、いつまでも迷惑をかけるわけにはいかないし、断ったほうがいいだろう。
「嬉しい話だけど、いつまでも……」
「……むーっ」
涙目で睨まれた。イサナが何で怒っているのか分からない。
俺が世話になっていた間の金を返すまでは離れないということだろうか。
でも、それを言うと杖で殴られる気がする。
兄を見ると、ニヤニヤ笑っていた。役に立たない。
セリアさんは、両手をあげて外国人のようにヤレヤレのポーズをしていた。訳が分からない。
「えっと、ごめん」
「理由も分からないのに謝らないでください!」
結局、怒られた。
「何か、甘いものでも食べるか?」
「ギルドに登録しに行きます! セリアさんは、後で美味しいお店教えてください!」
甘いものは食べたいらしい。
プリプリ怒ってるイサナのご機嫌を取りながらギルドに向かった。
到着した冒険者ギルド”緑の風”は、ボロかった。台風がきたら、真っ先に吹き飛ぶと思う。
酒場も兼ねているようで看板が一緒に出ていたが、店内に人はいなさそうだ。
見た目としては、西部劇に出てくる柄の悪いガンマンの溜り場だ。
「いらっしゃい」
「登録を頼む」
中に入ると、がらんとしたホールにテーブルが4つだけ、バーカウンターの横に、申し訳程度に用意してある窓口がある。
兄はさっさとそこに歩いていき、窓口にいた人に用事を告げた。
兄と同じくらいの年齢で黒髪の女性だ。髪の毛を肩口で切りそろえていて、クールな美人のお姉さんという感じがする。
20歳は過ぎていると思うが、さっきのモカさんの例もあるから、見た目と年齢は比例しないだろう。
イサナも3歳下と言う割には身体の成長が遅い気がするし。
「何で私を見るんですか」
「イサナって、寿命の長い種族か?」
「どういう意味ですか」
「歳の割りに若く見」
杖で殴られた。「私は普通の人間です」とのことだ。
「例の、あなたの弟?」
「ああ、俺のだ」
「隣の女の子は?」
「俺のじゃない」
前々から思っていたが、この兄は物事を自分の物か、そうでないかで判断している気がする。
少し離れたところから見ていたら、兄に呼ばれたのでカウンターまで歩いていく。
窓口のお姉さんが紙を突き出してきた。
「ここに名前を書いて」
言われるままに自分の名前を書く。練習しておいて良かった。
「この名前の下の空欄には何を?」
「何か特技があれば、何か書いておけば誰かから誘われるかもね」
自己PR欄らしい。
特に何も無いので空欄のまま提出した。
「はい、ミナセ・シンタね。カズと区別するために名前で登録するから」
なんというか、サバサバした感じの人だ。
その後、ギルドの利用方法を一から教えてもらった。
ギルドは基本的に依頼を斡旋するところなので、窓口に綴じてある依頼票から自由に仕事を請けることが出来るらしい。
過去の仕事暦は全て保管されているので、相談すれば自分に似合った仕事の紹介もしてくれるそうだが、面倒だからするな、と面と向かって言われた。
「ハイリスクは間違いないが、リターンが無いことは良くある。
死んで帰ってこない奴もいるが、その前に嫌になって辞める奴はもっと多い。
ここに所属するということは、誰からも褒められず、人に笑われ、後ろ指を差されるということだ。
あなたのギルド生活が、より良いものであることを祈るよ。
ようこそ、”緑の風”へ。新しい仲間を心より歓迎する」
最後の台詞は決まり文句なんだろうが、不吉な前置きが多い。
とにかく、これで冒険者ギルドに登録することが出来た。




